庭(2)
文字数 1,797文字
結局美緋絽は文化祭には行かなかった。当然合唱にも参加しなかった。文化祭までの3週間、美緋絽は何日か学校へは行ったものの、あの日以来その話題を葵との間で交わすことはなかった。
美緋絽は相変わらずの毎日だったがひとつだけ変わったことがあった。庭で作業をしているマユミのもとへ行くようになったことだった。あの不思議な出来事がどうしてもマユミと関係があるとしか思えず、気になって家からマユミの仕事ぶりを見ているうちに、自分も花壇の手入れをしてみたいと思うようになったのだ。
マユミの庭では夏の花が終わった花壇に、次の苗を植えるための作業が始まった。美緋絽は言われるがままに作業を手伝った。花壇に腐葉土や発酵牛糞、苦土石灰や緩光肥料などいろいろなものを入れ耕すと、ふかふかとしたやわらかな土になった。
それからマユミが夏の終わり頃から種をまいて育てていたパンジーやビオラ、ノースポールなどの苗を花壇に植えていった。また、春に咲く球根の植え付けをしたり宿根草には腐葉土や敷きわらでマルチングをしたりした。しゃがんだりかがんだりと体に負担がかかる姿勢が多かったが、不思議と気分は悪くなかった。
(学校の草むしりはあんなにウンザリしたのに)
肩をすくめながら思わずクスッとした美緋絽に気づいたマユミが腰を伸ばしながら言った。
「なんか面白いこと思い出したの?楽しそうね。教えてよ。」
「ナイショ。」
「えー教えてよー。知りたいなぁ。」
「・・・お花を咲かせるのって思ったより楽しいな、て。」
少しはにかんだ笑顔で美緋絽が小さな声でつぶやくと、マユミもうなずきながら微笑んだ。
残暑が厳しい9月が過ぎ夏の花々が終わって、庭仕事を手伝うようになり、秋の気配が深まってきても思っていた以上にたくさんの庭仕事があることに美緋絽は気づいた。
「たくさんお花を咲かせるためにはいろんな作業があるのね。花が咲いていないときも大事なのね。」
ほとんど花のない庭を見渡して美緋絽がポツンとつぶやいた。
「今時期は冬の花壇の準備と並行して春の花壇の準備もするのにちょうどいい季節なのよ。10月~11月は暑さが収まって爽やかな気候だから過ごしやすいでしょ?この後あっという間に気温が下がってくるから鉢の植え替えや春の花の種まき、樹木の剪定、寒さに弱い植物はそろそろ冬越し準備も始めないといけないから、大忙しよ!」
「夏が終わってやれやれ、て思ってるのにもう春花壇なの?」
「春は花たちが舞い踊るステージの始まりだからね。時間をかけてしっかり準備するのよ。どんな花の咲くお庭にしようか、て考えたらそれだけでワクワクが止まらないのよね。」
11月になってマユミの花壇の花はもうすっかり冬の花に入れ替わっていた。パンジー、ビオラ、ノースポール、プリムラ、ベゴニア・・・美緋絽はちょっとした花の名前はわかるようになっていた。庭にマユミがいないときも、気が向けば美緋絽は行って花がら摘みなどをして帰ることもしょっちゅうだった。
「ヒロちゃん、見て!パンジーもビオラも元気いっぱいよ。ヒロちゃんがこまめに花がらを摘んでくれるおかげね。」
ひと仕事終えて縁側で紅茶を飲みながらマユミが言った。
「花がら摘みって最初はなんて面倒なことするのかなて思っていたけど、やってみたら摘んだ後その株のお花が生き生きして見えて。すごく不思議なんだけど、なんだか気持ちよくなるの。」
マドレーヌをほおばりながら美緋絽が言うと
「あ、わかる!ていうかヒロちゃん気づいた?ホントに私も不思議なんだけど、花柄取った後の咲いてるお花、鮮やかになるよね!そうかぁ、気づいたかぁ。」
「よろこんでるのかな、て思ってうれしくなる。」
「あらぁ、はまっちゃったわね。」
甘いマドレーヌが口いっぱいに広がって、無心で庭仕事をして、たわいのないおしゃべりをして過ごす、そんな穏やかな時間の中にいる自分を素直に受け入れることができることに美緋絽は気づいていた。
そんな美緋絽の変化を驚き、そして一番喜んだのはやはり葵だった。
「ヒロ、あなたお花の話をしている時ものすごく楽しそうね。」
うれしそうに葵が言った。
「え?そんなことないよ。・・でも花、てすごく元気をくれる気がする。」
「そうね、そうね。たぶん本当にそうなのよ。」
