第26話 夜の公園②

文字数 4,762文字

俺はバイクの速度を緩めながら辺りを丁寧に見渡す。
国立公園をと云うだけあって敷地は驚くほど広かった。見渡す限りの地面は向こうまで芝生で覆われており、その所々が緩く隆起して丘を形成している。今は深夜近い為人影はベンチに座るアベック数組と云ったところだが、昼間は沢山の人で賑わっている場所だろう。
此れだけの広さがあれば、芥の攻撃を避けながら十分に戦う事が出来る。奴の規格外のパワーとスピードに対して目の前から対処するのは難しい。だから、出来るだけ芥の全体像を見計りながら戦う必要があった。
「こんなに広いんだねぇ… …。私来るの初めて。」
「… …私も。」
姉妹二人は彼方此方(あちこち)確認しながら、夜の公園を興味深げに眺めている。
「… …あ、アソコ、ブランコがあるよ!」
絶マキコが後ろから透き通った指先を伸ばして声を上げた。マキコの云う先を見てみると、其処には幾つかの遊具が密集していた。
「おい、マキコ。今はそんなとこ見てる暇ないぞ。芥がすぐ其処まで来てる。」
俺は首だけ横を向けながら、楽しそうに話す絶マキコに云った。
「なんで?別に公園の中だったら、何処だっていいじゃん。ねぇ、ヨウコ。あんたもそう思うでしょ?」
「……え。… …まぁ。私も特に問題無いかと……」
「えー、ヨウコまでそんな… …」
確かにマキコの云う通り、戦う広さが確保されているならば何処でも構わない。後は夜間なので明かりがあるかどうかだが、遊具スペースには隣に公衆トイレが併設されている事もあり、集中的に照明が設置されており比較的明るかった。
ブランコの真後ろ辺りにバイクを止めて、エンジンを切る。遊具スペースには滑り台、ブランコ、鉄棒、其れからスプリング遊具があった。ちなみにスプリング遊具とは、動物等の乗り物の下部にバネが付いており、乗ると体重の所為で前後左右に動くというものだ。
「うわぁ。ブランコ!」
マキコがバイクから降りてブランコに飛び乗る。その後を追ってヨウコももう一つのブランコに座った。もうすぐ其処まで芥が追跡してきているにも関わらず、姉妹のこのマイペース振りには流石に呆気に取られた。
「もうすぐ其処まで敵が来てるって云ってんのに。」
「何よ。別に良いじゃない。どうせ、何してても追ってくるには変わりないんだしさ。今更ジタバタしてても始まんないよ。」
そう云いながら、マキコは勢いをつけて何度もブランコを漕いだ。全く肝が据わってるんだか何だか分からない。その隣でヨウコも鎖に手を掛けながらゆっくりと揺れていた。少し笑みを浮かべて密かに楽しそうだった。
それからすぐ入口の方、距離にして此処から50メートル程のところで女の金切り声が木霊した。俺達は雑談を止めて其方の方の暗闇に目を止める。
芝生の地面を金属が乱暴に削る音がだんだんと大きくなり此方に近づいてくる。足元からライトが照らされるように明かりの中に芥次郎(あくたじろう)が現れた。体毛の隙間や顔面の青みががかった皮膚が、所々黒く(すす)けている。一部は皮膚が焼けただれている箇所も見受けられた。やはりあのガスに引火した大爆発には無傷で居られなかったようだ。戦闘力は桁違いだが無敵という訳では無いらしい事に、俺は希望を見出していた。
犬のようなくぐもった呻き声を上げながら、芥次郎が此方を凝っと見ている。相変わらずだらしなく口元から垂れ下がった長い舌からは粘り気のある唾液が零れていた。
芥の左手は地面に向かってだらりと伸びている。まだ目立った動きは見られない。
「どうする?」
絶マキコがブランコから飛び降りて、小さく呟きながら俺の横に立つ。マキコが両手を広げ左右の空間を握ると小苦無(しょうくない)が現れた。絶ヨウコも芥次郎を警戒しながら、手元の何もない空間から一刀雨垂れ(いっとうあまだれ)を現出させる。鞘からゆっくりと刀身を引き抜き脇構えの姿勢。俺はマキコと小声で話す。
「… …あのガス爆発食らって、流石にダメージはあるみたいだな。」
