47.夜、赤提灯の街でこける

文字数 1,265文字

本格的に日が暮れ始めて、空が暗くなってくる。道沿いに並ぶ赤提灯に明かりが灯る。いよいよ雰囲気が出てきた。湯婆婆の館と言われている有名な建物があるらしいので、それを探してみることにする。適当に歩いている内に見つかるだろうと、人の流れのままに気分の赴くままに歩いていく。やはり、夕暮れ時が人気なのか、より一層道行く観光客が増えている。

時折足を止めて写真を撮る。暮れ始めた街の微妙な陰影が、既に通った道の印象をまた新たに徐々に塗り替えていく。軒先に吊るされたいくつも赤提灯。そしてそれにほのかに赤く照らされた広告看板、店の壁。開けたところに出て、崖の上にせり出して立つ建物とその先の暮れなずむ空。不意に現れた赤レンガの少し欧風な建物。化け物屋敷と思しき看板。

狭い道の階段を見上げれば、そういったものが一体となって、いくつもの屋根に何層にも重なって、空へと延びていく。ごちゃごちゃしているのに、そこに美しいものや調和を感じるのはなぜなのだろう。絵に描いたようなノスタルジックな風景。少し足を止めて見入る。

そうしてあてもなくさまよっている内に、もうしっかり日が暮れたころ、妙に人だかりになっているところを見つけた。皆一様に上の方を見上げて写真を撮ろうとしている。目線の先を見てみると、湯婆婆の館こと、阿妹茶楼の建物があった。なるほど、確かにそれっぽい。人だかりの中難儀しながら、スマホを持つ手を頭上にあげて、何とか写真に収める。ただ、個人的には雑然とした街の狭い道にかかる無数の赤提灯、といった雰囲気の方が好きだなと思った。

茶楼ということで、確か屋敷の中で台湾茶が飲めたはず。どうしようかと迷って、入り口の方を見てみたが、混んでいそうな感じだった。街を縦横無尽に歩いて結構疲れてしまったので、待つだけの気力がなく、また、もうそろそろ帰らないと、ホテルに着くのが遅い時間になりそうだったので、見送ることにする。

階段を下って、バス停の方に歩いていく。石造りの階段は濡れていて、しかも微妙に下方向に傾斜がついており、どうにも危なっかしい。この狭い道で転んでしまえば、たくさんの人を巻き込んで大惨事になってしまうだろう。そんなことを頭の片隅に置きつつも、一方で人が多くあまりにも進みが遅いので、少しじれったい気持ちになる。

そんなことを考えていたせいで少し気分が前のめりになっていたのだろうか、急に足が滑ってバランスを崩す。やばいと思って、せめて前には倒れまいと、なんとか後ろに倒れ込もうとする。結果、尻と足を強かに打って転んでしまった。

なかなかに痛い。ただ、それ以上に気恥ずかしさがあった。何事かと周囲の人の視線が集まる。大丈夫か?などと心配する声もある。即座に立ち上がって、すみません、ソーリー、メイウェンティ、大丈夫です、などと思いつく言葉をあべこべに発して、四方に忙しく頭を下げ、苦笑いをしてごまかした。

いや、恥ずかしい。大の大人が転んでしまうだなんて。下唇を少し噛んで、逆に笑ってしまいそうになるのをこらえながら、慎重に階段を下りて行った。
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