和解(2)

文字数 4,192文字

 マユミが出かけていくまで茜里は学校の話や動画の話題などを話かけてきたが、二人きりになるとふいに黙り込んだ。二人は並んで座ったまま縁側の目の前に広がる花壇のパンジーを見つめていた。重苦しい空気に包まれながら美緋絽は茜里が口を開くのを待った。ゆっくりと静かにため息をついた茜里はパンジーから目を離さず語りかけるように話し始めた。

「私、この間中学の文化祭に行ったの。」

『文化祭』という言葉に美緋絽の心はさざめいた。

「別にね、行くつもりじゃなかったの。て言うか、最初は文化祭があることすら知らなかったし。たまたま学校の帰りに商店街でやっこ達に会ったの。やっことミヤコと・・・ふみ。声かけられて、その時文化祭が近くてその買い出しに来たんだ、て。次の土曜だから見に来てほしい、て言われて。
 私、行く気もなくて土曜日は部活があるから、てウソついたら日曜もあるから、て。ちょっと躊躇してたらすかさず、みんなに会いたくないの?て言われて。違う中学行ったって友達じゃん、て言われて。なんか断れなくてじゃあ行くね、て約束しちゃったの。
 正直行きたくなかったけど、やっこが言うみたいに久しぶりに会える人もいる、て思うことにしたの。で、行ったけど人が多くて、知ってる子で会えたのは男子数人と学級委員だったちえちゃんだけだった。もちろんやっこ達には会ったわよ、会わないと【来た】て証明にならないでしょ?」

【来た証明】という言葉がやけに尖って聞こえた。

「私、二時間くらいいたんだけどずっと探してたの・・・ヒロのこと。でも会えなくて、もう帰ろうと思ったときにちえちゃんに会って、ヒロがどこにいるか聞いたの。そうしたら

『美緋絽さん、て6年生のとき3組だった子?私、よくわからないけど2年生になってからあんまり学校来てないみたいだけど。茜里ちゃん、仲良かったの?』

て言われたの。私・・・ちえちゃんの言っていることがよくわからなくて。2年生になってから学校に来ていない、てどういうこと?その日からそのことが頭の中から離れなくて、私ずっと考えてたの。それで思い出したことがあった。・・・ううん、本当は思い出したんじゃない。気にしないようにしてきたけど、私の中でずっとトゲみたいにチクチクしていたこと。」

茜里が何のことを言っているのか美緋絽にはすぐにわかった。そう、それは偶然椿子とマユミに目撃されてしまった美緋絽と茜里を分かつ出来事。

 5年生の冬。その日は茜里の塾がない日で、久しぶりに遊ぼうと昇降口で待ち合わせていた。でもあんまり寒かったから、どちらかの家で遊べないかと話をしていた。そこへふみが走ってきた。
 ふみとは幼稚園が一緒で4年生のとき同じクラスになった。仲の良かった子とクラスが離れてしまったというので、最初の頃はよく茜里と3人で一緒に帰ったり遊んだりしていた。でもふみは同じクラスになったやっことミヤコと同じクラブになって、いつの間にかやっこ達といることが多くなった。
 やっこはクラシックバレエをやっていてスタイル抜群、背が高くてクラスでも目立つ存在だ。ミヤコとはお母さん同士の仲がいいらしく、家族ぐるみで一緒に出掛けたりもするらしい。以前ふみが3人で映画に行った帰りにみんなで買ったんだ、とおそろいのヘアピンを付けてきた日があった。うれしそうに話すふみを見て美緋絽はショートヘアの髪から滑り落ちそうになっているヘアピンに違和感を感じたことがあった。でも、それがふみにとっての【しるし】ならそれは大事なものなのだろうとも思った。
 ふみが声をかけてきたのは、幼稚園のときの先生の出産のお祝いの話だった。

「彩乃先生、ふみ大好きだった先生だから何かお祝いしたいと思っているんだけど、一人じゃ恥ずかしいから良かったら3人でどうかなと思って。」

彩乃先生は美緋絽にとっても大好きな、思い出の先生だった。美緋絽たちを受け持った時は新人2年目で元気いっぱいの先生だった。絵を描くのが上手でよくいろんな絵をパパッと描いてくれた。葵の迎えを遅くまで待っている時には、いつも左手の甲に動物やアニメのキャラクターの絵を描いてくれて、絵が消えるのが嫌でお風呂になかなか入ろうとしなくて葵によく叱られた。茜里の母の迎えで帰るときには『ヒロちゃんニッ!』と言って満面の笑みでピースサインを突き出して送り出してくれた。それを見てママが来るまで茜里の家でおりこうにしていよう、と美緋絽は思ったものだった。あの彩乃先生がお母さんになるんだ。

「えっ?彩乃先生赤ちゃん生まれるの?すごーい。するする、私もお祝いする!ヒロもやるよねぇ?」

茜里はもう踊りだしそうなテンションで美緋絽の顔を見た。

「うん、もちろん。」

美緋絽の言葉にかぶせるように

「なに?なんにするぅー?」

茜里がリズミカルに肩を上下に動かしながらふみと美緋絽の顔をかわるがわる覗き込んで楽し気に考えを巡らせはじめた。

「お祝いのお手紙と、私たちの写真はどうかな。」

ふみが言うと、

「いいねー先生、写真見たら私たちが大きくなってるからきっとびっくりするね。本当はお花とかも贈りたいけどな。でも無理だよね・・・高いし、その日じゃないと枯れちゃうもんね。」

