第19話 その名に反する金賀内蔵

文字数 5,981文字

「じゃあ次は俺だね。俺は貧乏で苦しんでいた過去の出来事をネタにしている金賀内蔵(かねがないぞう)だ。
まあ、いずれ売れてしまったらこのネタで笑ってくれる人はいなくなるから新ネタも考えないといけなくなるが、そうなったら面倒だし、冷麺屋でも開業するつもりさ」
 5番の腕章をつけた男だ。30代後半で小太り。幼稚園の帽子を被り、園児服と言う恰好をしている。



恐らくこれは彼の正装だ。普通正装と言ったらスーツにネクタイだが、芸人の場合違うのだ。
その仕事でよく使う衣装の事を正装と言う場合が多いのだ。
その姿が裸にふんどし一枚だとしたら、それがその芸人の正装となる。全く経済的な正装だな。
「もう売れるつもりでいるのね? 大した自信ねえ。それにしてもその恰好正直無いわー」

「これが俺の正装だ。ってかもう既に売れちまっている。
何故なら俺の子供の頃の悲惨な状況を事細かに書いた自伝が、既にベストセラーだ。しかも3冊も出ているからね。

【家なき幼稚園の年長さん】

というタイトルだ。知ってるかい? 最近ドラマ化もされたんだよ。
本人主演でね。その時の出演料が目玉が飛び出る位でね」

「あ、そういえばあんた見た事ある顔ね。……しかし……似ているわね」

「え?」

「火村さん……それと周さんにも。顔の形と言い、そのいやらしい笑顔と言い」

「いやらしいは余計だぜえええええ?」

「アリサちゃん毒舌だねえ」
周は元気いっぱいに、火村は冷静に突っ込む。 

「確かにな。そりゃそうさ、元は同じ画像だからな。よく見りゃわかるだろ?」

「え? 画像? 何それ?」

「おっと、なんでもねえよ」

「ふーん。でも私も見たわよドラマ」

「お、見てくれてたのか嬉しいな! 見ていない人の為に説明するが、異様に金返せとかドロボーとか書いた紙が貼りまくられた家の前で、家族4人が集まった。そして、父親のこの言葉から始まるんだ。

『あなた達を養う事が出来なくなりました』

って言う衝撃的なセリフからな」

「うんその後、

『好きな所で自由に暮らして下さい』

って台詞なのよねー。確か8月の暑い日だったよね?……親とは思えない無責任な言葉!!」

「そうだな。そして、その言葉の意味も一知半解ながらも幼い俺は聞いた。

『これからどうすればいいんですか?』

とな」

「覚えてる覚えてる! そうしたら

『そこの淳二稲川(あつにいねがわ)に泥鰌が居るから、それを食べて生きて下さい』

って言ったのよね?」

「ああ。意味が分からなかった。でも、もうあの頃の生活に戻る事は出来ないって事は何となく分かった。それでも素手では大変だからって事で、大きい声で親父にこう言ったんだ」

「うんうん、明らかに太ったきったねえ哀れなおっさんで、幼稚園児の格好していて最高に惨めで切ない上に気持ち悪かったけど、演技はイケてたわ。
確か

『泥鰌(すく)うなら(かめ)をくれ!』 

って何回も何回も言ったのよね? それでその台詞が流行語になったんだっけ?
泥鰌掬うなら甕をくれ! 泥鰌掬うなら甕をくれ! 泥鰌掬うなら甕をくれーってね! 衝撃的だった。耳に永遠に残る言葉よね……」 

「そう。涙なしでは絶対に見られないシーンだ。おっと、思い出したら涙腺が緩んできちまったい……それでも親父は、無言で首を振り去って行った」

「酷い親父よね……まあ手持ちに甕を持っている親父もそれはそれで嫌だけどさあ……でも、何か代りになる物位渡していけばいいのに……そんで、猛烈な雨でも、家がないからその泥鰌の居るって言う川の河川敷で過ごして、毎日泥鰌を捕まえようとして逃げられて泣いてたよね? 飲み物は雨水や川の水を幼稚園の帽子に貯めて飲んだんだよね? 大変さは伝わったわ」