「…そうみたいだね… …。」
「お前、あれくらいの大爆発、出せるか?」
「… …… …うーん。…結構、しんどいかもだけど… …なんとか1、2回くらいなら。」
「… …そっか。じゃあ、力押しは厳しいか。」
絶マキコのポテンシャルで数回という事なら、其ればかりに頼るのは得策では無いだろう。もっと勝算のある策は無いものか。
「… …… …それか、… …押してダメなら、引いてみたらどうかしら。」
「…… ……なんだって?」
「… …昨日あんたン()の裏山で、デーモンと遭遇したじゃん。其れで、あたし、デーモンの口の中に手ぇ突っ込んで、内側から爆破したでしょ?あれ、どうかなって。芥だって、外側はカタイけど内側は柔らかい… …かも。」
俺は昨日の記憶を速攻で逐一辿る。確かに、外側の皮膚が硬質だったとしても、内側の方、内臓からなら、もしかするとイケるかもしれない。昨日出会ったデーモンと芥の力を同等に考えるのは少し無理があるが、それでも試してみる価値はある。俺は不図マキコとヨウコの姿にそれぞれ目をやる。絶姉妹の好戦的な構え。士気は問題無さそうだ。その時頭に不図、妙案が浮かんだ。
俺は辺りをぐるりと見渡して確認した後、絶マキコに声を掛ける。
「マキコ。」
「… …何?」
俺の呼び声に何かを感じたのか、絶マキコが俺の方を振り向いた。
「このブランコの柵、あるだろう。是を短刀程度に焼き切れるか?」
俺はブランコを囲むように設置してある一本状の細い柵をチラリと一瞥して云う。
「… … …多分出来ると思うけど、やった事ないから時間掛かるかも。でも、何でそんなもの…」
「ちょっと試したい事があるんだ。オッケー… …。じゃあ、俺とヨウコで陽動するから、その間に何とか頼むわ。で、その焼き切った棒… …」
俺が絶マキコと話していた最中(さなか)、ついに芥が声を上げる。
「…… …作戦会議中悪いが、そろそろ始めようか。」
そう云った芥の左手がするりと伸びて、地面に手の平をつく。
「… …… …あぁ、構わないぜ。…てか、あんたは大丈夫なのか?身体中、情けなく焦げちまってるぜ。」
俺は軽口を叩きながら左手に赤龍短刀、右手に護身用のトカレフを構える。自分の身体が少し強張っているのが分かった。その時、芥の地面についた左手が、鋭い爪を立てて地面を無造作に掴んだ。その強力な握力で芝生の地面にヒビが入る。
「… ……クックック。竹田、出来るだけ苦しめて()ってやるからな… …。」
左腕の握力を起点に芥の乗った車椅子が、まるで重力というものを無視してゆっくりと持ち上がって行く。腕が若干曲がった状態で、鋭い針のスパイクが俺達を串刺しにするように此方を向いた。
「… …マキコ、俺が合図したらその棒の切っ先を、強烈に熱して奴の口から胃袋に突っ込んでくれッ!」
「分かった!」
「ギャァアッ」
俺達三人が四方に散らばった所に、芥が奇声を上げ弾丸のように車椅子で突っ込んできた。事務所の時と同様、出鱈目な破壊力でブランコに衝突する。ごおんと云う大きな音が、深夜の公園に響き渡った。その途轍もない質量を受け止めたブランコと柵は、ブルドーザーに破壊されたかのようにグシャグシャに潰れ、全く原型を留めなかった。
俺は態勢を低くして芥から距離を置く。此方とは逆方向に避けた絶マキコを遠巻きに探すと、薄暗い中、マキコは滑り台の上にしゃがみ込んでいた。向こうも此方を確認している。眼で意思疎通すると、マキコは此方に向かって頷いた。
絶ヨウコは俺の位置からは少し遠い所に居るが、マキコよりも距離は近い。ヨウコにも段取りをしなければならないので、なんとか近づきたかった。
「ヨウコッ!」
俺は絶ヨウコに向かって全速力で走る。其の動きが全て見えて居るのか、芥の獣染みた左腕が長く伸び、俺目掛けて飛んできて地面に突き刺さった。俺は芝生を両足で蹴って宙へ逃げる。
ヨウコも俺の声を合図に此方に近づいてきたが、其方にも抜け目なく芥の第二撃が襲いかかっていた。走るヨウコの首元に、物凄いスピードで芥の鋭利な長い舌先が飛んでくる。
