第36話 竜牙登場

文字数 6,803文字

「どうも警視庁の竜牙といいます。今回の事件の話を聞かせて下さい」
刑事が遅れてやってきた。確か常に二人一組で行動する筈だが一人で来ている。トイレでも行っているのだろうか?

「あっ刑事さんアリサよ! また会っちゃったね。これも運命なのね♡? 私きっとまた会えるって信じてたわ。どうもアリサと申します。よろしくお願い致します! もしよろしければツイッターのフォローと、チャンネル登録といいねをお願いします♡」
この刑事は、アリサの憧れの男。彼のお陰で先程の真面目モードは一旦解除された様だ。アリサは、もし生えていたならものすごい勢いで尻尾を振っているであろう。

「え? ア、アリサ……ちゃん!? 突然どうしたの?」
竜牙を見て鼻の下を伸ばし始め、盛りの付いた動物の様に息を荒くし、色々なお願いを始めるアリサ。その様子にケイトが驚く。

「ああケイトちゃん知らなかったんだ? この子、あの刑事にホの字なのよ……」
ママが悲しそうにケイトに耳打ちする。

「そうなんですね……ホの字の意味は良く分からないですけど……」
アリサの様子で、ママの言った意味は分からなくても好きだという事を感じ取ったケイト。そして、何故か悲しそうだ。

「実際見るのは初めてだけど、かなりお気に入りみたいね。昔の私を思い出すわ……」
ママもかなりの情熱的な女性だったのだ。

「アリサさん? 急に何を仰っているんですか? でも昨日ぶりですね!」

「覚えてくれてたんだ♡う♡れ♡し♡い♡あっ♡そういえば喋り方は治ったみたいね。ママにどつかれた後、へひゃへひゃ言ってたのにw」

「そうなんですよ。あのご褒美……じゃない……掌底で顎がずれた後に、私のセリフの漢字部分に振られていたルビ振りが面倒過ぎて、早めに戻そうという話になって……」

「ルビ振りってなあに? それに誰がその話をしたの?」

「全く知りません。脳から突然浮き出た言葉です。それで車を呼ぶ為に外に出て行こうとした時ですよ。
ホテルの入り口付近を通りかかった時かなあ? 急に下顎が痛みだして……意志を持ったかのように口から外れたと思ったら、それが生き物の様に回転し、再び顎関節にピッタリ嵌まったんですよ」

「え? どういう事なの……?」

「あ、丁度いい所にスケッチブックありますね。ちょっと私に貸して下さい」
 
「いいけど、さっきからスケッチブック君大活躍ねえ! 持って来てよかったわw」
竜牙は、警察手帳の中に挟まっていた鉛筆を取り出し、スケッチブックにその様子を描く。



「普通のヒトの頭蓋骨ってこんな感じですよね?」

「うん。てか絵上手ねえ……好き♡」

「そうですか? へへへ……実は自分ね、体育の次に図画工作が得意なので、絵は少し描けるんですよ!
顔に似合わずね。目撃者の証言を頼りに犯人の似顔絵とかも描く仕事も任されていますよ」

「へえ♡ アリサも絵が得意なのよ。じゃあ例えばぁ私達が結婚するでしょ?
そして、いずれもしかしたら子供が出来ちゃうでしょ? そしたら芸術家の才能がある子が出来そうよね♡」
アリサやめるのだ。それは、ヒロインが絶対に言うセリフではないのだ!! こういうネタは毛嫌いする人もいるのだよ?

「子供の癖に子供って……」
アリサの大胆な言葉に驚き、汚い物を見る様な目で彼女を見るケイト。

「大丈夫?? ケイトちゃん? 虫を見る様な目で見ないであげてw 仕方ないのよ……アリサは意外と恋愛も情熱的なのよ……間違いなくパパの血を継いでるわ」
ママがそんなケイトを見て、心配そうな顔をする。

「……はい」
元気がないな……まあ昨日一緒にホテル内を冒険した仲だからな。その時はしっかりとリードしてくれたお姉さん的存在だった。竜牙の見た最悪なユッキーからも守ってくれた。そんな憧れの先輩がこうなってしまえば、そのギャップで落ち込んでも仕方ないだろう……しかし憂いを含んだ表情も儚げで美しい……

「何言ってるんですか? まあいいです。で、突然こうなっちゃったって訳です」
キュキュキュのキュ
 アリサの直球のプロポーズをさらりと(かわ)し、もう一つの絵を先程の頭骸骨の隣に描く竜牙。

