第12話 最修問題

文字数 7,279文字

「はあはあッ走るのって辛いわねえ……こんなに走ったら朝食った牛丼がリバースしちゃうよ」
そんな事をしたらヒロインからモブに格下げされるぞ! もし戻しそうになっても顔を両手でしっかり押さえて耐え凌ぐのだ!

「次の写真はこちらです」


「あっ!!」 

スクリーンに映し出された瞬間にアリサの目が輝く。

      <推> <尊>

背中からうっすら浮き出る深紅のオーラは、生き物の様に炎と言う漢字を形作り、揺らめいている。
そして、2メートルはあるであろう高身長で爽やかな中に、暑苦しさが潜んでいる様な不思議な笑顔をしている。
見る者全てにやる気や元気、そして生きる気力を与える。そんなオーラを放ちし男。
その名も松谷修造! 彼の事を日本で知らない人は誰も居ない。
アリサは、今の今まで感じていた吐き気や足の疲れが吹っ飛んでいくのを感じる。
これが、これこそが【推しは尊い】という事なのだろうか?
好きな物を見る事。たったそれだけの事で元気になってしまう。不思議な現象。

「し、修ちゃん! いつもはTシャツだけど、スーツ姿もいいわね♪これは……何が何でも取らない訳にはいかない! はああああああああ!」
ゴゴ呉ゴゴゴゴ午後ゴ誤ゴゴゴゴゴ
アリサは今までに見せた事のない気合を見せる!

         ξパリーンξ 

 ヌアウッ!! 私のスカウタァがアリサの闘気でひび割れたッッッ!!
しかも、まだまだアリサのステータスの上限は上昇していく! だが、上がり切っても居ない状態で既に走り出しているではないか!!
そうか! 上昇途中の段階でも十分目的達成に支障ないと判断したのだな?
そこまで本能的に分かってしまっているのだ。松谷パワー恐るべし!
ぬ? スカウタァとは何だだと? そうか……私が常にそれを着けて語っている事はまだ語っていなかったな。
だが、一話の冒頭のアリサとの会話の時からずっと着けていた物で、一見耳にかけて片目を覆う様に付ける緑色のガラス製の眼鏡だ。
20年前に【名誉語り部】をやっていた私の父から引退する際に譲り受けた物だ。これはとても便利な物だ。
これを付けていると、初登場の人物でも、その横に年齢やステータスが数字として見る事の出来る機械だ。
そう、アリサの万物調査の効果があるアイテムなのだ。アリサの様に全てを見通す力がある。
猫だろうが犬だろうが恐らくこれから登場する神であろうがな! 語り部7つ道具の一つである。これが無くては正確な語りは不可能だ。
アリサは消費する事で出来る物だが、私はただで使う事が出来てしまうのだ。へへーん! まあ電池が今時ボタン式電池6個も使用するので、かなり不便な面もあるがな。それと、耳の付近に近づけると、どういう訳か磁石の様にくっ付いて離れないのだ。
一度付けたら最後。外すには耳を引きちぎらないと取れない仕組みになっている。まあ外すデメリットも無いのでそのままにしているがな。私の父はどうやって外したのだろうな? それをしっかり聞いておくべきであった。特別な方法があるのかもしれぬ。
他にも語り専用マイクや鉢巻、そしてのど飴やハーブティーもあるが、それを紹介するのはその時が来たらにしよう。

 そして、アリサが万物調査したデータの下部に私の説明が入っているのにはお気付きだろうか? これがあるお陰でその説明が出来ているのだ。
一話の最終話の時の事を思い出してほしい。なぬ? まだ見ていないだと? ならばすぐに見に行くのだ!! 逃げはしないからな。その際、斎藤隆之の能力をアリサに見られてはまずいと語っていた。
その理由は、一足先にあの男の真の正体をこれを通して見てしまったからだ。
これ以上は猛烈なネタバレになってしまう故に言う事は出来ないが、いずれ語る時も来る筈である。楽しみにしておいて欲しい!
ダダダダダダダダッ!! 