「そう、よく見ていてくれて嬉しいねえお嬢ちゃん! でもきったねえって……最高に惨めで切ないって……毒舌だなあ。
でも、言われるまで気付かなかったぜ……けど貧乏っぽい子供に見えたろ? 一張羅の園児服で高校生まで過ごしたんだぜ?」

「物持ちいいわねえ。その園児服の素材はゴム製なの? 良く伸びる事! でも演者に問題ありね」

「え? 結構酷い事言ったけど、演技自体はイケてる言って行ってたじゃねえか」

「だって貧乏な幼稚園児って設定なのに、太り過ぎてて血色も良かったし、とてもみすぼらしい少年には見えなかったわね。
しっかりそういうメイクをするなり、やせ細っている子役を使うべきだったと思うの」
 
「それは確かにそうかもしれねえ。でもよ、誰もあの熱演は出来ねえぜ? 実際体験した俺以外はな! だから、人生まだ一桁のガキにやらせるのは断固断ったって事だ。だから監督に土下座してこの役だけは俺にやらせてくれ!! って何度も言ったんだ!!」

「土下座するから役をくれ」
上手い事を言うアリサ。

「おおー! いいねそのフレーズ! 次のドラマの何かに使わせてもらうぜ?」

「いいよ」

「ありがとよ!! でもよ、いつまで経っても捕まえられなくてよ、甕が欲しくなって、行く先々でそれを言っても、誰一人くれなかったから寂しかったぜ……仕方ないから、考えたんだ」

「なんだっけ?」

「おい! そこ忘れるか? 超絶重要なシーンなのによお! RPGで言えばよ、一度ライバルに破れて新たな特技を身に付けるシーンと同じ位重要なシーンだぜ? 仕方ねえ教えてやる。都会だったが近くに山があってそこに陶器に適したいい粘土が出るって聞いたんで、それを1か月かけて掘り起こして、ろくろで加工して、パン屋さんの窯に忍ばせて、最高の甕を作り上げたんだぜ?」 

「そう言えばそんな話あったわ……そこだけスポっと抜け落ちてたわwでもよくバレなかったわねパン屋さんに。
てか忍び込んだんだったら早乙女さんみたいにパンを食べればいいじゃない」
窃盗を推奨する小5。

「ん? 早乙女さん? そう言えば予選でそんな話があったな。
因みに俺もその人の使っていたパン屋さんにお世話になったんだぜ? 地元では有名なおっさんで名前が、邪夢おじさんって言うんだ。
あの爺さんの作ったパン盗み食いしたけど死ぬ程不味いパンだったんだwありゃ売れねえってww甘すぎるわwwあの爺さんさ、いつも悪夢にうなされていて、まともにパンを作れかったのかもなwそれでさ、何でかしらねえけどいつも窓が開いててよ、悪夢にうなされている隙にそこから忍び込み、窯を使わせてもらった。
で、完成した土器を窯から取り出す時は、人生で一番土器土器したぜwでな? もの凄く良い仕上がりだったんだ! ワニスを塗った訳でもねえのに、ツヤッツヤで仕上がっていてさ、惚れ惚れする焼き上がり。
これ売って暮らせばいいんじゃね? って位だ! それを無事回収し、河川敷に無我夢中で走ったなあwこれで……掬える……泥鰌が! ってなw同世代の子は、新しいゲームソフトを買って貰って、家に帰って早くやろうってチャリを全力でこいで、風になっているあの感覚と同じだよな。川の中に入り試しに掬った訳よ、泥鰌! そしたらどうなったと思う?」 

「覚えてるよ」

「そうか。でも、俺の口から語らせてくれ! 何かよその甕、魔法の甕みたいでよ、吸い込まれる様に入ってきてよお。泥鰌!! ビックリしたぜえ!
そんでよ、初めて泥鰌を焼いて食べた時は、あまりにも旨くて涙が止まらなかった」
両目から目の幅涙を流し、語り終える園児服の男。

