第18話 復路

文字数 2,281文字

「…ねぇってばー、竹田ぁ。そろそろ帰らない?」
不図、気が付いて顔を上げると、いつの間にか絶姉妹は武器慣らしを終えていた。絶マキコは腕組みしながら不貞腐れた顔で此方を見ている。その隣では絶ヨウコが肩に一刀雨垂れ(いっとうあまだれ)(もた)れさせ、ちょこんと地面に体操座りしていた。
「おう、そうだな。えーっと、アラ。もう昼前か。んじゃ、そろそろ帰るか。」
「さっきから呼んでるのに、全然返事しないんだけどー。」
そう言いながら、絶マキコが片頬を小さく膨らませる。其れに合わせるように金髪のボブ頭がふるふると軽やかに揺れた。
「え、そうだっけ。悪い、悪い。てか、武器の練習は十分に出来たか?」
俺もズボンの埃をはたきながら立ち上がる。それから、デンにまたなと言いテレビ電話の通話を切った。
「もっちろんよ!準備万端だわ。それにしても、本当に良い武器を手に入れたわ。この苦無(くない)も軽くて最高。ねぇ、ヨウコ!」
「えぇ。此の野太刀も(すこぶ)る斬れ味、(はなは)だしいです。まるで斬れば斬る程、切っ先(きっさき)が研ぎ澄まされてゆく様。こんなに鋭く其れでいて妖艶な刀、初めて出会いました。」
絶ヨウコが珍しく感情を全面に押し出し饒舌に話す。その頬は薄桃色に昂揚していた。おさげの少女が初々しく語っている、しかしその内容とのギャップを傍から見ながら、俺は心の中で小さくほくそ笑んでいた。
「そいつは良かったな。抜群な武器を持ってくれたんなら俺も心強いよ。なにせカチコムにしても明日は俺、並みの人間だからさ。」
二人に手振りして、帰ろうと(うなが)す。それを見て二人の式神はセーラー服を(なび)かせながら宙を滑るように近づいてきた。
「あー、そっか。あんた、火曜日しかサイキック使えないんだっけ?うふふ。ウケルー」
絶マキコが冷やかすように俺の頭の上でぐるりと一周する。
「うるせーよ。てか、1週間の内、1日しか能力使えねーんだよ、こちとら。」
馬鹿にされているようだったので、俺はちょっとイラっときて面倒臭そうに答えた。すると、絶姉妹がお互いの顔を見合って何やらキョトンとしている。
「… ……?…どした?」
そのまんまの顔を、二人は同時に此方に向ける。今度は絶ヨウコが口を開く。
「1週間で1日しか能力が使えない状況で、是まで良く生きて来れましたね。」
「うんうん、ホント其れ。」
絶ヨウコの合いの手が入る。是は一体全体、馬鹿にされているのか、其れとも何か褒める的な感想なのか、その真意を俺は全く測りかねた。
「其れ一体どういう意味さ… …。まぁ、そんな境遇だから用心深くもなるんだって。何せ危険が多いから、身を守る術とか生き残る知恵とか、どうしてもそっちの技術に(さと)くなっていくのよ。これまで何回、死にかけたことか…」
俺は是までの数多の危機を思い出しながら、良くぞ生き延びて呉れたな俺、と自分自身にエア乾杯し、一人目頭を熱くしていた。
「まぁ、その身を守る術とか生き残る知恵って奴に、私たちは()られたって訳だしね。口惜しいけれど、それが年季の差って事なのかしら。」
「…… ……!!… …ちょ、ちょっと!幾ら今、俺が無能力者だからって、今俺を()るってのは、其れはちょっとあまり良く無いと思うよ!だだって、なぶり殺しじゃない、そんなの。」
「…… …何、取り乱してるのよ。そんな事できる訳ないじゃない。あんた殺しちゃったら、あたしたちも死んじゃうんでしょ。」
「あー、そっか。まぁ、そうだよな。」
確かにそうだ。俺と姉妹は今や一心同体なのである。ただし、どちらかと言うと繋ぎ止める者(グラスパー)である俺の方が上位になる。俺が死ねば姉妹の存在も消えてしまうが、姉妹が先に死んでしまっても、俺の存在は消えない。つまりは絶姉妹二人の魂が俺に依存しているという構図だ。
「でもさ、何であんたの能力って、1週間に1回しか使えないんだろうね?」
絶マキコがボブ頭の後ろで手を組みながら、素朴な疑問を口にする。
「其れはこっちが聞きたいよ。ってか、子供の時に発現してからずっとそうだから、不自由って感じでは無いけどさ。お前らみたいに好きなだけ何時でも能力を発揮できるのは、正直羨ましくはある。」
「へー。意外と、苦労してるんだね、あんたも。」
「子供が生意気言うんじゃ無いっての。… …あ、そうそう。そういや、さっきデンと話しててお前らに共有しないと不可無い話があったんだ。えーっとさ… ……」
ザシュッ。
山林を下りる途中の獣道。公道まではまだ幾らか距離がある。両脇を深い木々が遮る見通しの悪い場所で、ずっしりと重たい物が地面に落ちたような音がした。俺たちは咄嗟に其方の方を向いた。其処には、獣のような体毛に全身が覆われた、鋭く長い爪を持った異形の者が、荒い息を吐きながら立っていた。犬か獣かという口元から溢れる涎と共に、凶悪な牙が見え隠れする。デーモンだ。
「…!…こいつらって…」
マキコが眼を見張って呟く。
「… …見るのは初めてか?こいつらがデーモンだ。まったく、一体何処から湧き出てくるのか見当もつかないが、こうやって突然現れては、飽きもせず襲ってくるんだよ。」
「機関で習ってはいたけど、見るのは初めて……。」
絶姉妹は、初めて見る人間でも無く動物でも無い化け物から少しも眼が離せない。
「そっか。んじゃ、今日が初体験って事じゃん。丁度良いや。折角だからお前らの武器、試してみたら?」
俺はなんだか口元から湧き出る笑顔を抑えられなくなる。そして、其れは絶姉妹の二人も同様だった。俺の言葉を合図に、絶姉妹は、視線はそのままに其々自身の武器を握る。絶マキコの口元が緩み、口角が少し上がる。
「そう… …ね。… …それじゃあ、頂き、ます。」

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