第25話 司会の失態

文字数 6,435文字

「本当に申し訳ない! 何か喉が普段より乾いてさぁ。ちゃんと水分は摂って来た筈なんだけどなあ、おかしいなあ。
で、休憩中に重大な事に気づいちまったぜ? まだ回答していない奴が居た。折角8人集まってくれたのに、全員のネタを楽しんで貰わなけりゃお客様に申し訳ない! 大会始まって以来だが急遽ルール追加だ! 0点は認めないぜ!? 何が何でも回答して貰うぜ? (白川……また君はこんな所まで来て僕の足を引っ張るのか? 絶対に認めない。今度こそは……)」
ほほう、確かにそれぞれ選手のジャンルは違う。その各々の持ち味を全部を見なければフェアでは無いと判断したのか……この司会、カツラなのによく考えているな。
「いいぞ!」

「やれー」

「皆さんも賛成してくれているみたいだね! 嬉しい限りだぜえ!? ではお次のお題はコチラァ」



 これは? 何処かの中小企業の工場作業員のメンバーの集合写真の様だ。
不規則に並んだ老若男女の従業員達が映っているな。うっぷオエー……
しかし、一体どういう指示を出せばこんなに汚い並びになるのであろう?
微塵も隊列の基本が分かっていない者の指示であろう。思わず気持ち悪くなって先程食べた弁当を吐いてしまった。勿体無い……
 ぬ? やっぱりあのもぐもぐと言う音は、ペットのモグ吉を撫でて喜んで鳴いていた音ではないのではないか? だと……
ああ……モグ吉は3ヶ月前にあの世へと旅立ってしまったからな。もういないのだ。だが、忘れられないでな、空想上のモグ吉をエアー撫で撫でしていただけなのだ……そしたらな? モグモグ♪と聞こえるではないか! そう、嬉しそうに撫でられ身悶えしながら喜んでいるモグ吉がな……モグ吉は撫でられる事で貯まる撫で撫でポイントがあるポイントまでに到達すると、エクスタシーに達し、痙攣して喜ぶのだ。その時、不規則の身悶えを私の手が感じ取る。すると、そのリズムを肌で感じた瞬間に、新しい語りのアイデアが湧いてくる時があるのだ。これはモグ吉でないと駄目だったな……
時に皆さんは、

【語り専用ペット小屋】

と、初めて聞いた時に違和感を感じなかっただろうか? 語り専用のペット小屋なんておかしいじゃないか! とな。

「考えてみれば、語りにペット小屋なんて全く必要ないじゃん!」

と仰る声が聞こえてくる。だが、この小屋があると無いでは1000000億万倍違うのだ。この小屋が無くては閃く事が無かった事も多々ある。語りに無くてはならない。だから【語り専用】と、言う枕詞が付くのだ!
更にエクスタシーが次ステージへと進むと、アへ顔になって涎を垂らす。その様が異様に可愛くて、他の土竜では満足できない私だった。因みにアへ顔とは、恍惚感に浸り、力の抜けたようになりながら喘いでいる表情。アヘアヘ言っている時の顔。と、辞書に書いてある。これだけではイメージが掴みにくいので……




これがアへ顔である。この様に可愛い子猫でもこんな間抜けな表情になってしまう。日常でこういう顔になれるシチュエーションは限られていて、例えば、投資家が破産した時、こういう顔になるのは有名。実は私も育毛サロンに行った時、施術中にお茶目心でアへ顔をした事があるのだ。何? 気持ち悪がられなかったかだと? まあ最後まで聞いてほしい。施術中は顔にタオルを乗せてくれるのだ。これにより施術者には顔が見えない。これを利用し、思う存分アへ顔を楽しんでいたのだ。だが、そんな時、悲劇は起こってしまった……それは、予想より早く施術が終ってしまったのだ。そう、別に終わりましたよ。と、言う合図も無い施術中だった故、突然タオルが取られ、アへ顔の状態で、私と施術者との目が合ってしまったのだ。当然その【異常】にいち早く気付いたであろう施術者。だが彼女は意外な事にノーリアクションだった。私は、その恥ずかしさで何も言う事が出来なかったが、もしその時皆さんだったら何かウィットに富んだジョークを言う事が出来たのだろうか? それとも私の様に無言で終わってしまうであろうか? もしナイスアイディアがあれば私に教えて欲しい。そして、その最上位級に

