ティーパーティー(2)
文字数 2,079文字
いつもなら適当にその場を濁して相槌だけ打って早く自分の部屋に帰ろうとするはずなのに、なぜか彼女を気にしている自分に、美緋絽自身少し驚いていた。
(別に聞いてもしょうがないじゃない。)
そう自分に言い聞かせながらも、葵がうきうきとした表情で彼女に好感を抱いていた表情が目に浮かび、何者なのかはっきりさせたい気持ちが少しずつ強くなっていた。
「あの・・お母さん、てなんでそんなにお菓子作るのが上手だったんですか?」
美緋絽は、つい抑えきれずに尋ねた。
「え?」
あまりに唐突な質問に一瞬彼女は怪訝な顔をしたが
「ああ、私の母のこと?母はね、父の転勤で突然都会に住むことになったの。そしたらいろんな意味でカルチャーショックだったのね、彼女にとっては。たまたま借りた家にはガスオーブンがあってね。それをどうやって使ったらいいものかわからなくて、お友達に誘われるがまま料理教室に通うようになったの。そこでいろんな・・・そう、今まで作ったこともないような料理を習ったみたい。お菓子やパン作りはそこで覚えたのよ。」
「じゃあ、それまでは全然作ったことはなかったんですか?」
「ええ、そうだったみたい。私が小学生くらいだから・・・オーブンなんかそれまでの田舎暮らしの中には影も形もない生活をしていたからね。でも、その都会の家には当時の先端家電のクーラーもあったし、そうそう、給湯器もあったの。今じゃそういうものが無い暮らしの方が不思議だろうけどね。」
(ということはママが子どもの頃もそんな感じだったのかな。)
なんとなくそうだろうとは思っていたが意識して考えたことはなかった。
大学から東京に出てきて卒業後は外資系の商社に入社した葵。当時の写真はスタイリッシュでアカぬけていてだれもが認めるキャリア女性という感じだった。
実際、やり手だった葵は入社して3年という若さで海外長期研修に抜擢され、2年後に帰国したときには新規の家具部に配属になったと自慢げに話していた。その後蒼一と結婚して美緋絽を産んでからは専業主婦だったのだが、その間に通信などでインテリアの勉強をして美緋絽が5歳のときに一念発起して資格を取り、今の仕事を始めた。
最初は勤めていた会社からの依頼だけだったが、やがてそれ以外のお客さんも付き始めて美緋絽が低学年の頃に事務所を開いた。ずっと葵一人でやってきたため、その多忙さといったら半端ではなかった。
当時から出張や長期赴任が多かった蒼一に頼ることなく仕事と子育てを一人でやってきた母を、美緋絽はある意味「できる女」と認めてはいるが、美緋絽にとって葵は母親というより後見人のようだった。不自由のないようにお金やアドバイスをくれるものの、素直な気持ちをぶちまけたり、わがままを言えるような存在ではなかった。そして美緋絽はやがて葵を一歩離れて見つめるようになっていった。一人の女性として見る分にはとても誇れる母だと思ってはいたが・・・
美緋絽は母が子どもの頃どんな暮らしをしていたのか知らなかった。というよりも今までなんの興味もなかった。今、目の前にいる母がそれ以外のなにものでもない・・・無意識にそんな風に思っていた。
母が扇風機のまわる蒸し風呂のような部屋で汗をだらだら流しながらアイスクリームを食べている姿はちょっと違うと思った。そんな人間くさい母なんて想像できない。でも、子どもの頃の母はきっとサンダルをつっかけて自転車をとばして友達の家に行っていたのだろう。いつかテレビで見たように、ちゃぶ台を囲んで毎日食事をしていたのかな。そんな風に想像していくとなんだか葵が別の生き物のように思えてきた。
「ねぇ、ヒロちゃんは何かペット飼ってるの?」
「え?」
美緋絽は小学校低学年のとき、どうしてもペットが飼いたいとねだって文鳥を買ってもらったことがあった。名前を呼ぶと返事をしたり飛んで来たりととてもかわいがっていたのだが、その年初めて雪が降った日に文鳥は死んだ。学校から帰ってきていつものように鳥かごのところにとんでいくと、止まり木から落ちて死んでいた。
「お客さんが来ていてね、バサって音がしたんだけど見に行ってやれなくて・・。お客さんが帰った後見てみたら死んでたの。」
申し訳なさそうに話す母を見て、幼い美緋絽の心は悲しみと怒りでいっぱいになったことを覚えている。
「お友達にね、電話で聞いてみたら文鳥って寒さに弱いんですって。」
(だから?それがどうしたの?いいわけばっかり。)
美緋絽の真っ黒な思い出だ。
美緋絽の家ではそれ以来ペットというものは飼ったことがなかった。一度、父が一人っ子の美緋絽のことを思ってハムスターを飼おうと言い出したことがあった。
「え!ねずみ?いやぁよ、私。夜行性なんでしょ?帰宅してガタガタうるさくされたくないし。それにどうせ世話をするのは私になるんだから。」
留守がちな蒼一はすぐに口をつぐんだ。美緋絽も特に何も言わなかった。葵の一言ですべてが決まった。
「いえ、飼ったことないです。」