走っているこの間も、スピードは少しずつ加速している。今のアリサの状態は

【スウパァアリサ】

先程の勢いとは全く違う速さで駆けだすアリサ。
そもそも松谷修造と会う為にこの大会に参加したのにも関わらず、やる気も無く、真の実力を出せていない。
それでも本人の写真を見た事で潜在能力が開花したという事だ。
 
 だが、このアリサの起こした一連の現象は、私達の生活にも役に立つ事なのだ。
どういう事かというと、要するに目標を頭の片隅だけで感じているのでは、その目標は達成出来ないという事を表している。
本当に目標を達成したいのなら、目標の写真を目の前に貼る事。それを見続ける生活を送る事なのだ。その事に対して常に情熱を絶やさないと言う事なのだ。
例えばマイホームが欲しいなら、作図ソフトで自分が思い描いた理想の家を書きだし、プリントアウトした物を目の前に貼るのだ。更にはそこに自分の目標を達成した時にするであろう満面の笑みの写真を撮影し、合成した物を作る方が望ましい。
それを毎日毎日見る事! それを習慣づける事が最も目標に近づきやすいのだ。
そこまでしなければモチベーションは時間と共に下がってしまい、1ヶ月もすれば、忘れ去り普段の生活に戻ってしまう。
私もケイトの笑顔を見れば漲る。だが、忘れてしまうのだ……どんなに愛していても、仕事の語り中は、その事を忘れ集中する。悲しいがそれが人間なのだ。その一枚の目標の写真作成の為に撮る偽りの自分の満面の笑み。
まだ目標に向けて歩み出したばかりで、本当に自分がその目標を達成出来るかどうかも分からぬ時にその表情をするのも、それを撮影するのも苦痛かも知れない。
だが、本当に心の底からその笑みを出来る日を信じ、涙を堪えて撮るのだ。自分を騙せ!!
時にはへまをしてその写真を見るのが眩しくなる時が来る時もあるかもしれぬ……だが、見続ける。
そこまでしなくては思い立った時のあの熱い気持ちは霞の様に消え去ってしまう。
いわゆるホメオスタシスだ。自分を一定に保とうとする性質の事だな。目標を持つという事はそれだけでエネルギーを使う。
だからモチベーションを上げる材料が無ければより低い所へ流れていき、普段の生活、いわば目標を立てる前の自分に戻るのだ。
人間ならば仕方がない事。仕事がある、どうせ目標が大きすぎるし叶いっこない。等言い訳は幾らでも出来る。
それを無理やりマックスまで持っていく方法が、目標をいつでも見られる様にすると言う事なのだ。
そんな事を今のアリサが教えてくれた。 
 
 ぬ? それなら好きなアイドルのポスターを貼りまくれば、その子と付き合う事が出来るんですね? だとォ?!
ふむ。冷静に考えれば不可能だな。理由は簡単。ポスターの写真は、今現在存在しているアイドルではなく、それよりも前に撮られた写真なのだ。
要するに過去の姿なのだ。その過去の人間と付き合う事は出来るだろうか? いや、ありえないな。物理的に不可能である。お分かりいただけたであろうか?

 クッ、それにしてもアリサめ、またスカウタァを修理に出さなくてはな……かなり高額な上に外せないから私本人も同行しなくてはいけないのだが……高い勉強代になってしまったな……もう2桁位多い数値に出くわしても破損せぬよう改良して貰わねばならぬな。
 
「丸岡修造? 違う! 松谷修三? 違う! 松岡周象? 全く違うわ! どこよ一体?」

「やった! こん7所にあった!」

「正解です! 7人目はあなたです!」

「7んか照れる7あwよし! 7番乗りいいい! 7んちゃってw」
7か7かお調子者の男である7。これでラスト一枠と7ってしまった。

「ああああああ……それは私の修ちゃん……でも、まだある!!」

「ラストです」
ダダダダダダダダッ 徐々に上がっていたステータスも限界に達してしまった様だ。その速さは、光に限りなく近い……!

「松岡修臓? これじゃない! 末谷修造? 全然違う! 松岡修造? これでもない! 修ちゃん? 私は君に会いたいだけなのよ? 
そして、一緒に握手したり、サイン貰ってクラスとか部活のみんなに自慢して……なのに何でこんな試練を与えるの? この私に会いたくないの? ねえ修ちゃん? 私、もう足がちぎれそうだよハァハァ」
光に近い速さと言う初めて体験する力で走り過ぎへとへとになる(。´・ω・)ん? 何の声だ?
(気にすんなよ、くよくよすんなよ。大丈夫。どうにかなるって。Don't worry be happy)
アリサの頭の中に例の声が響く。

「え? こ、この声は……うん、分かった。頑張れば会ってやるよって事ね」
この言葉の中からどう解釈すればそうなったのか? だが、最早理屈ではない。この声で、先程の写真だけでは開花し切れなかった最後の感覚。第七の感覚。セブンスセンスが花開く。

    キラーン     <覚> <醒>

キュオオオオオオオオ……その疾さは……光を……超えた……! いや? そうではない。光そのものになったと言った方が正確かもしれぬ。 そう! 修造に会いたいが為に肉体から解放され、最も動きの速いと言われる光そのものへと姿を変え、何が何でも最後の一枚を取る事にしたのだ。
私は何を語っているのか……だが私の眼前には正にそのあり得ない光景が広がっている。それをそのまま伝えただけなのだ。
にわかには信じられぬかもしれぬが受け入れて欲しい。

しかし、何という執念……これが主人公か……惨めに客席で応援する事だけは避けたいと手段を選ばなくなってしまった。 
あの可愛かったアリサが無機質な光の靄になってしまったよ……

しかし、これで足の短いアリサでも、その縛りに苦しめられる事なく自由闊達に動き回れる。
これさえ出来れば確実に取れるな。よかったよかった。何とも頭の良い幼女である。

ギャオッ! 