【《アへ顔ダブルピース》】

と言う奥義があるが、それは顔はその状態であるが、ここからが違う。
それは、意識を保ち、両手を、顔の横辺りに持って行き、前向きで開く。次に、両手同時に薬指、小指、親指の順に握るのだ。その状態で、10秒以上キープする状態の事を言い、余程の胆力、精神力、忍耐力、意志力、判断力、統率力、理解力が無くては出来ぬ技である。おっと話が脱線した様だ……一瞬で戻そう。

 私はモグ吉の代りとなる相棒を色々なペットショップを回り、彼と同じ痙攣とアへ顔が出来る土竜を自らの手で探した。だが痙攣は同じでもアへ顔は違う土竜や、その逆だけの土竜。そして、痙攣もしなければアへ顔にすらならないと言う全く使えない土竜が大半を占め難航し、更には新製品が入荷されていないかと一度訪れたお店に【おさわり禁止】と言う非道な看板を出す店まで現れ、12000店程土竜専用店を回ったが、結局のところ駄目だった……それ故に私の右手は、居ない筈のモグ吉を求め、撫でる動作を無意識にしていた。
しかし、虚しく空を切っていただけだと思っていたのに、そこに霊体となったモグ吉が、私の手の下で撫でられ痙攣していたのだ……! 一体いつの間に? と言う疑問は全く沸かず、そこに当然とある物として私は、撫でた! 只管に! すると、あの面白くも可愛らしいアへ顔もしてくれていたのだ!!!!!! あの感覚は今でも忘れる事はない。恐らくモグ吉は霊体になっても私の撫で撫でを忘れられず、成仏出来なかったのだ……そして、残留思念として【語りペット小屋】に留まっていたのだろうな……私はその奇跡を心の牢獄に閉じ込めた。決して忘れない為に……
ぬ? 見え透いた嘘は止めろだと……そうなのかもしれない……ああ、分かった。私は幻覚を見ていたのだろう。そういう事にしておくぞ? だがいい幻覚だった……あの時の可愛らしい飽きの来ない愛くるしい痙攣とアへ顔が一時的とは言え蘇ったのだから……
それに、薄給の私が、ウイーリモコン等と言う高級品を持っている筈もないしな……食費などの生活費を支払うだけで趣味に金を回せる程の余裕はない。生きる為だけに働いている様な物だからな……いや……もう白状するか……もう疲れたよバドラ゛ッ゛ジュ゛。 

皆さん! あれは全て嘘だった。許してほしい。あの時、弁当を食べながら語っていた! すまない! 素直に白状したぞ。
だが、飲まず食わずでいては腹減ってしまって餓死してしまうと思わぬか? 私が死んでしまっては悲しいと思わぬか?
こんなに頑張って語っていた私が、何も食わずに仕事し続けるのはどう考えてもおかしいであろう!
アリサが牛丼を食べている時も、私は空腹に耐え、涙を堪え歯を食いしばり語っていたのだ。
だが、昼にもアリサ達の弁当の飯テロを喰らい、私の禁欲状態は破綻した。
目が回る寸前で慌てて出前を取った。無意識で良くやったと手前味噌ながら感心している。あれより1秒でも遅れていたら私はどうなっていた事か……そう、私は、たった一人なのだ。
従って自分の命の危機を感じつつも、それでも語り続けていたら誰にも気づかれぬまま死んでしまうかもしれないのだ。
その結果、古いアパートの一室から異臭が漂った頃にお隣の木村達也さんの通報により、やっと私の遺体は発見される……もう語り部かどうかすら分からない程に腐り果てた姿でな……そんな悲しい結果は皆さんも嫌ではないか? 私だってごめんである。
それに、長時間の語りには喉が乾燥する。そう言う時に便利なのが水分である酒だ。これを飲まないと喉に負担が掛かって語れないのだ。
ぬ? 逆に喉が渇かないかだと? 私は特殊な訓練を受けておる。平気、へっちゃらだ! それに先程の事だが、司会ですら自分の都合で10分も休憩時間を取ったのだぞ? だからそのぉ……目を瞑ってくれないか? おお……そんな悲しそうな顔をするでない! 例え話をしただけで、実際私はこうしてピンピンしているぞ? 皆さんは想像力豊かなのだなあ。私が死んでしまった事を空想し涙まで流してくれるとは……皆よ……愛している。心の底からな! そう、私は死なないわ……あなたが守るもの……! さあ言い訳の時間は終わりだ。話を戻そう!
 
