第10話 帰路

文字数 2,373文字

眺めの良い山田(マウンテン・デン)のマンションから出て、俺は下り坂をゆっくりと歩き始めた。辺りはそろそろ日も落ちてきて夕闇が迫ってきており、マンションへの帰宅組の歩く姿が幾人か見える。今日は本当に疲れた。本来であれば俺にとって今日という日は、新たな挑戦と希望に満ち溢れた、年甲斐も無くきらめきに彩られた日になるはずだった。だが、蓋を開ければそれとは全く無縁、仇と仇の怨念因縁が渦巻くこの世の地獄道。思い出せば俺の人生にも今まで数々の分岐点があったはずだが、今日の其れは歴代でも割と急展開が過ぎる。
俺は今、朝大学のパンフを持って悠々と自宅を旅立ったその時とは打って変わって、両脇には17歳の少女の遺体を抱え、カーゴパンツのポケットには奇妙な木像2体を無理やり押し込み、呪いの眼差しを前方に向けながら一歩ずつ足を引き釣りながら坂を下っている。朝と昼の連戦。さすがに精神と体力は削りとられ、体力は既に限界に達しようとしていた。そんな中、ダメ押しの自宅までの死体運びである。俺は肩で息をしながら無心で足を動かしていると
「歩くのおっそいわね!そんなんじゃ、家に着くの何時になるのよ!あたしたちみたいな未成年を夜中に歩かせる気!?信じられない」
右のポケットに詰め込まれて頭半分だけ出ているゲルニカ似の木像が金切声を上げる。こいつの声はとても神経に障る。
「いやいや、お前、今はただの木の人形でしょ。歩かなくていいじゃん」
「うるさい!!これは暫定的なものよ!私たちはなんてったって、花も羨む17歳!夜道は危険ってのがセオリーなの。そこのところ忘れないでよね!!」
「… …ったく。ただの木の人形ごときが乙女のデリカシーを語るのか。あぁ面倒臭い……」
デンの家で最終的に目的を達成し、絶姉妹の依頼人の名を聞くことが出来た。俄然原尾四(がぜはら・びよん)。俺の平穏を脅かす容疑者として最有力な男の名前だ。まだ容疑者の段階であるが、ともあれ、此処からやっと捜索を始めることができる。これはとても大きな収穫だった。そしてそれこそが私、竹田雷電の安寧を健やかに取り戻す為の最優先の営みなのである。だが、その件の過程の中で、ちょっとしたイレギュラーが発生した。それが…、
「ハイ!私の名前は、ゲルニカマキコ!!木像の顔がピカソさんの絵に似てるからそんな名前が付けられたんだ!だけど、ホントの名前は絶マキコなの。ロングのセーラー服が好みだけど、今は身体が木像だから我慢、我慢。お父さまとお母さまを殺した犯人を捜してるんだけど、その途中で竹田雷電とかいうチンピラに殺されちゃった。」
「… …私の名前はハニワヨウコ。私の木像には目口に穴が開いていて真ん丸。自分で鏡で見てても間抜けだなぁと思う。絶ヨウコだったときは、赤のフレームの眼鏡を掛けてた。今の顔にも赤眼鏡が掛けられたらいいなぁと思う。」
という、この二人。つまり、何の因果か絶姉妹がおまけとしてついてきたのである。この状況については、話の成り行き上仕方無かったとはいえ、その結果で今こいつらの金切声を聞いていると、頭がおかしくなりそうだ。今更ながら後悔が沸き上がってきたし、是からやっていけるかが本当に不安だ。
現在の状況としては、俺は生者として絶姉妹の二人と盟約を結んでいる。そしてそれは是から一生死ぬまで続くものらしい。其れを思うと少しぞっと背筋が凍る気がするが、今はあまり考えない事にしよう。そして、そんな俺の存在は繋ぎ止める者(グラスパー)というらしい。デンのような高位の霊能力を持った死霊使い(ネクロマンサー)では無く、霊的な力は無いが、なんらかの方法で死者の魂を管理し繋ぎ止める存在なのだそうだ。なんちゃって死霊使い(ネクロマンサー)というものだろうか。
「はい、どうじょ。」
「うん?なんだ、これ。」
「指輪でち。」
「… …指輪?」
「竹田しゃんは、姉妹と盟約を交わしまちたが、でゃかりゃと言ってまだ不完全なのでつ。彼女りゃを完璧には管理できまちぇん。しかち、管理は盟約をちたものの、義務でちゅ。」
「… ……」
「ちょこで、この指輪でつ。是を左手の中指に着けてくだちい。この指輪の霊力のおかげで式神をちっかりと掌握できりゅでしょう」
と、デンから譲り受けたのが今左手の中指に嵌めてある色気も無い単純な銀の指輪。是にデンが言う掌握する力が備わっているのだ。デンの部屋で指輪を嵌めた後、おもむろに試せと言われたのである。
「試せ?何を。」
「左腕を勢い良く延ばちて、指パッチンしてみちぇくだちい。フィンガースナッピングでつ。」
「……指パッチンすりゃ良いの?… ……。…分かった。ちょっと、やってみる。」
デンにそう言われ、こう、リビングでやったような感じで左腕を勢い良くのばし、
どさり。
左脇に持っていた絶マキコの死体が道に落ちた。それも二の次で、俺はさっき部屋で行った動きを思い出しながら、勢い良く指パッチンをする、
ーーーヒィイイイイイイイィィィィウウウウーーーーーー
指輪を嵌めた中指と親指がこすれあった瞬間、其処から鳴ったのは破裂音では無く、例えるならば女の悲鳴、あるいは吹雪の中の鋭い風音、瞬間、
ドヒュッという大きな風切り音と共に、俺の少し頭上辺りに、長丈セーラ服姿の絶マキコと、おさげでニーソックスをちんと折った赤眼鏡の絶ヨウコが出現した。二人とも霊的な存在の為か半透明だった。
「出たッ」
絶姉妹は空中に唐突に使役され、眼を丸くしたのもつかの間、すぐに俺の変なニヘラ笑いを眼下に発見すると
「貴様!!私たちをオモチャにしてるなッ!!」
絶マキコが鬼の形相で遺憾の意を表明してきた。
「や、違う違う!ちょっと、いざとなった時の練習だよ!」
無意識に姉妹を使役してしまった俺は、不図我に返ってかなり焦った。
一方絶ヨウコは、そんな俺たちの攻防を後目に、赤眼鏡がちゃんと顔に収まっているところを両手で触れて確認すると、口角を少し上げて笑った。

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