(20)「主の番犬」ドミニコ会の熱狂的で戦闘的な異端審問⑥

文字数 2,230文字

1235年のトゥールーズは、密告が多く、断罪の多い年だった。
自身が体験した、ギヨーム・ベリッソンの記事によると、様々な事件が発生している。
(事件1)
審問に手が足りなくて、フランチェスコ会の会士や町の司祭に手伝いを求めるほどの、忙しさだった。
その忙しさのあまり、鍋職人Cを捕らえて「知っている名前を全て言わないと死刑に処する」と脅した。
その結果、鍋職人Cは死の恐怖のあまり、異端者たちの名を告げた。
その告白を受けて、異端審問官全員がトゥールーズに集まり、住民に告知した。
「慈悲の期限を定めたうえで、住民が各自、十分に過誤を自白するなら投獄、追放、財産没収の措置を行わない」と、確約した。
その鍋職人Cは放免されることになったが、たちまち、異端一味により、夜間寝床で殺されてしまった。

(事件2)
異端審問官審問官ギヨーム・アルノーは、まとめて有力な市民12名の召喚を強行する準備に入った。(その中には、元市長5名も含まれていた)
その傲慢な準備を知った現市長とスタッフは、トゥールーズ伯レーモン7世の了解を得て、
異端審問官ギヨーム・アルノーの審問停止と市外退去を要求した。
そして、トゥールーズの市民が、市当局により扇動され、強烈な怒りを持ってドミニコ会の僧院に殺到した。
ギヨーム・アルノーたち、ドミニコ会士の身体に手をかけて、その僧院から引きずり出し、市外に追放してしまったのである。

しかし、ギヨームはそれでもめげなかった。
カルカソンヌまで退去し、そこからトゥールーズ市内の審問続行を指示したのである。

この異端審問官の「しつこさ」に、市当局は激怒した。
「今後我々を召喚しようとする者こそ、市当局は、即刻死刑に処する」
「今後、ドミニコ会に物を売る、あるいは貸す、便宜を提供する者は、身体と財産に罰を与える」旨の禁令を町中に布告したのである。
加えて、トゥールーズ司教、サン・セルナンの参事会にも、同様の布告を発した。
(結果として、司教は糧道を絶たれ、市外に退を余儀なくされた。

その後、ドミニコ会には、友人関係にある市民から、差入れ(パンとチーズなど)が一定期間(3週間)あったものの、市当局に気づかれ、門と庭に市当局の見張りが立ち、ついには、水も汲めない状態になった。(手に入る水では、野菜の煮物も、作ることが出来ない状態になった)

トゥールーズ市内のドミニコ会の僧院が、そのような状態になっても、カルカソンヌから、ギョーム・アルノーからの異端審問指示は途絶えなかった。
「自分はトゥールーズに入れないので、カルカッソンヌで裁判を行う」
「そのために4人の会士で召喚を行うように」

僧院の院長は鐘を鳴らし、全員の会士を集め、喜色満面(冷笑?)に言い下した。
「お前たちの中から4人を殉教で天なる主の宮殿に送らなければならない」
「それが異端審問官ギヨーム・アルノーからの命令である」
「我々に反感が強い、このトゥールーズ市内の現状の中で、異端審問官ギヨーム・アルノーの命令に従い、仮借ない召喚を実行する者は、4人の会士は(市当局に)即座に殺されると、考えてよい」
「そのことは市当局が断言し。既に召喚された者たちも、公言している」
「それでも、お前たちはギヨーム・アルノーの命令に従い、殉教する覚悟を持つのか?」

しかし、僧院長の警告にもかかわらず、会士全員が志願した。
「志願した会士の中から、4人が選ばれた。
(その中に年代記記者ギヨーム・ベリッソン自身も入っていた)」

「その4人は恐れることなく、異端者召喚に着手した」
「異端者を街頭に探すだけでなく、異端者の寝室にまで踏み込んだ」
「ある異端の家に行った時には、その家の息子たちが気付いて駆けつけ、暴力を振るってドミニコ会士を叩き出し、厳しい侮辱を加え、馬で引っ張り、押さえつけ、打ちのめし、最後は剣で切ろうとしたが、居合わせた者が制止した」
「この事件を受けて、市当局は、ドミニコ会士全員の追放を決定した」
(殺すのではなく、追い出しを選択した」

「この時点で残っていたドミニコ会士約40人が、一定の抵抗を見せたが、市当局に実力で市外に追放されてしまった」(手取り足取り、市外、ガロンヌ河の川原に放り出されてしまった)
「そして、異端審問官ギヨーム・アルノーはカルカソンヌから執政たちの破門の宣告を発した」

直接市民感情を傷つけたのは、度重なる死骸の発掘と火刑、及び市当局及び有力市民への攻撃だった。
また、市当局及び、市民は、ローマ・カトリック教会及び異端審問官の以下のような考え方に、反感を抱いていたことも、事実である。

「聖職者は、堕落したとしても、この世の罪を問われない(この世では、どんな悪徳をしても、無罪)」
「そもそも、聖職者と、この世の道徳とは無関係なのである」
「聖職者の権力が世俗の権力に勝るのは、霊魂が肉体に勝るのに等しい」
「キリストの代理である教皇は、全ての人を裁くことができる」
「しかし、世俗の誰であっても(領主や王であっても)、教皇を裁くことはできない」
「王侯の権力は、教会に由来するのだから、王侯は聖職者の下僕に過ぎない」
「王侯とその人民は、聖職者の臣下である、輝く太陽に対する月に等しい」
「最下位の見習い聖職者であっても、その権威は王に優越するので、王を裁くことも可能である」


こんな態度で無理やり接して来る集団であるならば、当時のトゥールーズ市民だけではない、どんな時代のどんな市民も、「怒り」なしにはいられないと思うのである。
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