台風(6)
文字数 2,065文字
(マユミさん、まだ寝てるかな?)
そっと足音を忍ばせて降りていくと、マユミはキッチンにいた。
「・・・おはよう・・ございます。」
美緋絽が声をかけるとマユミは振り向いて
「あら、こんなに早いなんて!まだできてないのよ。」
そう言うと手に持っていたバケットを見せた。マユミはどうやら朝食を作っているようだった。バケットなど美緋絽の家にはなかったはずだから、きっとマユミが家から持ってきたのだろう、と思った。美緋絽が近づくと
「ゆで卵、むいてくれる?」
マユミは洗ったレタスをちぎりながら言った。
流し台の鍋の中にゆで卵が3つ、水に浸っていた。美緋絽がその1つを手に取り、おそるおそるコンコンと流し台にあてるとうっすらとヒビが入った。そこを指先ではがそうとしたがなかなか思うように殻ははがれなかった。もう一度強く流し台にあてると今度は先ほどより深くへこんだがそれでもうまく殻はむけなかった。
(あれ、なんで?)
少しイラつきながら殻のはしをつまんで強引に引きはがしにかかったら白身の一部がごっそりと殻についてきてしまった。
「あ・・・」
美緋絽が小さな声を上げると、
「ああ、最初に殻全体に細かいヒビをいれておくとむきやすいわよ。」
そう言うとマユミはひょいと鍋の中のゆで卵をひとつ手に取ると、流し台にコンコンと打ちつけ始め殻全体に細かなヒビを入れ、指で殻の一部をつまむとくるくると卵を回しながらまるでりんごの皮をむくようにあっという間に殻をむき去り、つるんときれいに殻がむけたゆで卵を鍋にもどした。まるで手品のような手際の良さに目をまるくした美緋絽だったが、すぐに自分もやってみると面白いように殻がむけた。次にマユミのアドバイスで、そのゆで卵をあらみじんにしてマッシュポテトとスライスしたきゅうりを混ぜ、マヨネーズと酢、塩コショウで和えてポテトサラダを作った。
美緋絽はこんな風に台所に立って料理を作ったことはもちろん、葵の手伝いをしたこともほとんどなかった。料理なんて面倒くさいし、後片付けなんてもっと嫌だ。そんな風にしか思ったことがなかったが、自分の作ったポテトサラダをバケットに詰めながら味を想像すると唾液で口の中がいっぱいになった。
2人が朝食を食べ終わった頃、葵から電話があった。あと10分ほどで家に着くという。朝一番に動いた電車に飛び乗って来たらしい。
「葵さんの分も用意しなくちゃ。」
マユミは厚切りのハムをフライパンで焼き始めた。付け合せはレタスにトマト、キウイフルーツだ。テーブルのバスケットの中には美緋絽が作ったスタッフドバケットが数切れ残っていた。バケットの中心部分をくりぬき、そこにポテトサラダを詰め込んでスライスしたものだ。時間を置くことによってポテトサラダの水分がバケットに移り、しっとりとしてとても食べやすくなる。
葵が帰ってきた。
「マユミさん!有難う!本当に助かったわ。」
玄関を開けるなり葵は大きな声で礼を言った。
「あら、葵さん。私の方こそ、あんな晩に1人じゃなくて助かったのよ。それにね、夕飯なんてキャンプみたいで楽しかったわよ、ね。」
マユミは美緋絽にウインクをしてから、いつものお日様のような笑顔を葵に向けた。
「葵さん、朝食まだでしょ?葵さんの分もあるから食べて。」
テーブルに並んだ朝食を見て、
「あら、おいしそう!これ、いただいていいの?」
葵は目を輝かせた。
「ええ、もちろん。おなかすいてるでしょ?葵さんのことだから電車動いたら一目散に帰ってくると思って。」
マユミが勧めると葵は美緋絽の横に座って合掌した。スタッフドバケットを手に取りひと口食べた葵は感嘆の声を上げた。
「え?これおいしい!パンになじんでる。」
その様子を横目で見ていた美緋絽は気持ちが高揚するのを感じた。
「それ、ヒロちゃんが作ったのよ。」
「ええ?ホント?」
葵は驚いた様子で美緋絽の顔を覗き込んだ。
(作った、ていうか・・・)
美緋絽が口ごもっていると
「どんなふうに作ったか教えてあげたら?ちょっとしたコツとかあるんだよね。」
マユミにうながされて美緋絽はぼそぼそと作る手順を説明し始めた。
「・・・パンをくりぬいたら中にポテトサラダを詰めるんだけど、まずは真ん中に詰めて、順に両サイドから押し込んでいくの。できるだけぎっしり詰めるの。そのあとラップをして冷凍庫に入れて少し固まってきたらカットすると切りやすいのよ。」
美緋絽の説明を目をまるくして聞いていた葵だったが、説明が終わると改めてバケットを食べてから
「すごくおいしいわ、美緋絽。」
とうれしそうに味わった。
いつもは葵の言葉を素直に受け取れない美緋絽だったが、バケットを頬張る葵の姿を見て気持ちが高揚している自分にドギマギした。
(なんで?マユミさんに言われた通りに手伝っただけじゃない。)
美緋絽は、葵の様子をそっと伺いながら落ち着かない自分に気づかれないようにと必死だった。
葵が食べ終わると片づけは自分がするから大丈夫だという葵をよそに、マユミは手早くキッチンを片づけると今日はゆっくり休むように言って帰って行った。
そっと足音を忍ばせて降りていくと、マユミはキッチンにいた。
「・・・おはよう・・ございます。」
美緋絽が声をかけるとマユミは振り向いて
「あら、こんなに早いなんて!まだできてないのよ。」
そう言うと手に持っていたバケットを見せた。マユミはどうやら朝食を作っているようだった。バケットなど美緋絽の家にはなかったはずだから、きっとマユミが家から持ってきたのだろう、と思った。美緋絽が近づくと
「ゆで卵、むいてくれる?」
マユミは洗ったレタスをちぎりながら言った。
流し台の鍋の中にゆで卵が3つ、水に浸っていた。美緋絽がその1つを手に取り、おそるおそるコンコンと流し台にあてるとうっすらとヒビが入った。そこを指先ではがそうとしたがなかなか思うように殻ははがれなかった。もう一度強く流し台にあてると今度は先ほどより深くへこんだがそれでもうまく殻はむけなかった。
(あれ、なんで?)
