第25話 夜の公園①

文字数 2,805文字

「ちょ、ちょっと!ホンット、重いんだけどッ!」
「うーんッ!」
「た、頼む!そのまま、もうちょい頑張って!」
無策で2階の窓から飛び出した俺は、なんとか絶姉妹に両腕を掴んでもらって墜落の難を逃れた。絶姉妹が必死でバランスを取りながら、ふらふらとゆっくり地上に降り立つ。
「… …っと……。た、助かったァ… …。」
赤龍会事務所のすぐ横の道路にしゃがみ込みながら俺は一息ついた。その横で絶マキコが自分の両手をぶらぶらさせながら云う。
「…はぁ。アンタ、もうちょっと痩せた方が良いんじゃないの?私の腕、千切れそうだったんだけど。」
「いやぁ。すまん。でも、マジ助かったよ、サンキュウ。」
俺は息も()()え感謝の念を伝える。
その時、ガスの配管に引火したのか、事務所の2階から再度の爆発が起こった。俺達の居る所までコンクリートの小さな破片が幾つも飛んでくる。
「二人共、ぐずぐずしてる場合じゃないでしょ?!」
絶ヨウコが2階の窓を見ながら、芥とヴァレリィを警戒して云った。俺も絶マキコもすぐに気分を切り替えて、辺りを確認する。
「あぁ、そうだな。えーっと、」
周囲を見渡すと、夜の裏通りにはまだ通行人がちらほら居た。皆、今しがたの爆発に気を取られザワついていた。俺は其れを横目に通行人をくまなく物色する。
その中から、今まさにバイクで路注しようとする男を見つけた。とにかく、今は少しでも此処を離れたい。俺はバイク男の存在を絶姉妹に目線で伝えた。二人も意図を理解したのか小さく頷く。
俺は早足でバイク男の脇まで近づいた。バイク男がキーをポケットに入れようとした其の手を、後ろから掴む。
「あー、あの、お兄さん。」
「……あ?てめぇ、何、人の手ェ掴んでんだァ?俺が誰か…はびゅッ」
問答する時間も惜しいので、俺は有無を言わさずバイク男の首元に手刀を突っ込んだ。バイク男は気絶し全身の力が一気に抜ける。俺はバイク男の手からキーを奪い取った。
「良し。んじゃ、是でとりあえず、此処を離れよう」
俺はバイクに(またが)りアクセルを吹かすと、まだ熱冷めやらないエンジンが大きく吠えた。頭が悪そうなバイク男だったが、黒のドラッグスタークラシック。趣味は悪く無い。折角逃げるんだから、気分良く行こうと思った。
「恰好イイネ!あたし達も後ろ乗せてってよ」
バイクに跨った俺の周りをぐるりと飛びながら、絶マキコが興味深げに云った。
「は?お前ら、空飛べるだろ。」
「飛ぶのも走るのと一緒なの。結構、疲れるんだから。」
「ふうん。幽霊でも疲れるんだ。ヘンなの。」
「だから、休息も兼ねて乗せてよね。ホラ、急がないとダメなんでしょ。」
そうマイペースに云いながら、絶マキコは俺の後ろに座って腰に手を回した。其れから、横に突っ立っている絶ヨウコにも声を掛ける。
「ちょっと、ヨウコも早く!ホラ。」
「え?… …あ。うん。」
絶マキコは自分の後ろを指さして、絶ヨウコにも座るよう指示する。どうやら3人乗りしたいらしい。絶ヨウコは少し逡巡(しゅんじゅん)したものの、残された時間が少ないこともあり、云われるがままにマキコの後部に跨った。
「失礼します…。」
「う、うう。マキコ押すなよ。… …狭メェ…」
「行くよッ」
アクセルを吹かすと、バイクの後輪がスリップして鋭い悲鳴を上げた。摩擦で煙を上げながら、徐々に速度をあげつつ発進する。
事務所の炎上を他所に俺達は早々に此の裏通りを後にした。時刻は23時すぎ。まだ開戦したばかりだった。
