第6話 相談
文字数 3,410文字
閑静な住宅街に立つ値の張りそうな分譲マンションの最上階15階角部屋に山田 は住んでいた。
微妙に疲労する緩やかな坂道を登りきると、目の前にすぐ玄関。1階のオートロックでベルを鳴らすとすぐにデンが自動ドアを開けてくれた。こういうところが奴は几帳面だ。俺はもう一度しっかりと絶姉妹を両脇に抱え直してゆっくりとエレベータに乗り、デンの部屋を目指す。15階廊下からの見晴らしは大変気持ちの良いものだった。白で統一された廊下をしばらく進むと、明らかに周囲とは異質な、真っ黒な影のような物で縁取られたドアにぶち当たる。これがデンの家だった。奴曰く、ドアの隙間から無縁仏共が部屋に入りこもうとして絶命(?)した死体が張り付いてしまっているのだそうだ。俺はこの黒い何やらがいつまで経っても慣れない。ベルを鳴らして早く出てこねぇかなぁと思ってひと呼吸置いたところで、すぐに玄関ドアが開いてデンがお迎えしてくれた。
「… …らっしゃち。」
「おう。」
肥満とまでは行かない小太りなデンは、ニキビ面に脂ぎった頭髪の襟足だけを小さくゴムでくくった二十一歳の男だった。普段は祈祷師の真似事等をして日銭を稼いでいる。特に宣伝もせず、また愛想も決して良いとは言い難いこの男にご祈祷の依頼が絶えず舞い込み、こんな立地の良い悠々自適な生活をしていられるのは、恐山で名を轟かせている祖母の強烈な七光りがあるからだった。デンは世間でいう所謂オタクという人種であったので、営業活動というものをする必要が無いのは奴にとっても非常に有難い事だった。依頼さえあれば実力は当然のようにあるのでこなせば良いのである。奴はそういった事情で日々をマイペースに暮らしていた。
「お茶飲むでちか?」
「あ、いや。構わないでくれ。」
「… ……。その、両脇に抱えてる奴?」
「ああ、これだ。」
デンは両脇に抱えている絶姉妹をちらっと見た後、興味無く前方に向こうとして、思い返したかのように高速でもう一度絶姉妹を二度見した。
「こ、これは…!」
「?… …どうした?」
「じょ!女子高生?!」
デンは死体が女子高生だと分かると、異常なほどの興味を抱き始めた。厳密には絶姉妹は高校等というものは通って居なかったはずだが。俺はこれはちょっと、気持ちが悪いと思った。
デンは絶姉妹の死体を舐めるように交互に眺めた後、俺の周囲のあらゆる角度から絶姉妹を眺めるかのように、ぐるりと俺の周囲を一周回る。案内された決してセンスの良いとは言えないアニメグッズの溢れるリビングで、奇妙な緊張感が走った。
「おい、待て、デン。今はお前の趣味に付き合っている暇は無い。俺はこの死体でお前に
俺はなんとかデンを宥 めるように言葉を選びながら話した。だが、奴の変はスイッチが入ってしまったのか、説得は全く功を奏しない。
「た、竹田さぁん。… …女子高生持ってくりるりな、最初にそう言ってくりでるち…。わたくち、ちゃんと即金でお金支払いますららぁ。金持ちですから、金だちは山ほどありるんだちるらぁ。」
そう言いながら、デンは目玉をぎょろりと光らせながら、腹毛の濃いへそをぼりぼりと掻いている。なんだか、少し面倒なことになってきた。
「や、デン。これはダメだ。売りモンじゃ無い。俺が使うんだ。だから、お前の好きなようにさせる気は無い。諦めてくれ。」
「へ、へぇえ… …」
デンが絶ヨウコの尻にゆっくり手を伸ばしてきたので、俺はその手を鋭く叩き払いのける。
「痛ッ。… ……何を、すりるんちく……。」
デンが叩かれた方の手をさすりながら、此方を睨む。
「やめろ。やめろ、と言っている。」
「… …。お金なら、幾らでもくりるりて、あげますと言ってるるに。分からりりぃ奴だな、あんたも」