「左ッ!!首元!狙ってるぞッ!」
俺はヨウコに向かって叫んだ。全く気付いていなかったヨウコがギョッとした表情で左を一瞬見た後、首を僅かに横へずらす。遅れて其れを追いかける二本の三つ編み。今しがたヨウコの顔があった正にその部分へ、唾液を散らしながら長い舌先が空を切った。
「… …あっ… ……ぶッ…ないッ」
ずらした絶ヨウコの頭が、そのままの勢いを保ちながら上半身ごと真下に弧を描く。地面に落ちていく頭と仰向けになる身体、遅れて、両腕に収まった一刀雨垂れ(いっとうあまだれ)が空を裂いた。その放物線上にあった芥の舌が綺麗に真っ二つに分かれる。
芝生の上に落ちて生き物のようにのたうち回る長い舌先。千切れた部分から赤い血液が噴射した。
すかさずヨウコが態勢を立て直し、抜かりなく追撃の構え。右手をかざして芥に繋がっている長い舌を狙う。
「… …(こお)って。」
絶ヨウコが追い打ちの凍結(フリーズ)を放った。ヨウコの手から結晶が零れ落ち、芥の舌の千切れた部分をみるみる真っ白に染めてゆく。芥が(たま)らず素早く舌を口の中へ戻す。そして、俺も此の流れを只見ているだけでは無かった。腰を低くして片膝をつき、護身用のトカレフの銃口を芥の眉間に合わせる。
「…死ねッ!」
俺は情念を込めて呪いの銃弾を放ったが、芥の獣の左腕が其れを阻止した。が、弾丸は容赦無く芥の左腕にめり込んでいく。芥の左腕から赤い血液が流れだした。その流血する赤は、かつて芥が人間だった事を思い出させた。
「グウ…」
芥が(うつむ)いて(ひる)んだ。
その隙に俺はヨウコの元に走り寄る。ヨウコの元に着いて緊急停止しようとした際、落ちていた石に(つまず)いて思い切りこけた。仰向けになりながら、絶ヨウコを見上げる。ヨウコは目を丸くして俺を見下ろしている。
「… … ……大丈夫か?」
「サポート、有難うございます… …と素直に云いたい所ですが、竹田さんの方こそ。」
「…おう、… …此方(こちら)もなんとか。… …疲れてるのかしら…。」
俺はすぐに態勢を立て直し、芥の方へ振り向いた。
芥は舌先を斬られ違和感があるのか、何度も口元から舌を出し入れしている。
「ヨウコ、お願いが二つある。」
芥へ銃口を向けながら、俺はヨウコに作戦を話す。
「… …はい。」
「手早く云うぜ。今マキコがブランコで武器の用意をしてる。その間、俺とお前で時間稼ぎをするんだ。是が一つ目。で、マキコの作業が完了したタイミングで、俺達でなんとかして芥次郎の動きを止める。其処へお前の能力で、芥の胃の中に水をぶっこんでくれ。是が二つ目だ。」
「… ……水、ですか?… …あたし、氷しか出せない。」
「いや、お前は水を作れるはずだ。俺と大学で戦った時、お前、半身に炎を(まと)ってたろ。炎と氷。其の二つのチカラを制御して水を作ってほしい。」
「そんな… …あの時は、兎に角、無我夢中で。まさか、マキコのような炎が出せるなんて、自分でも知らなくて…」
ヨウコが胸に左手を添えて不安そうな表情をする。
「俺の考えでは、炎と氷を操ったあの能力こそが、お前の本当のチカラなんだと思う。あの時は俺に対する憎しみで、お前の中の素の感情が表出(ひょうしゅつ)したんだよ。」
「私の本当の力…」
「芥を倒す為には今、お前のそのチカラが必要なんだ。頼むッ」
俺はヨウコに向かって手を合わせた。絶ヨウコは俺の提案に戸惑っている。元々、潜在能力はマキコより持っているが、良くも悪くも理性的なヨウコの性格が自身の才能にリミッターをつけてしまっている気がする。其処をなんとか取り払う事ができれば良いのだが。そして何より、現状、此の予想外の芥の戦闘力に対抗するには、絶姉妹二人の力に頼るしかなかった。
「…… … …分かりました。なんとか、頑張ってみます。」
「…… …有難う。俺も、全力でサポートするよッ」
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