第52話 語り部の真相解説

文字数 11,335文字

こんにちは語り部だ。前回の約束だ。白川の行った事全てをアリサに代わり解説していく。よろしく頼むぞ。
だが別にそんな事興味が無いと仰るのであれば、ここでブラウザバックでもよいだろう。
この回は、彼がやった事を振り返るだけの回である。故に既に真相に辿り着いた方には全く必要の無い回なのだ。単なる蛇足。そして、文字数稼ぎの回と言っても良い。読む必要性は皆無。アリサと違い冗談交じりで語る事は一切無く、淡々と彼の行った事を語るだけのお堅い回であるしな。だがもし真相に辿り着けなかった極少数の方の為には必要かと思い語る次第だ。

アリサよ、すまぬな……主人公特権を奪ってしまって。本来お主が得意満面で語りたかったであろうなあ。この、巧みに遂行された犯行をドヤ顔で……な……だが、お主はあの場面で全てを気付く事が出来なかった。
物事にはタイミングが重要なのだ。あの日あの時あの場所で気付けなかった。つまりこれは私しか語れぬ事だった訳だ。では、早速語ろう。むうやはり堅すぎるな。これでは折角私の一人舞台なのに悪い印象を与えかねぬ。少し崩そう。コホン……みんなぁいっくよぉおお? よし、これで全世界で私のファンが2人は増えたであろう。やったぜ! では今度こそ本当にいくぞ?

 まずは、犯行の瞬間何が起こったかを語ろう。そして、その為にどんな準備をしていたのかを語る。
白川は停電が起きた時、舞台上で目を閉じて予め暗闇に慣らした上で、暗闇になった瞬間に目を開いた。皆両眼を閉じたと認識していたが、実は違う。
その根拠は、集合写真の問題が終ったのに、その後の問題もしっかり対応出来ていたからだ。
集合写真の問題のみであれば、頭の良い彼ならば頭の中でその映像を思い返し、ネタを生み出す事も出来るかも知れない。だが、彼が目を閉じてから停電が起こるまでずっとその集合写真のお題では無かった筈。彼は次の問題も、その次の問題も目を閉じて把握したという事になる。そんな事が果たして出来るだろうか? ここから推測するに、新たな問題発表時だけ? それともずっと? までは分からぬが片目を限りなく薄目の状態で戦っていた筈なのだ。そして、反対側は完全に閉じていたと思う。器用な事にな。視覚をほとんど断った状況で戦う事が、有利か不利かどうかなどここで語るまでも無いが、そんな状況で現役の芸人やアリサ達と対等? 否、それ以上に立ち回れたと言うのが驚きだ。
まあ両目を閉じてしまえば停電になった瞬間も分からぬし、何よりどちらか片方を開けていないと暗くなった時に閉じた方の目が慣れぬ筈。故にこれは推測ではないと思う。
そして、放ったネタで見事停電が起こす事に成功したら開眼し、司会の腕に輝く腕章を頼りに素早く後ろから近づき、ボイスレコーダーの妹の声を意図的に司会に聞こえる様に再生し、驚かせて落としたのだ。前回司会も言っていたが、これは過去に白川が今昼は最高の司会をする味噌に会う際、何か言ってやれと妹に言った時偶然放った

「今でも好きなの」

と、言う音声を聞かせ驚かせて落としたと言う事だ。なぜ一切触れる事なく落ちて行ったか? その理由は、蓋を開けてみれば簡単だったのだ。そう、白川は司会を

【音で落とした】

のだ!! フッ決まった……見事な程に……今私は感動で打ち震えている……! そうか、アリサはこんな気持ちの良い事を前回行っていた訳か。癖になるな……おっと、私とした事が悦に浸っていた……済まぬな。
その音声を司会の側で再生した時、当然殺意はあった筈だ! それをただのいたずらや偶然でしたと言い訳出来ようがない。だが、事件は暗闇の中起こった。舞台に向けて撮っていたカメラでも明確に捉え切れなかったし、犯人の姿も分からずじまいだ。
そして司会は、幽霊を極端に恐れる性格のせいで突然背後に響いた声を予め白川が送ったメールで知っていた妹の死の記憶から彼女の霊が司会に対し恨みを込めて放った言葉と誤認してしまった。
そして、この停電も、その霊的な力で引き起こされたものだと信じて疑う事無く半狂乱。あろう事か舞台の縁で頭を抱えしゃがみ込んでしまった。結果バランスを崩し地面に激突てしまったのだ。

