第42話 決勝前控室

文字数 5,251文字

「どうぞ」 

アリサは一人控室に通された。アリサが案内されたのは先程みんなと一緒に居た控室。
だが、一人だと広く感じる。
司会の死体は既に救急車で運ばれて行き、現場検証も済ませてある。早く終わったのは事故として判断された為だ。もう逃げ場はない。

「ちょっと仮眠……ヘッ……ヘッ……アーチューアーチューあれ? 何か寒いなあ」
日本式のくしゃみの予備動作をしたのにそこから見栄を張り、アメリカ式のくしゃみに変更するアリサ。

「大丈夫ですか? へっくしょんでもいいんですよ? 無理してオシャレな感じに取り繕わなくても……」

「わたしはねえ、へっくしょんなんて古いくしゃみはした事無いのよ?」
アリサのくしゃみの99.9%はへっくしょんである。

「くしゃみに新しいとか古いとかありませんよ?」

「今の子にはそういうのはあるの! 若い世代に関心が無さすぎよ? でも寒いなあ……ねえお兄さん? ここのエアコンの設定温度ってどれくらいなの?」

「え? 確か26℃ですよ? では休憩時間は10分です。ゆっくり休んで下さい!」

「はいっ!」
案内の係の者が部屋を出て行く。それと同時に、元気よく返したものの大勢の人の前で
大声を張り上げ続けたせいもあり、疲れが出てしまう。

コンコン

誰かが来たようだ。

「はーい? 開いてるよ」

「はあはあ」
梓が入ってきた。

「あ、あずにゃん? どうしたの? 何か汗だくだけど」

「ちょっと逃げて来たの」

「誰から?」

「鎌瀬って人から」

「何で逃げるのよ」

「しつこく愚痴をこぼして泣きついてくるのよ……涙と鼻水たらしながら!」

「梓さーん梓さーん……どこですかー? 話を聞いて下さーい……お願いです……」
外から、鎌瀬の情けない声が響いている。

「あー今近くにいるわね」

「あずちゃーん? あずにゃーん……結婚して下さーい」
突然プロポーズまでもしている。

「あの人相当メンタルやられてたからなあ。ちょっと可愛そうになってきた……ねえ? あずにゃん?」

「なに?」

「戻って聞いてあげなよ。彼は今追い詰められているの。あのまま放置していたら何しでかすか分からないわ。
会って彼の言いたい事全て吐き出させて、優しい言葉で慰めてあげなよ」

「えー嫌よ結婚しようとか言ってたわよ?」

「そんなの本人の前では言えないわよw私も結構きつい事言っちゃって反省してるのよ……大舞台であんな芸術的な滑りをした後に、慰められずに追い打ちかけちゃったからね私。
素人の私にプロで両親共にの芸人の彼があれだけ言われたから相当傷ついてる筈よ。
だから、あずにゃんを求めたんだと思うよ? あの人、あずにゃんの事気に入ってるみたいだから、戻ってあげれば本当に喜ぶよ。慰めてあげて! 
こればかりは私は出来ない事だから……私、あの人に、ゴキブリを見る様な目で見て来るのよ? こんなにも可愛いのにさ……私が行ったらきっと逆効果だと思う。多分精神崩壊してしまうかも……あの人さ、携帯欲しいって言ったあずにゃんに買ってあげます! って真っ先に言ってきたしさ、好きなんだと思うよ? きっと」
何故か優しいアリサ。

「でも……」

「情けは人の為ならず」

「え?」

「絶対に後であずにゃんにいい結果で何倍にもなって返ってくるから。
一見美人でクールなとっつきにくいキャラで通しているあずにゃんが人情を見せたら、一生従う奴隷、あず従者に出来るわよ鎌瀬さんなら! しかも、たった一回だけの我慢でいいと思うよ」

「なによあず従者って? まあいいわ。そうか、一応有名な芸人の二世だし、恩を売っておいても損は無いわね」

「そうそう。そして、散々愚痴を聞いた後、最後に、これから彼がどうしたいかを絶対に彼自身に言わせる事」

「どうして?」

「簡単よ。慰めて、それで終わりじゃ彼は成長できない。
そこで、傷ついた僕はとても可哀想だから、少しだけ休むね。って一時的に止まっちゃうのよ。
何時かは回復するとは思うけど、それまでに掛かる時間全てが無駄なのよね。無理やりにでも軌道修正しなきゃ駄目よ」

