第2話 ボケ人間コンテスト会場

文字数 6,654文字

 携帯ショップを出ると、やはり厳しい日差しが容赦なく照らす。日傘が無いと歩くのも嫌になる気温。
アリサは手持ちのスケッチブックを頭にかざし、日よけ代わりにする。
綺麗な赤と白のブロックで作られた道を10分程歩くと大きなドーム型の会場が見えてきた。入り口に大きな看板。

【この夏い(あつ)を笑いで吹き飛ばせ!】

と書いてあった。

「誤字だね。全く、誰も気づいていないわ。ご丁寧にフリガナまで振って間違えてるわ。全く……人間って愚かね……」
アリサが一瞬で間違いに気づく。

「うふふ、アリサちゃん。これはこれで正しいのよ。この会場ではね。
考えてみて? 間違えた漢字にフリガナなんか振らないでしょ? アリサちゃんが考えている程人間は愚かじゃないわ♪」
その程度の尺度で、人間をどうこう言う浅はかなアリサ。全くケイトの言う通りである。そこまで人は愚かではない。
そして、ここではその常識が通用しないらしい。どういう事なのだろうか?

「なにぃ?」
某アニメのタイヤ人のエリート王子をほうふつとさせる ハッキリとしたなにぃ? を思わず発してしまうアリサ。

「ここはお笑いの聖地とも言われている、ボケ人間コンテスト開催場の東京ビッグアリーナゴールデンハムスターエッグよ」

「長いなー、途中生物入ってるけど良いの?」

「略してビッグエッグよここに来るのも3回目だなあ。ここで毎年激しいお笑いのバトルが行われるのよ!」

「あれれー? それ、アリサ聞いた事あるー」

「それなら私も聞いた事あるわ」
なぜだろう? それだと私も聞いた事がある。

「周りにも少しお店あるね。お笑い芸人のグッズの店じゃん。面白そう! ねえママーいこ?」
入り口付近にはいくつか店がありコンビニの様な店やお笑い芸人のグッズを売る店が並んでいる。
「寄り道は駄目よ」

「ちょっとだけお願い! 修ちゃんのグッズ見たい」

「松谷修造は芸人ではないわよ?」

「ママはにわかねー。何も知らないんだからw修ちゃんは芸人よ? しかもかなり高ランクのね」

「確かに面白いけど、元テニスプレーヤーで、引退して、今の本業はタレントの筈よ?」

「な、なにぃ?」
再び、某アニメのタイヤ人のエリート王子をほうふつとさせる ハッキリとしたなにぃ? 発してしまうアリサ。
実はアリサはニヤニヤ動画でその存在を知っていたが、それ以外の情報は特に調べておらず、ただのハートの熱い、背の高い芸人とばかり思っていたのだ。
散々ケイトに分からない事は1分以内に調べておけよ! と言っていた筈なのに、自分の事となると体たらくなアリサ。
だが、本当に好きな人なのに全く調べていない理由は、彼女曰く、見た瞬間に修造の全てを理解したという事らしい。
そして、あの面白さから、テニスプレイヤーからタレントへ転身したとは全く思わず、芸人と思い込んでいた様だ。
故に知っている物をわざわざ調べる必要なんてないわ! との事なのだろうか?
第一印象の思い込みで、ちょっと背が高いけど芸人なんだ! と決めつけてしまって今に至る。

「アリサ? あなたファンなのにそんな事も知らなかったの? いくら何でも酷いわ」

「へえー、意外ねー私でも知ってる事だよ?」

「く、悔しくなんかないんだもん!……と言いたいところだけど、とっても悔しいー」

「はいはいw あの、東さん? そこのお店、ちょっとだけ寄ってみてもいいですか?」

「いいですよ! 私達は飲み物を買ってきます。ケイトも来るかい」

「行くー」
ああ……いなくなってしまった。ケイト……だが、後ろ姿もまた美しい。

「いってらっしゃい」
手を振り2人を見送るアリサ達。

「それじゃ行こう! ママもちょっと興味あったのw」

「はいっ!」
中に入ると色々なグッズが所狭しと並んでいる。

「こんにちは~」
 
「いらっしゃいませ!」

中は冷房が効いていて涼しい。明るい感じの店員が迎えてくれる。
店内はお笑い芸人のグッズが所狭しと陳列されている。
芸人のTシャツ、タオル、キーホルダーにメモ用紙、クリアファイル、芸人の笑顔のポーチやステッカー、サイン本などもある。
M-1! 王者の今までに至る経緯を記した本なども売っている。他にも、芸人の顔の形の煎餅や、野生時限爆弾のボケ担当のクッキィのクッキー等も並んでいる。

