第35話 控室

文字数 5,252文字

「またここかあ。一体何度戻って来るのよ!」 

「もうこの楽屋も実家の様な安心感がありますね」

「だな」

「だが今回は仕方ねえと思うがな」

「ゆっくり終わるのを待ちましょう」

「そうね。あっテレビあるんだ! 気付かなかった見ようっと……リモコンリモコン」
壁と一体化しているテレビがエアコンの真下にあった様だ。昼食の時は気付かなかったみたいであるが。

「ここにありますね」
ピッ
リモコンの傍にいた鎌瀬がテーブルの上のリモコンでテレビを点ける。

「ニュースです! 昨日起きたホテルイーグルスノーでの事件、犯人は警察の捜査の末突き止めましたが、犯人の送った暗号の入った殺人予告状を誰もその解読できず困り果てています。その問題の暗号ですが、テレビ初公開ですがこちらになります……」
その暗号がテレビで表示される。
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「あー覚えてる覚えてる。あの暗号かあ、悔しいけど解けなかったなあ。でももう犯人が分かっているのにそんな事する必要ないじゃん。何かの意地? しかも私が犯人を突き止めた事が警察の捜査って事になってるわw嘘乙w……警察はほとんど仕事してなかったじゃん。全く……人間って愚かね……」

「たしかに僕も分からないなあ。警察も解けなくて悔しくて視聴者に頼り始めたんだろうね? ……え? 解けなかったなあ?」

「うん」

「実際に見たの?」

「そうよ? さっき話したでしょ? 事件を解決したってさ。その事件の暗号よ。私ですら解けなかったけどね。でも犯人さえ当てればいいのよ」

「この事件を解決したの? 凄いじゃないか」

「まあ解決したくはなかった……けどね……」
八朗との思い出が蘇る。

「そ、そうなんだ……良く分からないけど色々事情があったんだね? なんか疲れちゃったなあ……ちょっと休みたいから消しますね」
ピッ
「そうね、休める時に休まないとね。こんな嘘に塗れたニュースばっかり見ていたら嫌な気持ちになってゆっくりと休めないもんね。
しかし、私のお笑いのスキルも勢いがついてきたと思ったらまた中断かあ。私の才能を完全開花するのを恐れて中断したとしか思えないわ……全く……人間って愚かね……ヘックション」

「人間って愚かねって口癖ですか? そんな口癖の子余り知りませんよ?」

「愚かだから愚かって言っているだけでしょ? こんな美人の女性がくしゃみして困っていると言うのにそっちに食いつくの? 全く……」
その後の言葉が出てこない。鎌瀬に言われた後にすぐ言ってしまうと、

「ほら言ったw」

と思われると思い、無意識で飲み込んだのかもしれない。

「今人間って愚かねって言い掛けませんでした?」

「ううん? 知らないよ? でも何か寒くない? エアコン効き過ぎじゃない? ちょっと確認してみてよ」

「はい。どれどれ? あ、18℃ですね。更に暴風モードですよ。これは冷える訳ですよ」

「嫌なモードね……? そこまで冷やす必要ないよね……? ヘックション」

「そうですよね。大丈夫ですか? 一旦冷房切りますよ。風邪引かないで下さいね」
ピッ

「あれええ?」
その時アリサは鎌瀬の異様な行動に気付く。
 
「どうしました?」

「鎌瀬さんの持っているリモコンさあ、さっきテレビ点けてたリモコンじゃない?」

「ああこれ、マルチリモコンですよ」

「マルチビタミン?」

「違いますよ」

「分かってるけどボケたくなるのよね。これが芸人のサガなのよ! 普段こんな事絶対に言わないのになあ」

「そう言えばその帽子に変えてから少し変わりましたよね?」

「うん」

「それでねマルチリモコンっていうのは、一つのリモコンで色々な機械の操作を出来る便利な物です。ほら、このスイッチを切り替えるとね」

「ふうん。そんなのあるんだね。結構便利ねえ」

「そうですよ。アリサちゃんは結構賢いと思いましたが、こういうのは知らないんですね」
コンコン  
誰かがノックをする。

「はーい 開いてますよお」
カチャ 

「お邪魔します」
扉を開け入ってきたのは懐かしい顔。そう、ママとケイトだった。

「あっアリサ!」 

「ママ? アリサちゃんのお母さんですか? うわあ若い!」
梓が反応する。

「若いですって? うれしいわあ」
 
「まだ30前だもん。そりゃ若いよ」

「こら! 年を臭わせる様な事は言わない! しかしアリサがここまで勝ち抜けたのはビックリしたわ。すばしっこかったわねー? 一瞬だけど光を超えた様な? まさかね……」

