第28話 夜の公園④

文字数 2,786文字

 それからもう一度ヨウコの身体が地面で軽く跳ね、滑るように向こうに転がっていった。此方に背中を向けてぐったりとしたヨウコ。此の場所からは意識があるのか判別がつかない。
「ヨウコッ!」
 俺は咄嗟に大声を上げた。その時、不図気を(そら)した俺の眼の端で、芥が動いた気がした。俺はすぐに芥次郎の居た位置に眼を戻すが、既に其処に芥の姿は無かった。
「…!」
 咄嗟の行動だった。俺は頭で考えるよりも早く全速力でヨウコの元に向かう。芥が今何処に居るかなんて確認する猶予は無かった。だが、おそらく確定的にヤバい状況だった。額から飛び散る汗粒も置きざりにして、俺はなんとか地面からヨウコの身体を拾い上げ、必死にその場を走り抜けた。
 すぐ後、ヨウコの倒れていた辺りで、暴力的な衝撃と地面を削る金属音が聞こえた。芥がヨウコ目掛けて追い打ちの突進を仕掛けたのだった。振り向きざまに芥の姿を確認すると、濃い砂煙の中芥の佇んでいる姿と、両輪の針スパイクで無残に削れ(えぐ)れた地面が見えた。あのままヨウコが倒れていたならば、跡形も無くミンチになっていただろう。
 俺は肩で息をしながら両手で抱えたヨウコの容態を確認した。どうやら意識を失っているだけで命に別状は無いようだ。だが、眉間に皺を寄せながら苦しそうに短い呼吸を繰り返している。
「チッ、竹田、余計な事を。まぁいいや、とりあえず面倒な小娘を一匹。」
 芥が左腕で頭の凍傷を撫でながら云う。其れから芥は左手を何度か握り直した後、首を少し曲げながら俺の方を眺めた。
「そう云えば、今更だけどよ。式神って触れる事できるんだな。ユーレイみてェに透き通ってるから、てっきり()れらんねェモンかと思ってたんだが」
「… ……」
「お前今、此の小娘共を飼ってんだろ?良いよな。俺もこんな可愛らしい式神、飼いてェわ。お前の知り合いの死霊使い(ネクロマンサー)に頼んでくんねーか?」
「…… …… … …… …俺が事務所出てからの事も、全部お見通しってワケか。」
 俺は呼吸を整えながら言葉を発した。俺の顔の横を伝って落ちた汗が、絶ヨウコの首元に弾けて消える。無意識につま先に力が入り地面の砂利を踏みしめた。
「一応、コッチもオメェに(うら)(つら)みがあるんでねェ。標的を調べ上げるのは、暗殺稼業(しごと)の基本だろう?」
「… ……。…… …一つ教えろ。何故、水使い(ウォーターマン)金曜日の月(フライディムーン)まで調べる必要がある?お前は俺が目的じゃないのか。それに、あのヴァレリィとかいう奴は一体何者だ?!お前のデーモン化とも関係があるんだろうッ」
「オイオイオイオイ、ちょっと落ち着けよ竹田。……今、自分で質問イッコっつったジャン。…クク…。全く、火曜日の稲妻(チューズディサンダー)も堕ちたモンだよなぁ。イヤ、元々大した事無かったのか?実際お前のチカラなんて、只のハッタリだったのかもしれんナァ」
「一体、何を企んでいるんだッ。答えろッ!」
 芥が此処ぞとばかりにいやらしい問答を始める。此の男は昔からこうだった。自身が交渉で優位に立っている時、のらりくらりと話題をずらし、焦らし、相手をトコトン苛立たせて正常な思考を奪う。本当にイラつく奴だ。だが、そうだとしても俺は奴の狙いを突き止める為、問答に乗るしかない。此の劣勢の状況と芥の焦らしで、俺はどうしようもなく歯噛みしていた。
