第39話 新司会登場

文字数 5,476文字

「じゃあ一応客席に戻って待ってるね」 

「うん」
ママやケイトも一緒に客席に戻って行った。

「さて、暫くゆっくりできそうだな」
 白川がイスに腰掛ける。

「ヘッ……アーチューアーチュー」

「おや? 風邪かい? 変わったくしゃみだね。アメリカの人かな?」

「そんな感じ」

「へえ、でもヘッって言ってからアーチュー言ったよ? まるでアメリカ式のくしゃみに言い直した様に感じたぜ? 俺の知り合いに顔は完全に日本人なのに頑張って金髪に染めている見栄っ張りな奴が居たが、今のあんたを見てそいつの事を思い出したぜぇ」

「気のせいよ。しかし、まだ寒いわね。もうちょっと温度上げよ? 美少女がくしゃみなんかして鼻水でも出ちゃったらもう美少女として終わりだもん」

「俺はこの程度の寒さ平気だぜ。まあ俺は年中この恰好だったが、冬は流石にきつくって、穴を掘ってその中で段ボールに何重にもした布団にくるまって隠れていたからな」
園児服の金賀が、それを指差しつつ誇らしげに言う。

「それもドラマで見たわ。でも洞窟内結構温かそうだった」

「ああ、それでも寒くて歯をガチガチ言わせながら耐え忍んだ。で、泥鰌の干物をかじりながら夜明けを待ったんだ。すごく長く感じたぜ……今思えばよく生きてたぜ……泥鰌って奴は本当に栄養の塊だったんだなって実感してるぜ。感謝だ」

「そうなんだ。泥鰌か……ちょっと食べたくなってきたわ」

「そうか? 嬉しいぜ」

「私もちょっと寒いわ」
梓も肩を大袈裟に震わせながらショールを取り出す。

「お笑いの会場だし、本戦で会場内が温まっちまうからこの設定温度なんじゃねえか?」
白川がイスの背もたれに寄りかかりながら言う。

「そうだとしてもここ控室ですよ? ここまで下げる必要は無いですよね」

「そうだぜ。27℃位にしてくれねえか?」

「分かりました」
 ピッ

「おおいいね。これ位が心地いい」

「うんそうね。風邪引いちゃうとこだったわ。それにしてもどうなるのかなあ? フンガーに賞品あげる約束したから、ここで終わるのは少し困る」

「ん? お前、俺に勝つ気でいるのか?」
白川がアリサに突っかかる。

「当たり前。あんたもいい線行っていたけど、歴代最高の2万ポインツを叩き出した私に敵う訳ないでしょ?」

「う、あの長いだけの薄っぺらいネタだろ?」

「あら? 狼狽えてるわねw」

「だがポインツ差は大した事は無いさ。いつでも抜けるぜ」

「逃げ切って見せるわ! アリサ逃げ足だけは早いんだからね?」

「フッそんな短けえ足で良く言うぜ」

「短かろうが回転率が人の3倍あれば関係ないわ」

「後で後悔するなよ?」

「ちょ……おいおい、俺もいるぜ? 2人の世界に入ってんじゃねえぜ?」

「い、一応私も居るわ」

「俺も忘れないでくれ。まるで眼中に無い感じ、子供の頃の惨めな生活を思い出しちまうぜ」

「そうですよ! 僕だってしっかりといます! 白川さんとアリサちゃんしか居ないみたいに言わないで下さいよ! 確かに……ポインツ差は激しいですけど……これから本気を出しますからね」
アリサと白川以外の4人が突っかかる。

「ピリピリしてるわね。ま、仕方ないけど、私もママにイライラしてキツイ事言ったわ」

「家族か……俺もつい最近までいたんだが、妹が嫁に行っちまって一人きりだ」

「おお、俺も妹居るんだよ。まだ高校生だけど……ん? 両親は居ないのか?」
火村も白川の話に食いつく。

「あっ! 妹の話? 私も聞く!」
アリサも食いつく。

「おお、あんたもいるのか。両親は小さい事に別れた。俺達は母親に引き取られたけど、一昨年前にな……親父も音信不通だ……」

「そうか」

「本当によく出来た妹だ。料理も上手いし……俺に似ても似つかねえ。あんたの所もそうか?」

「……今はそうでもねえ……大和撫子がよ、髪の毛キンキラに染めちまって。
携帯電話も、金剛石みてえなもんべたべた張り付けてキラキラにしちまってよ……嘆かわしいぜ」

「金剛石みてえなもんってダイヤのラメの事?」

「知らん」

「失礼します!」
係員が入ってきた。

「代わりの司会が到着しました。停電の原因は未だ不明ですが。では準備お願いします。」

「ちょっとまって? 気になったんだけど、昨日も停電あったんでしょ? 昨日ってそんな電気使う事あったの?」

「そうですねえ、一応ステージの準備とかでアルバイト100人位呼んでの作業がありましたが、今日程電気も使わなかった筈だし、みんなおかしいなあって言っていましたよ?」