ただその音声データは、妹が司会に向け本心を伝えただけ。しかも好きだと言っている上に、彼も一度白川から聞かされ記憶に残っている筈。故に冷静であれば、

「ん? 何かおかしい? あ! この声、聞いた事あるぞ?」

と、疑う機会もあった筈。だが、ここで考えて欲しいのは、突然暗闇になり動揺している中、後ろから声が聞こえたら皆さんはどうするだろう。停電と背後に響く突然の声の二重攻撃で相当肝が据わっている方であろうが少しは動揺しはしないか? 勿論鋼の心臓を持つ私には効果はない。だが司会は耐えられなかった。そう、突然起こった停電の中、心の平静は保てる筈もないのは仕方のない事であろう。彼は臆病で、極度の幽霊嫌いだからな。
だが、この言葉自体は妹の純粋な気持ちから放たれた言葉。まさか彼女自身もそれが殺人のトリックに使われるとは夢にも思っていない筈だ。故に共犯ではない。これは白川単独の犯行だ。
そして、その音声データは白川のネタを作る材料の中に入れていた様だ。何故別のプレイリストに入れなかったのだろうな? そこまでは分からぬがその結果、聞き込み中のアリサの前で身の潔白を証明する為再生した時に、偶然選択され再生されていた筈。もし気になったら【聞き込み調査】の回で語っているので、遡り確認してほしい。
そのセリフを選択し、後は再生ボタンを司会に近づき押す事で、驚いて落ちてしまったのだ。
故に後ろから近づいたとしても突き落とす必要は無い訳だ。白川はこの臆病者ならでほぼ確実に落ちてくれると信じていたのだろう。
この辺はまた後で説明するが、アリサはこの状況で「何もしないで落ちたのぉ?」 と勘違いしていたが、こう考えてしまった時点でこのトリック解除への道は途絶えたも同然なのだ。私の様に何事も柔軟に考える事で、別の視点から真実を見出す事も出来る訳だ。まあこんなカッコイイ事を言ってはいるが、この真相に気付いたのはごく最近の事だ。それは前回、

「後ろから声がした」

と言う言葉を司会の口から聞かなければ、この私ですら気付く事は出来なかっただろう。そう、あの時警察署の霊安室に移動可能だったのは私だけ。そう、

【語り部的視点】

別名神視点からでなくてはこのトリックを解く事は出来なかった筈だ。卓越した推理力を持つアリサでもそこまでは描けなかった。彼女には私の様に瞬間移動する力も、誰にも気付かれずにその人の近くで会話を明確に聞き取れる能力も無いからな。この立ち位置は非常に便利である。どこへでも移動が出来るし、ぶっちゃけてしまえばチート能力である。非常にずるい立ち位置である訳だが、これは物語を進行するにあたり必須の能力である故にそれを封印する訳にはいかない。これからも使い続ける事を許してほしい。
ぬ? そんな凄い力があるのなら白川が登場した瞬間既に怪しいんじゃない? とかも分かっていたんじゃないかだと? フム鋭い指摘であるな。お主は天才か? だが残念ながらそこまで語り部的視点は万能ではない。ここは非常に複雑で精密でハッターピーンの粉の成分より難解な所であり、全てをを説明しようとすると恐らく1京文字は必要となる。それを語り終えるのに不眠不休で語り続けても20年以上掛かる上に、喉の消耗が激しくなるので勘弁して頂きたい。
そしてもし、またどうしてもアリサが解けない局面にぶち当たった場合はこうしてこの視点を利用し解説する事もあるかもしれない。その時は今回とは比べ物にならない程に語り力は増している筈であるので期待して欲しい。
おっと、又話が脱線したな。さっさと戻すぞ! そして、白川もカメラで撮影されている事も分かっていたから目立った動きはせずに目的遂行する為にも仮に司会から

