第33話

文字数 3,633文字

 ハルカさん、自殺を考えていたの?
 何も答えないということは、そういうことだよね





 黙っているハルカさんに、大竹さんは話し続けた。
「あたしも離婚してから大変な時があってさ、そういうことが頭をよぎったりもしたのよ。もう無理なんじゃないかとかね・・・」



 大竹さんみたいな強そうな人でも、そんなこと思うのか!



「親の反対押し切って、駆け落ち?そんなことしたからさ、意地はって家にも帰れなくて。でも、そんなときに、父親から電話があって。ものすごい剣幕で、『帰ってこい!いいから、明日、帰って来い!』って。母親が倒れたとか、なんか大変なことがあったのかと思ったらさぁ」と大竹さんが笑った。

 すると向井さんも笑いながら、大竹さんに話した。
「ちょうど、その頃、大ちゃんが家を買ってね。みんな、引越やら結婚やら、駆け落ちやらで、この街に残ってたのは、わたしとテイちゃんだけだったの。大ちゃんとさくらちゃんが、この街に戻ってきたから、みんなで集まろうってことになって、京ちゃんの居所を聞きにバーバー大竹に行ってみたら、京ちゃんが離婚したって聞いてね。そしたら、さくらちゃんがお父さんに向かって、『なんで、戻ってくるように言わないんですか!』って怒って。『孫には小さい時から会ってないと懐かないですよ』とか、『お父さんも年なんだから、一緒にいれるのだって、そんなに長くないのに』とか、『後悔しますよ』って色々言ってね」
「うちのお父さんは頑固だから、二人共、凄く頑張ってくれたのよね」
「『うんと言うまで、毎日来ます』ってさくらちゃんが言うから、わたしも毎日行くことになって。最初はお茶出してくれてたのに、出なくなってね。さくらちゃんが『あと一押しよ!』って言った次の日に京ちゃんに電話してたわ、お父さん」
「あの時、帰って来なかったら、あたしもどうなってたかわからない。ちょっとした事がきっかけになって、ガラッと変わるのよね。だから、明日になったら、気分が変わって、考えも変わってるかもしれない。変な言い方だけどね、死ぬのはいつでもできる。でも、死んだら生き返ることはできない」



 死ぬのはいつでもできる
 でも、死んだら生き返ることはできない

 当たり前な話なんだけど、追い詰められた人はわかんなくなっちゃうんだろうな

 それにしても、おばあちゃんは、すごいこと言うわね



 大竹さんが「大変なんだと思う。だから、無責任に頑張ってとは言えない。だけど、今日のことが、きっかけになればいいよね」と言った時、ハルカさんのお腹がなった。


「ねぇ、ご飯食べましょう。お腹へったものね。ほら、草ちゃん、用意しましょ!」と向井さんが言うと、草太さんが「言われなくても、用意してます!」と言いながら料理を持ってきてくれた。



 さっきから、いい匂いがすると思ったら!
 この匂いにつられて、ハルカさんのお腹がなったに違いない



 草太さんが、ハルカさんに声をかけた。
「ハルカさんは、まず、このスープから。消化を促進させてくれるから、いっぱい食べれると思います」
 
 ハルカさんは、そのスープをゆっくり飲んだ。

「好きなだけ食べてください。ハルカさんの体は、何かを食べたがってる。さっきのお腹が鳴ったのは、そういうことです。体の声を聞いてあげてほしい。食べたいと思ってるってことは、今は死のうなんて思ってない。食べたいし、ヒカルくんとも一緒に生きていたいと思ってる」
 


 ハルカさん、俯いてるけど一生懸命に草太さんの言葉を聞いてる
 自分の考えを書き換えたいんだ、きっと



「いま、健全な考えができないのは、体が不調だからなんです。体は不調だと嘘をつく。もう駄目だとか、死にたい、とかね。でも、元気になればそんなの嘘みたいになくなります。騙されたと思って食べてみてほしい!手づかみで、ワイルドにね。ほら!みんなも、どんどん食べてね」

 椎名は、鶏の丸焼きの脚をつかみ、身から剥がしてそのまま食らいついた。
 みんなも、椎名に続き、手づかみで食べ出した。



 鶏の丸焼き、焼き色もいいし、香ばしいいい匂い!
 でも、シーフードのグリルも美味しそう!!



「うまい!いくらでも食べられるな」とおじいちゃんは使える右手を駆使して、すごい勢いで食べている。



 シーフードのグリルは、ハーブソルトで味付け
 エビやらタコやら貝なんかも入っているわー!