「うんうんよかったねー」
涙ぐむアリサ。

「こんな全てに見捨てられた俺でも、僕達を糧に生きていいよ! ってあいつらに言われた気がした。エゴかも知れねえ……エゴかも知れねえ。でもよ、上手く伝えられねえけど……」
あらゆる物への感謝の涙が止まらない金賀。

「分かる。何となくだけど分かるよ。波乱万丈な話ねー。でも火はどうしたの?」

「おう、近所にゲーセンがあってよ。そこで煙草吸いながらやってるヤンキーの吸い殻を拝借し、それを火種として夏でもその熱さに耐え、絶やさずに過ごしたんだ。薪とかはそこらへんに落ちてる雑誌を沢山用意して少しずつ使った。吸い殻一本でも炎の元なんだ!」

「凄い」

「そういう話が読まれる訳よ、結局な。当然全部事実だぜ? 俺の体は、雨水と泥鰌で出来ている様なもんだからな。
感謝してるよ。全ての泥鰌、雨水に! そして親父にもな」

「えっ? 親父にも? あんな酷い仕打ちを受けたのに? 私なら絶対に地の果てまでも追い回して必ず見つけ出して、目玉をへし折ってやるのに」
こわいこわい

「はははwまあもし偶然でも見つけたら、息子は元気にしてると伝えた後にでもへし折ってやってくれやwだが俺は感謝している。
お陰で一人でも生きていける力を身に付け、ここに今立つ事が出来ているんだからさ。そして、あの苦しみをもう味わう事が無いと分かっているだけでも全ての人に優しくなれるんだ」

「ふーん、でも今お金あるんでしょ? ならコンテストに出る事も無くない? 冷麺屋で儲ければいいのに」

「ああそんな事簡単だ。テレビに出てもっと有名になって、番組でもその俺を育ててくれた淳二稲川の事を伝えたいんだ。それにもしテレビをみた親父が俺に連絡してくるかもしれんだろ?」

「何を話すのよ? 気まずいだけじゃない? 私はオヤジにそういう仕打ちはうけていないけど、あらたまって話す様な事は無いわ」

「あれ? お父さん亡くなっていたんじゃ?」

「あっ(ここではそういう設定だったわ)生前の話ね?」
何故アリサはそこまで父を死んだと言う嘘設定を保ち続けるのだろうか?

「そうでしたか……ご冥福をお祈りします」

「で? その親父に恨みの言葉でも言ってやる訳?」

「ちがう。礼を言うだけだ。それで、もし苦労している様なら援助する。一緒に暮らす為の部屋も準備もしているしな」

「お人よしねえ」
この男、恰好はふざけているが、この中では一番の常識人かも知れぬ。味わった苦労が深ければ深い程、人に優しくなれる。
そんな普通ではない事をサラッとやってのける。それが、ピン芸人。金賀内蔵なのだ。

「それとそこで新製品の冷麺の事も紹介するんだ」

「ラーメンは大好きだけど、冷麺は食べた事ないわ」

「うちは泥鰌冷麺を作る予定だ。名前も決めてる。泥鰌掬うなら甕をく冷麺だ」

「あー分かったー 甕をく拉麺じゃ語呂が悪いから冷麺にしたんだ!」

「正解w良く気付いたな! いい名前だろ? 泥鰌の骨を出汁にした美味しいスープに、泥鰌肉を練り込んだ麺。最高だぜ! 鰻と違って安いし、カルシウムは鰻の9倍もある。鰻位に栄養価はあるけど、脂っこくなくてさっぱりしてるから胃にも優しい。泥臭いし、骨が硬すぎるのが欠点だけどな……」

「そうなのね。じゃあお父さんは結構体の事考えてくれてたんだね」

「そうなんだ。本当に見捨てるつもりなら、泥鰌の情報を言わずに去って行った筈だしな。
後はバランスを考え、野菜の代りに雑草や花を食って生きてた」

「毒とか大丈夫だったの?」

「どれがやばいか知らなかったし、まず一かじりして、いけそうだったら食っていった。そんな事をしていたらいつの間にか雑草博士だぜ?」

「逞しいわねえ。でも冷麺の話、聞いてても美味しそうってはならないわ。しかも名前が長いわ。後さ、まさかとは思うけど水も自分の過去に合わせて雨水なんか使わないわよね?」