「出来ました」
まるでこれは見せれば誰でも驚いちゃうだろう? と言う様な得意顔をしながら描き終えた絵を見せる。



「きゃあ」

「ひゃあ」
その期待通り、飛び跳ね驚くケイトとアリサ。

「ガハハハ! ナイスリアクションですw」
(あれ? 俺の予想よりアリサさんのジャンプ力だけ低いなあ。隣の子は良いリアクションなんだけど……これだけの事聞けば、天井まで飛び跳ねて頭が突っ込む位驚くと思ったのになあ)
竜牙はそれを見て物凄く驚いてくれると思っていたのだが、今一の反応で腑に落ちない表情だった。
恐らくそれはアリサがその前に早乙女のクロスアイ現象を見てしまっているからであろう。初見ならそれ位飛び跳ねていたかも知れない。

「この状態から戻せたの? でも今戻ってるから戻したんだよね……」

「そうです。それで、このままじゃやばいと思って、慌てて外して嵌め直したんです」

「ああ、それでうまく嵌められたからママにやられたズレが修正されて喋り方が戻ったのね? しかし、よく元通り戻せたわね」

「図画工作は小さい頃から得意でしたので」

「成程」

「あの時、顔の下半分に激しい痛みが続きましたが、意外と冷静でしたね。いつもとは違う私でした。
あの時ね、喉の骨を下顎でかじっている状態でして、あの状態で放置していたら、確実に死んでいました」

「うんうん。でも喉の骨を下顎でかじるって表現初めて聞いたかも……ねえ、竜牙さん? この現象、何て名前にする?」
ぬ? なんだ?

「えっ? なんですかぁあ?」
間抜けな声で反応する。

「これは特殊な現象よ! だからさ、名前、付けてあげよ?」
成程。早乙女が目が入れ替わった時の現象をクロスアイ現象と言う名前を付けた説明した過去がある。それを聞いたアリサはかっこよいと感じ、自分の好きな竜牙にもその

【あごが飛び出て180度回転した後に再び嵌り直す現象】

にかっこいい名前を編み出してほしいと考えたのだろうな。

「ええ……? 別に思い入れないですし……」

「付けてあげよ? 名前!」

「そうですか? うーむブーメランあごってのは? どうでしょう?」

「うーん……それしか思い付かない?」

「うーむ、それしか……」

「それじゃあちょっと弱い気がするの。で、私のアイディアを言うけどいい? もしそれにビビッと来たらそれにしよ?」

「はあ……」(何でこんな事になったんだあ? 俺はびっくりして欲しくて言っただけなのに……もういいんだよ……顎の事はもう思い出したくない……何か、疲れて来たよ……バドラ゛ッ゛ジュ゛)
意外と竜牙はネガティブな考えを持っている。しかし……

「逆歯刀!」
携帯のメモ帳に書きだした物を見せる。

「ぬ?」 

「これ、手前味噌だけど渾身の一作だと思う……私自身ビックリしてる……」

「は、はい。こ、これは……何かかっこいいですね」
そのかっこよい響きに、先程までのネガティブ竜牙が嘘の様に目を輝かせて感動している。

「でしょ? 下顎が刀の刃と(なぞら)え、それがひっくり返ったから逆歯! その刀」

「で? どうなるんですか?」

「簡単じゃない」

「え?」

「肩書!」

「肩書……ですか?」

「そうそう、逆歯刀の竜牙とか? ほらほら! 紹介する時! どうも警視庁捜査一課の逆歯刀の竜牙ですってさ」
成程、私の正式名称が、語りの女神カタリナの寵愛を受けし神聖な者、語り部と同じ感じであるな?

「あっ!! 嬉しい!♡!」

「でしょ? でしょ?」

「かっこいいですね! 今日から私如きがそう名乗っていいんですね?」

「勿論! あなたには、その、資格が、ある!!!! いいえ? あなたにしかないの! あなた以外は決して名乗れない。
あなたのアイデンティティなの! 後少し気になったんだけど」

「ん? 何でしょう?」

「私如き、なんて謙遜は二度としないで? 貴方は凄い人なの!」

「はあーー……なんか、嬉しいです( ;∀;)」

「よかったね! 私も私の事の様に嬉しい! ところでどうやって逆歯刀を外したの?」
すぐ応用するアリサ。

「はい、説明します。ビックリしましたよ。ですが、慌てても落ち着いても痛いのは変わらない。だからまず深呼吸をしました。メリメリっと下顎が喉の骨に少しだけ食い込む感じはしましたが、これから行う精密な作業をする前には精神統一が絶対に必要だと信じて数回行いました」