 テーブルの真ん中には、サーモンをレモンバター風味のピラフに混ぜ、丸くにぎって洋風のおにぎりみたいなのを可愛く盛り付けてある。
 そして、その周りを、中華で使うレンゲみたいなもので囲んであるのだが、その中には一口パスタがはいっている。
 冷製のトマト、バジル&キノコ、明太子、カルボナーラ、オリーブ&オイスターの5種だ。

 フジやんが、「美味しすぎるー!やっぱ、最初に炭水化物いっちゃうよね。ハルカさん、かな、これ絶対食べたほうがいい」と言って、洋風おにぎりとパスタ5種を持ってきてくれた。



 うー、美味しいー!!!
 え?フジやん、冷製トマトとオリーブ&オイスターを合わせてる
 やるな、お主!!



「無限ですよ、これ!」と言って、フジやんはおかわりをした。

 今回の食事は、おしゃれなキャンプ飯みたいなテーマなのかと思いきや、茶碗蒸しとか肉じゃがもある。

「ストレス発散に、好きなものを好きなだけ作ったんだ。だから、色んなものになっちゃった。これは、スプーンとか、お箸つかってもいいかな?」と草太さん。

 だが、向井さんや大竹さんは、茶碗蒸しを手づかみでワシワシと食べている。

「こうやって食べるのも美味いわね」と向井さんが言った。




 本当!?
 すごく食べづらそうなんだけど!
 そして、茶碗蒸し熱くないの???
 ワイルドだね



 みんな、一通りのお料理を食べて、お腹いっぱいになったようで、スイーツに手を出し始めた。

 たこ焼きのホットプレートには、パイ生地でできた器のようなものがあり、その中には色んなコンフィチュールが入っていた。

「やっぱ、リンゴとシナモンが一番だね」と、すでに全種を制覇したフジやんが言った。

 草太さんは、スペシャルブレンドのハーブティーを持ってきてくれた。
「喉の奥の方にある、悔しさや寂しさ。そういうものを耐えようとして、体の奥の奥の方で頑張ってたものが、緩んでくれると良いなと思って」とハルカさんに話した。



 うわー、優しくていい香りがする
 なんか、色んなところが緩むような気がするー
 体へのご褒美だわ
 ハルカさんの心も緩むといいな



 ヒカルくんが声を上げて笑った。
 いつの間にかカレンがそばで寝ていたようで、ヒカルくんはカレンの尻尾を掴みたいようだ。
 だが、なかなか掴ませてもらえず、尻尾は右往左往している。
 ヒカルくんは、急にカレンを小脇に抱え込み、カレンが驚きの顔でこちらを見た。
 カレンを抱え込むことができて、上機嫌のヒカルくんは、声高らかに笑った。

 「ヒカルくんは、いつも笑ってる、なぁ。元気でいい子だなあ」とおじいちゃんがヒカルくんに話しかけた。
 100均でおんぶされてるヒカルくんと、いつも目を交わし、挨拶をしていたらしい。
 ハルカさんは、買い物に夢中で、おじいちゃんのことは気づいていなかった。

 「おれのこと、わかってんだよ。いっつもな、おじいちゃんのこと見てなぁ。手を振ってくれてなぁ」とおじいちゃんが得意気に言うと、大竹さんが、「大にだけじゃないよ?ヒカルくんは、みんなにやってんの。ねぇー」と言い、向井さんも「ニコニコして、本当にいい子よね」と話した。

 みんな、自分の孫のようにヒカルくんを見ている。

 「お母さんが、ちゃんとしてないと、ああは育たないよ。ハルカさん、一人で頑張ってえらかったね。きっと、ヒカルくんは大きくなって立派になる、お母さんを支えてくれる。いまは、大変だろうけど、そういうもんなのよ。無責任に聞こえるかもしれないけど、何とかなる」と大竹さんが言うと、ハルカさんは、なにか話したそうにしていた。

 「ここでは言いたいこと言っていいんだよ」とおじいちゃんが言い、向井さんも「遠慮しないで」と言った。



 「ヒ、ヒヒ、ヒカルは、・・・女の子なんです」


「えーーーーー!」
「ゴメンな、女の子だったのか」
「やだやだやだ」
「早く言ってよ」
「さすがのおれも、気づかなかった」
 と、みんな口々に言った。

 お詫びの印にと向井さんが箱を持ってきた。
 中には、古着で作った花のコサージュがどっさり。

 T子のために作ったらしいが、地味だと言われつけてもらえなかったらしい。

 「こ・・これ、ビンテージの生地ですよね」
「あら、わかる?うれしー!あたしが若い頃、フランスの生地で洋服をつくってね。サイズが合わなくて着れないけど、もったいないから、その生地でコサージュ作ったの。あ、これ。このヘアバンドなんてどうかしら?」とコサージュ付きのヘアバンドをヒカルちゃんに。



 ヒカルちゃん、かわいい!
 金太郎には変わりないけどね
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