「でも時間が傷を回復してくれるって言うじゃない?」

「甘えなのよねー。ちょっと考えれば今日その瞬間に治す事が出来る事を、時間が癒してくれるって引っ張ってるだけで勿体無いんだよ。
これから少しだけどもあずにゃんの時間を奪った彼に、更にその後休む時間なんて与えたくはないでしょ? 人生は有限なの。悩んでいる時間程無駄な時間は無いの。最後は尻をひっぱたいてやらないと駄目なの! でも警察の取り調べみたいに強引に聞き出しては駄目よ? 出来るだけ優しい口調で聞いてね?」

「へえー……確かに悩む時間って、考えたら要らないわよね。……アリサちゃんってなんか私より大人みたい……かっこいいと思っちゃった。
分かった。彼を元の自信に満ち溢れた芸人に戻して見せるわ!」

「そして、どんな情けない事を言ったとしても、あずにゃんの意見は我慢して? 応援してるとだけ言ってあげてね。
でも好きな子の前で余程情けない事なんて言えないとは思うけどね」

「ふーん、良く分からないけど分かったわ。じゃあちょっと行ってくる。
あ、その前に、もしよければ携帯番号交換しない?」
ガラケーを取り出す梓。かなり使い込まれた物だ。

「うん、いいよ! それと、鎌瀬さんとも連絡取れる様にしておいて、時々渇を入れてあげるのもいいわね」
赤外線通信で交換する。

「え? まあいいか……うん、じゃあ頑張ってくる!」

「またねー」
パタン
「さてこれで少しは罪の意識が消えたかな? じゃあ寝よっか? いや瞑想にしようか迷うなあどっちも大事だからなあ。
よし、少し瞑想して頭を整理してから寝よう」
 睡眠は大事である。7時間から8時間がベストな時間で、それ以上眠るのも逆に体に良くないと言われている。
エヴィデンスはここでは語らぬが、気になった方は調べてみるのも良いかもしれない。
中には4時間位でも大丈夫な、ショートスリーパーという人達もいるにはいる。
約半分でも普通に日常生活が送れ、その分沢山活動できるから良いと言う人もいるが、個人的には酷使した脳や体を休めるには足りないと思われる。
(そう言えば竜牙さんも早乙女さんもユッキーの被害者よね……愛する竜牙さんにあんな目に合わせてユッキー壊したい……そういえば、同じ会場に居るわね。
もし二人が出会てしまったら被害者同士で話が合って意気投合して……それに両方トクホのケソを愛読書にしていたしなあ……もしかしたら……そんな事絶対に許さない!)
もしも、二人が結ばれ子供が生まれたら、人類最強の兵器として活躍してくれそうだな。

「もう! 疲れる様な事考えてたら、なんか眠くなってきちゃっ……ぐうぐう」
話の途中で眠ってしまった様だ。まあ相当な経験を短時間で積んだ筈だ仕方がないな。
暫くアリサのかわいい寝顔を楽しんでほしい。しかし、語る事がないな。
だが、休眠も必要。無理に起こす事は出来ない。十分彼女の寝顔を楽しんでくれ。

「すやすや」
まあゆっくり休まぬと奴には勝てぬ。しかしこの状況、私の語りが無いと、ただの放送事故であるな。

「くうくう」
眠りの音に関してもアリサはバリエーション豊富だな。私も見習わなくてはならぬ。

「すやぁすやぁ」
いつまで続くんだろうか?

「アリサァ、アリササァ、アリサリオンァ」
ぬ? 寝言か? 何かの夢を見ている様だが? おかしな寝言であるな?

「竜牙さんが1人、竜牙さんが2人、竜牙さんが3人」
次は寝ながら好きな男子を数えているな……彼女の夢は、目まぐるしく場面転換が行われている様である。

「修ちゃんが1匹、修ちゃんが2匹、修ちゃんが3匹」
アリサよ……憧れている人であろう! 単位がおかしいぞ? それにそれは眠れない時に羊を数える奴でなはかったか?
眠っている時にやる事ではない筈だ……!

「たこ焼きが1匹たこ焼きが2匹たこ焼きが3匹」
もう突っ込む気力もない。早く時間が来るか起きるかしてくれ。

「ふぁー良く寝た。あ、まだ1分もある! 寝ようかなー? 瞑想しようかな?」
おお起きた! もう時間がないのだ! 迷ってる場合ではないぞ!!