「…… …堪らず張り上げる声が心地良いぜ、竹田ァ。お前の焦りが今手に取るように分かるよ。……何故、超能力(サイキック)も使えない日曜に襲撃に来た?雷無しでも俺を狩れると思ったか?…ククク。甘いよナァ。こんな、未熟な子供(クソガキ)の式神頼みで来るなんて。ホント、何にも分かっちゃいないぜ、お前は。なあんにも。…ククク」
「… ……。黙れよ、芥ッ」
 芥は横に傾けた犬面から眼だけを面倒臭げに此方に向けた。左腕をだるそうに持ち上げると、俺目掛けて思い切り伸ばした。俺は絶ヨウコを抱えたままタイミングを合わせて地面を蹴り上げ宙に逃げた。バランスを取りながら後方に着地する。芥の左手がずっぽりと地面に突き刺さったが、その攻撃は只のけん制のようだった。
「立場、(わきま)えろよ、竹田ァ。お前はもう棺桶に片足突っ込んでンだぜ。」
「…… …」
「お前の生殺与奪(せいさつよだつ)は俺が握っている。お前はもう死ぬまでの時間を、黙って過ごすしか無ェんだよ」
「…… ……クソッ …」
「… ……。ククク。……。… ……とは、云うものの。マァ、冥途の土産に教えてやっても良いぜ。」
 芥は伸ばした左腕をずるずると元に戻しながら、最早決着がついたとでもいうように落ち着いて話す。
「………」
「お前が出てからの(ウチ)の事情は知ってるんだろ?そのウワサについては間違いねェ。実際、(ウチ)は傾いていた。それはもう、どうしようも無かった程だ。絵にかいたように寝返る奴が多発した。こんな小さな組でも派閥の抗争が起こったし、勿論組の外からは意趣返しで盛り上がった連中共がハイエナのように(ウチ)に群がった。俺にはもう止める術が無かった。だが、俺はそんな()()うの(てい)でも、いやだからこそか、竹田。お前への復讐を一度たりとも忘れた事は無かったよ。お前さえ出ていかなければ赤龍会は崩壊する事は無かった。… …此の組はもっと、もっと上を狙って上る事が出来たのにッ」
 芥次郎が小さく声を張り上げた。
「…… ……てめぇの力不足を、他人の所為にするんじゃねぇよ。」
 俺はヨウコを芥から見えないように、後方にゆっくりと置いた。なんとか、ヨウコが眼を覚ますまで時間を稼がなければ。地面に横になったヨウコの頬を軽く叩くと、少し反応があった。
「俺はなんとしても赤龍会を立て直す必要があった。その目的の為に能力者を大量に雇い入れた。チカラの質なんざ、この際どうでも良い。要は周りのゴタゴタをねじ伏せる事ができるなら、外道でも何でも良かったのさ。」
「………」
「そして、そんな或る日だ。外道共を募集した中に、ヴァレリィが居たのさ。奴は俺の元に来てこう言った。『殺したい奴が居ると聞いた。私もソイツに用事があるんだ。手を組まないか』と。ヴァレリィは俺に

を与え、絶夫婦と子供等の情報をくれた。後はお前が大体知る通りさ。速やかに絶夫婦を()って、姉妹に其の因果を含めたってワケ。」
「…… … …デモン…因子… …」
「お前以外の能力者の事狙ってんのはヴァレリィだが、理由は知らねぇな。奴には何か目的があるみたいだが、其れについては一切口にしない。俺もわざわざ問いただすつもりも無いがね。只、赤龍会をバックアップしてくれた手前、協力はするがな。俺にとって奴は大事なビジネスパートナーなのさ。」
「… ……」
「さて。以上が事件のネタバラシだ。大分、スッキリしただろう。是で安心してあの世に行けるってモンじゃないか。… ……クク。そんじゃ、マ。そろそろ殺してやるからな。切り刻まれる苦痛を地獄の底まで噛みしめて、死ねよ。」
 芥が口に左手を当てて小さく笑った。
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