美緋絽は嫌な記憶を振り払うようにきっぱりと答えた。
(別に聞いてもしょうがないじゃない。)
そう自分に言い聞かせながらも、葵がうきうきとした表情で彼女に好感を抱いていた表情が目に浮かび、何者なのかはっきりさせたい気持ちが少しずつ強くなっていた。
「あの・・お母さん、てなんでそんなにお菓子作るのが上手だったんですか?」
美緋絽は、つい抑えきれずに尋ねた。
「え?」
あまりに唐突な質問に一瞬彼女は怪訝な顔をしたが
「ああ、私の母のこと?母はね、父の転勤で突然都会に住むことになったの。そしたらいろんな意味でカルチャーショックだったのね、彼女にとっては。たまたま借りた家にはガスオーブンがあってね。それをどうやって使ったらいいものかわからなくて、お友達に誘われるがまま料理教室に通うようになったの。そこでいろんな・・・そう、今まで作ったこともないような料理を習ったみたい。お菓子やパン作りはそこで覚えたのよ。」
「じゃあ、それまでは全然作ったことはなかったんですか?」
「ええ、そうだったみたい。私が小学生くらいだから・・・オーブンなんかそれまでの田舎暮らしの中には影も形もない生活をしていたからね。でも、その都会の家には当時の先端家電のクーラーもあったし、そうそう、給湯器もあったの。今じゃそういうものが無い暮らしの方が不思議だろうけどね。」
(ということはママが子どもの頃もそんな感じだったのかな。)
なんとなくそうだろうとは思っていたが意識して考えたことはなかった。
大学から東京に出てきて卒業後は外資系の商社に入社した葵。当時の写真はスタイリッシュでアカぬけていてだれもが認めるキャリア女性という感じだった。
実際、やり手だった葵は入社して3年という若さで海外長期研修に抜擢され、2年後に帰国したときには新規の家具部に配属になったと自慢げに話していた。その後蒼一と結婚して美緋絽を産んでからは専業主婦だったのだが、その間に通信などでインテリアの勉強をして美緋絽が5歳のときに一念発起して資格を取り、今の仕事を始めた。
最初は勤めていた会社からの依頼だけだったが、やがてそれ以外のお客さんも付き始めて美緋絽が低学年の頃に事務所を開いた。ずっと葵一人でやってきたため、その多忙さといったら半端ではなかった。
当時から出張や長期赴任が多かった蒼一に頼ることなく仕事と子育てを一人でやってきた母を、美緋絽はある意味「できる女」と認めてはいるが、美緋絽にとって葵は母親というより後見人のようだった。不自由のないようにお金やアドバイスをくれるものの、素直な気持ちをぶちまけたり、わがままを言えるような存在ではなかった。そして美緋絽はやがて葵を一歩離れて見つめるようになっていった。一人の女性として見る分にはとても誇れる母だと思ってはいたが・・・
美緋絽は母が子どもの頃どんな暮らしをしていたのか知らなかった。というよりも今までなんの興味もなかった。今、目の前にいる母がそれ以外のなにものでもない・・・無意識にそんな風に思っていた。
母が扇風機のまわる蒸し風呂のような部屋で汗をだらだら流しながらアイスクリームを食べている姿はちょっと違うと思った。そんな人間くさい母なんて想像できない。でも、子どもの頃の母はきっとサンダルをつっかけて自転車をとばして友達の家に行っていたのだろう。いつかテレビで見たように、ちゃぶ台を囲んで毎日食事をしていたのかな。そんな風に想像していくとなんだか葵が別の生き物のように思えてきた。
「ねぇ、ヒロちゃんは何かペット飼ってるの?」
「え?」
美緋絽は小学校低学年のとき、どうしてもペットが飼いたいとねだって文鳥を買ってもらったことがあった。名前を呼ぶと返事をしたり飛んで来たりととてもかわいがっていたのだが、その年初めて雪が降った日に文鳥は死んだ。学校から帰ってきていつものように鳥かごのところにとんでいくと、止まり木から落ちて死んでいた。
「お客さんが来ていてね、バサって音がしたんだけど見に行ってやれなくて・・。お客さんが帰った後見てみたら死んでたの。」
申し訳なさそうに話す母を見て、幼い美緋絽の心は悲しみと怒りでいっぱいになったことを覚えている。
「お友達にね、電話で聞いてみたら文鳥って寒さに弱いんですって。」
(だから?それがどうしたの?いいわけばっかり。)
美緋絽の真っ黒な思い出だ。
美緋絽の家ではそれ以来ペットというものは飼ったことがなかった。一度、父が一人っ子の美緋絽のことを思ってハムスターを飼おうと言い出したことがあった。
「え!ねずみ?いやぁよ、私。夜行性なんでしょ?帰宅してガタガタうるさくされたくないし。それにどうせ世話をするのは私になるんだから。」
留守がちな蒼一はすぐに口をつぐんだ。美緋絽も特に何も言わなかった。葵の一言ですべてが決まった。
「いえ、飼ったことないです。」
美緋絽は嫌な記憶を振り払うようにきっぱりと答えた。
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