第21話 芸人に……

文字数 6,013文字

会場のステージは3,5メートルとかなりの高さ。スポットライトも強くエアコンが効いていなければ汗だくだろう。
観客も10組のネタを見た直後だと言うのにまだ笑い足りないらしく、メインの8人の登場を今か今かと待つ。
そして、ステージの幕がゆっくりと上へ上がる。ステージ中央に8人の影が。
しかし、余りよく見えない。すると8基のスポットライトが左から順番に一人ずつを照らしていく。ついにその姿が現れた。
ダダダダダッ

続いて、8人の前を横切る様に走り、ステージ中央で停止する一人の男が……彼はこのイベントのMCだ。
年齢は40手前位。黒くつや光りした肌に、つやのある赤いジャケットを着た、いかにも暑苦しい男だ。【司】と書かれている腕章を付けている。
中央で50センチ程垂直飛びをしつつ空中で1回転する。そしてマイクを持つ右手を前に出す様なポーズをする!

「さあ始まりました! ボケ人間コンテスツ!! 僕は、司会の味噌門太(みそもんた)です! 
会場内は3万人で満席! と言う嬉しい報告ううううううう。皆さんまだまだお笑いに飢えている。そういう事なんだねえええええええ? 
いいですとも!! オードブルとは言えない程に豪華な現役芸人達のネタの後には、彼等、メインディッシュの登場だああああああああ! ありえない位面白い連中だぜええええええ、そんな奴らが、この、舞台に、集まった……! さあ……思う存分! そう! 今日一日で、来年の冬の分まで笑ってくれえええええええええ!」
ふむ。彼もまた周様と同じく語尾を伸ばし、文字数を稼いでくれる稀有な人種の様であるな。大切に保護しなくてはならない。

「うおおおおお」
観客も大盛り上がりだ。だが、司会程には稼いでくれないな……全く話にならない……もっと伸ばしてくれてもよいのだがな……

「ちょっとお、ハードル上げないでよ! 何でそんな事言うのよあのハゲ! こちとら素人なのよ!」 
おっと……アリサよ、流石の洞察力であるな。瞬時に見抜いてしまった様だな……全く……
だが、彼はしっかりとカツラで本来剥き出しの頭皮を覆っているではないか! 必死に隠しているのだから、そんな早い段階で見抜いてはいけないぞ? もしそれを彼に言ってしまえば自信を喪失し、語尾の伸ばす量が少なくなってしまう。そうなればこの小説は終わりである。
理由は、結論から言えばこの小説に問題があるのだ。その問題とは、内容も何もかもが本当に薄っぺらいという事実。これは小説としては致命的な事だ。例えるなら金箔の様に薄っぺらいのだ。その薄さと言ったら紙の比ではない。
金の粒をこれでもかと言わんばかりに引き延ばし、薄っぺらくなった物で、その薄さは驚きの0,0001ミリ。その展性の強さで引き延ばす事が出来る。
本来木製であろうが、粘土製の人形であろうが、それで覆い隠せば、金色に変化する。そうだ! 偽りの金の像をこさえる事も出来る。
色は金ではあるが、正に金色の化けの皮。それが金箔だ。それを張り付け作られて偽りの金像を、本物の金の像として売りに出す時、売り手は偽物とバレやしないかひやひやして、極度の緊迫状態に陥る。そう、金箔で緊迫するのだ!! それ程までに内容の薄っぺらい小説が、生き残る為に必要な事、それこそが、彼や周様の様に【稼いで】下さる方を目いっぱい利用し、水増しする事なのだ!! そうしなくては、これを小説として見て下さる方は居ないのだ。
文字数をこれで水増ししさえ出来れば、沢山文字を書かれていると言う事実が、この小説が薄っぺらいという真実を有耶無耶にし、

「あれれ? これはとっても良い小説なんじゃないかなあ?」

と、評価されるかもしれないのだ! だからアリサよ、早まってはいけない。利用出来る物は全て利用しなくては駄目なのだ!

