第7話 事情聴取

文字数 2,967文字

 「こいつらは絶姉妹。絶ファタマと絶クォリの暗殺者夫婦の子供だ。絶家については知っているか?」
 俺は床に仰向けに寝転がった絶姉妹の死体を見ながらデンに説明を始めた。デンはソファで膝に頬杖をつきながら俺の話に耳を傾けている。
 「ちっては居ますが、夫婦に子供っていまちたっけ?」
 「あぁ。居たんだ。ただ正確には養子だ。絶家が14年前に家族に迎え入れたそうだが、その存在については長らく秘匿されていたようだ。俺も姉妹についての情報は極最近耳にしたばかりで、カタログスペックしか知らなかった。そして今回奴らと初めて遭遇したんだ。どうやら姉妹は俺に対して並々ならぬ憎しみがあるらしい。両親の仇だそうだ。」
 「… …そりゃ、竹田しゃんは色んな敵を殺ちまくりてまつし。色んなちょこから怨みも買うでしょうめ。」
 絶姉妹を見ていたデンが、そう言いながら上目使いに俺を見る。
 「あぁ。其処なんだ。まぁ俺だって、俺の事情がある。つまり、生きながらえなければならない。其れは俺の人生のテーマだ。そして、その為には俺に降りかかる火の粉は全力で振り払わなければならない。だが、今回問題なのは、俺が今まで振り払った火の粉の中に、絶夫婦は含まれていないということだ。」
 「はぁ。つまり絶夫婦は殺ちて無いちょ」
 「間違い無い。」
 デンが背筋を伸ばして腕組みをする。
 「ちいうこちょは、濡れ衣と?」
 「そういうことだ。で、それが今回お前に協力してほしい依頼となる。俺はその濡れ衣の出どころをハッキリとさせたい。この出どころが何処なのか。絶姉妹を養成したところは殺人教育機関だが、其処から俺が絶夫婦を殺害したという偽情報が流れたのでは無いかと思っている。偽情報を流した奴を特定してそいつを殺さなければ、俺の平穏は維持できない。でないと今後も災難が続く可能性があるからだ。心配の種を未然に摘み取りたいというのが、今回の件への俺の要望だ。」
 絶マキコの額に穴の開いた死に顔(デスマスク)を見ながら説明する。
 「… …なりゅほと。状況みゃ理解ちまちた。そうつると、竹田しゃんもちってるとうり、まずは姉妹の魂を降臨さちぇる必要があるのでちゅが… …」
 「あぁ。」
 「この手の料金みゃ、一律100万円からとなっておちまちゅ」
 「2万だ。」
 「は?」
 「2万にしろ。さっきの無用なトラブルの慰謝料だ。」
 「に、2万?!ちょれはちょっと…」
 「2万だ。」
 俺は両手を開いて全ての指の関節を鳴らしながら、デンを睨みつけた。眼球に小さく青い電撃が幾つも走った。
 「はい… ……」
 デンはそれを見ると変なニヘラ笑いをしながら渋々了解した。