「うん! うん!!」

「そして、私が置かれた状況を客観的に脳内で描き、どういう指使い、そして握力で下顎の骨を外せば確実か? その時、力の入れ過ぎて下顎を握り砕いてしまう可能性もありましたから、ゆっくりと右手を口の中に入れて下顎の位置まで優しく持って行きます。そして、最初から全力では握らずに徐々に力を込めて行きました。結果、必要最小限の力で下顎を取り外す事が出来た筈です。正直ここが一番神経を使いましたね……」

「はわわあ」

「その後、形状をしっかり把握する為に1分ほど観察しました。そして、180度回転させ戻す事を考えました。そして、口内を携帯カメラで撮影し、どこに下顎を持って行くかを考えました。更には結合部分を指で確認した後、脳内で何度も何度も再結合シミュレーションを行います」

「凄ーいドキドキするゥ」

「いよいよ運命の瞬間です。上顎の結合部分に目掛け、先程触れた記憶を頼りに、下顎を運びました。
脳内で上顎のをイメージしながらだったお陰か? 的確に嵌め直す事が出来ました。時間にして5秒位経ったでしょうか? 意外とあっさりでした。

【《ガコン》】

って嵌る音がしました。まあそうですよね? 本来そう言う形でくっ付いていた物が、ただ元の位置に戻っただけなんですから。当たり前なんですよ。自然の摂理なんです。ですがそれでもこの音を確認した時、治療し終えたという実感が湧きましたね。嬉しかったです。
まだ生きていていいんだと言う安堵感で、数秒の間呆然としていました。恐らく脳内で描いたイメージ通りの行動が出来たと思います」
とってもかっこいい竜牙。

「え? すごーい!! かっこいい!!!! たった一人で、誰の助けも無いのに戦っていたんだよね? 周りに人が居たとしても他人が手も出しようないしね。凄い不安だったよね? 初めて自分に起こった恐怖の現象。顎を外した瞬間死んだりしないか? 失敗したらどうしようとか、顎を外す時誤って吹っ飛んでいって、天井に刺さって取れなくなったりしないか? とか、歯の無いお爺ちゃんの口に飛んで行って、上手い事お爺ちゃんの下顎の入れ歯に入れ替わって取れなくなったりしないか? とか色々あって怖かったよね? 寂しかったよね? 大丈夫! 私が居るから……私がずっと守るから……じゃあ……結婚しよ?」

「何言ってるんですか?」

「……」
トトトト……パタン
おや? ケイトが外へ出て行ってしまった? これ以上発情し、本能剝き出しのアリサを見るのが苦痛なのか? まあ分からないでもないが……私の唯一の目の保養が居なくなってしまい語りのモチベが落ちてしまう……早く戻ってきてくれ……

「あら? ケイトちゃんが走って逃げた? おトイレかしら?」
全く……ケイト様の乙女心を踏みにじるような言動をしたと言う事に全く気付いていない様だ。それに少し考えれば分かる事であるがケイトはトイレには一生行かない。妖精の王女なのだから……そんな俗な事をする筈はある訳ないのだ。
アリサも一応乙女であろう。ケイトの様に気付かなくてはいけないのだが、こんなにも違うと言うのか。悲しくなってくるな。

「アリサさんの言動で嫌になったのかもしれませんよ?」

「そっか……えへへ♡ごめんね? まあすぐ戻ってくるでしょ。でも、下顎君しっかり外れた後に戻ってくるって言うのも刑事さんの律義さの現れよねえ……」
竜牙は早乙女同様仕事でホテルに来ただけなのに気の毒になってくるな……