「すごーい! 目移りしちゃう! カラフルー」
そう、芸人のグッズという事か、これでもかという程に暖色をふんだんに使っていて、大げさかもしれないが、その色合いは【眩しい】まである。
しかし、何故か分からぬが、そういう店に行くと、それだけで楽しい気分になる。

「あの、スケッチブックを入れる様な鞄? は無いかしら? この子離そうとしないのよ」

「うん、何となくこれから使う事になるかもしれないなーなんて思っちゃって」
彼女はそう言っているが、果たしてそんな事態が起こるのであろうか? まあ念には念をと言ったところか。

「そうなんですか? 将来は画家さんですね? うーん……では、こちらはどうでしょうか?」
少し考えた店員は、考えた末、大きめのエコバッグの様な物を持ってきた。紐の長さは調節可能で、肩に襷掛(たすきが)けで使う事も出来る様だ。
人気お笑い芸人の、なかむらぜいにくんがプリントされている。

「そのスケッチブックのサイズでしたら、これで入るでしょう」

「いいわね! これお願い」

「ありがとうございます!」

「かっこいいわね! ちょっとぶよぶよしてるけど……何このキャラクター? 凄いオシャレ!」

「これはなかむらぜいにくんのSDバージョンですよ!」
SDとはスーパーデフォルメの略で、要するに8頭身のキャラを、2~3頭身に可愛くしたイラストの事を言う。

「あーそれなら知ってるよ! この絵だとちょっと分かりにくかったけどね。
おい俺のぜいにく! どっちで仲間を増やしたいんだい? チョコパフェなのかい? 杏仁豆腐なのかい? どっちなんだい? チョコパフェー!!!! が、有名よねーw」

「そうです! お詳しいですね! そして選択したメニューを舞台の上で食べるんですよねw しかも、凄い速さで食べるので見ていて気持ちよくなりますよね」 

「そうそう! それで食べなかった方のメニューをお客さんにあげるのよね? 喜んだお客さんは、

「そんな大切な思い出絶対に食べれないー(>_<)」

って言ってずっと保存しといて、結局腐らせちゃうのよねwでも、ぜいにくんってさお腹減ってるとさ、どっちなんだい? って聞いていても、全部ー!!!! って言って結局両方食べちゃうんだよねw」

「そうそう! その展開の読め無さが楽しいんですよねw だから食べ過ぎで、今のぜいにくんは直視出来ないくらい醜い太りかたに変わってきちゃったよね……」

「そうそう、3段腹が4段腹になってきて、健康的ではなくなってきているよね……」

「はい……後ぜいにくルーレットも面白いですよね?」

「そうね! うねる腹肉に、ルーレットを書いて、止まった所の料理が食べられるのよね? 彼って仕事で食事を兼ねているから合理的よねwそういうの嫌いじゃないわ! しかもとっても美味しそうに食べるのが可愛いし面白いわ! でも最近全部ー!!!! って言う頻度が上がっててさ、お客さんに配る頻度が下がってるからカロリー摂取過剰で糖尿病とか心配になるわ」

「分かりますそれ。そっちの方が面白いって彼の中で思ってしまったのでしょうね……体張り過ぎですよね……命より芸を優先して欲しくはないですね」

「そうよね。まあ全部食べちゃうのは笑いの為じゃなくてただの食欲に負けて食べちゃっただけかもしれないけどねw私、芸人の事は結構知ってるわ。携帯で沢山ネタ番組見てるもんね!」
何と、携帯は電話する物であろう! あんな細かい画面を至近距離で見ていては、目が悪くなるのだが……これも時代なのか……

「そうなんですか? じゃあこれも知っていますか? ぜいにくんって今日開催されるボケ人間コンテストの出身なんですよ」

「え? 知らない」

「彼はただの少し太った高校生だったんですよ! それでもコンテストでそのぜいにくに問いかけるネタを土壇場で閃いて、大爆笑を取って優勝して一躍有名になったんです! 10年前にね!!」