 デンはソファから立ち上がると、寝転がっている死体へ(かが)み込み、姉妹の肩にそれぞれ手を置いた。
 「… ……。まじゅは、絶姉妹の身体きゃら魂の情報ょあちめまりゅ。肉体には、インターネットてょ同じようり、魂にょ履歴が残しゃれれいまちゅので、ちょりをあちゅめるのでつ。」
 そういうと、デンは目を瞑りまた何かの念仏のような言葉をつらつらと吐き出した。そしてそれに呼応するかのように、絶姉妹の身体が小さく震えはじめ、まるで映像が荒れるかのようにブレて見えた。
 「…たまちいの履歴にアクセシュちて、今のたまちいの行き先を検索ちまちゅ。… ……はいはい。なりゅほでょ……。」
 それからしばらく、デンが独り言ちながら姉妹の肩に手を置き続けていた。俺はその姿を眺めていることしかできなかったが、その時不図、デンが大きな声を上げた。
 「竹田しゃん!其処に立てちぇありゅ、木像ありゅでしょ。魂ちゅれ帰って、其れに居りぇまつから、此方に持っちぇきちくだちい!」
 俺は突然のことに驚いたが、すぐに辺りを見渡してみると、80インチの壁掛け大型テレビの下に小さな木像が幾つも行儀良く並んでいた。俺はその中の端から二体を手に取ってみた。一つは一般的な埴輪の木像で、右手を腹部の前に左手を顔の横まで上げているような恰好をしていた。目と口はくりぬかれたように真ん丸で大層間の抜けた面構えをしている。そしてもう一つは、此方は何故かとても雑な作りだった。身体の部分が只の木片と言った感じで手や足のようなものが無い。また、顔面も全く精査された形跡が無く、どうやらペンで手書きされたように目鼻口が描かれていた。俺はその顔を見てピカソのゲルニカを思い出した。
 「この二つで良いか?」
 俺はその二つの木像を持ち上げてデンに見せた。デンは此方を一瞬見た後、すぐに目を瞑り念仏を唱え続ける。
 「良いでちから、早く持っちぇき!今丁度、たまちい、ちゅかまえまちたから!」
 俺は急いで木の像を持ってきて、言われた通りデンの目の前に置いた。そのタイミングと同時に、リビングの部屋全体がぐらぐらと地震のような振動を起こし、それは徐々に大きくなっていった。それからすぐに部屋の天井から二本の白い帯が立ち上がったかと思うと、其処からすうっと、二つの大きな白い塊が姿を現した。
 「… …それでは、姉妹のたまちいよ!此方にお入りくぢゃさい!!」
 デンが額に脂汗をかきながら大声で魂に号令を掛け、両手を二体の木像に振り下ろす。大きな二つの白い塊は、その号令に導かれるように木像の中に吸い込まれていった。
 それを契機にリビングは再び通常の風景を取り戻した。
 「… …ハイ。これじぇ魂の帰還は完了でちゅ。竹田しゃんの要望通り、何でみょ聞いてみちくだしい。」
 デンが言う事を夢中で聞いてから、俺は床に置いてある二体の木像を見た。
 デンはソファの横に投げ捨ててあったハンドタオルを掴み、一仕事終えたという風に顔面と頭を乱暴に拭いた後、二体の木像をテーブルの上に置いた。
 「… ……。これ、もう、此処に入ってるのか?」
 「しょうでちよ。… ……ホレ。お前りゃ。何か喋りんしゃい。ホレ。ホレホレ」
 デンが木像の顔をつんつんと指で弾く。その反動で木像が横にふらふらと揺れ、倒れそうになったが、なんとか踏み留まった。
 「… ………。な、なに?」
 ゲルニカの方が声を上げた。
 「…… ………マキコ?」
 続いて、ハニワの方が喋る。どうやら、ゲルニカが絶マキコで、ハニワの方が絶ヨウコのようだ。
 「よう。絶姉妹」
 俺はその声を聞いてから、二人に話しかけてみた。
 「!!」
 一瞬の間があった。それから、二人が同時になんらかの奇声とも悲鳴とも分からないような大声を上げたが、小さな木像が喚く様は何かコミカルで可愛らしかった。
 「デン。こいつらは、危険性は無いのか?」
 俺は念の為、デンに聞いてみた。
 「はち。大丈夫でちよ。木像に封印ちゃれているかりゃ、何にもできましぇん」
 それを聞いて俺はとても安心した。これでゆっくりと絶姉妹と会話ができる。姉妹は一しきり喚き散らしたようで、今は二人とも黙りこけている。
 「… …気が済んだか、絶姉妹。」
 「…… ……。貴様、竹田。何のようだ。その貴様の面、見るのも吐き気を催す。一体私たちに何をした!」
 ゲルニカマキコが静かに、だが迫力のある声で言う。どうやらやはり、マキコもヨウコも今の状況が不思議らしい。ただし、自分たちが既に死亡しているのは朧気ながら分かっているような話ぶりである。まずは其処から話を始める必要がありそうだ。

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