「いやいやいっそ戻ってこない方が装着が楽でしたよ。あの状態の時、外すのもすごく痛かったんですよ?」

「言われてみればそうか……それにしても傷はどうなったの? 相当な傷よね? 顎の内側から下顎の骨がはがれたんだからね……」

「嵌め直した後、唾つけておいたら治りました」

「そっか。つばを付けると大体の怪我は治るもんね」

「そうです。口の怪我ですから、すぐ唾を付ける事が出来ますし……でもやはり丈夫に生んでくれた母さんのお陰かもしれません」

「そうよね……いい話ねえ……」

「はい」

「うん? ホテルの入り口かあ……そういえば思い出したわ」

「何をですか?」

「多分それはホテルの入り口にあったユッキーの仕業ね?」

「ユッキー……? 何ですそれ? そのユッキーと言う可愛らしい響きの物が、私に影響を及ぼしたと言うのですか?」

「そう、可愛い響きだけど内容は恐ろしい物なの。私が掲示板内のアレををブチ殺す前に近くを通っちゃったんだね。
タイミング的に、まだ私が気付く少し前だった筈」

「言葉使い悪いですねえ……よっぽど憎い物なんですね?」

「そうそう、あのホテルのオーナーがホテル中に隠した、オーナーによく似たネズミの怪物で私達人類の敵よ。悪魔の排泄物の事よ」

「その排泄物に、私の顎が外されたという事なんですか? 良く分からない話ですね……でも、まさか……ですが掲示板の様な物を見た記憶はあります。
そこにユッキーが潜んでいて、弱っていた顎を攻撃した……という事ですか? にわかには信じられぬ話です」

「世の中には不思議な事が沢山あるのよ……」
どうやら竜牙の話ではユッキーにより彼の顎が外され、逆回転して再び口の中に入り込み嵌まった様だ。世にも不思議な現象だな……

 前回の話になってしまい申し訳ないが、アリサの泊まったホテルには植物園がある。
そこでは、木の側にあったユッキーと言う恐ろしい呪いの物体が存在し、その傍を通りかかった男性の毛や肩の骨が抜けたりしたり、植物園の係のお姉さんは、片頭痛で苦しませたりと様々な害を与えてきたユッキー。



 この様な見た目で、ホテル内に色んな形で潜む悪魔。
見つけた人や、近くを通った人、更には視界にちょっと入っただけでもその効果はある。
私は今まで設置されたユッキーによって、様々な人体に悪い効果があると思っていたが、こうして見てみると人によって違うのかもしれないと言う仮説が立ってしまう。
竜牙の場合は、顎だ。彼は体を鍛えてはいるが、余計な事をアリサのママに言ってしまい掌底(ごほうび)を横から顎に食らったせいで大分弱っていた。
そのタイミングでユッキーの側を通過した時に顎は外れて、回れ右して再結合した様だ。

 先程の早乙女の話でも、目玉が一瞬だけ飛び出して左右入れ替わりすぐに戻ったと言っていた。
彼女は、ユッキーの描かれているボールをあろう事か頭の上に乗せていた過去がある。
そこで、目玉が弱点とユッキーに判断されたのかもしれない。
そして、距離が近ければ致命的な攻撃を仕掛けてくる様だ。
これらの事を踏まえると、ユッキーはその人物の弱点を集中する性質があるのではないか?
竜牙も早乙女も体を鍛えていて、肉体は健康そのものだ。
それでも一時的に弱っている部分も弱点となり、そこが攻撃されてしまった様だ。

 だが、それを逆手に取れば、受けた症状から判断し、自分が今どんな病気を患っているのか? どこが弱点か? それを知る事が出来る。
医者に行かずともな。そう、少しの被害は受けてしまうが、そこからは悪化しない様に未然に防げる事が出来るかもしれない。

 例えば、被害を最小限にする為に、ユッキーから出来るだけ離れた位置で立っている。
暫くするとユッキーが人間を察知し、一番弱っている部分が痛くなってくる筈。それを感知したら離れればいいだけの話だからな。
使用後は、叩き壊すなり、塗り潰して処分すれば良い。また使用したいのなら厳重に封印し、地下室に保存して、使いたい時に出せばよい。そう考えると使い方によっては便利な物に変わるな。
まあユーチューブの健康チャンネルを幾つも見ていれば、そんな心配は無いのかもしれないが。
 
 そして、その上位に展示室の石像や銅像がある。
長い時間ホテルに居ただけの事はあり、周囲の人間を混乱させつつ、更に弱った所を見つけて集中攻撃する事が出来る様だ。
本当に恐ろしい性能。
まあそれも筋肉達の手により破壊されたのだがな。

「そういえば事件で気になる事があった様な……」
アリサは何かを思い出す。

「何ですか?」

「少し思い出すね……うーんうーん」
左手の人差し指を眉間に当てる動作をするアリサ。彼女はこれをやると集中できるのだ。

「しかし……あの顎の痛みは……トラハシ4回目のラストと同じ様な感覚でした……」
アリサの考えてる間に、謎の言葉を使う竜牙。

「トラハシィ? 何それ?」

「ああ説明します」
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