皐月   黄昏

文字数 788文字

「家ここなの?」

私はわずかに顔を傾け

彼の方角に目を向けた

「ああ、そっちは家近いのか?」

彼は喘ぎながら空を見上げ

ネクタイを緩め

第二ボタンまで開けていた

「畑の先に新興住宅地あるでしょ、そこ」

「じゃあ、けっこうかかるな」

「でも自転車なら十五分くらいだから」

「ちょっと待ってて」

ぎこちなく立ち上がる彼は

玄関ドアから家の中に入っていった

「アイツ……絶対、水飲みにいったな」



見知らぬ住宅地の外灯を眺めていると

胸の内が締め付けられるようだった

一人でいるのが切なくなる

昼間は鮮やかだった

庭木の緑も

夜は全て闇で染まり

近寄りがたい



近道を探しさえしなければ

今頃とっくに

ひとっ風呂浴びて

リビングのソファでくつろげたはずなのに



散々悪く言ったが

アイツはやはり

バスケ部のレギュラーだけの事はある

正直

ついていくのがやっとだった

勝負を再開すれば

恐らく負けるだろう

牛乳をまた買い

更にジュース一本分余計な出費

几帳面な母に遅いと注意され

食べ盛りの弟に腹減ったと騒がれ

心配症の父にあれこれ詮索され

散々な一日で終わりそうだ



「まさかアイツ……ひとっ風呂浴びてんじゃないでしょうね……ひとっ風呂……」



その表現が

個人的には可笑しくて

微笑していると

再びドアが開いた

私は慌てて

苦しそうに呼吸してる演技に努めた



「本当だって、ほら、そこにいるだろ」

彼は靴を履きながら

横を向いて誰かと会話していた

私を指差し

もう片方の手には

何かを入れた

白いビニール袋を

ぶら下げていた

「トイレとは言わせないわよ、どうせ何か飲んできたんでしょ、このドーピング……」

「あ、本当だ、あれ? バスケの相手って女の子?」

長い茶髪を束ねた母親らしい女性が顔だけ出す

けっこう美人だ

「あっ……夜分遅くまで騒いでしまって、すいません」

私は反射的に立ち上がって

朦朧としながらも

頭を下げた

「お前、そんな性格だったけ?」

口を開きかけた私は

彼の母親の笑顔が目に入り

思わず口をつぐんだ

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登場人物紹介

北里 舞 


本作の主人公  

地方住宅街に越してきた 

普通の高校一年だが 

自分の感受性を大事にしている


新田 俊 


舞が買い物帰りに旧住宅街で遭遇する  

バスケをこよなく愛する同級生  

クラスの女子にそれなりにモテる

栗澤   麻都佳 


学校近くのコンビニでバイトする 

舞の同級生にして親友


月成 


麻都佳経由で知り合う事になる

舞の宿敵の同級生 

可愛らしい外見の男子で 

女装してもバレない

織原   香月 


秋冬編から登場 

舞の中学時代の親友だった 

同じ高校に通うも...... 


常磐     景織子 


秋冬編から登場 

香月の親友の美人 

人とあまり関わりたがらない

柏木 

 

どうも景織子が好きらしい別クラス男子


基宏 


舞の中学生時代の思い出に 

出てくる男子

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