買い弁(1)

文字数 1,103文字

 それから1週間ほど、美緋絽は以前と変わりない毎日を過ごした。1日だけ学校には行ったものの3時間目で早退した。部屋の窓からは以前と同じようにマユミが甲斐甲斐しく庭の手入れや家事をする様子が見えた。一度、マユミが回覧板を持って美緋絽の家にやってきて葵としばらく世間話をしていたが、美緋絽は顔を出さなかった。
 マユミはティーパーティのことを葵に話した様子もなく、美緋絽にとってはありがたかった。けれども、なんとなく物足りない感じもしていた。なぜ葵にあの日のことを言わないのか、なぜ自分に何も言ってこないのか・・もう一度お茶に誘われても何も話すことはない、とも思っていたけれど。美緋絽はそんな自分の中の矛盾に困惑していた。

「ヒロ、明日なんだけど。」

仕事が残っているからと、猛スピードで夕飯を食べながら葵が話しかけてきた。

「お客さんの都合で打ち合わせが夕方になっちゃったの。だから明日の夕飯は自分で買って食べてくれる?」

葵は皿にサラダを盛りながら言った。

「うん。」

美緋絽はテレビから目を離さずに返事をした。
 葵はいつも遅くとも7時までには帰宅していた。仕事が忙しくても美緋絽にはなるべく夕飯は作って食べさせようとしていたのだ。しかし、仕事が軌道にのってきたこともあり、美緋絽が小学校高学年頃からは夕飯を買って1人で食べることもあった。

「ハンバーガーはダメよ。お弁当にして。」

ドレッシングをかけながら言った。

(買って食べるのは私なんだから。)

無言の美緋絽にかまわず葵は続けた。

「あなた、最近ぜんぜんご飯食べてないでしょ。スナック菓子ばっかり食べて。成長期なんだからね、少しは考えなさい。将来あなたもお母さんになるのよ、ヒロ。」

(オカアサン)

テレビに目を向けたまま美緋絽はふとマドレーヌを思い出していた。

(なんで?)

気がついて美緋絽はあわてた。そしてマドレーヌを思い出した自分になぜか罪悪感を感じていた。
 翌日の夕方、美緋絽は商店街の弁当屋にいた。葵に言われた時は絶対にお弁当など買うものかと思っていたが、今日になったらどうでもよくなった。ハンバーガー屋は駅まで行かなくてはならないため、面倒になったこともあった。
 弁当屋には美緋絽のほかに数人の客がいた。会社帰りの独身らしき男性が2人、小さな男の子を連れた若い母親、そして学生らしい若い男性。

(みんな帰ってテレビを見ながら無言でお弁当を食べるのか。)

いや、この男の子は母親と今日あったことなんかを話すのかもしれない。美緋絽はその落ち着きなく走って動き回る小さな男の子を目で追っていた。その時、いきなり肩をたたかれて美緋絽は驚いた。振り向くとそこには茜里(あかり)が立っていた。


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