「うん……超えたよ? まあ厳密には【なった】なんだけど、ね♪少しの間だったけどね……!」  

「アリサも成長したのねえ……ところで休み時間に停電あったけどそっちは大丈夫だった?」

「うん」

「そう、良かったわ。会場でも事件が起こっちゃってね」

「事件?」

「そうよ、悲しい事件が起きたわ」

「ですね」
ケイトも悲しそうな表情に変わる。

「気になる。教えて!」

「分かったわ。アリサも知っていると思うけど、ぜいにくんのネタで、食べ物が選択された後に食べ始めで幕が下がり始めるでしょ?」

「そうね、そこが一番盛り上がる所よ」

「その幕が下がってる途中で丁度停電になって、幕の下降が止まって会場全体真っ暗になったんだけど、ぜいにくんが用意していた電池式のスタンドライトで、食べ終わる所までくっきりと見えちゃったのよね……」
ぜいにくんのネタは、彼が食べ終わる前に幕が閉じるというシーンを見せる事で、完食するシーンをお客様にあれこれイメージさせるのだ。それをセットで完結するネタなのだ。そのシーンは絶対に見られてはいけない物。それが悲しい事件で観客全員の目に焼き付けられてしまった……

「うわあ……それは大事件だねえ……そこはずっと秘密にしておいて欲しい部分だよねえ」

「そうよね……ぜいにくんもそれに気づいて途中で完食するのを躊躇っていたわ。そこがちょっと面白かったw」

「ちょっと見たかったかもw」

「携帯で撮影しとくんだったわ……ちょっと後悔ね……」

「あっケイトちゃんも来てたのね? あれ? おじさんは?」

「パパはちょっと仕事の電話があって行っちゃったの」

「夏休みでしょ?断ればいいのに……」

「そうだけど……仕方ないよ……」

「大変ねー戻ってくるの?」

「分からないわ……」

「ケイトちゃんのパパの仕事は何なの?」

「サラリーマンよ。普通の」

「ふうん。ま、いいや! ところでケイトちゃん? 予選であんな厳しい試練があるってのは知っていたの? 流石の私でも結構ビックリしちゃった!」

「え……? そ、その……う、ううん? 今日初めて知ったよ絶対に!」

「本当に?」

        <疑> <惑>

「ほ、本当! 絶対だよ! 嘘なんて突いてないんだもん絶対絶対に」

「へえ」
(ふむ。目が泳いでるし……早口になっているわ……そして、徐々に顔が紅潮して来てる。体温と心拍数も少し上がってる。 
更に語彙も急に幼稚になってるし……絶対と言う言葉の絶対量と絶対値が絶対に上がっているし……正に嘘付き人間のティピカル)
「でも、ここに来るのは3年目だなーって会場に入った時に言っていたよね? って言う事は初めて来たわけではない。一年目から予選から見てるんでしょ?」

「あ……」

「全く……人間って愚かね……ケイトちゃん? 嘘を言う時は、相手の目を真っ直ぐ見て言う!」

「え? もしかしてばれちゃってる?(人間って愚かねって……何か嫌な気分。入り口でもそんな事言ってたなあ。口癖なのかしら?)」
嘘を突いた事を自分から白状してしまう美しく美麗で素直で美しく美しすぎるケイト。

「当然よ。どんな嘘でも自信たっぷりに言えば大抵の相手は信じちゃうのよ。まあこの私は騙せないけどね!」(素直な良い子ね……というか素直過ぎるわ……後でもう少し上手い嘘の突き方も教えてあげないとね)

「そうなんだ……凄いね。でもそう言う時にそんな気持ちになれないよ」

「そこは場数を踏めば慣れて来ると思うよ。じゃあ何で教えてくれなかったの? 怒らないから言ってみ?」
と、言いつつも少しケイトを睨みながら言う。刑事の尋問のモノマネも得意なアリサ。
ケイトはどういう訳か予選の内容を知ってはいたが、敢えてアリサには黙っていたのか?