「へえシンデレラボーイね……なんか変ね……じゃあ成り上がった有名な男の人って誰かいるかしら……」

「そうですねM-1! の敗者復活戦から優勝を果たしたホットドゥッグマンなんかどうです?」

「じゃあホットドゥッグボーイね。凄いねぜいにくん! 私ファンになっちゃったかも? よく見るとそこら辺のアイドルよりもかっこよく見えてきちゃった」

「アリサは男の子のアイドルとかは見ないけど、芸人は詳しいのよねー」

「うん! いくら追っかけてもどうせお付き合い出来る訳もないし、見てても無駄かな? って思ってるもん!」
現実的なアリサ。

「諦めの早い子ねえ。まあ万が一芸能人の彼氏が出来ちゃったら、ファンに相当恨まれるし、それの方がいいわね」

「そんな事よりもママ! 私マジックをホテルの受付に返しちゃって、ペンを一色も持っていないのよ。
もの凄いインスピレーションが浮かんだ時に、何も持っていないとそれは大きな損失だと思うわ。芸術界の!
スケッチブックだけあっても駄目でしょ? 前の作品は、モノクロで寂しかったから、今度はカラーのマジックが欲しいな♪
本格的にやるなら絵具と筆が必要かもだけど、それだと水も必要になるし却下するわ。
でもマジックの限界を超えた物を作って見せるから! 私ね、マジック専門の画家になるわ!
後ねー鏡も欲しい。誰も居ない時に自分の表情で作品の参考にする時もあると思うし必要なの! 小さい奴でいいから!」
おや? またアリサ画伯の芸術作品が拝めるのであろうか? しかも今度は色もついているのか! 胸が熱くなるな!!

「分かったわじゃあこれとこれも」
芸人でもありマジシャンでもあるマギー神児のマジック10色セットも買ってくれた。

「あっでっかくなっちゃったかもしれない! の人だ」

「そうです! 耳がでっかくなる印象が強い方ですが、クロースアップマジシャンとしても実力はあるんですよ!」

「ふーん」

「それと鏡ですね? これなんかどうでしょう? ザ! ぼっちミラーです。双子の芸人のザ! ぼっちの絵が描いている鏡です。
映った人物は実はあなたではなく、あなたに似た別の誰かが映ってしまう! と言ういわくつきの鏡なんですが」
怖い鏡だな……

「それはいらない! 別のにして!!」

「じゃあ、このモノマネ芸人ワタアメ直美さんのなまめかしいボディラインをかたどった、ワタアメ直ミラーはどうでしょう」

「さっきよりはマシね! これでいいわ!」

「ありがとうございます。カバンの内側にポケットもありますので、マジックも鏡もスケッチブックと一緒に入れられます」

「そうね、これで新しいインスピレーション湧くかなあ」
アリサの芸術は私もファンなのだ。新作を楽しみにしているぞ。

「頑張りなさい芸術家のアリサ! どんな絵をかくの?」

「1枚ホテルで描いたんだけど、欲しいっていう子がいて譲っちゃったんだ。
このスケッチブックと交換でね。譲る前に撮影しとくべきだったわね。
あ、それとマジックを消す事が出来る消しゴムと、作画にはすごくエネルギーを使うの。
それで、汗も沢山かいちゃう。だから、汗拭きタオルも欲しい! 後ね、ベレー帽が欲しいな! でも流石にここには売っていないかな?」
アリサよ……めっちゃ沢山買うなあ……

「へえ、ちょっと気になるわ。でもまだ買うの? 荷物がかさばるのは止めてよね? でも芸術に必要なら買ってあげちゃう!」

「わーいありがとう! これが最後だからごめんね」

「ありがとうございます! タオルでございますね? それでしたらタオルーズの2枚組タオルが人気です」

「あーそれも知ってるー♪頑ばーれーよー負けーるーなーよー♪ ♪しょうもないジョークで笑わす事しかできないけれどー♪」

「そうです! 君に幸福あれって曲ですよ! 超爆笑オンエアーバトルで、負けた芸人達が退場していく際に流れる曲です」

「いい曲よねー。それで、次こそは頑張ります! ってインタビューに答えている芸人達の姿。
凄くかっこいいって思っちゃって……ぐすっ」
涙目になるアリサ。

「あの番組に出場する芸人さんって、バイトの傍らネタを作って出場する訳ですよ。
お笑いだけでは食べていけないから……そして、何度低い点を取って落ち込んでもそれに負けじと何度も向かって行き、参加しつづけた結果555点の満点をとった彼等を見れたら、自分の事の様に嬉しくなりますよね……」