【絶対に押すなよ? 絶対に絶対にだぞ?】

と言われても押す事は無かっただろう。いや? もとより始めから触る気は無かった筈だ。だから司会の着る粘着性の高い表面の素材のジャケットに、指紋や軍手で押した時に付く筈の軍手の網目の跡や、そこから出た糸屑すらも一切付いていなかったと言う訳だ。
司会の後ろまで近づいたのは、司会にのみ聞こえる様な音量で再生したという事だな。その辺の音量調整も事前にしっかり行った筈だ。
しかし、自分の仕事道具を殺人の道具として使うとは……まあ実際は生きていた訳だが……だが、虎音に早々に移動させられた為に生死の確認は出来なかったお陰で、白川自身ももう死んでいると思い込んでいる様だ。
そして、確実に驚いて落ちるかは半信半疑だったろうが、予めメールで妹が自殺した。と、言う嘘を伝えた事は伝えたし、偶然梓の幽霊のネタでお漏らしまでして驚いていた様を見た彼なら、その内容が伝わった事も分かったし、落ちてくれると確信した筈だ。
しかし、白川もこの犯行で妹の司会に対する想いの声を再生する時、多少は辛く感じただろう。だが、それ以上に、敢えてその声で司会を落とす事。思い出せば辛くなる様な音声までもを殺人のトリックに取り入れたと言うのか? どんな物でも自分の目的遂行の為なら使うと言う事なのだろうか? そこから彼の精神力は途轍もない事が分かる。そして、その犯行の引き金となった停電も間違いなく白川の仕業。
これはアリサも推理していたので割愛しても良いのだが、おさらいの為に語る。彼女が白川の前で勢い任せで放っていた推理は実は当たっていたのだ。聞き込みで関係者の荷物検査をしていた時に白川が所持していたマルチリモコンで会場内に設置されている数台のエアコンの設定温度を下げて回り、使用電力を上昇させ停電寸前にしていたのだ。朝と昼休みにも二回程停電が起こっていたな。あれも当然白川の仕業。
そして、前日にも何回か起きていたとスタッフが話していたが、それも彼の仕業だった。理由は何台最低温度にすると停電するかの実験だろう。考えてみれば本番当日に初見でそれを実行するにはリスクが大きすぎる。ただでさえリスクの大きい犯行を行うのだから、少しでもそのリスクを削減したいと考えるのが普通である。
 前日は、会場に舞台準備のアルバイトとして紛れ込み、エアコンの位置の把握や、何台最低温度にすれば停電するかのリサーチを行い、会場内に設置されているエアコンを何台か最低温度にする事で、停電自体は起こりえるという事を知り、犯行を決意。
まあ、そんな事を仕事中にやっていたら怪しまれないか? と言われそうでもあるが、このスタッフは元々ビッグエッグのスタッフではなく、求人広告で募集されたその日限りのアルバイト。
皆現地集合で作業終了時に給料取っ払いで、受け取ったら解散のメンバーだった為に余程不審な動きさえしなければ怪しまれなかったのだろう。
そして、本番では会場内の電気使用量も準備だけの前日に比べ少し多くなると仮定する。そうなると前日のデータは余り当てにならない。それでも当日まではそのデータで停電寸前まで機械操作する筈だったと思う。
だが、当日は選手として入るには勝ち残らなくてはいけない。と、思っていたが、異例の暑さの為受付がドーム内に変更された事で、エントリーが終われば中を自由に移動出来、当日もエアコンの操作が可能となったのだ。
この、当日も実験が出来ると言う偶然を利用し、アリサより先にエントリーし、内部のエアコン温度の見回りを行い、温度が戻されている物は下げて周り、当日なら前日とどれ位違うのか? 等の検証も行え、実際どの程度で落ちるかの実験までも行えたのだ。これにより、より確実性は増した筈。
当日は照明や施設内の色々な機械も起動する為、使用電力も準備だけの前日とは段違いである筈だしな。そして、これもアリサも推理していたが、2回戦直前の休み時間終わりに、みんなが外に出る時に白川が何気なく