「ステージの準備?」

「そうですよ。あのステージは組み立て式で、本来あの場所も大きなフィールドですから、フィールドの上部にステージを設置したんですよ。それにステージの両脇にある点数を測定する機械もそうです」

「そっか野球とかやる時にあれがあったら邪魔だもんね」

「そうですね」

「全員アルバイトなんだ。凄いね」

「そうです。その日のみに雇う人達で、現地集合現地解散で給料も取っ払いです」

「じゃあ誰が来てるかってのは余り分からないんだ」

「そうですね。こちらのスタッフが集まった人達に仕事内容を説明して、仕事が終わり次第帰って頂きましたから」

「停電何で起ったんだろ?」

「そこまでは分かりませんね……では10分後に再開します。準備お願いします」

「でも司会が到着したからってじゃあ頑張りましょう……ってそんな気分になれないわよ!」

「そうですよ! 今さっき死人かもしれない人を見たばかりですよ! ネタなんか思いつきません」

「俺もだ。後日に出来ねえか?」

「私もあんまり乗り気じゃないわ……」

「ですがお客様は皆さんを待ってくれています。司会が視界不良で転落し、死界に旅立った事は気付かれていません。なので、お客様方には歯を強打したので、死海の傍の歯科医の元で治療してると嘘を突いてます」

「上手い事言うわね」

「伊達にここのスタッフを9年もやってませんよ。選手のネタを見ていく内に私の中で変化が……そして……いつの間にかこの広大な宇宙の中で、世界一面白い人類となっていました」
この男、かなりの自信家である。

「じゃああんたも出場すればいいのに」

「フッ、そんな事してしまったら私が毎年優勝してしまって面白みがないでしょう? 私は待っているのです。私を打ち勝つ可能性がある存在が育っていくのを……その時が訪れた時、私は満を持して出場すると決めている。そこで、私は優勝を飾る。育てた者に圧倒的な差を付け、宇宙一の笑いが引き起こされてな。その時放ったネタは伝説となり、永遠に語り継がれる。
審査員もこれ以上のネタは生まれ様筈が無いと言う結論が出、ボケ人間コンテスト自体、終わりを迎えるだろう。
約束しよう。その時こそがこの、ボケ人間コンテストのグランドフィナーレとなる事を!」
ふむ、モブにしては台詞が長い気がするが……いいぞ! もっとやれ。

「あっそ」

「ここの開催者頭おかしいんじゃねえか? こんな事が起こっても継続とか……ちゃんと説明して半分位返金して帰せばいいのによ」

「気持ちは分かります。ですがそうはいかないと思います」

「ん? なんでだ?」

「はい、主催様は味噌門太さんと仲良しでした。そして、彼の事をよく知っているからこそ、お笑いを見に来てくれたお客様を、自分のせいで帰ってほしくはないと考えるのではないか? と思ったのでしょう」

「そういう事かあ。しゃあねえなあ。なら、やってやるぜい!!」
火村も気合を入れる。

「俺だってやるぜ!」

「仕方ないわね」

「分かったよ行きゃいいんだろ?」

「な、何だよ皆……クッ、なら僕もいくぞ」

「みんなやる気ねえ」
皆やる気を取り戻す。そして舞台へと向かう。

「初めまして! 門太さんの代理で司会を務めさせていただきます。新司会の都手母小五江(とてもこごえ)です。
2回戦途中で、停電の為中断してしまい申し訳ございません。では選手達入場!」
眼鏡を掛けている。黒髪のワンレングスの30代前半の女性だ。白いスーツとハイヒール着用している。
……

……?

誰も入ってこない。それもその筈。マイクで音を拾っている筈だが、新司会は声が小さく、全く届いていなかったのだ。

「え? に、入場して下さい」

……

「怖気づいたのですか? 入場して下さい!」
シーン

「選手の皆さん! 入場して下さい!」

「あれ? 選手の皆さん日本語通じないのかしら? ではこうしましょう。こほん! Everybody of the player, please enter it」
約三分ずっと司会がマイクを持ち何かを言っている事は分かるが、誰にも届いていない。

「ちょっと!! 早く呼びなさいよ!!」
耐えかねたアリサがひょこっと顔を出す。

「あっ! やっと聞こえたみたいですね」
そこでようやくアリサはずっと新司会が呼んでいた事に気づく。そしてすぐさま他の選手も呼びに行く。

「皆様大変長らくお待たせしました。では第3回戦始めます!」

……

……

……?