アリサだった光が、40メートル程飛びあがり、空中で停止し、フィールド全体を脳に焼き付ける。この間5秒。
そして……この状態の時は視力も大幅に上昇。およそ200を超えている。視力約10のマサイ族20人分だ。
故に離れていても全てのプレートの内容が事細かに把握出来、脳内で松谷修造と書かれた残り一枚のプレートを的確にサーチする。この間も5秒。そして目標をあっけなく捕捉する。

「見☆つ☆け☆た☆!☆」
同時に光が激しさを増し輝く!
☆キラリーンリーン☆

「へへへあったあった……? ん? キラリーン? 何の音? ……うおっ、眩しっ」
松谷修造のネームプレートを見つけて、のんびり近づく男が、手を伸ばす前に、空中から降り注ぐ光が瞬くと同時に、男の目標としていたそれは消えて無くなる。

「あああ、何で? 無い? 今までここにあったのに? 一瞬で無くなった?」
そして、役目を終えた光は、人の形を形作り、次第に幼い少女の姿に戻っていく。
そして、それは、プレートを左手に持ったアリサの姿に変化したのだった。
もう戻ってこないかと思ったが……良かった……アリサお帰り……!

「ふう。力加減間違えたら、消えてたかもね♪これ♪でも、うまくいった。初めてにしては上出来ね♪」
正解のプレートを振りつつ言う。
そして、アリサの背中には未だに光の粒子が立ち昇っている。
今までの事をまとめるぞ。

1、修造の画像を見る事で戦闘力が徐々に増加。

2、へとへとになった時に脳内に響いた幻の修造の声で第七の感覚が開花。

3、光に変わり、上空40メートルから目標を探し当てた後にそこへ正確に飛び、男よりも先にプレートを手にした。

という流れであるが……ついてきていただけているであろうか? そうか、呑み込みの早い方々で助かる…… 
何故こんな事が起こったのかの理屈はこのスカウタァ持ちの私ですら分からない。
こういう事は最早考えたら負けであろう。ただ、一つ分かる事は、この奇跡的事象のトリガーは、松谷修造の写真だったという事だけだ。もうこれでいいじゃないか! そういう人間がいるという事でさあ!

「これよね? はいっ!」

「せ、正解です! 光ったと思ったら、いつの間にか女の子がプレートを持っていました! 不思議ですね! そして! 8名が決定いたしました。
落ちてしまった方々はお疲れ様でした! でも悲しまないで下さい! 来年がありますからお気を落とさずに!
そして勝ち残った8名の選手さん達もお疲れ様でした! 走り続けてお疲れでしょうし、これより一時間休憩して頂きます」

「やったー」

「ふう」

「正直助かるわ」

「困るわ! 休みは要らない! この状態のままでやりたい!」
アリサ? もうすぐその覚醒状態のタイムリミットだぞ? 潔く諦めるのだ。あれは持って5分が限界だろう。そしてその後反動が何かしら来るかもしれぬ。ゆっくり休むのだ。そして、その時間を引き延ばしたければ、もっと精進あるのみだ。

「そして観客の皆様には、ただ座ってお待ち頂く訳にはいきません。とっておきのイベントが用意してあります!
そのイベントとはこちらです! さあご覧下さい」
先程筋肉達がせりあがってきた時と同様に、舞台上に10組の若手からベテランまでの芸人達が登場する。
それは先程の問題で登場した中山家、ますだおから、ベースボールアワー、なかむらぜいにくん、鼻毛男爵、ミルクオヤジ、不死鳥倶楽部、笑い館、干鳥、森三忠。のテレビでもお馴染みの10組だ。

「彼らの休憩時間中はここ、ボケ人間コンテストから巣立っていってプロになった芸人の皆さんの最高の漫才を生でご覧いただきます。
1組5分位のネタを10本見ていただきます」