「誰も居なくなるしエアコンを止めるか」

と言って何やら操作していたが、実はその時、停止ではなく設定温度を最低に下げて出て行ったのだ。何と言う大胆な……そう、あの空間は誰も居ない中、18度を保っていたのだ。それは、アリサの2万ポインツでも停電が起こらなかった事を考えれば、27度のまま試合に臨んでも停電には届かないと判断し、少しでも使用電力を増やそうと考えたのだろう。そして、白川は何回かトイレに行くと言って出て行っていたが、実はトイレには一切行かずに他の控室のエアコンの温度が戻されていないかの確認の為に出回っていたのだ。

彼は、前日2回に当日の2回の計4回の停電時の最低温度にしたエアコンの台数を数えていて、そこから逆算し、残り使用可能電力を頭の中に入れておき、本番でお笑いを測定する機械の作動で停電する様に細工したのだ。4回もやれば大体どれ位で落ちるかも分かってくるだろう。
そして、その努力も実り、彼が目を閉じ暗闇に目を慣らしてから数分後に、彼自身のネタの直後の笑いでブレーカーを落とす事に成功したのだ。

……彼はあの瞬間舞台の上で、どれ程の頭を使っていたのか? それも視覚をほとんど断った状態で、客に通じるネタもしっかりと考えていた訳だ。想像するだけでも恐ろしい。
だが1つ分かる事は、これが幾ら頭が良いとしても、それだけでは実現出来るレベルの殺人では無かったという事なのだ。そう、幾つもの偶然が作用している。そう、白川の思惑通りに起こっているのだ。そして、それを前提で行動し、それら全てを味方に付け、最後は実力のネタで停電させ、証拠不十分の犯罪を行ったのだ。彼がその頭脳をもってしても敢えてこのやり方を選択したのは何故なのか? 私の推測を語らせていただこう。
それは、これこそ彼が最もやらなくてはならない事だとすれば? 妹の受けた悲しみを、妹の声で晴らす。と言った所なのだろうか? そう、

【お前が選択し、掴み取ったその栄光の大舞台の正に司会進行中、かつて愛した女が純粋な気持ちでお前に伝えた本心が込められた声を恨みの言葉と勘違いし、志半ばで惨めに怯えて死ね!】 

と言う強い思いが込められた殺人なのかもしれない。これこそが敢えてこの危険な犯行を選んだ理由なのかもしれない。
このボケ人間コンテストの司会の仕事は、彼の躍進への第一歩。その仕事を無事達成すれば、第12回、13回と続投も考えられる。そこから色々な司会の仕事のオファーも来る可能性も。そう思って進んでいた彼の歩み、順風満帆の第一歩を踏み出させ、次の歩も当然進めると思いきや、その先は奈落へ一直線の落とし穴が存在した。と味わわせる為に……喜ばせ、頂へと向かう花道だと信じていたのに刹那どん底へと堕ちて行く様を一番近くのVIP席で見る為に……? その為だけに予選を逃げ切り、決勝まで進み、停電する直前に司会を舞台の縁まで移動させ、音声のみで落とすと言う、ほぼ不可能に近い犯罪を……? 妹の無念を、兄、白川修として、持ちうる全ての力で晴らすと言う強い信念、想い、それだけの気持ちが彼をここまで動かしたと言う事だろうか? 更にその様をテレビで放送される事で、司会の訃報を知れば妹も彼への思いが薄れて行ってくれればとも考えたのだろうか? そこまでは分からない。
しかし、ランダム再生すれば妹の音声データが再生される事もあるだろう。故に、新ネタを作る度に何回かその声を再生されてしまったと思う。それでも彼は使っていたのだろうな……それが偶然再生される度に、司会に対する恨みを忘れない様していたのかも知れぬ。
そして、これらの犯行を全て実行するには確実に必要な物がある。それは、

【運】

だ。それも途轍もない程のな。彼はそれを持っている可能性がある。恐らく彼も漠然とであるが感じているのかもしれない。己の強運を。 
思い出してほしい。控室で七瀬が自己紹介した時に、サイコロを2つ振り、2連続で合計7を出して見せると言い、達成した。
そして何故か白川も張り合って、2つ同時に4を出し、それを連続で起こした。だが、この結果、七瀬は称えられ、白川は笑われた。
だが、よく考えて欲しいのだ。
あの勝負、本当の勝者はどっちだったのだろう? と言う事をな。これは確率論的に言えば、間違いなく白川の勝ちなのだ。どういう事か? 説明しよう。

