第3話 血塗られた急襲③
文字数 2,283文字
山本真紀子と山本洋子は極々一般的な家庭に生まれた。
すなわち山本家で生を受けてからというもの、通常受容するべき愛情を当然のように受けて育ったのだ。真紀子と洋子の両親はその愛らしい二卵性双生児の誕生をこの上なく喜び、何事よりも優先した。そして、それに応えるかのように姉妹はすくすくと何不自由無く成長していった。
そんな幸せの中、姉妹が3歳を迎える幾日か前。その日は外を数年ぶりの猛吹雪が荒れ狂い、家族は早々に家に避難し、来るべきお誕生日会の準備を進めようと家族会議を行っていた。
「ほら、真紀子、洋子。お前たちの好きな動物は何か言ってごらん?」
「ふふふ。真紀子。あなた、キリンさんが大好きって言ってたじゃない。洋子は何だったかしら。あぁ、そうそう。あなたはハブが好きだったわね。」
そう言いながら母親が口に手を当てて楽しそうに微笑む。
「こらこら。母さんが答えちゃったらダメじゃないか。僕は此方におわしまする親愛なるレディたちに質問してるんだから。まったくお母さんは、嬉しくて仕方無いんだからね。」
「アラ、ほんと!ごめんなさい。ダメね、わたし。暫くの間、お口チャックだわね。」
母親がそう言うと、リビングは大きな笑いに包まれた。部屋に備えつけられた特注の暖炉はいつまでもその風景を温かく包んでいるのだった。
そんなとき、不図、父親が何かの気配を感じて何気無く玄関の方を見た。
一体何時から居たのか。其処には、真っ黒いマット素材のラバースーツに身を包んだ奇妙な二人組が此方を凝っと見ているのだった。良く確認するとそのラバースーツは各部に防弾プレートが備え付けられているようだった。つまり何等かの特殊スーツのようなものだったが、そのような代物を一般人である山本夫妻が知る由も無い。
一人は細身だが筋肉質な男だった。短髪に刈った頭と一目で鍛えられていると分かる太い首から角ばった顎のライン。そして印象的なのは目線隠しのように帯状に黒く塗りつぶされたフェイスペイントだった。そして正対し俯きがちに漆黒の中から、此方に視線を送っている。
もう一人は女だった。此方も線は細いが機能的な曲線美で、その長い髪は腰までありそうだったが、それが正しく判別出来ないのは其の女の姿勢の所為だった。
その女の姿勢は非常に奇怪だった。
女の上半身と頭は床に限り無く近づけられ、股下は極限まで開脚されながら直立を保持していた。そして両腕は腰の後ろで行儀よく結んでいたのだった。身体の柔軟性が異常なほど際立っていた。その姿勢を保ちながら、その眼はやはり舐めるように山本家族を凝視していた。女の目元もフェイスペイントで黒く塗りつぶされている。
山本家族は微動だに出来なかった。
まだ3歳に満たぬ姉妹でさえも、この異常な恰好をした黒づくめの二人組に対して泣き声一つ上げることを忘れてしまっていた。身体は身動きすることを拒否していた。それはおそらく人間がかつて持っていたであろう生存本能のサイレンなのであった。つまり、少しでも動けば間違いなく生命活動が停止するということ。
「どうだ?素質はありそうか。」
男の方が静かに声を発した。低く内臓に響くような声だった。
「分から無いわね。ぱっと見は只の眠たい豚の子にしか見えないけれど。」
そう言いながら女は後ろ手にしていた右腕を滑らかに前方に向ける。サイレンサーのついたウージーが姿を現した。
「まぁ、持って帰って試せば分かるだろう。」
男は尚も正対を崩さず女に伝えた。女は男に一瞥もくれなかった。
「そうね。」
そうね、と言い終わらないうちに、ウージーがぱらら、とリズム良く音を立てた。