「すごーい豪華なメンバーだ!」

「どうも!M-1! 第二回目の王者中山家です! おいどこ向いとんねん!」
大きい男が、明後日の方向を見ている小柄の男に突っ込む。

「中山家だ! 相変わらずお兄ちゃんの方が小さいな! 零児は相変わらず電車の水洗トイレの流す音のモノマネ上手そうw」

「どうも! ますだおからです」
小柄の男が挨拶。

「パァ 出た! 閉村ガラガラ」
そして、少し背の高い陽気な男が続けてギャグを放つ。

「あっおからさんだ! 閉村ガラガラw毎回飽きずにやるよねw突っ込みなのにねw鱒田さんキレのあるボケも好きだー」

「ベースボールアワーでーーーーーーーーーーーーーーーーーーす」

「長いわ! 文字数稼ぎって怒られるやろ!!」

「石尾は相変わらず不細工だなw 後糖ーいい突っ込み見せてくれよー」

「おい俺の贅肉! 今日はマカロニグラタンなのかい? それとも山葵茶漬けなのかい? どっちなんだい!! どうもーなかむらぜいにくんでーす! よろしくねー」

「おいなかむら! 君の贅肉は、ピザなのかい? 石狩鍋なのかい? どっちで増えたがってるんだい? どうなんだい?」

「ノレネッサーンス!」
チーン
恰幅のある男爵風の男と、その従者がワイングラスを打ち鳴らす。

「あれは、鼻毛男爵やないかーい! 山口ノレイ53世さんは伸ばした鼻毛が決まってるねー 火口くーん! 火口カッターやってー!」

「どうも! ミルクオヤジです」

「あっミルクオヤジだ! コーンフロストネタやってー」

「ヤ――――――」
三人組の男達が手を腰辺りで広げ、咆哮する。

「おい! どうなってるんだよ! 不死鳥クラブが出て来るなんて……聞いてないよー! ……訴えてやるぅ!」

「どうも! 笑い館です」

「あっ笑い館さん! M-1! 10年目の王者おめでとう!! ダブルボケ好きです!」

「どうもー! 干鳥です!」

「干鳥の第五とその相方ーのなんとかー頑張れよーw!」

「こんにちは! 元気モリモリ 森三忠よー」

「おお紅一点の森三忠だ! あっ紅三点かw頑張れー」

みんな大盛り上がりだな。ゲスト登場に喜び、声援を投げかけている。
そう、ボケ人間コンテストの歴代優勝者が駆けつけてくれたのだ。10組が来てくれている。
このコンテストは、丁度10年目を迎え、今は11年目という事なのだろうか? そして、中にはコンビやトリオもいるが、元々個別で参加していて、そのコンビの内の一人でも優勝すれば、チーム全員が優勝者として扱われるのだ。

「ちょっと! 一時間もプロの芸人のネタ見た後じゃ、お客さんの目が肥えるじゃない。
私達のハードルを上げないでよ!!」
 
 これも運営の仕組んだ策略だろうな。プロのネタを堪能した直後の観客に、素人のボケが一体どこまで通用するのだろうか?
そして決勝のお題は一体何が来るのであろうか? 様々な不安を抱えつつアリサは競技場を後にする。

 アリサは予選を何とか勝ち残る事は出来た。だが内容は? と言うと結局、○×問題も、一問目のみは実力で解いたが、残りは勘や仲間を裏切っての正解で勝ち取った。
2回戦目では、最後に根性を見せ勝ち残ったが、問題が松谷修造でなかったらもしかしたら無理だったかもしれない。
まあ紆余曲折あったが、決勝の8人の中に残る事は出来た。3002人中でのベスト8になったのだ。それだけでも十分凄い。
だが、今の彼女は内心かなり弱気になっている。
何せ正義の味方であるアリサが、友を裏切ったという事実は会場の全員に見られてしまい、アリサ自身の心にも深く刻まれてしまった訳だから。
例えルールに、仲間を裏切って正解してはいけないと言う事が書かれていなくても……

「8人の選手さん! おめでとうございます! 決勝は1時間後ですよ。
昼食を用意しています。これから控え室に案内いたします。
あ、そうそう。その前にこれ、決勝選手用の腕章。1番から8番です。無くさないで下さいね」

「はい」

元気なく返事をするアリサ。一人ずつにそれは手渡され、アリサは6番を貰った。
白色の蛍光塗料が表面に付いていて、黒い文字で数字が書かれている腕章だ。
そして、案内について行き、控室に通される8名。
そこには、8つの椅子が4つずつ向かい合わせに置いてあるテーブルと、テーブルの上には、豪華なお弁当と缶コーヒーとペットボトルのお茶の二本が用意されていた。多い気もするが、恐らく走り回った選手には飲み物が一本では足りない筈との配慮だろうな。

「テーブルの上に人数分のお弁当と飲み物を用意しました。1時間休憩をしたら本戦開始です。
では失礼します」
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