 サイコロを二つ同時に振ると、36通りの結果が出る。その内、七瀬が起こした、2個振って合計が7になると言う結果は、1,6 2,5 3,4 4,3 5,2 6,1の6通り。それを2回続けて起こすには、1/6×1/6で、確率は1/36となる。これはこれでまあ低い確率だ。狙って出せる物ではない。
だが、白川の起こした事はそれよりも低いのだ。遥かにな……そもそも4のゾロ目が出る確率。その時点で1/36なのだ。これだけで、七瀬の起こした奇跡の確率と全く同じなのだ。それを2回と言う事は……? そう、2連続でだ。それはこうなるな。

【1/36×1/36=1/1296】

だ。そう、白川がやってのけたあの結果はとんでもない事なのだ。そして、その事実を七瀬は瞬時に気付いたのだ。だから皆が2連続で4のゾロ目が出た事を笑っていた中、七瀬だけは唖然としていたのだ。
七瀬はあの時、白川は自分以上に強運の持ち主だと悟ってしまったのかもしれない。
言われてみれば、受付の位置が変わって早い段階で会場に入る事が出来たのも、予選で500人もの筋肉女達から逃げ切ったのも、予選2回戦で正しいプレートを早い段階で取れたのも、決勝1回戦で何も答えなかったのに失格せず、司会の気まぐれでルールが変わったお陰で先へ進めたのも、最終的に自分の笑いの力で観客を沸かせ、狙ったタイミングで停電を起こせ、司会が興奮して舞台の隅に移動してくれたのも運。
そして、ボイスレコーダーで妹の声を聞かせた後にしっかりと驚いて、飛び降りてくれたと言う奇跡も何もかもが運だ。この偶然を全てを起こせる事が出来る人間は少ない筈。
そして、今まで誰にも白川が運が良いと言う事を七瀬以外に気付かれなかったと言う事実も彼の強運の一つである。
一体どう言う事? と仰る方に説明しよう? それは、彼の腕章の番号でもある4と言う数字である。
白川は予選を勝ち抜いた後に渡される腕章の中で、幸運にも8分の1の確率で、4の腕章を引き当てたという事だ。
まあ実際に日本では、4は死と同じ響きの為に不吉な数字とされているし、良いイメージは無い。

「4なんて不吉じゃないか! これのどこが幸運なんだよ!」

と仰る方も居るだろう。だが、この特殊な状況下では全く逆なのだ。それによってどんな結果になったか? これも語ろう。
彼は腕章でその数字を引き当てたお陰で、七瀬に張り合いサイコロを振った時に、2連続でゾロ目を出した奇跡も、数字が【4】だった為、その凄さが消え、実際は稀にしか起こらない事を達成した事実より、4を4回も出した不幸な奴。と、言う印象を植え付ける事に成功したのだ。
もし彼の腕章の数字が7であった場合、そして、出目も7だった場合、それが2連続で起きてしまったら、印象は全く違った筈だ。いや、7でなくてもそうだろう。ここは4以外でなければ絶対に駄目だったかもしれない。4だからこそ誰にも疑われなかったと言えるだろう。
そして、4でなければ、アリサに

「あれぇええ? もしかしてぇ? 白川さんって強運なのぉお?」

と気付かれる可能性も出て来る。そうなってしまえば、鋭い彼女の事だ。この事件の真犯人は白川なのでは? と疑い始めるだろうな。そして最終的に、本来のミステリーのセオリー通り、一般人でヒロインのアリサが、優秀な警察を差し置き、解答編で悠々と独壇場で白川を追い詰める役目を果たし、ここでの私の解説も無かった筈。

