花畑(2)

文字数 1,846文字

 美緋絽が茶の間から出るとそこは3畳ほどの板の間だった。その先に一段下がった土間があり、さらにその先にはくぐり戸があって、外へと続いていた。美緋絽が茶の間から出たとき、ちょうど少女の外へ出て行く後ろ姿がちらりと見えた。美緋絽はあわてて後を追おうと土間へ降りた。
 そのときその右手の奥に巨大な扉があり、その開かれた扉の向こうにも土間があることに気がついた。しかも土間は大きく広がっていて、そこには驚くほど大きな樽がいくつも並んでいた。見たこともない景色にぎょっとして一瞬立ち止まった美緋絽だったが、今は少女のことの方が気になりくぐり戸から外へ出た。
 外はまぶしい日差しで満ちていた。そこは小ぢんまりとした中庭のようだった。人の背よりも少し高いくらいの木々が何本もこんもりと植えられていて、その足元には地面を覆うように小さなピンク色の花が無数に咲いていた。美緋絽がさらにその先へと進んで行くと少し開けたところに出た。右側には細い道があって、それは少し離れたところにある広いアスファルトの道路へと続いていた。
 前方には田んぼが広がり、青々とした稲が大きく波打っていた。左手には小さな畑があり、数種類の野菜が実っていた。美緋絽は自分の家の近くではあまり見たことのない風景だったが、日本の田舎の景色として違和感はなかった。
 左側に木立が続くあぜ道をそのままゆっくりと道なりに歩くと畑の前に出た。見回してみたが少女の姿はなく、どうしようかと思いながらさらに進むと木立が切れ視界が開けると、広々とした柵に囲まれた一角が現れた。
 それは周りの風景とはあまりにもかけ離れていた。その柵に囲まれたところだけがまるで別世界のようだった。薔薇がからまる柵の奥に色とりどりの花々が咲き乱れ、そのあまりの美しさに圧倒されて美緋絽は息を呑んだ。
 花畑の前で茫然と立ち尽くしていると、ふと背後に人の気配を感じた。振り向くとそこには先ほどの少女が立っていた。美緋絽が思わず身構えると少女は少し微笑んで

「この花畑を見に来たの?」

と聞いた。

「?」

美緋絽が怪訝な表情を浮かべると

「あなた、この花畑を探して来たんでしょう?」

と言った。
 美緋絽はなんと答えたら良いのか全くわからなかった。自分のことも、少女の言っていることにも、なんと答えてよいのかわからず混乱していた。ただ、自分の中にある言い知れぬ不安がこの少女に何か話すことで和らぐ気がして口を開いた。

「あなた、私が見えるのね。」

口に出してから美緋絽はしまった、と思った。通常であればあまりにおかしな問いだとすぐに気付いたからだ。しかし、少女はこの美緋絽の突飛な問いにまったく動じず、笑みを絶やすことなく答えた。

「ええ、見えるわ。」

この成り行きに戸惑いながらも勢いをもらった美緋絽は思うところを臆することなく口にした。

「・・・他の人には・・見えないみたいなんだけど。」

「そうみたいね。でも、仕方がないんじゃない?」

「仕方がない?どうして?」

「そういうものだと思うけど。だって、大人とか男の人とか、信じてないと思うから。」

(信じてない?じゃあこの子はわたしのことを信じてる?わたしのこと信じてる、てどういうこと?)

「あなたは・・信じてるのね、わたしのこと。」

美緋絽がおそるおそる聞くと

「もちろんよ!わたしはおばさんに聞いたときからずっーと信じていたわ!」
 
ぱっと表情を輝かせ、少女は嬉々として美緋絽に訴えるように言った。

「おばさん、て・・?」

美緋絽の問いに少し顔を曇らせながら少女は静かな声で答えた。

「今入院しているんだけど。この花畑を作った人よ。私の、大好きなおばさん。」

「入院・・・ごめんなさい。」

「いいえ。大丈夫。赤ちゃんができたんだけど、体調が良くないから大事をとって入院する、て。それを聞いたときは本当に心配で心配でどうしていいかわからないくらいだったけど、この花畑を見ているうちに、おばさんと心がつながっていると思えるようになったの。そうしたら、今日あなたに会えて。夢みたいだわ。」

少女は少し上気した顔で、美緋絽を見つめた。

(何か勘違いしている。)

何を勘違いしているのかはわからなかったが、思い違いをしていることは確かだと美緋絽は思った。が、もしここで全てを否定し少女と別れてしまったら、このあと自分はどうしたらよいのかわからない、という思いで口ごもった。そんな美緋絽にはおかまいなく、少女はすっと進み出ると花畑を見遣った。

「さあ、行きましょう。いざ、おばさんの花園へ。」



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み