(58)魔女とは何か

文字数 3,044文字

そもそも、魔女とは何か。
魔女狩りでイメージする女は、魔女狩り以前にも、存在していた。(我が日本にも、いた)

呪術使いの女、神秘的な直観で占術を行う女。(巫女的な存在)
薬草や医学の知識を持ち、病人や怪我人を直す女。
女性の出産を助ける、あるいは堕胎を助ける女。(産婆のイメージ)

このような病気癒しや、呪術使いの女性は、大昔から絶えることなく、人々の日常的な要求に応えつつ、存在していたのである。

しかし、そのような女性が「魔女」としてとらえられるようになったのは、14世紀のことである。
「魔女」がローマ・カトリック教会により、「悪魔を指導者に持ち、ローマ・カトリックとは異なる教義及び儀式、位階制を持つ集団の構成員」と認知されたのである。

※キリスト教の布教が遅れた農村、山村では、ヨーロッパ古代のドルイド教が残っていた。
※ドルイド教:ガリア、ブリタニアに定着していた古代ケルト人の宗教。ドルイドと呼ばれる神官を中心に、占いや天文学の知識、聖樹崇拝を重視し、霊魂の不滅と、輪廻の教義を説いた。

人身御供の儀式に関わっていたとの伝承もあるが、ドルイドが自身の教義を残さなかった以上、人身御供の儀式を裏付ける考古学的な根拠を発見するのは困難とされる。
一見、当時の生贄と思われる遺体が発見されても、それが本当に生贄なのか罪人への処罰だったのか判断するのは難しいからである。
あるいは、罪人の処罰を生贄の儀式に利用した可能性や、戦死などの理由で死亡した遺体を宗教的儀式に利用した可能性もある。

※ただし、ベルナール・ギーの見解では、ドルイド教ではなく、
「夫婦を不仲にさせ、未来を予言し、病を癒し、隠された宝を見つけられるという人間に注意せよ」と記し、「悪魔の祈願者」を、他の諸々の異端者分類の間に入れているだけだった。

その後、1318年に、妖術の存在に、教皇(ヨハネス22世)自身が怯え、その魔術のドグマ的性格を確認し、魔女を「最悪の異端」として追及断罪する許可を異端審問官に与えた。
それと並行し、多くの神学者と悪魔学者は、「魔女に共通の特徴と、見分け方」を論じ合った。

その結果として、14世紀末には、一種の悪魔教としての魔女セクトの存在が自明視されるようになったのである
(実際は、ヨーロッパの古代宗教:ドルイド教儀式のイメージも指摘されている)

その中で、一般に言われる「魔女の悪辣な業」とは下記の通りになる。

・呪いをかけて、夫婦を離反させ、不妊、不能にする。
・赤子を窒息死させる。(産婆による助産の失敗も含む)
・人間の身体(特に農民の両腕)に不調をもたらす。
・家畜を病気にし、あるいは殺す。
・嵐を起こし、畑に雹を降らす。
・身体が酷く臭い。
・邪視(忌わしい視線:目つきが悪い)
・涙の欠如
※悪魔学者の説では、涙は、悔悛したものが、罪を洗い流し、神の怒りをやわらげるが、魔女は、悪魔との契約により、泣かなくなった。(悔悛の涙を流すことができなくなった)

・悪魔と血の契約書を交わした。

(参考)血の契約書
悪魔は魔女に「呪われた超自然力を与える、そのかわりに、魔女は生涯、悪魔に仕えることを誓う」(十字架をふみにじり、イエス・キリストも聖母マリアも、全ての聖者、ローマ・カトリックも否定する旨、自分の血で記し、署名する)
契約成立後、魔女は自分の身体の一部(爪や髪の毛、血を悪魔に捧げ、悪魔は彼女に金銀を与え、今後定期的にサバト集会に飛んでくるための膏薬と、地上での悪行のために、伝染病を起こす黒か灰色の粉末を与える。
魔女は、その家に、手下の「使い魔」として、モグラ、コウモリ、カエル、トカゲを飼いならす。
絶えず男夢魔と交わり、飽くことのない性欲を満たす。