 だがそれに気付く事無く、白川との勝負に負けたアリサは、潔く勝ちを譲る事なくあろう事か暴走を始めた。見切り発車で犯人扱いしてしまった。それも言い掛かり紛いの事でな。彼の運の良さも、アリサの突発的な暴走状態まで察知する事は出来なかった様だ。
まあそれでも始めの内はいい加減すぎる内容だったが、彼女特有の何でも見通すと言う力がある事を耳にし、事態は一変する。
彼も内心相当焦った筈だ。だがそれを表に出さず、触られたら最悪全て見透かされてしまうという事態も想定し、彼女に触れられないように努める。
実際の能力は、その人物のステータスを数値化された物と、特技。他にも弱点等の内部情報を見るだけで、白川の思惑や記憶までは見通せない。だが、それを知っているのはアリサと皆さんのみで、白川は相当恐怖した筈。故に、アリサが油断してくれる為に

「俺の負けでいいよ」

と言う他なかった。ポイントは、

「俺がやりました」

ではない所だ。これなら自白とも取れるかもしれないが、そうではなく、しつこいアリサに辟易し、駄々をこね、優勝を譲れ! と言った我儘幼女にわざと負けてやったんだ。仕方ねぇ。優勝を譲ってやるよ。と言う解釈をされる場合もある筈。それに、アリサの目的も、白川を犯人として捕まえる事ではない。実際は賞品を奪うのが最優先で、その口実だったのだ。それを何となく白川も気付いたのだろう。それに舞台上はカメラで録画されている事も知っている。
だから自白は絶対にする訳にはいかない。
それに、これはアリサが私欲でろくに考えをまとめる前に見切り発車で始めた推理ショー。
そう言い訳するには十分であった筈だ。だがそれでもあの場面では恐らく