後、懸念しなくてはいけないのが、この、人が語尾を伸ばすメカニズムに関しては、その人物のメンタルと大きく関係しているという事が分かったのだ。
覚えているか? 控室での事だ、あの中国からいらした周様も、モノマネがすべった後話しかけた時に、気丈に語尾を伸ばしてはくれたが、すべる前に比べ、伸ばす量が確実に減っていた。
自信と伸ばす量は正比例すると言う検証結果は、300年前に既にカリフォルニア大学の研究でも明らかになっている故、伸ばす性質のある方々は特にだが、思いっきり伸ばせる様、私達側からもしっかりとサポートしてあげねばならぬのだぞ? アリサ! 今明かしてしまっては司会の自信が落ち、【稼いで】くれなくなる。明かすのは彼がしっかりと稼ぎ終えた終盤にした方が良いぞ! この小説の未来はアリサ、貴公に懸かっている!!

「ん? 禿って? あいつの事か? あいつまさか……ほほうw確かに言われてみれば不自然だよな、あの頭www」
ほれ! 白川は司会の秘密に気付いてしまった様だぞ! 全く鋭いんだから! これではアリサだけでなく彼も司会のテンションを下げてしまう要因になってしまったのだ! 迂闊に誰かに話すのは危険であるぞ? これ以上広めてはいけないぞ?
 
「な、何て事を言うんですか……あの司会……ただいたずらにハードルを上げただけじゃないですか!!」

「ありえない位って……馬鹿なの? 氏ぬの? ああ緊張してきちゃった……」
司会の発言に思わず口の悪くなる梓。

「連中ってのは間違いだぜ。面白い事は面白い。
けどよぉ、本当にぃ……面白いのはぁ……この! 俺様!! 周・虻羅儀瑠様だけだぜえええええええええええ!!!」
うむ。周様も初代の意地を見せ、司会に負けじと頑張ってくれているな。頼もしい限りである。

「ケッ、そんな事で騒ぐな! みっともねえ」

「俺はこんなプレッシャーには負けんぞ。ドラマに主演で演じ切った事もあるんだ! それに泥鰌が常に俺に同情してくれる!」

「7んで僕こん7大舞台に居るんだろう……オエー気持ち悪く7ってきちゃったオエー……」

「相方も客席で応援してる筈だから頑張るぜ!!」
選手達は、突っ込みを入れたり意気込みを語ったりとそれぞれだが、当然門太には届いていない。

「リハーサル無しで大丈夫かしら……不安だなあ」
アリサも顎に手を当てながら不安を口にする。

「当たり前だ、食ったネタを披露するなんて只の芝居だろ?」

「食ったネタ? どういう意味?」

「ああ、素人に専門用語は分からんよな……そうだな……まあ要するに、予めネタ合せして、練習して覚えて来たネタって事だ」

「成程! 食った=頭に入れたって事か」

「ああ。ネタ番組とか見てると吐き気がするわ。まるで初めてやるみたいに演技するんだぜ? 
僕英会話習いたいんですよー。そうですか分かりました! じゃあ僕が英会話塾の講師をやるから、君が英会話の教室の掃除係のおばさんやって? とか
頑張って覚えてきた事を何度も何度も別の劇場で…… まあそいつらも芸人で安定して食っていきたいからそういう道を選んだのかも知れねえ。
でもな、本当の芸人ってのは、違うんだよ。極限まで追い詰められた時に新ネタを閃く様な奴の事を言うんだ。
急に面白い事言って下さいって無茶振りされて、焦ったりあたふたしているそいつが、苦し紛れに放ったネタは輝くぜ。
予め考えておいたネタとは全く質、重み共に桁違いだ。緊張と緩和。それを巧みに利用しているからな。
その一連の流れは、大袈裟かもしれんが命を削って生み出した、ある種の美しささえあると言える」
4番の腕章の白川が突然語り始める。