山本夫妻の顔面にそれぞれ疎らな穴が開いて、其処からふわっと血液が噴射した後、夫妻はおもちゃのように少し跳ねてから倒れた。血液の点が姉妹に斜めに痕をつけた。
真紀子と洋子は両親が倒れ行く様を眼を見開いて追っていた。そのとき、洋子が頬を左手でゆっくりと撫でた。
「あら」
女が何かに気づいたように言う。その言葉に男が反応する。
「… …なんだ?」
「……この子たち。瞳孔が開いているわ。それに、このおさげの子は顔が赤くなって蒸気しているみたい。」
「… ……。ほう。」
女が奇怪な態勢から瞬時にキャットウォークを歩くモデルのような軽やかさで姉妹に近づいた。足音が全くしなかった。
「あんたたち、血が好きなの?」
姉妹を見下ろしながら女が言う。姉妹はその言葉に不図、我に返ったかのように女を見上げた。二人の顔を見て女はにっこりと笑った。そして自らが持っていたウージーを姉妹に一丁ずつ渡した。
「ほら。おもちゃあげる。これで死体を打ってごらん」
姉妹は渡された初めての銃を両親だった死体に向けた。それから、どちらが号令を掛けることもも無く、それぞれが思ったタイミングで引き金を引くと、また室内をぱららと銃弾が駆け回り、リビングの天井にまで真っ赤な自然曲線が尾を引いた。その楽し気な遊戯はそれからしばらく続いた。その姿を眺めながら女の方もまた下半身に疼きを感じつつこの上無い高揚を感じていた。そして一しきり姉妹の遊びを見た後、男の方を振り向いて言った。
「くす。あたし、もう子供要らないわ。」
「何故だ?」
「だって、この姉妹こそが、あたしたちの子供なんですもの。」
「… ………。確かに、そうだな。まるで俺たちの子供のようだ」
「絶家に迎え入れましょう。」
「ああ。だが、その前に機関に連れていく必要がある。全てはその後だ。」
--以上が、絶姉妹の生い立ちの記録であった。
すなわち山本家で生を受けてからというもの、通常受容するべき愛情を当然のように受けて育ったのだ。真紀子と洋子の両親はその愛らしい二卵性双生児の誕生をこの上なく喜び、何事よりも優先した。そして、それに応えるかのように姉妹はすくすくと何不自由無く成長していった。
そんな幸せの中、姉妹が3歳を迎える幾日か前。その日は外を数年ぶりの猛吹雪が荒れ狂い、家族は早々に家に避難し、来るべきお誕生日会の準備を進めようと家族会議を行っていた。
「ほら、真紀子、洋子。お前たちの好きな動物は何か言ってごらん?」
「ふふふ。真紀子。あなた、キリンさんが大好きって言ってたじゃない。洋子は何だったかしら。あぁ、そうそう。あなたはハブが好きだったわね。」
そう言いながら母親が口に手を当てて楽しそうに微笑む。
「こらこら。母さんが答えちゃったらダメじゃないか。僕は此方におわしまする親愛なるレディたちに質問してるんだから。まったくお母さんは、嬉しくて仕方無いんだからね。」
「アラ、ほんと!ごめんなさい。ダメね、わたし。暫くの間、お口チャックだわね。」
母親がそう言うと、リビングは大きな笑いに包まれた。部屋に備えつけられた特注の暖炉はいつまでもその風景を温かく包んでいるのだった。
そんなとき、不図、父親が何かの気配を感じて何気無く玄関の方を見た。
一体何時から居たのか。其処には、真っ黒いマット素材のラバースーツに身を包んだ奇妙な二人組が此方を凝っと見ているのだった。良く確認するとそのラバースーツは各部に防弾プレートが備え付けられているようだった。つまり何等かの特殊スーツのようなものだったが、そのような代物を一般人である山本夫妻が知る由も無い。