…… …。いよいよもって、話しが通じなくなってきた。まさかの展開に俺も多少面食らった。オタクという生き物は若い女を前にすると、かくも狂暴な側面を見せるのだろうか。然し、話にならない若者というのが俺は昔から大嫌いだ。それはこういったオタクに限らず、若さのまま、何の節操も無く、只若気の至りという言葉を免罪符に周囲との調和を図れない若者、という人種に対しては、俺は容赦は出来ないのだ。今のデンも俺のカテゴライズの中では十二分に排除対象になっていたのである。
「おい、山田 。てめぇ、好い加減にしやがれよ。」
「!」
山田 という言葉を聞くや否や、デンの表情が険しくなり眉間の皺が深くなった。
「… …だりが、やまだじゃッ!… …」
ぐわん、とリビングの雰囲気が突如として変わった。体験している自身も良く分からない感覚だが、体感的に言うと、リビング内の空間がゆるく捻じれていくような奇妙な感覚だ。そして、この空間になってから、気分がこの上無く悪い。これがデンの能力ということだろうか。こうやって奴と相対することは初めてのことだった。
山田 というのはデンの本名だ。
奴は祖母の非凡な才能を受け継ぎながら、父親の性、山田 という極めて平凡な苗字を受け継いだ。そして、才能と苗字のギャップにより幼少の頃から周囲に冷やかされ続けたのである。件の出来事はデンの成長に大きな暗い影を落とした。できるだけ人と接することの無いようになったのもそれが原因であり、ついには自身の名を改名してしまったのだ。勿論、ニックネームとしてだが。
だから、山田 という名はデンの深い部分に塩を塗るに等しい行為だった。だがしかし、俺はその行為を敢えて選択するほどつまり、デンにイラついていた。
デンが両腕を真横に大きく開いた。そして、何やら口の中でもごもごと念仏のようなものを唱えると、だんだんと奴の周りに黒い点のようなものが幾つか現れ始めた。
俺はそれを正面に見据えながら絶姉妹の死体を両腕から離すと、リビングの床に姉妹の重たい重量音が小さく響いた。
それから俺は、背中にガムテープで張り付け直していた赤龍短刀と護身用のトカレフを取り出し、両手に持って正対した。全ての瞬間をくまなく把握する為、眼玉が限界まで開く。
「ちなみに言っとくと、今日は火曜、俺の能力日だからよ。」
そう言うや否や、俺は腰より低い態勢で力強く床を蹴った。獣よりも素早く瞬時に距離を詰めると同時に、左手に逆手 に持った赤龍短刀をデン目掛けてアッパー気味に振り上げる。デンがすぐ様反応して右に寸単位で顔面をずらすと、空気になびいた毛髪分だけばっさりと切り裂いた。次の瞬間、俺の首に何かの両腕が掴みかかった。
「ガフゥッ」
物凄い力で首を絞められ、持ち上げられる。息が出来ない首でなんとか見下ろすように目をやると、其処には真っ黒なシルエットをした死者が感情の無い目で俺を見上げていた。
「キュフフ…。死霊使い のわたくちを見縊 らないでいちじきちゅ…。どうでち。少しは観念ちたきにゅ?」
デンは俺が空中で首を絞められているのを楽しそうに眺めながら、死者の真横まで近づいてくる。俺は短刀を振り回すも死者の身体をすり抜けて仕舞、どうしようも出来ない。
「キュフ。ささ。お金をあげりゅと言うちょりのぴ。双方合意の上で、気持ちのよきゅ、てょり引きをしましょぬ… …」
デンが勝ち誇ったような笑みで脂ぎった頭を掻く。完全に虚仮にされていると、俺は感じたその時、理性がぶっ飛んだ。
バリリッ、と言う破裂音と共に、青い電撃の波が俺の身体全体から放出され、部屋中を所狭しと暴れまわった。その電撃の幾つかが、デンの身体に触れたかと思うと、デンはぎゃぎゃぎゃ、という奇妙な声を上げながらしばらく感電し、その後、ばたんと床に倒れた。それを契機に、発生していた幾つかの死者たちも薄くなり消え去った。