俺は市街でバイクを走らせながら考える。現状は極めて劣勢だ。俺達は兎に角、あの芥次郎の予想外のチカラにのっけから面食らってしまった。その所為で此方側(こちらがわ)の精神状態は今マイナスにある。そして、そのマイナスはパフォーマンスに大きく影響を及ぼすのだ。現状早急に必要な事は、切り替える事と場を味方につける事。つまりは一旦引いて仕切り直し、奴らと十分間合いのとれる広い場所を探す。これが最優先事項だった。俺は停車中、近隣に広い場所がないか携帯で探す。マキコが俺の様子を後ろから伺ってきた。
「是からどうすんのー?」
「ウン、場所を移して戦おう。…もっと広くて動き回れるような場所。どっか探してんだけど… …」
俺が地図を夢中で参照していると、絶ヨウコが思いついたように声を上げる。
「この道真っすぐ郊外の方まで行く手前に、国立公園ありますよねー。」
「あ、あるある!あそこ良いんじゃない?!」
絶姉妹の云う場所を参照すると、丁度良い公園があった。要望通りの場所だ。俺は目的地を其処に設定する。其処で第二回戦だ。
「奴ら、私たちの事追いかけてくるかしら。」
「来るさ。さっきのやり取りを見てて分かったが、おそらく奴らの主従関係において、主導権はヴァレリィにある。ヴァレリィには何らかの企みがあって、其れに芥の私怨を利用してるって構図みたいだ。ヴァレリィは俺の殺害に(こだわ)っているように見えたから、必ず、わざわざ追ってでも()りにくるだろうさ。」
「そっか。」
「… …お前、大丈夫か?」
バイクを走らせながら、俺は少し後ろの絶マキコを気に掛けた。
「… …何が?」
「さっきのダメージだよ。」
「ああ。大した事ないよ、あんなの。何時もの事。デーモンって奴との初対面で、ちょっとビックリしただけ。次はヘマしない。」
「了解。ヨウコも大丈夫だな?」
「はい。… …それよりも、お父さん達に直接手を掛けたのが、誰なのか…。其れが早く知りたいです。」
絶ヨウコが先ほどの戦闘を思い出すように語った。絶マキコもその言葉に神妙になる。
「そうね。芥次郎とヴァレリィ。少なくとも何方(どちら)かが直接荷担(かたん)してる事は間違いないんだし、私たちはお父さん達の(かたき)を殺すだけ…」
絶マキコが淡々と話す。どうやら気持ちは折れていないようだ。絶姉妹の言葉を聞いて、俺も芥次郎と赤龍会との関係にケリをつけようと思った。
その内、周辺は建物も(まば)らになり、人気が少なくなっていった。国立公園は、市街から離れベッドタウンに行くまでの途中に位置していた。
「もうすぐ着きそうね。」
不図、後ろを向きながら、絶マキコが云った。
「… …!… …竹田!……着いてきてるわ。芥次郎。あそこのビルの上ッ」
俺もすぐに後ろを振り向いて、絶マキコの指さす方を確認する。
まだ遥か後方だが、ビルの上を片腕で器用に移動する車椅子の化け物が見て取れた。身体中から、煙を上げているように見える。
「アラ―。あれだけの爆発食らってんのに、元気な奴だねぇ。」
「なんかちょっと、煤けてるみたいなんだけど。ウケル。」
「どうやって、やっつけましょうね?一応、ダメージはあるっぽく見えますけど。」
芥次郎の姿を見ながら、絶ヨウコが腕組みをして疑問を口にする。確かに、有利な立地は見つけたものの、次の問題は其れだ。
だが、ゆっくりと考える間もなく、目の前には件の国立公園が見えてきた。
深夜近い公園内に、もはや人気は無い。所々の街灯が地面を寂しく照らしているだけだった。

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