(82)各国における魔女事情 ①

文字数 1,946文字

魔女裁判は、南フランスおよびスイスで先に始まり、イギリスが後を追い、ドイツは遅れていた。
(ただし、16世紀以前でも、数千人の犠牲者は出ていた)
ヨーロッパ全体を見れば、魔女狩りの最盛期は、16世から17世紀になるが、魔女狩りの基本的性格は同じであるものの、魔女裁判の性格と実態は、それぞれに異なる。

さて、ドイツの魔女狩りは、フランス、スイス、イタリア等に遅れを取りながら始まることになったのであるが、始まってみると、その追及は最も厳しく、最も多くの犠牲者を出した。

ドイツでは全土一律に魔女狩りは行われず、地域により差異があった。
その理由は、フランスのような権力の中央集権化がなされておらず、300余の中小諸侯が支配する領邦国家に分かれていたこと、それに加えて教会の管轄区が存在していたことである。
したがって、ドイツは地方分権であり、中小規模の都市ばかりであった。
中世では、人口1万人以上が大都市、2千人から1万人までが中都市、500人から2千人までが、小都市とされたが、ドイツでは、小都市は人口の90%から95%を占めていた。

尚、帝国都市(大都市)の、フランクフルト、アム、マインツにおいては、魔女裁判は一切実施されず、盛んにおこなわれたのは、小都市であった。

また、フランスでは、ローマ教皇庁から送り込まれた教会エリートと法律家が、土着農民の異教的迷妄の一掃の先頭に立っていたが、ドイツの小都市では、エリート市民と農民の意識に差異がなかった。
そのために、小さな農村から始まった魔女狩りが隣の小都市に波及することが、多かった。
地域的分布では、北部、東部、南東部の平坦な地域での魔女裁判は、比較的少ない。
その他の平坦な地方でも、魔女裁判は少ない。
魔女裁判の分布が密集しているのは、南西部のラインラント、ザールラント、フランケン、ヘッセンの一部、ザクセン大公領、ウェストファーレン大公領などの北西部などの、小領邦国家であり、分裂して寸断された地域である。
そのような孤立傾向のある小さな分権国家では、領主主導であっても、村落共同体からの集団リンチであっても、一旦魔女狩りが起こると、抑止する力はなかった。
※パリの高等法院は、比較的早期に魔女狩りに対して抑制的になった。1564年から1640年の間に、死刑判決を受けた「魔女」474人中、実際に処刑されたのは、115人だった。

ドイツの魔女裁判が混乱と無秩序に陥った原因は、裁判の手続きと、それを担う裁判官と執行吏にある。
中世から近世のドイツは、上位下達、裁判官の職権による、「糾問訴訟手続き」を採用していた。
※刑事裁判において、有罪無罪などを判断する者(裁判官の役割)と、犯罪を糾弾する者(検察官の役割)が、分かれていないものを意味する。
真実を解明し犯罪者を処罰するということが裁判官の役割とされ、対立構造は「裁判官 対 被告人」という図式となる。
この手続きは、拷問を主要素とし、異端(魔女)の猖獗(しょうけつ:悪事が猛威を振るうこと)に対抗した。

密告と拷問と自白が一体となった魔女狩り裁判の恐怖は、ドイツ人の意識を変えた。
「訴えなければ裁判なし」等は通用しない。
いきなり、直接裁判官や、村落からの突き出しにより、逮捕され、拷問され、虚偽の自白を(それも裁判官の定型化したシナリオ通りに)言わされ、火焙りになる運命は、いつ何時起こるかわからなくなったのである。

魔女裁判に特徴的なことであるが、魔女の告発、拷問、自白、誣告のメカニズムに抑止力がないこと、細菌が蔓延していく疫病のように、無実無害な人々を巻き込み、いつの間にか、拷問をする人、裁判官、または、町の有力者まで魔女の嫌疑が広がるような事態に発展した。

例えば、激しい魔女狩りが行われた、某都市では、信じられないことであるが、裁判官自身が、自分の妻の魔女行為の立証を強いられることになった。
しかし、夫として、妻の無実を公けに宣言しようとした時点で、同罪として逮捕され、厳しい拷問を重ねられ、虚偽の自白を強いられた上に、焼かれたのである。
※他の同僚高等官吏も同罪とされ、逮捕断罪され、財産は没収された。

聖職者も例外ではなかった。
別の都市では、3名の聖職者と教会責任者に対して、有罪宣告が行われた。
司祭の妻が、魔女として訴えられ、拷問を受け、「悪魔との契約」を自白した。
夫が聖職者であるため、恩赦を受けた。
それでも、斬首の後の火刑だった。
しかも、裁判手続き、処刑費用は、夫(司祭)が負担した。

魔女狩りのターゲットは、貧しい目つきの悪い怪しい老婆だけではなくなった。
都市の富裕層、教師、聖職者、官吏、法律家、商人にも及んだ。
※彼らは、キリスト教以外に、ゲルマン由来のオカルト魔術愛好者だった、との説もある。
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