「大丈夫だってwwそこはしっかりと買うよww」

「しかし、全体的に黒く染まりそうな冷麺ね……食べ物ってやっぱり見た目も大事よ?」

「大丈夫だって」

「そう? 後、冷麺って言う位だから夏のみよね? 冬はお客さんこなさそうね」

「大丈夫だ! そこは考えてある! 冬はホット泥鰌掬うなら甕をく冷麺って言う新製品も考えてあるからなw」

「それもうラーメン!」

「そして、淳二稲川の側に俺の銅像を作るけど、その時は雨が降ったら雨水がしっかりそこに貯まる様に上向きで固定した幼稚園帽子を片手に持たせ、勇ましい表情で巨大泥鰌に(またが)った俺様が、川を指差しドヤ顔している物を作る予定だぜ」

「大きい泥鰌に跨る? カッコ悪いわよそんな銅像」

「カッコ悪くて結構さ。貧乏でカッコ悪くても、たった一人でも、最悪の境遇でも、どんなに苦しくても死にたくなっても諦めず、その負の感情を振り払い、きっと生きていればいい事が訪れるとがむしゃらに生きて生きて生き抜いて這い上がった記録だからな。
そんなのかっこいい訳がない。その銅像はな、俺にとっての【しかみ像】なんだ」

「鹿を見る象で鹿見象?」

「全く違うよ」

「じゃあ何?」

「うん? 後で説明するよ。俺が今こうして生きていられるのは泥鰌のお陰。そして、雨水のお陰だって事だ! 一生忘れない為に作る物。
そして、泥鰌は俺の誇りだ……! それを隠して今の裕福な姿だけを晒すのは何か嫌なんだ。包み隠さずにその過去を残す。
知っているか? あの家康は、敵から逃げて馬の上でう○こを漏らした事があるんだ。
で、情けなくて、それが許せなくてその時の状態を絵師に描かせたって話もある。
それが【しかみ像】って言う名前だ。 
そう言いつつ自分の手帳を見せる。その表紙には大きく絵が描いてあった。




「悔しさが伝わってくる絵ね」

「彼は戒めの為に自分の恥ずかしい表情を歴史に残したんだ。
本当に器の大きい男は、自分のかいた恥もひっくるめて歴史に残すものだ。
自分に都合の悪い事だけは隠して、見せたい良い部分だけを歴史に残す様な見栄っ張り男ってのはさ……カッコ悪い……だろ?」
園児服を着た男の中では宇宙一かっこいい。
「かっこいい……」
コロコロ変わるアリサ。頬を紅潮させている。
 
「フッ俺に惚れたら柳川鍋御馳走しちまうぜ? それでさ、あの時は綺麗な川だったから沢山いたけど、今はドブ川になっててよ……最早泥鰌が住んでい居るのかもわからねえ。
酷い話だよな……俺は優勝賞金の一部で、お世話になった淳二稲川を元の綺麗な川に戻す為に使うんだ。
だから絶対に優勝は譲らないぜ? これは意地なんだ。そして、それをきっかけに泥鰌を軽視していた奴らも見直してくれると思っている。
こんな素敵な芸人が、泥鰌のお陰で今もこうして元気に頑張っているっていう事を見せればさ! それをテレビで色々な人に見て貰うんだ」

「……あのね。川を綺麗にするのに幾ら位掛かるかあんたは知ってるの?」

「そんなのは20万もありゃあ出来るだろ?」

「何言ってんの? 甘いわよ。80万も残る訳ないでしょ! そういうのは国の税金でやっている事で、川の大きさにもよるけど、3~40億円位掛かるのよ? 100万円では何も出来ないわ」

「それ本当かよ? でも、何でこんな小さい子供がそんな事知ってるんだよ?」

「さっきも言ったけど、私は刑事の娘なのよ。家には沢山の法律に関する本とかがあって、絵本代わりに読んでいたの」

「凄い話だなそりゃ。分かった。なら賞金の半分を寄付して少しでも足しにして貰う事にするぜ。
次はあんただな」

4番の腕章をしている男を指差す。
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