序章①:チューズデイサンダー

文字数 2,417文字

 ともあれ危機は全力で回避された。
 デーモンに追い詰められ攻め立てられもう駄目だ、ついに俺もこのまま無残に死んでしまうのか、もう一度だけ好物の豚生姜焼きが食べたかったな、濃厚なカルピスを鱈腹飲みたかったな、等と諦めかけていたその時、幸運にも腕時計のアラームがピピピと零時を指した。そう、ついに火曜日が到来したのだ。
 俺は常日頃から心身の鍛錬を怠らない。それは膨大な体力を消耗する精神の修行だ。俺は何時も待っている。その瞬間を。そして、ついに来るべき時が来たならば、俺は必ずどんな状況であろうとその実力を爆裂に100%発揮するのだ。例え其れが女の子とチョメチョメしている時であろうと、車を運転している時であろうとだ。ギリで終電を逃し満喫で寛いでいる時であろうと、自宅で安らかに寝ている時であろうとしてもだ。もしくは深夜番組がどれほど面白くて見入っている時だろうと、コンビニで必死にチョメ本を立ち読みしていた時だろうと、その他、えとせとらえとせとらだとしてもだ。
 つまり俺は深夜零時を過ぎ、火曜日となった瞬間から鬼神となる準備をしており、その心構えを毎週持続させているのである。と、実際このエピソードだけでも超能力者が一体どれほど大変かということがお分かりに頂けるはずだ。肝要なのは俺は何としても俺の平穏なる日常を、俺のかけがえの無い生涯を無事に生き抜きたいと言うことだけだ。
 俺はつまり超能力が使えるのである。頭で念じると雷を落とせるのだ。そしてそれはとても強力で大規模な落雷だ。自分で言うのもなんだがもうものすごい勢いの雷を落とすことが出来る。俺が一度(ひとたび)この指先に念を込め「サンダー!!」と大きな声を張り上げ指させば、その方向に容赦の無い雷を落とすことができる。精度は言うまでもなくバツグンだ。
 以前休日に公道でひったくりに遭ってオサレなハイブランドのセカンドバッグを持っていかれそうになった時、丁度火曜日だったこともあり俺は怒りにまかせて犯人へ落雷した。その後近づいてみると犯人は真っ黒焦げになって既に絶命していたが、セカンドバッグに入っていた集金した100万円も諸共に塵と化していたのだった。あの時の俺の絶望感ったら無かった。俺はその怒りを静める為、事務所に帰所し、100万円を集金した舎弟共を一人残らず真っ黒焦げにしてやった。俗に言う八つ当たりという奴だ。
 俺の超能力は発揮できる日が火曜日と限定される。これほど面倒なことは無い。巷にはそういう限定を受けない超能力者も沢山いるのだが、俺の場合はそう万能には行かないようだ。そういうわけで、俺は火曜日以外は只のチンピラとしてひっそりと生きている。舎弟を一人残らず黒焦げにしてしまったのがバレて組は破門になったが、ケジメをつけさせられると思った矢先、組長は「どうぞどうぞ」と不気味なほど丁寧な対応で選別として300万を俺に持たせてくれた。ヤクザも大したものでは無いと思った瞬間であった。
 そういったややこしい能力の所為で俺には腕時計がかかせないのだ。
 今回もたまたまデーモンが月曜の深夜に現れてくれて良かった。月曜の深夜ということもあって、できるだけ隠れて時間稼ぎをしたのが功を奏した。まともに戦っていれば俺は間違いなくデーモンに食い殺されていただろう。逃げながら必死でジャングルジムの周りをデーモンと二人でグルグルしたが、ともかくあの小学生戦法は実に有用だったのだ。
 過去に一度、金曜の昼間にデーモンに襲われたことがある。金曜の真昼間、誰もいない工場に手紙で呼び出されたのであるが、それはつまり罠だったのだ。
 女の子の可愛い丸文字で「工場でお話しがあります。是非雷電様にお伝えしたい事があるので工場までおこしやす。」と書かれた文章は、素人童貞の俺には途轍も無く眩しく映り、まんまとデーモンの謀略にかかってしまったのである。俺は変なニヘラ笑いを浮かべながら頭ぱっぱらぱーな感じで工場にダッシュで向かったところ、到着と同時に案の定デーモンにボコボコにされた。鋭い爪で体中を引っ掻き回され、泣く子も黙る激烈な牙で幾度も噛み付かれた。俺は傷だらけの瀕死状態で戦術的逃走を図ったが、それは既に敗走意外の何物でも無かった。火曜日まで後どれほどだろう、はっきりと分かることは時間は俺に味方しなかったということだ。嗚呼、最早万策は尽きた。俺の命運もついに此処までか。出来ればもう少し生きたかった、とキリシタンでも無いのに胸の前で十字を切った時、突然空や辺りが暗くなったのである。そしてその瞬間ピピピと腕時計のアラームが鳴った。反射的に時計の針と日付を確認すると、なんと日付が火曜、針は丁度零時を指していた。まさかと思い辺りを見渡してみる。遥か遠方に見える工場の屋根の上に金月(かねつき)が満月を背に立っていた。気まぐれ屋のフライディ・ムーンだ。奴の能力は金曜日に発揮される。一体どのような能力かというと、あらゆる時を操ることができるのだ。襲われた日が金曜日で本当に助かった。奴はその能力を使って火曜の深夜零時にまで時を早めてくれたのだった。そうなるともう此方の番だった。散々やられた借りは恐ろしいほどの暴利をつけて返させて貰おう。
 それからの俺はまさに鬼神そのものだった。いや魔神と言っても過言では無かった。俺自身、記憶が無くなるほど理性を吹っ飛ばしの大暴れで、現場はそれに比例し目も当てられぬ惨状であったようだ。その一部始終を見ていた金月の証言によると、奴は体をブルブル震わせながら「あの夜のことは思い出したく無い」等と言って逃げるように世界放浪の旅に出ていってしまった。後日、朝刊を見てみると、件の工場の半径500メートルが跡形もなく消えていたという記事が載っていた。草木や植物も含めて生きているものはゼロだったそうだ。俺はこのとき自身の才能を酷く恐れた。

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