「な……? 語るわねえ……しかし、凄い世界ねえ……でもそんな事の連続じゃ、メンタル弱い芸人は早死にしちゃいそうね。
私はお笑いは出来そうにないわね……将来刑事になるんだし、そういう柔らかい頭は要らないわ」

「笑いの為なら死ねる。それが俺の生き様だ」

「あんた意識高すぎ……出るんじゃなかったわ。帰りたい……」
後悔先に立たずである。

「いいぞ! 俺が許可しようwさあ、帰っていいぞwお前はとても小さいから、居なくなっても誰も気付かねえよww」

「クッ、冗談に決まってるでしょ! ここまで来て尻尾を巻いて逃げたら修ちゃんに笑われちゃう!!」 

「なんだ、修ちゃんってなんか俺の事言われてるみたいで気持ち悪りいな。でも、松谷修造の事だよな?」

「もちろん」

「だが、覚悟はある様だな。よし、ならこれをやろう」
白川がポケットから折りたたまれた星形の模様付いた様な布? を取り出す。

「何これ?」

「芸人の三角帽子だ」
布状の物を広げると、アリサにとっては少々大きめの三角帽子だった。

「え? 要らないよ今時こんなださい帽子……」

「この瞬間そう、これを被った瞬間からお前は芸人だ。俺達は本職。だがお前はチビの上素人。余りにもハンデがあり過ぎる。
今から芸人になって成長し、センスを磨け! ダサいかもしれん。だが、一年生のお前にはこれで十分だ。ここから始まるんだよ。誰だってな。
そう! 始めは形から入るもんだ。我慢しな! この帽子は、今お前が装備している物よりは性能もセンスも劣るかもしれない。
だが、今のままでは俺どころか1番の五月蠅いあいつにさえ勝てんぞ?」

「白川さん……何でそこまでしてくれるの?」

「気まぐれさw まだ間に合うぜ! ほれ!!」
ポム♪
アリサは強引に三角帽子を手渡される。すると……

ブーン

「え? 何かしら? ……お笑い芸人の気持ち? それがこの帽子を通して流れ込んでくる気がする……分からない。分からないけど……修ちゃんに会う。その為ならば……!」
アリサは、戸惑いながらも芸人の道を究めると心に誓い、帽子を……かぶった。






Alisa changes class from great detective grandson to comedian
Alisa learned the basic knowledge of laughter and HP MP full recovery!
アリサは、名探偵の曾孫からお笑い芸人にクラスチェンジを果たす。そして、お笑いの基礎知識を習得し、体力と魔力が完全回復した!
そして要らなくなった撥水ベレー帽は鞄にしまった。