死者から解放された俺は呼吸ができるようになり、少し激しくせき込んだ。それからデンの所まで行き、奴の髪を掴んで顔面を持ち上げた。その薄汚い顔の眼玉に、赤龍短刀の切っ先を突き付ける。
「まだやるか?」
微妙に感電の余波で震えているデンが、弱弱しい笑みを浮かべながら
「や、やだゃにゃ…。するわきにちですか…。」
「それじゃ、話、聞いてくれるか?」
「… …はち。」
そういうと、俺はデンをソファの上になんとか持っていき座らせた。それから絶姉妹の死体をその目の前に仰向きに置き、先ほどの絶姉妹との死闘の経緯をデンに聞かせた。
微妙に疲労する緩やかな坂道を登りきると、目の前にすぐ玄関。1階のオートロックでベルを鳴らすとすぐにデンが自動ドアを開けてくれた。こういうところが奴は几帳面だ。俺はもう一度しっかりと絶姉妹を両脇に抱え直してゆっくりとエレベータに乗り、デンの部屋を目指す。15階廊下からの見晴らしは大変気持ちの良いものだった。白で統一された廊下をしばらく進むと、明らかに周囲とは異質な、真っ黒な影のような物で縁取られたドアにぶち当たる。これがデンの家だった。奴曰く、ドアの隙間から無縁仏共が部屋に入りこもうとして絶命(?)した死体が張り付いてしまっているのだそうだ。俺はこの黒い何やらがいつまで経っても慣れない。ベルを鳴らして早く出てこねぇかなぁと思ってひと呼吸置いたところで、すぐに玄関ドアが開いてデンがお迎えしてくれた。
「… …らっしゃち。」
「おう。」
肥満とまでは行かない小太りなデンは、ニキビ面に脂ぎった頭髪の襟足だけを小さくゴムでくくった二十一歳の男だった。普段は祈祷師の真似事等をして日銭を稼いでいる。特に宣伝もせず、また愛想も決して良いとは言い難いこの男にご祈祷の依頼が絶えず舞い込み、こんな立地の良い悠々自適な生活をしていられるのは、恐山で名を轟かせている祖母の強烈な七光りがあるからだった。デンは世間でいう所謂オタクという人種であったので、営業活動というものをする必要が無いのは奴にとっても非常に有難い事だった。依頼さえあれば実力は当然のようにあるのでこなせば良いのである。奴はそういった事情で日々をマイペースに暮らしていた。
「お茶飲むでちか?」
「あ、いや。構わないでくれ。」
「… ……。その、両脇に抱えてる奴?」
「ああ、これだ。」
デンは両脇に抱えている絶姉妹をちらっと見た後、興味無く前方に向こうとして、思い返したかのように高速でもう一度絶姉妹を二度見した。
「こ、これは…!」
「?… …どうした?」
「じょ!女子高生?!」
デンは死体が女子高生だと分かると、異常なほどの興味を抱き始めた。厳密には絶姉妹は高校等というものは通って居なかったはずだが。俺はこれはちょっと、気持ちが悪いと思った。
デンは絶姉妹の死体を舐めるように交互に眺めた後、俺の周囲のあらゆる角度から絶姉妹を眺めるかのように、ぐるりと俺の周囲を一周回る。案内された決してセンスの良いとは言えないアニメグッズの溢れるリビングで、奇妙な緊張感が走った。
「おい、待て、デン。今はお前の趣味に付き合っている暇は無い。俺はこの死体でお前に
降ろしてほしいんだ
。」俺はなんとかデンを
「た、竹田さぁん。… …女子高生持ってくりるりな、最初にそう言ってくりでるち…。わたくち、ちゃんと即金でお金支払いますららぁ。金持ちですから、金だちは山ほどありるんだちるらぁ。」
そう言いながら、デンは目玉をぎょろりと光らせながら、腹毛の濃いへそをぼりぼりと掻いている。なんだか、少し面倒なことになってきた。
「や、デン。これはダメだ。売りモンじゃ無い。俺が使うんだ。だから、お前の好きなようにさせる気は無い。諦めてくれ。」
「へ、へぇえ… …」
