ホームページ(1)

文字数 2,553文字

 家に戻ると葵はキッチンに立ち、夕飯の支度を始めた。美緋絽はスペルを忘れないうちにと急いでパソコンを立ち上げ、《FIORE》を調べ始めた。
 ときどき葵がキッチンからリビングへと行ったり来たりしていて、美緋絽は少し警戒しながら検索していた。なかなか《FIORE》がうまく調べられず、イライラしていた。検索で出てくるものは店や雑誌ばかりだった。

(スペル、間違えてるのかな。)

「フィオーレ、イタリア語ね。」

その時、不意に葵の声が耳元でして美緋絽はうろたえた。夢中になっていたため葵が覗き込んでいることにまるで気がつかなかったのだ。顔がカッと赤くなるのを感じたが、葵に気づかれないよう平静を装い、パソコンの画面から目をそらさずにきわめて落ち着いた口調で言った。

「そうなんだ。」

「お花のことね。何?お店かなんかの名前?」

葵はそう言いながらリビングに置いてあった新聞紙を手にキッチンへ戻って行った。

「うん・・・まあね・・。」

葵が離れていくと美緋絽はすぐに《イタリア語》という検索ワードを付け加えた。
 ようやく謎はひとつ解けたものの、やはりそれ以上のマユミと結びつくようなものは見つけられなかった。まぁ、当然と言えば当然だ。

(そうだ、マユミさんいつもスイートピーを植えている、て言ってたっけ。)

そこで、今度は《スイートピー》を調べてみた。するとマメ科の一年草の植物で原産地はイタリア、マユミが言っていたように移植を嫌うということが書いてあった。花の写真が載っていたがやはり見たことがあるような無いような、あまり記憶にある感じではなかった。けれどもスイートピーはふんわりとしたドレスをまとっているようなとてもかわいらしい花だな、と美緋絽は思った。
 更に他のサイトを見ると花言葉が載っていた。そこには、《門出》、《別離》などのほかに《優しい思い出》という言葉があり、美緋絽はハッとした。

(そうだ、プレートに【思い出の花束】とも書いてあった。)

慌てて《スイートピー》に《思い出の花束》というワードも付け加えた。ドキドキしながら新しい検索ページを見たが、やはり美緋絽が求めているようなものは見つからなかった。だいたいが花屋のホームページか結婚式場といった感じだった。
 がっかりしながらも次のページを開き、更に次のページ、次のページと開いていった。そして14ページまで開いてふぅとため息をついた。次のページには何かあるかもしれないという期待と見つからない失望とが繰り返されることに、ひどく疲れを感じて手が止まった。しかし、探求の気持ちが萎えたわけではなかった。違うアプローチをしよう、と美緋絽は思案した。

「ずいぶん熱心ね。見つからないの?」

葵がキッチンから声をかけてきた。

「う・・ん。」

うるさそうに美緋絽はあいまいな返事をした。

「ねえ、お店なの?店名だけで見つからないなら、そのお店のウリの商品とか入れてみたら?」

(ウリの商品?)

「ちょっと見てあげようか?」

葵がタオルで手を拭きながら美緋絽の方を向いた。

「いい!自分でやるから大丈夫!」

「そんなに大きな声出さなくてもいいじゃない。」

美緋絽の思いがけず強い口調に葵は驚きながら少しムッとして言った。

(そうか、マユミさんだけのワードを付け足してみたらいいのか。)

葵の声など全く聞こえていない様子に葵は少々あきれながら肉屋のタイムセールで手に入れたとんかつを揚げ始めることにした。
 マユミだけのワード。美緋絽はまずうぐいすの伝説が頭に浮かんだ。《思い出の花束 うぐいす 伝説》と入れて調べてみたがやはりだめだった。更に《FIORE》を加えてみたが結果は同じだった。しばらく考えて美緋絽は《うぐいす》と《伝説》を消し、代わりに《マドレーヌ レシピ》と入れてみた。やはりだめか、と思ったそのとき、あるホームページが目についた。

〈クッキー、マドレーヌ、パンなど家で作ることもない・・・・私がレシピを見て作ってもなかなかうまくいかない・・・〉

検索見出しを見て美緋絽はあっと声を上げそうになった。ちらっと葵を上目づかいで見たが葵はまるで気にする様子もなく、キャベツの千切りをしていた。美緋絽は心臓が高鳴るのを感じた。そしてホームページのタイトル【思い出の花束】をクリックした。
 ページが開くと、そこにはピンク色の小花で囲まれたタイトルがあらわれた。そしてタイトルの下に小さな文字で【ようこそ】と書かれていた。カーソルをいろいろ動かしてみるとどうやら【ようこそ】の文字から中に入れるようだった。美緋絽がクリックすると一瞬画面が真っ白になり、そのあと画面に現れたのはデザイン文字で書かれた数字だった。1から順に・・ではなくバラバラに、画面いっぱいに散らばっていた。いくつまであるのかちょっと見ただけではわからなかった。

(26、てあるから30くらいあるのかな?)

けれどもそれはすぐにまちがいだとわかった。右下に34という数字を見つけたからだ。
どうも数字をクリックするようだと分かり、すぐに34をクリックしてみた。するとまた画面が真っ白になりページが開いた。
 それは、読んでみると生まれてくる赤ちゃんの靴下を編んでいるという記事だった。若いママが本を見ながら編み進めて、間違いに気づくとほどいてはまた編むという作業をしている様子だった。なかなか進まない作業なのになぜか楽し気で、編み物などしたことのない美緋絽だったが、靴下が仕上がっていく様子が感じられる気がした。ふとマユミなら編み物も得意そうだと思ったが、今まで編み物の話をマユミから聞いたことはないな、とも思った。   
 やはり1番から見るべきだろうかとカーソルを1の数字に持っていこうとして手が止まった。21の番号が光っていたからだ。美緋絽は吸い寄せられるようにカーソルを合わせ21をクリックしようとしたその時、

「ヒロ、ご飯食べるからテーブル片づけてくれる?」

キッチンから覗き込むようにして葵が声をかけた。美緋絽はビクッとして一瞬声が出なかったが唾を飲み込むと

「わかった。」

とすぐに返事をした。もう夕食などどうでもよかったのだが、葵のいる今ここでそのホームページをみることは、よく考えれば避けるべきだと思った。そしてすぐにパソコンの電源を落とした。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み