「ごめん……アリサちゃんって何が来ても驚かないなーって思って……だから、少し慌てる姿とか見てみたくて……内緒にしておいたの。でもまさかあんな大きいおじさんとタッグを組んでまで生き残るとは思は無かったわ……」
ケイトは怯えつつ事実を語る。まあ動機は可愛い物ではないか! 憧れのアリサが、情報無しでどこまでやれるのかを試した様だ。
考えてみれば、これからプレイするゲームの試練の内容を予め教えてしまったら、面白さは半減する。アリサならネタバレするな! と怒りかねない。それを回避する為に敢えて言わなかった女神の様なケイト。
そしてその結果、本当にアリサの事を尊敬する。機転が利き、思い付いたらそれを実行に移すまでにノータイムでアクションを起こせる幼女。
相当松谷修造の教えを順守している様だ。
そして、アリサは目的達成の為に使えそうな物を見つければ何でも使う。例えそれが【神】だろうとな……!

「そうなんだ。まあそれを聞いた位で修ちゃんを諦める事は無かったから、結果は変わらなかったよ? 私は人生で一度も何かを諦めた事は無いから……で、少しは慌てる様子は見れた?」

「あまり見れてないなあ。全力で全ての競技に向かって行っていたよね? やっぱりアリサちゃんってすごいなって思っちゃった。
私もああいう強い子になりたいな」
憧れの目でアリサを見ているケイト。

「頑張りなさい」
(まああの500人の人達知り合いだったからあんまり怖くは無かったのよね……フンガーにもに乗ってたし。まあ、早乙女さんはちょっと怖かったけどね)

「アリサ? 活躍したのは認めるけどね? 予選一回戦のあれは酷いと思うわ。あの大男に謝らないと駄目よ」
言われたくない事を言われてしまう。

「フンガーにはちゃんと謝ったわよ」

「フンガーって言うの? 何人? フランス人?」

「違うけど……それ位しか言えない奴だったんで、そういうあだ名をつけたの」

「ふうん、ならいいわ。それよりコンテスト中断したみたいだけど何があったの?」

「司会の人が暗転した後に落っこちちゃって……今、病院に運ばれたの」

「ええー!! じゃあこれで終わりかあ、こんな中途半端手終ったんだから少しは返金はあるのかしらね?」

「え? 何の?」

「入場料よ。3000円かかったのよ? まあ、ケイトちゃんのお父さんが払ってくれたけど」

「ふーん、私は参加費自腹だったのに羨ましい!」

「沢山仕事道具買ってあげたでしょ? 絵の構想は浮かんだの?」

「そういえばそうね。でも、今のところ早乙女さんが使っただけ」

「早乙女さん?」

「こんな顔の人」
そう言いつつスケッチブックを開く。

「まあかっこいい♡凄いイケメンね。ドキドキするわ♡」

「えーと……喜んでいる所悪いけど……この人女の子よ」

「えーーーーーーーー!?」

「えーーーーーーーー!?」
ママとケイトが同時に驚く。

「早乙女真琴さんよ。絵で自分に起きた事件を説明してくれたのよ」

「え? どれどれ?」
何気なくページをめくり始める。
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「え? お目目飛び……出し……た?」
ペラペラ ページをめくる速度も早まる。まるで、サスペンス小説を読むかの如く、食い入るようにその絵を見るママ。
そして……【例の】ページを見てしまう。
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「きゃああああああああ!! お目目が喋ったああああああああああ♡」
おお! 中々良い伸ばしであるな!

「ふふふw」

「こらアリサ! 何笑ってるの! 一大事でしょこれ!!」

「ごめん、ついね。早乙女さんの言う通りだw 全く私と同じ反応w鎌瀬さんもそうだったしww」
こんな物を見せられれば全人類が同じ反応をするかもしれないな。
「誰だってこうなるわよ……これ返すね」

「うん」
スケッチブックを鞄に丁寧にしまう。

「コンテストはどうなるのかなぁ? アリサちゃんが優勝するところが見られるかもしれないのに……」
ケイトが、人間とは思えない程美しい女神3000人分の声でアリサに話す。

「分からない……今は待機中だけど……もし再開したら優勝はするからね! それがフンガーとの約束でもあるから」

「うん、アリサちゃんなら絶対出来ると思う!」

「おお、威勢がいいねえw 本職の芸人が居るんだぜ?」
火村がアリサのセリフに反応する。

「それでも、できると、思う」

     <真> <実>

抑揚は無い。が、はっきりと自信に満ち溢れた瞳で火村を見返す。

「うぐっ」
ただの幼女が見て来ただけなのに、その真っ直ぐな瞳にを前に、全てを見透かされる様な気がして、目をそらしてしまう火村。
全く根拠のない言葉。だが……皆うすうす感じている。この幼女がとんでもない奴だという事を。

「失礼します!」
すると、誰かが控室に入ってきた。
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