第28話

文字数 2,876文字

 お父さんから、口止め料としてスマホを渡された

 スマホ、デビュー

 だが、あたしは何が何やらチンプンカンプン
 シェアハウスのおじいちゃんやおばあちゃん達が、あんなに使いこなしているというのに・・・





 夏休みもあと半分。
 シェアハウスで受験勉強をしているあたしの後ろで、おじいちゃんと向井さんと大竹さんが、あたしのスマホを代るがわる操作している。


 椎名の指示の元、LINEやコンビニのポイントアプリを入れてくれているらしい。

「これ入れておくと便利だから、えーっ゙と・・・」と、みんなが好きなアプリも勝手に入れている様子。

 そこへ、フジやんも登場。
「これで、かながどこにいるか、わかるー!」と、位置情報アプリというのを入れてくれたらしい。

「フジやん、おれも」と椎名が言ったが、フジやんと呼ばれた時に、フジやんは反応しない。
 『フジやん』と呼べるのはあたしだけで、椎名には許していない。



 強情なフジやん、好きだわー

 みんながあたしのスマホを育ててくれている
 でも、あまり使わないだろうなー
 依存とか、考えられん


 シェアハウスの庭では、本日も草太さんカフェがオープンしている。

 そして、常連客の田中千夏さんが来ている。
 草太さんは高校生の時に茶道部にはいっていたそうで、田中さんはその部活の後輩で、現在、高校3年生。

 田中さんは、あたしが出会った中で一番元気が良い人だ。
 田中さんは、自分のことを『チィ』と言う。
 あたしは、そういう人が苦手だが、田中さんだと全然嫌ではない。
 身長も高く体格が良いので、高校1年のときは、スポーツの部活によく勧誘され、特に『ハンマー投げ』を勧められたらしい。

 

 そして・・・
 カフェにはお父さんもいた。
 昨日がお泊り当番だったから、それでカフェに寄っているのかと思ったが、それだけではないようで。

 カフェの営業が終わり、いつものように遅いお昼ご飯を食べに戻って来た草太さん。
 お父さんと田中さんも、草太さんについて来た。

 お父さんは、田中さんとカフェのことを話していた。
「田中さんが考えた動線が一番効率いいね」
「ホントですか?!うれしいー!かなちゃんパパの、オーダーを紙に書いてもらうの、あれ、凄い良いアイデアですよね。さすがプロ!」
「プロじゃないよ。でも、取引先で、いろいろ相談受けて、なんかかんか、アイデア出さなきゃいけなくてさ。この手のアイデア、ちょっとあるんだよね」
「チィだけでは、ここまで出来ませんでした。本当にありがとうございます!あとは、T子ちゃんがいる時は、注文してから飲み物を提供される前までに 、T子ちゃんとの記念写真を撮影してもらう・・・、こんな感じでいいですよね」
「うん、まとまったね。それとね、洗い物をしないで済むように、全部、テイクアウト用の容器で提供できた方がいいと思うんだけど・・・」
「そうなんですよ!チィもそれを草太先輩に言ってるんですけど、『ECOじゃない!』って言われちゃって・・・」
「ワンオペでやるのにさぁ。草太くん、以外と頑固だよね」
「そうなんですよー!かなちゃんパパも言ってやってくださいよ!」




 お父さん、楽しそう
 仕事してる時は、あんな感じなのかなぁ
 良い上司って感じに見える

 家にいる時は、どんよりしてるから、仕事が大変なのかと思ったけど、そうではないのだな



「草太くん、いや、オーナー。容器の件、考えてもらえませんか?・・・なんて、うちの商品じゃないけどさぁ」と笑いながら、お父さんが草太さんに言った。

 草太さんは大きいため息をつき、遠くを見ている。
「あんなに来るはずじゃなかったのになぁ・・・」

 口コミ効果で、想定した2倍のお客さんが来ているらしい。

 草太さんは、「もっとマイペースに仕事したいのに・・・」とつぶやいた。


「草ちゃん、お昼ご飯、これ食べなさい。ほら、二人も食べて。何も食べてないんでしょ?」と向井さんがおにぎりや副菜等を持ってきた。

 田中さんは、「えー、チィもいいんですか?」と言いながらも、おにぎりを両手に持ち、目をキラキラさせ副菜を眺めている。

 そんな田中さんにお父さんが話しかけた。
「田中さんのバイト先って、駅前の居酒屋でしょ?今度、行くね」
「ありがとうございます。でも、・・・」
「おじさんには、来てほしくないって?」
「そんなことないです!ちょっと、バイト先で、あたし浮いてて・・・」と、田中さん。

 バイトは、田中さん以外は大学生だったか、田中さんよりあとから入った人ばっかりで、マニュアルを教えるのは田中さんの役割なのだとか。

 田中さんは、おにぎりを食べ、怒りながら話した。
「やる気ない人ばっかで、全然おぼえないんです。高校生になんか教えられたくないのかもしれないけど・・・。だから、ほとんどあたしが動いてるんですよ。働いてもないのに大学生だからってあたしより高い時給もらって。仕事なめてんですよ!チィも、さすがに疲れてきちゃって。で、ため息ついたら、店長から『ため息つくのやめよー!がんばろー!』って、あたしが頑張ってないみたいに言ってきて。あんな現場、ため息もつきたくなるっつーのー!!あたし注意する前に、仕事してない人に注意してよ!って感じです」

 すると草太さんが「ため息って、悪いものじゃないんだけどなぁ。ため息つくと体が緩むんだよね。疲れた時にため息つくのは自然なことなんだよ」と言った。

「そうなの!?おれ、部下に言ってんなぁ。ため息つくなって」とお父さん。

「昔はそういう価値観でしたよね。」と草太さんに言われ、お父さんが「だめだね。何もわかってないのに言っちゃ。月曜から変えよう!」と言った。

 それを聞いた田中さんは、お父さんに「かなちゃんパパ、すごいです!すぐに考え方変えられて」と言い、言われたお父さんは嬉しそうだった。

 田中さんは続けて「うちの店長なんか、絶対変わんない。大人って全然変わらないのかと思ってた。だけど、かなちゃんパパみたいな人もいるんですね。よし!チィ、言ってやる!店長と大学生たちに言ってやる!!」と言いながら、色んな副菜を山のように取った。

 心配したお父さんは、田中さんをとめた。
「田中さん、だめだよ。そんなこと言ったらバイト、クビになっちゃうよ」
「クビでいいんで!もう、やめてやりますよ!」
「大丈夫なの?」
「そろそろ、辞めようと思ってたんで。受験勉強あるし。チィ、草太さんと同じ大学行くんです」


 草太さんは田中さんに「チィちゃんは、相変わらず優しいね」と言った。



 優しい?
 こんなに怒りまくっているのに??



「そんな人たちに怒って、意見してあげるなんて。それを言ったって変わらないかもしれないのに。チィちゃんは怒らなくていいんだよ。嫌な人、ダメな人に出会ってしまった時、チィちゃんが何とかしなくていい。スルーしていいの」と草太さん。



 なるほど!
 田中さんは優しい
 あたしはスルー派で、無関心
 優しくない・・・


「怒るのも、怒らないのも、自分で決めて良い。全てに向き合わなくていいよ」と、草太さんが田中さんに、優しく言った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み