「俺の負けでいいよ」

以外の逃げ道は無かっただろう。 

何と言う機転の良さ……そして、彼は最大の賭けに出た。その賭けとは、

「どんな人間でも生きていていいのか?」

と、言う子供にはキツ目の質問。白川も当然

「そうに決まってるでしょ?」 

と返ってくると思っていた。ほんの少し程度の時間稼ぎ程度で終わるのだろうと思っていた。それでも次の矢を放つ為に、苦し紛れでアリサの気持ちを揺さぶるつもりで言った言葉だ。だが、その言葉が意外にもアリサに刺さってしまった。そう、その言葉を聞き、斉藤隆之を真っ先に思い浮かべたアリサ。彼はアリサにとってはこの世界で唯一生きていていいと思えない人間だったのだ。その理由は幾つもあるが、今回竜牙に逆歯刀の話を聞き、自分の愛する男が死の淵に立たされた事実を知り、更にその想いは増していた。
奴の作り出したユッキーさえ無ければ、それを作り出した男さえいなければ! と言う事だ。一般的に現代なら人の命を人が奪っては駄目と言う事は当たり前だ。
だが時代が変わればその常識は無くなる。例えば戦国時代の様に人が人の命を多く奪う事が一つのステータスになる様な、それで英雄と呼ばれる様なおかしな時代もあるのだ。そんな時代に生まれた訳でも無い普通の幼女が……一人の男をこの世から消したい。とまで、思う事が出来てしまうのだ。
そこにつけ込み、アリサを責め立て、触られるという最悪の事態も回避。そして、畳み掛ける様に賞品をやるとアリサに持ち掛け、頭の片隅に残っていた万物調査を使おうという考えを失わせ逃亡する事が出来たのだ。
アリサも決勝の舞台でクラスチェンジを果たし、完全回復していたので余裕で白川にも使用できた筈なのだから。
常人なら、あの状況下で頭が真っ白になる。
そして、アリサの未知の能力を恐れ、狼狽するだけで彼女が圧倒的に有利だった筈。
だが、アリサは敗北した。例えるならそれは、洞窟に閉じ込められ、次第に薄くなっていく酸素にも動揺せずに辺りを観察し、髪の毛一本程の隙間しかない岩の割れ目を見つけ出し、そこから脱出の糸口を見出す様な奇跡に近い出来事を、自らの運と実力で引き寄せたのだ!! そう、それは彼が芸人で、アドリブの達人。
10年間の間、色々なシチュエーションの漫才やコントを幾つも創り上げて来た経験から見出した、たった一つの逃げ道。
例え困難な出来事がリアルで自分に起こったとて、俯瞰で捉え、まるで新ネタを考えるかのスタンスで、まるで仕事をしているかの如く最適解を導き出す事は彼なら容易だった筈。
彼のネタの作り方を思い出してほしい。ランダムで出て来るキーワードや、台詞の組み合わせの辻褄を合わせ、ネタにする様な無理難題を幾つも幾つも実現してきた超人じみた脳を持つ。それを応用し、実際に逃げ切る解を導き出し、台本を読む間も練習する間も一切ない中で動揺する事無く、脳内台本通りに演技をする事が出来たのだから……完璧に……正に【芸は身を助く】だ……そして、アリサだけでなく私も彼に敗北した。そう、彼はキツネの鳴き声の本質を見抜き、使い分け、私の的確な突っ込みを見事さばき、私の頬を真っ赤に染めてしまう程、博識な動物の鳴き声マスターでもあった。くそぅ思い出すだけでも忌々しい……! 結局彼は、お笑いのコンテストで優勝して獲得した賞品と引き換えではあるが、アリサの追及を逃れ、警察からの長時間の拘束を回避する事が出来たのだ。
そう、彼は色々な障害をくぐり抜け、更にアリサの万物調査までも回避出来たと言う点でも、運の値は七瀬を超えているのかもしれない。
アリサの知的探究心は尋常じゃない。それを諦める確率は、4のゾロ目を2連続で出す以上に難しい。
そこから逃げ切ったのだから、間違いない。
この機転の良さや、運の強さ。そこから推測するに、彼のスキルは、賢さと運の限界突破を所有している筈だ。
そもそもこの計画、決勝まで進める前提で練られた計画なのだ。それ以前に停電するかどうか実験し、停電する事を確認出来なければそこで計画は終了。更に本番当日に会場で前日起動台数のずれの確認が出来なければそこで中断してしまう危険性までもある。
そしてこれから犯罪に手を染めるという後ろめたい気持ちがある筈なのにそれに気負いする事なく、大勢が見る大舞台で、初見の画像のお題で大爆笑をかっさらい、機械を壊すまでの破壊力のネタを生む程の絶対のお笑いに対する自信、矜持。そして、土壇場で数多の運まで味方に付け、常人ではほぼ達成不可能に近い犯罪を成し遂げてしまった。
七瀬を超える運の強さ。そして驚異のアドリブ力。それを併せ持つ男。もし自身でもその運の強さを把握していて、それを有効利用して行っていた犯罪であれば、恐らく彼は史上最強の犯罪者であろう。まあ、その真実までは分からないが……これが、グレーゾーンのボケ担当の白川修の真の正体だったのだ! 私はスカウタァが治ったら真っ先に彼を見たいと心から思う。一体どんなスキルを持てばこんな男が出来上がってしまうのか? 純粋に知りたいからな。

 そして、彼を野放しにしてしまった事でこの先また何か起こってしまうかもしれない……杞憂であれば良いのだが……これは逃がしたアリサの責任だ。しっかり責任を取らなければならないのではないだろうか? 頑張って欲しいと思う。
そして最後に彼のネタの作り方は、ボイスレコーダーのランダム再生で出た台詞と、サイコロの出した舞台で作り出す事は既にご存じの筈だが、そんな作り方で10年も続いていると言う事実も、彼の実力だけでは説明が付かない。ランダムで出たお題を組み合わせて作っていると彼自身が思っていたネタも、もしかしたら彼の運の良さで、自然と面白いネタになる様な組み合わせを、笑いの神、勝福帝ツル・ベーが選定し、引き当てていただけなのかもしれない。まあ流石にそれは推測の域を出ぬがな……と、これが真相だ。完璧に推理出来た方はいるだろうか? まあこの真相が正しいとしても司会は生存していた訳だし、白川を殺人罪では捕える事は出来ぬ訳だが……せいぜい殺人未遂止まりであろうな。そして、私の仕事はここまでだ。ご静聴感謝する。ではさらば!

「ふーん、じゃあ事故なんだ……これからは気を付けてね? また興奮した時に我武者羅に走り回って舞台の端っこで変態ポーズで立たない様にしなさいね?」

「そうですね……気を付けます」
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