茜里が残念そうに言った。

「じゃあ、折り紙でたくさんお花折って花束みたいにできないかな。」

美緋絽の提案に二人は即、賛成した。

「ふみ、なんで先に行っちゃったの?探したんだよ。」

3人が振り返るとそこにはやっことミヤコがいた。

「あ、ごめんね。ヒロと茜里に話が合って。茜里がすぐ教室出て行ったからあわてて追いかけちゃったの。声かけなくてごめんね。」

ふみが慌てて説明をした。

「ふーん、何の話?」

ミヤコが無表情に言った。

「あ、幼稚園の時の話だから、やっことミヤコにはわかんない話なんだよね。」

ふみが言うと

「そうなんだ、私たちにはわからない話なんだ。」

やっこが不満そうにふみの言葉をくりかえした。

「あ、違うの。幼稚園のときの先生が赤ちゃん生まれる、て話。やっこたちが知らない先生だからさ。」

茜里が慌てて付け加えた。
 美緋絽は黙っていた。だって、やっことミヤコには本当に関係のないことなんだからしょうがないと思った。茜里の説明で、これ以上言うことは何もないとも思った。続きの話をしようと思ったのだが、やっこ達はなぜか帰ろうとしなかった。美緋絽たちが歩き始めると、二人も一緒についてきた。

「あ、じゃあ続きはまたそれぞれ考える、てことで。」

茜里が気を利かせてまたその場をおさめるように言った。そしてみんなに話しかけるように話題を変えた。

「ねえ、今日の体育、キツくなかった?あんな寒い中走らされてさ、私寒冷蕁麻疹出ちゃった!」

「え?

、て何?」

ふみが驚いたように聞いた。

「すっごく寒い時に汗とかかくとそれが刺激になって蕁麻疹出ちゃうの。今日は足の腿のあたりがムズムズかゆくて、ほんと困っちゃった。」

「そんなことあるんだ!大丈夫だったの?」

ふみが心配そうに聞くと

「平気平気。しばらくすると治るから。最近出てなかったから油断してたのよね。でも、それくらい寒かったよね、今日。」

茜里は無言の三人をチラチラ見ながら話を続けた。

「ミヤコもさ、寒いとちょっと喘息っぽくなる、て前言ってなかったけ?」

茜里はミヤコに話題を振った。

「あー低学年のときね。もう最近はないかな。でも、まあ今朝はマジで寒かった、て言うか、今も寒くない?」

「寒いよぉー。寒いの大っ嫌いなんだよね、私。」

茜里が少し大げさに言って肩をすくめた。

「私もだよ。寒いのが好きな人なんているの?めちゃ汗っかきとか?キモ。」

ミヤコが話に乗ってきた様子に茜里の表情がやわらいだ。それからしばらく冬の体育の話をしていたが、学年一足の速い子が転校するらしいという噂の話題になったところで、ふみと別れる交差点に来た。

「じゃあ先生のお花、また考えてみようね。バイバイ。」

ふみが信号を渡って去っていくと、また重苦しい空気が流れ始めた。茜里とミヤコがたわいのない話を交わす間も、やっこと美緋絽は一言も言葉を発しなかった。美緋絽は少しこわばった雰囲気を感じながらもあとしばらくで家に着くということもあって、頭の中ではどんな花を折れば花束にできるか、持っている折り紙の本にあった花でできそうなものがないかと考えていた。
 美緋絽の家の前に着き、美緋絽が「じゃあ」と言おうとしたその時、やっこが唐突に口を開いた。

「あのさ、前から聞こうと思ってたんだけど、美緋絽のママって社長なの?」

あまりに突然の言葉に美緋絽をはじめ茜里もミヤコも一瞬ぽかんとした。が、

「あ、私も聞いた。」

ミヤコはすぐに反応した。

「ママが言ってたけど、社長だから忙しくて役員できない、て美緋絽のママが言ったて。」

やっこは無表情な中にも口元を不満げにゆがめながら言った。うんうん、と言うようにミヤコがうなずた。

「ちがうよ。社長なんかじゃないよ。ママは会社なんか持ってないし・・・」

やっこは何を言っているのだろう。ママは事務所は持っているけど・・・社長?そんなわけないじゃん。混乱する頭の中で、でも「忙しい」とママなら言ったかもしれない、と思った。

「確かに美緋絽のママはすごいお仕事してるのかもしれないけど、忙しいのはみんな一緒だ、てママ言ってたわ。どんなに偉くても親としてはみんな同じだ、て。」

背の高いやっこが美緋絽の前に立って見下ろしながら言った。いつの間にかミヤコはやっこの右横に並んで美緋絽のことを見ていた。そのミヤコから一歩離れたところに両手でランドセルの肩ベルトを持ちながら、うつむいた茜里が並んで立っていた。

「美緋絽もさ、もしかして自分のこと特別とか思ってるんじゃない?なんか私たちのこと、無視したりしてない?」

やっこの追及は続いた。

「・・・ない。」

無視するなんてそんなこと、したこともしようとしたこともないのに、なんでこんなことを言われているのか、頭は混乱するばかりだった。
 美緋絽が答えた後、沈黙が流れた。

「ほらね。」

やっこはあきれたように言った。

「話もしないんだから。もう行こう。」

やっこが促すとミヤコがスッとついていった。

「茜里!」

ミヤコが声をかけると、茜里はうつむいたまま踵を返して二人と連れ立った。美緋絽と目を合わすこともなく、背中を向けて。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み