デンが絶ヨウコの尻にゆっくり手を伸ばしてきたので、俺はその手を鋭く叩き払いのける。
「痛ッ。… ……何を、すりるんちく……。」
デンが叩かれた方の手をさすりながら、此方を睨む。
「やめろ。やめろ、と言っている。」
「… …。お金なら、幾らでもくりるりて、あげますと言ってるるに。分からりりぃ奴だな、あんたも」
…… …。いよいよもって、話しが通じなくなってきた。まさかの展開に俺も多少面食らった。オタクという生き物は若い女を前にすると、かくも狂暴な側面を見せるのだろうか。然し、話にならない若者というのが俺は昔から大嫌いだ。それはこういったオタクに限らず、若さのまま、何の節操も無く、只若気の至りという言葉を免罪符に周囲との調和を図れない若者、という人種に対しては、俺は容赦は出来ないのだ。今のデンも俺のカテゴライズの中では十二分に排除対象になっていたのである。
「おい、
「!」
「… …だりが、やまだじゃッ!… …」
ぐわん、とリビングの雰囲気が突如として変わった。体験している自身も良く分からない感覚だが、体感的に言うと、リビング内の空間がゆるく捻じれていくような奇妙な感覚だ。そして、この空間になってから、気分がこの上無く悪い。これがデンの能力ということだろうか。こうやって奴と相対することは初めてのことだった。
奴は祖母の非凡な才能を受け継ぎながら、父親の性、
だから、
デンが両腕を真横に大きく開いた。そして、何やら口の中でもごもごと念仏のようなものを唱えると、だんだんと奴の周りに黒い点のようなものが幾つか現れ始めた。
俺はそれを正面に見据えながら絶姉妹の死体を両腕から離すと、リビングの床に姉妹の重たい重量音が小さく響いた。
それから俺は、背中にガムテープで張り付け直していた赤龍短刀と護身用のトカレフを取り出し、両手に持って正対した。全ての瞬間をくまなく把握する為、眼玉が限界まで開く。
「ちなみに言っとくと、今日は火曜、俺の能力日だからよ。」
そう言うや否や、俺は腰より低い態勢で力強く床を蹴った。獣よりも素早く瞬時に距離を詰めると同時に、左手に
「ガフゥッ」
物凄い力で首を絞められ、持ち上げられる。息が出来ない首でなんとか見下ろすように目をやると、其処には真っ黒なシルエットをした死者が感情の無い目で俺を見上げていた。
「キュフフ…。
デンは俺が空中で首を絞められているのを楽しそうに眺めながら、死者の真横まで近づいてくる。俺は短刀を振り回すも死者の身体をすり抜けて仕舞、どうしようも出来ない。
「キュフ。ささ。お金をあげりゅと言うちょりのぴ。双方合意の上で、気持ちのよきゅ、てょり引きをしましょぬ… …」
デンが勝ち誇ったような笑みで脂ぎった頭を掻く。完全に虚仮にされていると、俺は感じたその時、理性がぶっ飛んだ。
バリリッ、と言う破裂音と共に、青い電撃の波が俺の身体全体から放出され、部屋中を所狭しと暴れまわった。その電撃の幾つかが、デンの身体に触れたかと思うと、デンはぎゃぎゃぎゃ、という奇妙な声を上げながらしばらく感電し、その後、ばたんと床に倒れた。それを契機に、発生していた幾つかの死者たちも薄くなり消え去った。
死者から解放された俺は呼吸ができるようになり、少し激しくせき込んだ。それからデンの所まで行き、奴の髪を掴んで顔面を持ち上げた。その薄汚い顔の眼玉に、赤龍短刀の切っ先を突き付ける。
「まだやるか?」
微妙に感電の余波で震えているデンが、弱弱しい笑みを浮かべながら
「や、やだゃにゃ…。するわきにちですか…。」
「それじゃ、話、聞いてくれるか?」
「… …はち。」
そういうと、俺はデンをソファの上になんとか持っていき座らせた。それから絶姉妹の死体をその目の前に仰向きに置き、先ほどの絶姉妹との死闘の経緯をデンに聞かせた。