また、当初に「魔女」に仕立て上げられた女性は、社会的には貧窮した一人暮らしの女性たちだった。
(大半が農村出身の貧しい女性で、しかも村はずれの小屋に住むような女性)
彼女たちは、社会底辺の人々、売春婦や売春斡旋業者、居酒屋経営者と同じく、家庭の安定に脅威を与える存在とされていた。
また、特に産婆の場合、出産時の母親や子の死は、家庭、特に両親に深い心理的外傷を与えることになった。
(キリスト教悪魔学者が、このような民衆の恨みや憎悪の感情を、伝来の呪術性を保持する産婆に向けたことは当然であった)
彼らは、産婆をサバトに向かう魔女に結び付けた。
子供を殺した後に、その肉をサバトに運ぶ魔女、殺した嬰児の脂を身体に塗り、サバトに飛ぶ魔女のイメージを作り上げたのである。
(民衆の間に、産婆をスケープゴートにする「印象付け」の道具として、出産失敗を使った)。

※古代では堕胎は、概ね容認されていた。
例として、古代ギリシアでは、「夫婦が一定の年齢を超えている場合」「近親相姦による受胎の場合」の堕胎を容認していた。
堕胎を悪とするか否かは、その時の状況で決められた。
「婚前、または婚外の関係による受胎を秘密にする場合」は、これを認めると性道徳が乱れるので悪とされた。
しかし、既婚女性が、養育力を考え、自分と貧乏な家族の健康や幸福を守ることを目的にする場合は、一定程度は容認された。
キリスト教においては、旧約、新約ともに意図的な堕胎に言及した記述はない。
尚、4~5世紀の教会は、受胎初期は薬草による堕胎を認めていたらしい。
その後も、明確な堕胎禁止はなく、ようやく1701年教皇クレメンス11世により、「妊娠のどの段階であっても堕胎は有罪」となった。

一般の人々は、彼女たちの不思議な力に、恐怖の念を抱きながらも、病気治療(自分や家畜)を頼った。
魔女が秘薬を作り、人々を治療するという観念は、古くからの民間伝承である。
(ヘレニズム神話のヘカテ神は、女呪術師が魔法をかける時の守護神であり、メディアはヘカテから薬草術をならった)
彼女たちは、経験による深い薬草知識や産婆、鎮痛、炎症止めの技術にも通じていた。
(賢い女性と尊敬される場合もあった)
(西洋医学の新しい科学的な理論や概念とは無関係だった)
(ローマ・カトリック教会の支援を受けた新興の医者集団にとっては、恐るべき存在だった)
(近代医学を大学を通じて、自らの傘下に収めていた教会としても危険な存在だった)

彼女たちは、恋愛に効果のある薬草の調合、損なう薬草の調合技術(対不倫相手、恋敵等)、よく知っていた。
(一般の人々は、恐れを抱きながらも、都合よく、使っていたらしい)

※フランシス・ベーコンは、「学問の進歩」(1605)の中で、
「魔女と産婆はいつも医師と競争して来た」
「経験のある者と、老婆のほうが、学識ある医師よりも、治療が成功する場合が多かった」
と語っている。

しかし、都市のエリートである司法官や教会改革者、近代医学者からは、道徳意識もなく政治意識もない、邪魔者だった。
(だからこそ、医師たちは、医業の専門化を要求し、医師資格のない者の治療を法律で禁じることを請願し、現代にいたるまで、大学ドクターにより医療独占を進めて来たのである)

魔女、その存在自体が、住民を異教(民間信仰)の迷妄に染まらせ、ローマ・カトリック教会の「あるべき秩序」を崩す存在であると、危険視したのである。

そして、彼女たちを根こそぎ排除するために、ことあるごとに住民を駆り立てて、「不穏分子」を摘発するようになった。

自らの政治的統治の失敗、全ての社会不安の原因を、魔女たちに押し付け、自らの身の安泰を図ったこともあるし、逆に魔女に寛大な裁判官は「神の民の敵」とみなされた。
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