ティーパーティー(1)

文字数 1,843文字

 玄関のカギをしめて道路に出ると、美緋絽は向かいの家の垣根越しに探るように庭をのぞいた。名前はわからなかったが、よく見る夏の花が花壇や木の根元に咲き乱れていた。近くで見るマリーゴールドは、フリルのような花びらを広げ誇らしそうに揺れていた。美緋絽がそっと門扉を押すとキッと一瞬乾いた音がした。

「あっ、どうぞ~玄関の横から回って来て~」

ちょうどティーポットを持って縁側に出てきた彼女は美緋絽に声をかけた。
 美緋絽が縁側まで行くと小さな座卓に小花柄のテーブルクロスがかけられていた。そしてその上に、マドレーヌとティーカップが仲良く並んでいた。マドレーヌはリネンのナプキンが敷かれたカゴの中に並んで甘い匂いを放ちながら、行儀よく出番が来るのを待っているようだった。ティーコゼイをかぶせられたティーポットがテーブルのまん中に置かれるとかわいらしいパーティーの始まりだった。
 美緋絽が彼女と小さなテーブルをはさんで縁側に座ると彼女はカップに紅茶をそそいでくれた。辺りに茶葉の香りが漂い、目の前には咲き乱れる色とりどりの花々。あまりにいつもの自分の日常とはかけ離れた状況に、美緋絽は少し緊張していた。つい誘われるままにここまで来てしまったが、この後どうすればいいのかわからず、後悔していた。

「さぁ、どうぞ。マドレーヌ、食べてみて。かなり自信あるんだけど?」

すすめられるままにおずおずと美緋絽はマドレーヌを手に取り、端っこを少しかじった。

(おいしい!)

表面はサクッとし中はしっとりとしている食感が心地よく、そのあとで少し酸味のあるさっぱりとした甘みが口の中にひろがった。

「どう?おいしいでしょ!」

自信たっぷりの笑顔で美緋絽の顔を覗き込んだ。

「・・・はい。おいしいです。」

自分の感情とは裏腹に美緋絽は小声で無表情に答えた。一瞬、素直になれない自分にがっかりするとともに彼女に対して後ろめたい感情が湧きあがってきた。気付かれないように彼女にちらっと視線をむけたが、当の本人は全く気にする様子もなく大きな口でマドレーヌをほおばっていた。

「これね、私の母親のオハコだったのよ。」

紅茶を一口すすってから彼女は続けた。

「子どもの頃、よくクッキーとかパンとか焼いてくれたの。どれもみんなおいしかったけど、わたしは特にチェリーの砂糖漬けとかアンゼリカとかがのったこのマドレーヌが大好きでね。このカリッと感が絶妙なのよね。」

満足げに一つめをたいらげると彼女は二つめに手をのばした。

「どうぞ、2つめ食べて。」

気がつくと美緋絽は最初のマドレーヌを食べ終えていた。一瞬カッと赤面した。

(やだ、私ったら・・・なんかガツガツしてるみたい。)

「ヒロちゃんはクッキーとかケーキとか、洋菓子はよく食べるの?」

「いえ・・たまにです。母が買ってきたときとか。」

美緋絽はおやつといえばほとんど毎日駄菓子だった。スナック菓子が特に好きだったので食品ストッカーにはいつも買い置きがあった。

「そう?じゃあ自分で作ったりとかもしないんだ。」

(作る?お菓子を?)

美緋絽にそんな発想はどこにもなかった。お菓子は買うものだと思っていた。そのとき、ふと疑問に感じたことがあった。

(この人、ママのちょっと上くらいの歳だとしたらこの人の母親はおばあちゃんとそれほど変わらないくらいの年代のはず。)

祖母が美緋絽の母親、葵の為にケーキを焼いている姿など想像もできなかった。祖母はずっと地方の病院で看護師をしていた。葵が子どもの頃はそれは忙しくてとても家でお菓子作りをしている暇などなかっただろう。それにあの田舎でその当時ケーキを焼くなどということは全く想像もできない。

(この人は都会のいい家の出身なんだろうか?)

「お菓子ってね、同じ・・例えばクッキーとかでもね、ちょっとした分量の違いとか使う材料でおいしさが違ってくるのよ。『これはおいしい!』と思ったらその分量をしっかりゲットすることが大事なの。だからこのマドレーヌのレシピは私にとってはものすごーく宝物なのよ。」

そう言いながら彼女はウィンクをしてみせた。そして美緋絽のティーカップに紅茶を注いだ。
結局、美緋絽たちはマドレーヌを3つずつ食べ、紅茶を2杯ずつ飲んだ。その間、彼女はお菓子の話や花の話、手芸の話などを楽しそうに話した。
 そんな話を聞きながら美緋絽はだんだんこの女性がどんな人なのか気になり始めていた。特に仕事もしていないようなのにこの古家を買って、気ままに暮らす女性が何者なのか興味がわいてきた。


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