「あのお……早く始めません?」

「え? ですから今大声で言った筈ですよ?」

「やっぱりだ……謎はアレ以外解けたわ! 口は動いてるみたいだけどあんたの声、何も聞こえないのよ」

「まさかそんな……」

「きっと緊張してるのね。よーしこのスケッチブックを貸してあげる。ここに台詞を書いてみんなに伝えて!」
と言いマジックとスケッチブックを渡す。

「成程。小学生ながら賢いです」
キュキュキュ

「書きました」
それを巨大スクリーンに映す。

『選手の皆さん入場して下さい』
この司会真面目過ぎるのではないか? 既に入場しているのに1からやらないと気が済まない性格なのだろう。

「いやいやもう入場してるわよ!」
司会はまたスケッチブックに書き始める。

『これはあなた達を試したのです。しっかり突っ込みできるかどうかをね!! 動揺して普段の力が出せなければ再開した意味はないですから』

「ふーん分かったけどそろそろ慣れた? いつまでもそれに頼ってては良い司会者にはなれないわよ?」
キュキュキュ

『挑戦してみます』

「お、頑張れ」

「もにょもにょ」

「ねえ、成長って言葉知ってる?」
キュキュキュ

『いいですね』 

「また私を試したのね?」

「冗談はこれ位にしましょう。少しリラックスしてきました。聞こえますか?」

「ちょっと聞こえたわでも……これで本気?」

「聞こえますかあ!!」

「うん、何とか聞こえたよ。よろしい進めたまえ」

「努力しましたからね……誠に遅れてしまい申し訳ございません。では、行きます!」
ワーワーワーワー

「会場も盛り上がって参りました! では3回戦始めます! 3回戦は虫食い部分ですが、文字の間が虫食いになっています。そこに言葉を入れて面白くして下さい」


桃太郎の画像だ。犬とサルと雉も一緒に写っている。
だが、上部に題名が記されているのだがそこには、もとうの間には空白になっている。
空白部分に上手い事文字を当てはめて面白い事を言うルールだろうか? 当然その絵に関係性を持たせつつ、空白を埋めなくてはいけない様だ。かなりのセンスが要求される問題である。

「空白部分についてですが、文字数は無制限です。
そして、今回からポインツ制を廃止しまして、回答できた数の多さでの勝負です。
諸事情で急遽ルール変更しました。
今まで稼いだポインツは無効となり、フラットな状態でのスタートになります」

「えー、嘘ーでしょ? 何でそんな急に? ……まてよ? 諸事情って……まさかあの機械、度重なる停電で故障しちゃったのかなあ?」

「おいおい……今までの苦労は……まあいい」

「え? 俄然やる気が出て来たわ!」

「これはラッキーです! チャンス到来!」

「泥鰌の神が同情してくれた……ありがてえぜ!」

「何か悪いな。でも、これもルールさ」
この司会の言葉に、得点の多かった二人は落ち込み、そうでない者は、目の輝きを取り戻す。
アリサも推理していたが、恐らく停電で選手の得点のカウンターが0にリセットされてしまったのかもしれない。
今までの事は録画してあるのだから、それを見て点数を戻せばよい筈だが? そこまでしないのは何故だろう?

「それでですね、これから限られた時間の中でいかに多くの答えを出せるか? 皆様の引き出しの多さで競っていただきます。
全く面白くなくても1と考えて量産するもよし、今後の事も考えしっかりと練られた物を出すもよし。選手の個性が出る戦いになりますね」
そう、司会の行った今後とは、この先、ボケ人間コンテスト優勝者としてテレビに出る時に、今回の回答のVTRを全国に放送される訳だ。その内容がつまらなければ全国に

【ただ運だけで登り詰めただけの余り面白くない奴】

と言う印象を与えて終わってしまう。
だから、いかに面白く、そして多くの答えを出さなければ、折角テレビに出られたとしても一発屋として終わってしまうのだ。

「笑いも何も関係なし。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。
ただ、【も】と【う】の間に当てはめた文字がちゃんと言葉になるものでないと無効です。
では……考えて下さい!」

「成程ね♪ よし気楽にいきましょ」

「何が笑いも何も関係なしだ! 大ありじゃねえか!! あいつ頭おかしいのか?」
白川はこのルール変更の真の意図に気付いた様だな。司会はああ言っているが、下手な鉄砲は撃てないのだ。
そう、放った全ネタを客の笑いのツボに命中させつつ数を多くこなさなければ芸人としての未来は無い。だが理屈で分かっていても簡単に出来る物ではない。

「白川さん? 何怒ってんのよw気楽にいきましょうよおww」 
まあ、一生芸人でいるつもりはないアリサは暢気に構えているが。

「何も分かってない馬鹿は気楽でいいなw」
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