少しイラつきながら殻のはしをつまんで強引に引きはがしにかかったら白身の一部がごっそりと殻についてきてしまった。
「あ・・・」
美緋絽が小さな声を上げると、
「ああ、最初に殻全体に細かいヒビをいれておくとむきやすいわよ。」
そう言うとマユミはひょいと鍋の中のゆで卵をひとつ手に取ると、流し台にコンコンと打ちつけ始め殻全体に細かなヒビを入れ、指で殻の一部をつまむとくるくると卵を回しながらまるでりんごの皮をむくようにあっという間に殻をむき去り、つるんときれいに殻がむけたゆで卵を鍋にもどした。まるで手品のような手際の良さに目をまるくした美緋絽だったが、すぐに自分もやってみると面白いように殻がむけた。次にマユミのアドバイスで、そのゆで卵をあらみじんにしてマッシュポテトとスライスしたきゅうりを混ぜ、マヨネーズと酢、塩コショウで和えてポテトサラダを作った。
美緋絽はこんな風に台所に立って料理を作ったことはもちろん、葵の手伝いをしたこともほとんどなかった。料理なんて面倒くさいし、後片付けなんてもっと嫌だ。そんな風にしか思ったことがなかったが、自分の作ったポテトサラダをバケットに詰めながら味を想像すると唾液で口の中がいっぱいになった。
2人が朝食を食べ終わった頃、葵から電話があった。あと10分ほどで家に着くという。朝一番に動いた電車に飛び乗って来たらしい。
「葵さんの分も用意しなくちゃ。」
マユミは厚切りのハムをフライパンで焼き始めた。付け合せはレタスにトマト、キウイフルーツだ。テーブルのバスケットの中には美緋絽が作ったスタッフドバケットが数切れ残っていた。バケットの中心部分をくりぬき、そこにポテトサラダを詰め込んでスライスしたものだ。時間を置くことによってポテトサラダの水分がバケットに移り、しっとりとしてとても食べやすくなる。
葵が帰ってきた。
「マユミさん!有難う!本当に助かったわ。」
玄関を開けるなり葵は大きな声で礼を言った。
「あら、葵さん。私の方こそ、あんな晩に1人じゃなくて助かったのよ。それにね、夕飯なんてキャンプみたいで楽しかったわよ、ね。」
マユミは美緋絽にウインクをしてから、いつものお日様のような笑顔を葵に向けた。
「葵さん、朝食まだでしょ?葵さんの分もあるから食べて。」
テーブルに並んだ朝食を見て、
「あら、おいしそう!これ、いただいていいの?」
葵は目を輝かせた。
「ええ、もちろん。おなかすいてるでしょ?葵さんのことだから電車動いたら一目散に帰ってくると思って。」
マユミが勧めると葵は美緋絽の横に座って合掌した。スタッフドバケットを手に取りひと口食べた葵は感嘆の声を上げた。
「え?これおいしい!パンになじんでる。」
その様子を横目で見ていた美緋絽は気持ちが高揚するのを感じた。
「それ、ヒロちゃんが作ったのよ。」
「ええ?ホント?」
葵は驚いた様子で美緋絽の顔を覗き込んだ。
(作った、ていうか・・・)
美緋絽が口ごもっていると
「どんなふうに作ったか教えてあげたら?ちょっとしたコツとかあるんだよね。」
マユミにうながされて美緋絽はぼそぼそと作る手順を説明し始めた。
「・・・パンをくりぬいたら中にポテトサラダを詰めるんだけど、まずは真ん中に詰めて、順に両サイドから押し込んでいくの。できるだけぎっしり詰めるの。そのあとラップをして冷凍庫に入れて少し固まってきたらカットすると切りやすいのよ。」
美緋絽の説明を目をまるくして聞いていた葵だったが、説明が終わると改めてバケットを食べてから
「すごくおいしいわ、美緋絽。」
とうれしそうに味わった。
いつもは葵の言葉を素直に受け取れない美緋絽だったが、バケットを頬張る葵の姿を見て気持ちが高揚している自分にドギマギした。
(なんで?マユミさんに言われた通りに手伝っただけじゃない。)
美緋絽は、葵の様子をそっと伺いながら落ち着かない自分に気づかれないようにと必死だった。
葵が食べ終わると片づけは自分がするから大丈夫だという葵をよそに、マユミは手早くキッチンを片づけると今日はゆっくり休むように言って帰って行った。
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