 そして、この集合写真の目的は、恐らく新規メンバーを募る為に集まって撮影した様だ。
元気いっぱいの笑顔で、楽しい職場です! とアピールしたいのだろう。
だが、満面の笑みでいるのは中央より少し左下にいるの眼鏡の男のみで、それ以外は心の底から笑っていない印象を受ける。
そして、右下にいる、私によく似た水色の作業着のイケメンの若者の表情にも注目してくれ。
これ以上にない程に苦笑いのお手本と言えるまでの綺麗な苦笑いをしている。
他にも明らかに作り笑いをしている者も居る。撮影前に笑えと指示があったのだろう。冷徹な指示がな…… 
ぬ? それ程冷徹でもない? 笑った方がいい印象を与えられるじゃないかだと? ふむ、ならばこれを聞いてもそう言えるだろうか?
笑いには幾つか種類がある。その種類によって人体に色々な影響が起こる。それについてほんの少しだけ語っておく。

まずは体に大変良い笑いの、大笑い、爆笑、大爆笑だ。面白おかしくて、愉快で、楽しくて、笑う事。
免疫も向上し、この類の笑いによって、がん細胞やウィルスを倒すナチュラルキラー細胞(NK細胞)が活性化する事が証明されているのだ。
稀に腹を抱えて笑う事もあるが、これは息が苦しくなって窒息する危険性がある。笑い過ぎには注意が必要。

 2つ目に苦笑い
面白くも無いのに無理やり笑って、場の雰囲気を保つ事。笑いを無理に取り繕う事。
頬の筋肉を傷める原因で、精神的にもよくない。続けると心臓に負担がかかると言う負の笑い。
私そっくりのあの青年も、頬の筋肉と心臓を痛めてしまった訳だ、可哀想に……

 3つ目に作り笑い
その場の雰囲気を保つために、笑いを無理に作る事。頬を無理矢理動かすので、顔の筋肉は強張る。

 4つ目に鼻で笑う
相手を馬鹿にした笑い。相手を低めに見る笑いで、出来れば人前ではやらない方が良い。見られると喧嘩に発展する危険性も孕む。

他にも、含み笑いや高笑いなどもあるが、1の笑い以外に健康に良い物はない様だ。私は皆さんに1の笑いを沢山してほしい為に、必要以上に面白おかしく語る場面がある。
だが、私もお笑いの達人では無い訳で、当然スベってしまう事もあるかもしれない。
だが、その頑張りを、冷めた目で見るのではなく、免疫も上がるし笑ってやるか……と、低めのハードルで私の語りを受け止めて頂きたい。
良いな? その際に苦笑いでは駄目だぞ? では、話を戻そう。

 左下の方に、人の前に金網の箱が置いてあるのも気になる。片付けてから撮影出来た筈だ。
更に左下の男性はあさっての方向を見ているし、その後ろのマスクをしている男は、カメラを見る事が出来ず俯いてしまっている。
その右の男は前の人の影に隠れて顔が全く見えない。最早、この従業員達全てが、こんな惨めな映り方をしてしまった【被害者】とまで言えるレベルだ。
これらから推測するに撮影者は、タイマー付きのカメラで撮影して

「30秒後に撮るよー」

とだけ言い、撮影者があの被害者達の中に紛れ込んだのであろう。
なので、体内時計が正確な者以外は、カメラがいつ作動するか分からず笑顔の準備をする前に撮影されたに違いない。