それは美緋絽にとっても驚きだった。自分が花の世話をして気持ちが和むことなど想像もしていなかったのだから。
美緋絽は相変わらずの毎日だったがひとつだけ変わったことがあった。庭で作業をしているマユミのもとへ行くようになったことだった。あの不思議な出来事がどうしてもマユミと関係があるとしか思えず、気になって家からマユミの仕事ぶりを見ているうちに、自分も花壇の手入れをしてみたいと思うようになったのだ。
マユミの庭では夏の花が終わった花壇に、次の苗を植えるための作業が始まった。美緋絽は言われるがままに作業を手伝った。花壇に腐葉土や発酵牛糞、苦土石灰や緩光肥料などいろいろなものを入れ耕すと、ふかふかとしたやわらかな土になった。
それからマユミが夏の終わり頃から種をまいて育てていたパンジーやビオラ、ノースポールなどの苗を花壇に植えていった。また、春に咲く球根の植え付けをしたり宿根草には腐葉土や敷きわらでマルチングをしたりした。しゃがんだりかがんだりと体に負担がかかる姿勢が多かったが、不思議と気分は悪くなかった。
(学校の草むしりはあんなにウンザリしたのに)
肩をすくめながら思わずクスッとした美緋絽に気づいたマユミが腰を伸ばしながら言った。
「なんか面白いこと思い出したの?楽しそうね。教えてよ。」
「ナイショ。」
「えー教えてよー。知りたいなぁ。」
「・・・お花を咲かせるのって思ったより楽しいな、て。」
少しはにかんだ笑顔で美緋絽が小さな声でつぶやくと、マユミもうなずきながら微笑んだ。
残暑が厳しい9月が過ぎ夏の花々が終わって、庭仕事を手伝うようになり、秋の気配が深まってきても思っていた以上にたくさんの庭仕事があることに美緋絽は気づいた。
「たくさんお花を咲かせるためにはいろんな作業があるのね。花が咲いていないときも大事なのね。」
ほとんど花のない庭を見渡して美緋絽がポツンとつぶやいた。
「今時期は冬の花壇の準備と並行して春の花壇の準備もするのにちょうどいい季節なのよ。10月~11月は暑さが収まって爽やかな気候だから過ごしやすいでしょ?この後あっという間に気温が下がってくるから鉢の植え替えや春の花の種まき、樹木の剪定、寒さに弱い植物はそろそろ冬越し準備も始めないといけないから、大忙しよ!」
「夏が終わってやれやれ、て思ってるのにもう春花壇なの?」
「春は花たちが舞い踊るステージの始まりだからね。時間をかけてしっかり準備するのよ。どんな花の咲くお庭にしようか、て考えたらそれだけでワクワクが止まらないのよね。」
11月になってマユミの花壇の花はもうすっかり冬の花に入れ替わっていた。パンジー、ビオラ、ノースポール、プリムラ、ベゴニア・・・美緋絽はちょっとした花の名前はわかるようになっていた。庭にマユミがいないときも、気が向けば美緋絽は行って花がら摘みなどをして帰ることもしょっちゅうだった。
「ヒロちゃん、見て!パンジーもビオラも元気いっぱいよ。ヒロちゃんがこまめに花がらを摘んでくれるおかげね。」
ひと仕事終えて縁側で紅茶を飲みながらマユミが言った。
「花がら摘みって最初はなんて面倒なことするのかなて思っていたけど、やってみたら摘んだ後その株のお花が生き生きして見えて。すごく不思議なんだけど、なんだか気持ちよくなるの。」
マドレーヌをほおばりながら美緋絽が言うと
「あ、わかる!ていうかヒロちゃん気づいた?ホントに私も不思議なんだけど、花柄取った後の咲いてるお花、鮮やかになるよね!そうかぁ、気づいたかぁ。」
「よろこんでるのかな、て思ってうれしくなる。」
「あらぁ、はまっちゃったわね。」
甘いマドレーヌが口いっぱいに広がって、無心で庭仕事をして、たわいのないおしゃべりをして過ごす、そんな穏やかな時間の中にいる自分を素直に受け入れることができることに美緋絽は気づいていた。
そんな美緋絽の変化を驚き、そして一番喜んだのはやはり葵だった。
「ヒロ、あなたお花の話をしている時ものすごく楽しそうね。」
うれしそうに葵が言った。
「え?そんなことないよ。・・でも花、てすごく元気をくれる気がする。」
「そうね、そうね。たぶん本当にそうなのよ。」
それは美緋絽にとっても驚きだった。自分が花の世話をして気持ちが和むことなど想像もしていなかったのだから。