台風(1)

文字数 1,973文字

 10月になって、朝晩急に冷える日が出てきた。手入れのほどこされたマユミの花壇だったがいつしか花の数は減り、残された葉も徒長してところどころ倒れかけていた。先日からマユミは伸びた木の剪定をしていたが、今週に入って夏の間に大きくなったものの植え替えや株分けをしている姿が見受けられた。
 美緋絽は最近ではマユミと顔を合わせても変に構えることもなく、自然に挨拶をしたり、会話をすることができるようになっていた。会話と言ってもとりとめのないものばかりだったが、初めは面くらった、今までずっと知り合いでもあるかのようなあのなれなれしい会話が、今ではとても自然に感じられた。構えず、気取らず、一歩歩き出すとすぐに忘れてしまうような会話が美緋絽には妙に心地よかった。
 10月も半ばのある日、珍しく葵の出勤前にリビングに降りてきた美緋絽に葵がせわしく動き回りながら言った。

「ヒロ、ちょうどよかった。今日台風来るみたいなの。」

(台風?)

美緋絽はまだぼぅーとした頭でつぶやいた。

「今日は急ぎの打ち合わせがあるから少し遅くなるけど、留守番頼むわね。」

葵は自分の食べた食器を洗い終えるとテーブルを拭き始めた。

(そういえば昨日テレビでそんなこと言ってたっけ。)

「夕飯、サラダと煮物作っといたから・・・あと、お魚は自分で焼いて食べて。」

台布巾を洗うと、キッチンの出窓に置いてあるマユミにもらった小さなハーブの鉢植えに水を遣った。

(台風なんて先週も来たじゃない。)

美緋絽はぼんやりと思った。

「いい?ちゃんと食べるのよ?お昼は冷凍のパスタかチャーハンにでもしてね。」

そう言い残すと葵は洗面所に消えて行った。
美緋絽はリビングのソファに倒れ込むように座ると大きなあくびをした。

(たまに早く起きるとこれだ。)

美緋絽がリモコンでテレビをつけると、暴風の中の防波堤にヘルメットをかぶったリポーターが必死で何かを訴えていた。美緋絽がうんざりしてチャンネルを変えると、そこに葵が顔を出し、

「ほら、見たでしょ?今度のは大きいみたいだからちゃんとしてよ!」

それだけ言うと、今度は2階へ駆けのぼって行った。それから5分ほどバタバタと家中を走り回っていたが最後に

「何かあったらマユミさんに電話しなさい。頼んであるから。」

そういって電話番号の書かれた小さなメモ用紙をテーブルの上に置いて、葵は出かけて行った。
 葵が出かけてしまうと家は急にシンとなった。時折する音は風が木々を揺らす音なのかふと外に目をやると、電線がいつもより大きく揺れていた。確かに風は強いようだ、と美緋絽は思った。そして見慣れた葵の几帳面な文字で書かれた電話番号にふと視線を落とした。

(でもなにかあったら、て何?)

しばらく見るでもなくテレビの画面をみつめていたが、やがて美緋絽はゆっくりと立ち上がるとストッカーへ行き、スナック菓子を一袋手にした。そして冷蔵庫を開けて牛乳を出そうとしてふとラップのかかった目玉焼きとハムが目についた。

(ワンパターン)

美緋絽の頭にそんな言葉が浮かんだ。そして牛乳を取り出すと扉を閉めた。テーブルで牛乳をコップについでいると、ふとさっきのメモ用紙に書かれた電話番号が目についた。
 葵の慣れた、整った数字で書かれたマユミの電話番号。なぜか違和感を感じた。マユミとはなんだかミスマッチのような気がした。しかし、いつものような受け入れられないものに対してのイライラとした嫌悪感はなかった。ただそれをいぶかしく感じている自分がいた。それが美緋絽にはちぐはぐで落ち着かなかった。
 そそくさとメモ用紙から目をそらすとテレビに目をやった。画面の中には情報番組が流れ、『家でも洗えるクリーニング術』と称して洗濯のノウハウを紹介していた。美緋絽にとっては全く興味のないものだったが、この時間帯は主婦向けの番組しかやっていないことを知っていた美緋絽は、おおげさな台風中継よりはマシだとチャンネルを変えずにいた。

(洗濯って、洗濯機に入れてスイッチ押せばいいだけじゃないんだ。)

見るでもなく見ていた美緋絽だったが、同じ洗濯機を使うにしてもその前にいろいろと手を加えておくと見事に汚れが落ちることに驚いた。

(きっとママはそのままポイポイ洗濯機に入れてるだけだ。)

そう考えて思わず美緋絽は笑ってしまった。

(今度洗濯機に入れる前に自分のだけでもやってみようか・・・)

ふとそんなことを考えていたその時、

「ここで台風情報をお伝えします。」

突然MCの女性アナウンサーが告げると、番組は中断され別スタジオからのニュースに切り替わった。強い勢力の台風が早いスピードで接近して昼ごろに暴風圏内、夕方から夜には上陸、暴風雨をもたらすおそれがあると告げていた。

(なんだかいつも大騒ぎして、結局大したことないじゃん。)

美緋絽はうんざりしてテレビを消した。



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