一人は細身だが筋肉質な男だった。短髪に刈った頭と一目で鍛えられていると分かる太い首から角ばった顎のライン。そして印象的なのは目線隠しのように帯状に黒く塗りつぶされたフェイスペイントだった。そして正対し俯きがちに漆黒の中から、此方に視線を送っている。
もう一人は女だった。此方も線は細いが機能的な曲線美で、その長い髪は腰までありそうだったが、それが正しく判別出来ないのは其の女の姿勢の所為だった。
その女の姿勢は非常に奇怪だった。
女の上半身と頭は床に限り無く近づけられ、股下は極限まで開脚されながら直立を保持していた。そして両腕は腰の後ろで行儀よく結んでいたのだった。身体の柔軟性が異常なほど際立っていた。その姿勢を保ちながら、その眼はやはり舐めるように山本家族を凝視していた。女の目元もフェイスペイントで黒く塗りつぶされている。
山本家族は微動だに出来なかった。
まだ3歳に満たぬ姉妹でさえも、この異常な恰好をした黒づくめの二人組に対して泣き声一つ上げることを忘れてしまっていた。身体は身動きすることを拒否していた。それはおそらく人間がかつて持っていたであろう生存本能のサイレンなのであった。つまり、少しでも動けば間違いなく生命活動が停止するということ。
「どうだ?素質はありそうか。」
男の方が静かに声を発した。低く内臓に響くような声だった。
「分から無いわね。ぱっと見は只の眠たい豚の子にしか見えないけれど。」
そう言いながら女は後ろ手にしていた右腕を滑らかに前方に向ける。サイレンサーのついたウージーが姿を現した。
「まぁ、持って帰って試せば分かるだろう。」
男は尚も正対を崩さず女に伝えた。女は男に一瞥もくれなかった。
「そうね。」
そうね、と言い終わらないうちに、ウージーがぱらら、とリズム良く音を立てた。
山本夫妻の顔面にそれぞれ疎らな穴が開いて、其処からふわっと血液が噴射した後、夫妻はおもちゃのように少し跳ねてから倒れた。血液の点が姉妹に斜めに痕をつけた。
真紀子と洋子は両親が倒れ行く様を眼を見開いて追っていた。そのとき、洋子が頬を左手でゆっくりと撫でた。
「あら」
女が何かに気づいたように言う。その言葉に男が反応する。
「… …なんだ?」
「……この子たち。瞳孔が開いているわ。それに、このおさげの子は顔が赤くなって蒸気しているみたい。」
「… ……。ほう。」
女が奇怪な態勢から瞬時にキャットウォークを歩くモデルのような軽やかさで姉妹に近づいた。足音が全くしなかった。
「あんたたち、血が好きなの?」
姉妹を見下ろしながら女が言う。姉妹はその言葉に不図、我に返ったかのように女を見上げた。二人の顔を見て女はにっこりと笑った。そして自らが持っていたウージーを姉妹に一丁ずつ渡した。
「ほら。おもちゃあげる。これで死体を打ってごらん」
姉妹は渡された初めての銃を両親だった死体に向けた。それから、どちらが号令を掛けることもも無く、それぞれが思ったタイミングで引き金を引くと、また室内をぱららと銃弾が駆け回り、リビングの天井にまで真っ赤な自然曲線が尾を引いた。その楽し気な遊戯はそれからしばらく続いた。その姿を眺めながら女の方もまた下半身に疼きを感じつつこの上無い高揚を感じていた。そして一しきり姉妹の遊びを見た後、男の方を振り向いて言った。
「くす。あたし、もう子供要らないわ。」
「何故だ?」
「だって、この姉妹こそが、あたしたちの子供なんですもの。」
「… ………。確かに、そうだな。まるで俺たちの子供のようだ」
「絶家に迎え入れましょう。」
「ああ。だが、その前に機関に連れていく必要がある。全てはその後だ。」
--以上が、絶姉妹の生い立ちの記録であった。