「な、何だあああああ? 今一瞬辺りが白く光った気がするなああああああ?」
司会はアリサのクラスチェンジの途中で発する光に気付いた様だ。

「おお似合ってるじゃねえかwおまけに身長の少し伸びたし一石二鳥だなww」

「そう? でも、ただ帽子を変えただけなのに、画像を3枚も使っちゃったわ。贅沢ぅw」

「ん? 画像だと? 一体何の事だ?」

「知らない」

「そうか」

「でも何か今までとは違う感じよ。この帽子凄いわ! でもお礼は言わないわ! 後悔してももう遅いよ?」

「別に見返りなんか求めてねえよ。余りにも力の差があり過ぎるから、まあ、ハンデみたいなものさ」

「だろうね。これでも勝てるかどうか……」

「……いや、もしかしたら見返りかも……な……」

「え?」

「いや」
(俺はもしかしたら見たいのかもしれん……お笑い芸人として育ったこいつを。そうだ、こいつはこの若さで、予選で対峙した早乙女という化け物に言葉だけで葬っていた。
あの時の目……ありゃあ、悪魔……だった……な……あの目に睨まれていたら、俺ですらやばかったかもしれん。
その上あの饒舌な話術や、控室で鎌瀬に放ったノリ突っ込み……しかもあの突っ込みをしていた時の目、素人とは思えない……そう、正しく芸人の目をしてた……生まれながらにそこまでのスペックを持っている……これで小学生とは思えない。
そんなこいつに、芸人としての技術を与えたらどうなっちまうか? とんでもないお笑いモンスターが誕生してしまうかもしれん……マッドサイエンティストがやばい発明をこっそりと使い、この世を混沌に陥れようとする時、そいつは今の俺と同じ気持ち、顔をしているのかもしれねえ……もしかしたらとんでもねえ事が起こるかもしれん。だが、もう後戻りは出来ん……俺はパンドラの箱を開いちまった。自分の意志でな……俺は……現状に満足していなかったのかもな……この凄まじい速さで成長する獣を素通りする事は出来ずに我慢出来ずに石ころをぶつけちまった……やるしかねえんだ……恐らく奴はこの先の戦いでも貪婪(どんらん)に俺達のネタを学習、吸収し、みるみるうちに成長する筈。恐ろしい……恐ろしいが、俺は、それを望んでいる! そして! 奴がここから数時間の間ではあるが可能な限り成長し、最高の状態に成熟しきった後に対峙し、完膚なきまでに制する! 必ずな! そう、俺は、挑戦者だ!!
その試練を乗り越えた時、俺は……もっと面白くなれる……こいつを倒して!! ククク……未知ってのは何よりも面白え……結局、帽子を与えた事すら御為倒(おためごかし)……なのかも知れねえな……)

「ふーん……なんか頭が切り替わったって感じ! この力で白川さんなんかすぐに追い越すから覚悟しておいてね? あれ? 何ニヤついてんの?」

「ん? ……な、なんでもねえ。お前まだ変わった直後だろうが。無理無理w」
 
「分からないわよ? お客の心を掴むには、この若い感性から生まれるネタかも知れないし! しっかしこの舞台高いわねえ……失神しそうよ」
アリサは高所恐怖症だ。

「ネタがスベってその恥ずかしさで転げ落ちねえ様に気を付けろよw」

「そんな訳ないでしょ!!」

「お? 喧嘩かあぁああぁぁ? お願いだああああ僕を奪い合って争うのは止めてくれええええええ! って違うかww じゃあその前にルールを説明するぞぉ!」
アリサは少し声を張ってしまい、それを司会に気付かれてしまった。
クルクルクルピタッ
マイクを指で3回転し、構え直す司会。
 
「決勝戦は、スクルィィィィィーンに映し出される画像が表示された瞬間から勝負は始まルィィ、制限時間10分間の間に、思いついた者は挙手ゥ! 画像にボケを付け加えるんだ。回答はステージの中央のマイクに行き答えていただくぜえ? 
一人何回でも回答は可能だあああ。
そして、舞台の両脇にあるゥ観客の拍手や笑い声を数値化する装置ぐぁあそのボケのポイントを算出すぃー、スクルィィィィィンにポインツを表示させるぅぅぅぅ。
当然、何も思いつかなかった奴にはポインツは入らないずぇぇぇぇぇ。
1回戦はポインツの高い6人が次のステージに進めるといったルールだぁ。そして、2回戦で4名残り、3回戦で2名にするううううううう!
そして、決勝はその二人で争って貰い、勝った方が第11回目ボケ人間コンテスツの優勝者だぜえええええええ!
ボケは一言でもいいし、どんなに長くなってしまってもかまわないぜぇぇ! イットイージイだろ? さぁ長ったるい説明もここまでだ。
もう待ちきれないだろォォォォォ? じゃあぁああああ、始めのお題はァ? これだああああああァァ!」
全く……叫ぶ時に必要以上に語尾を伸ばして下さり文字数稼ぎをして下さるのはありがたいが、本当に五月蠅い司会である。
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