「はいっ!」

「後は消しゴムでしたっけ? すぐ消えるで有名な、鼠後輩消しゴムなんてどうですか?」

「パパパパパーって一瞬で消えそうね。響きもいいわ! それで!」

「それとベレー帽ですか? それなら……不死鳥クラブの上鳥龍兵さんプロデュースの、投げつけても決して汚れない撥水ベレー帽なんてどうでしょう?」

「ああ、あの芸人さんって何度も叩き付けてるからねー帽子。汚れないのはそういう素材を使っているのね? じゃあそれお願い」

「そうですね。どういう理屈か知りませんが決して汚れないんですよ、これ。
本人は汚れ芸人なのに……おっとこれは失言でした……それと電磁波と紫外線も防止する帽子なんです」

「帽子だけに?」

「あっ(///照///)シャレになっていましたね……これは偶然です」

「お笑いのグッズ売ってる店員さんは、無意識でネタを言えるのね?」

「そうなんですかね? なんか嬉しいです! ありがとうございます!! 合計で……6300円ですね」

「はい。それにしてもお洋服も沢山買ったし、アリサの携帯とか文房具も買ったし大盤振る舞いね。昨日と今日だけで大分使っちゃったわ」

「ママありがと!」

「これだけ創作環境が整ったんだから、いい作品を見せてよね?」

「はいっ!!」

「じゃあ出ようか。そうだ! その鞄にタオルとか今買った奴全部入れちゃいなさい」

「はいっ!」
ごそごそ
そして、帽子を先程被っていた物から買って貰ったベレー帽に変更する。

スケッチブックやペンに消しゴム、そして鏡と二枚組にタオルをマイバッグにしまう。ぴったり収まった。
外に出るとケイトとケイトのパパが飲み物を飲みながら待っていた。
アリサが店から出て来るのに気づくと、ケイトが小走りで近寄ってくる。

「わあかっこいい帽子! あとオシャレな鞄ね! あっこれぜいにくんだ!!」
ケイトが天使6000人分の美しい声でアリサに語り掛ける。

「へへー! ケイトちゃんはピザまんなのかい? それともビーフシチューなのかい? どっちなんだい!」
カバンに顔を隠し、なかむらぜいにくんになり切り、ケイトにネタを披露するアリサ。
「ピザまんー」
うむ。かわいい。

「見てよこれ! スケッチブックも入っちゃうんだよ」

「へえーいいなあー……パパー私もあれ欲しいなー」

「ケイトはカバンに入れる様な物を持っていないでしょ? 我慢しなさい!」
お義父さん……娘さんに厳しくし過ぎではあるまいか? カバンくらい買ってあげても良かろう……ぬ? 字が違う? お父さんではないかだと?
この場合は多分このままでもよいと思うが……まあ細かい事は気にしないでほしい!

「はーい……ところでアリサちゃんは観戦にする? それとも参戦する? アリサちゃん参戦してもいいかもね。何せ賞品がね」

「参戦も何も、ルールも分らないし、観戦一択でしょ?」

「え? でも優勝者は、賞金100万円と、花咲米か黙ってい米のどっちかの品種のお米1年分と、更に松谷修造さんとのテレビ出演が賞品よ」

「参戦も何も、ルールも分らないし、参戦一択でしょ?」
おおっと? 微妙にアリサのセリフが変わったァ!!

「フフw アリサちゃんならそう言うと思ったわ♪じゃあエントリーしてこよっ」

「ちょっと待って」

「なあに?」

「花咲米と黙ってい米は選択式なの? 両方美味しいから全て欲しいのに」

「選択式っぽいね。確かぜいにくんがその事に関わってるみたいなのを去年のパンフレットで見たかも」

「食べ過ぎて太らない様に? とかかしら?」

「ごめんね。よく覚えていないわ。ちらっと見ただけで……」

「ふーん。後さ今回は予選で、本戦は別の日にやるんじゃないの? それにこんなうら若き乙女が参戦出来るのかしら? まだ11なのよ?」

「そういえばそうよね。じゃあ、受付のお兄さんに聞いてみよう?」

「はいっ!」
ケイトに手を引かれ、受付に走る。
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