 そして、中央上部の女性陣は、6割がマスクで顔を覆っている。
こういう時期であるから仕方は無いとは思うが、撮影する時位は外しても良い気がするのは私だけだろうか? 現場で長く働くには、少なからず男性の場合。写真を見て女性が綺麗な職場が選ばれるのが普通である。
どうせ同じ様な物を、流れ作業で量産するだけの工場である。それなら美人がいる方を選ぶだろう。
その集合写真の中から自分好みの女性がいる工場を選定していく筈。
しかし、その男性を引き寄せる要因となりえる女性メンバーの顔を碌に見る事が出来ない。
そんな事も考えられずに人を集めて撮影に至ったのであろうか? この会社のトップは、本当に新メンバー募集する気があるのだろうか? 私は、職場集合写真鑑定師の資格は所持してはいないが、これだけは分かる。
この写真を見て、ここに勤めようと思う人間は皆無と言えよう。
もはやこのコンテストの為のネタとして撮影&提供してくれた様にしか思えない。

「色々な人物が写っているから、ネタを言う前に、どの部分でボケるのかを言ってくれ!
わがビッグエッグが誇る優秀な画像班が特殊技術で印をつけて、拡大するからね。ではスタート!!!」

 皆黙りこくり考える。集合写真をお題にするとは思わなかったのであろう。ここの運営の底が見えないな。
さて、一体どのパーツをどう調理すれば笑いが生まれるか? 各々は、センスと向かい合い、最適解を探し出す。

「はい」

「3番の彼!」

「中央の少し太った女性にします」



「了解! どう紡ぎ出すんだ? 楽しみだぜぇ」

『皆が私の美しさを褒め称える。ですが一時の美しさが何になりましょう?』
パチパチ……

「おっとぉトラゴソクエフ、トⅢのイシシ女王様からの有難いお言葉だぁ。でもぉ……美しいかあ? おっとととーのおっとっとー! 今のは失言だぜえ。こ、これは、ノーコメントでよろしくだぜえ。さあ、ポインツ表示したまえ!」
スクリーンに4000と表示される。

「意外と低かったが気にするな。さあ次の選手挙手頼むぜえ? さあ誰かいるかい」


「はい」

「2番の彼女!」

「左上の少しうつむいている青年にします」



「これだねえ? いいぜぇ」

『お腹減ったよぉ 床にピザでも落ちていないかなあ?』
ドッ

「俯いていたのは地面に落ちているかもしれない食料を探していたのかあ? ではポインツは?」 
5000と表示される。

「5000か、いいんじゃないか? 次は居るかい」

「はい!」 

「5番の彼!」

「2番と同じです」

「了解!」

『お腹減ったなあ……今1時30分でしょ? 大変! じゃあもう1時間半もカロリー取ってないや。
駄目だ……お腹と背中がくっついちゃうよお』
ドドッ

「ほう少し俯き加減なのは、空腹のせいでそうなっちゃったんだね? しかし凄い代謝速度だぁ? だが青年よ頑張れ! 後一時間半耐えればおやつの時間だぜええ。
さて、かなり受けていたぞ? ポインツは?」

「7000か、いいぞいいぞ!」

「くそー7んにも思いつか7いよ……みん7すごい7あ悔しい……頭の7かが真っ白だ一度休憩を挟むと駄目7のか7?」
七瀬が悔しそうに周りを見回す。

「私もちょっと頭使いすぎちゃって思い浮かばないわ。少しリラックスリラックス♪そうすればすぐ思い付くから」

「そうだね」

「他にはいるかい?」

「はい!」

「8番の彼!」

「少し太った女性を使います」


「またこの女性だね? どうぞ!」

『何でマスクをしていないんですかですって? 私の美しさが半分以上隠されてしまう。それは美に対する冒涜です』
パチパチ

「そうか? むしろ隠してくれた方が美しくなるんじゃないか? おっと口がすべったぁ。で、ポインツは? 4000か」

「はい!」

「2番の彼女!」

「私はさっきの青年を使います」

「了解!」


『ねぇ……君には……僕……が見えるの?』
お笑いネタか? しかし、中々怖いネタだ。

「きゃー」

「ヒー」

「怖いーー」
場内には悲鳴が交錯する。
スクリーンには5000と表示されているが、司会は……

「ひいいいいいいいい」
恐怖で頭を抱えてしゃがみ込む……? そこまで怖いのだろうか?

そして……

舞台上に居る全員が、目を疑う様な信じられない出来事が起こってしまった……!

「あ……勝手に水が……」
司会がボソッと呟く……水……とな? 何の事だろう?
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