「白川さんめちゃめちゃ気合入ってたからなあ、ちょっと怖いわ。
でも私もこの大会の中で、お笑いの基本が少しずつ分かって来た気がするの。惨めな戦いだけはしないわ!」
パチンパチン
両手で頬を叩き気合を入れる。
そう、大勢の人前に出るのは初めてではない。ホテルの事件で解決に導く為に経験済みなのだ。
そして、控室での芸人達との会話でも、そして、舞台で他の芸人達が披露するネタを一度見ただけでも、アリサにはそのノウハウが蓄積されていった。
アリサは他の一般人とは頭の質が違うのだ。一度聞くだけで、色々な事を【多面的】に理解する。
そして、少しずつ笑いの基礎が固められたのだ。
 
 どういう事かと言うと例えば、【布団が吹っ飛んだ】と言う面白ネタを聞けば、その情景を超具体的にイメージし、敷布団は無事である。
とか、枕は掛け布団と共には飛んでいかずに無事。とか、その布団で寝ている人が、掛布団だけが吹っ飛ぶ音で飛び起き、お空に舞っているそれを見上げて唖然としている。もしくはその人が一緒に掛布団と吹っ飛んで行って、悲鳴を上げるなど、一つのワードで色々な状況をイメージし、それを一纏めで覚えるのだ。それももの凄い速さでだ。
それを、必要な場面で幾つかの候補の中から最適の物を選択し瞬時に引き出す。
アリサはそんな事が出来てしまうのだ。末恐ろしい……
お笑いの用語などは一切知らないけれど、この大会の中で芸人の本気のネタを幾つも幾つも見ていく内に、そのスタイルを自然と自分の物にしてしまう。
それは、1番の腕章の男のガンバレネタを見事自分の物にして、更に本人よりも笑いを取っていた事でもわかると思う。

そして、相手の白川も、独自のネタの作り方で、毎回違うネタを考え続けてきたアドリブの王。
どんな無茶なお題でも、彼の実力であれば瞬時に対応出来てしまう筈。
片や何も知らない素人ではあったが、この大会の中で、凄まじいスピードで成長していく化け物。
そして既に成熟していて、なお挑戦をし続ける化け物。
一体どちらのお笑い怪物に軍配が上がるのだ? そして、最終戦のお題は一体?

「まけない」
ザッ
アリサは椅子から立ち上がり一歩を踏み出した。
そして!

「それでは決勝の時間が来ました。会場へ案内いたします」

「はいっ!」

 アリサは舞台の上に立つ。アリサは下手。客席から見て、左側から登場し、白川は逆の上手からの登場。そして並ぶ。
明らかなる身長差。誰もが白川の勝利なんじゃないか? と思いつつ舞台を見る。そして、嘗てない程の拍手が響き渡る。
パチパチパチパチ

「最終戦にはこのお二人が残りました。4番の白川さんは現役のお笑い芸人ですが、6番の女の子は、まだ小学5年生と言う事で、私も驚いています。
ですが、この決勝に残る程の実力は皆さんも十分知っている筈。そう、その目でご覧になって来た筈です! さあ、どんな戦いを見せてくれるのか? 今一度お二人に拍手をお願いします」
パチパチパチパチパチパチパチ……! そして声援が飛び交う。

「頑張れーよー」

「負けるなーよー」

「無責任な言葉だけどー」

「ひたすら君にエールを送るー」

「今年ーもー笑ーってー」

「春を迎えられますようにー」
お客さんも心を一つに応援してくれている様だ。

「おお皆さん素晴らしい応援ですね」

「うっうっ……なんかいい曲ねーぐすっ」
カバンに入れてあった二枚のタオルで交互に涙を拭うアリサ。

「え? これはみんなからの応援メッセージですよ? 曲ではありませんよ?」

「ククク……怖じ気付かずによく来たな! ここがァ……お前のォ……墓場だァァァ!!!」
魔王白川。

「何よ! そんな脅し効くもんですか!」

「まだ試合開始もしていませんが、凄い熱気です。ではルールを説明いたします。
一回戦と同じで、写真で一言です。決勝という事でかなりの難問を用意しています。
そしてここからが新ルールで、挙手制ではなく両方一つずつお答えいただきます。そして、拍手や歓声の多い方が1ポイントとします。
私の耳によるジャッジですが、微妙で判定が難しいと判断したら、お客様に拍手をして頂き、多い方を勝者とします。
5ポイント取得した方が、第11回ボケ人間コンテストの栄えある優勝者となります。
先攻後攻はサイコロで決めます。奇数の目が出たら、4番の白川さんが先攻で、偶数の目が出れば6番のアリサさんが先攻です」

「成程ね、純粋なネタ同士のバトルって事ね? でも! 私だってレベルアップしているんだ! 同じ様な問題ならいける! 多分!」
 最後に情けない事を言うアリサ。

「俺はお前が残ると思っていた。素晴らしい。最後にして最高の闘いをしようぜ? アリサよ!!」
--------------------------Final battle start------------------------

Alisa VS Syu Sirakawa
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