第26話

文字数 2,307文字

 『り』から始まる、言い出しにくい言葉とは???

 リストラでもないし、リンパの病気でもないらしい

 これ、なんのクイズなのかしら?






 康夫さんが、かれこれ30分くらいお父さんに向かって『り』のつく言葉を言っている。
「リアス式海岸?違う。えー、リンゴ?あ、これ言ったか。えー、・・・両面テープ?違うね。じゃあ、・・リャマ?うん、違うよね。・・・もしかして、龍!?違うのかよー。もう、ねえよーーーー、ヒントくれよーー」


 すると、ついにお父さんが、物凄い小さい声で言葉を放った。
「・・・・・・リビング・・・」


「あー、リビングか!そうか、それがあったか!」と、康夫さんが正解を聞けて喜んでいる。




 え?
 リビングって、そんなに言い出しにくいか?




 同じように気づいた康夫さんが、戸惑い気味にお父さんに聞いた。
「え?なに?・・・リフォームの相談?」
 



 リフォーム!
 お父さんも、家の間取り気になってたのね
 シェアハウス、居心地良いもんね

 じゃあ、うちの家もちょっとは居心地よくなるのかなー
 あれ?
 リフォームは、さっき康夫さんが言ってたような・・・



 やはり、リフォームではないらしく、お父さんは慌てて否定した。
「違う、違いますって!だから、・・・」と、言葉を詰まらせ言いにくそうに、そして、とんでもなく小さい声で「リビングで・・・何・・話してたのかなって・・・」と言った。




 え?
 話って、誰が誰と???




「お前、もしかして・・・、父ちゃんのこと言ってんの?」と康夫さん。




 おじいちゃん?




 頷くお父さんに向かって康夫さんが「何だよ!父ちゃんと話したいんなら、話せばいいだろ?」と言うと、「話したいとか、そういうんじゃないんです」とお父さんが怒り気味に言った。

 そんなお父さんに康夫さんもキレ、二人の言い合いが始まった。
「じゃあ、何なんだよ」
「え・・・、なんか・・・、家じゃあんなんじゃなかったのに。・・・笑ったりして。・・・女の人に囲まれて、楽しそうに笑ってて・・・」
「笑っちゃいけないのかよ!?」
「いいんですよ!いいんです、笑って。なのに、・・・笑わなかった、全然。ずっと、ずーっと、何年も何十年も。威張りくさって、いっつもムッとして。なのに、ここに引っ越したら、なんか楽しそうにしちゃって。へらへら笑って。・・・何なんだよ」




 これは・・・
 言いにくい・・・・・

 自分が情けないことを言っているの、わかってるみたいだし
 ましてや、娘の前では、とんでもなく言いにかったろう
 お父さん、かわいそう・・・
 



「あんた、本当にバカだな」
 いつの間にか帰ってきていた椎名が、お父さんに一撃をくらわした。



 言いにくいことを勝手に聞かれ、バカとも言われたお父さんは、ヤンキー全開で椎名に向かった。
「ぁあ?なんだと?もういっぺん言ってみろ!」


 だが、椎名は怯まない。
「あんた、本当にバカだな。あんた、本当にバカだな。あんた」
「おい!何、何回も言ってんだよ!この野郎、年上の人間にむかってバカとは何だ!バカとは!!」
「バカにバカと言って何が悪いのかわからない。年上とか関係ないだろ。あんたはバカだ」





 あれ?これ、前にも見たような・・・




 お父さんは負けじと、椎名に何とか言葉を返す。
「俺は・・・先輩なんだよ。先輩に向かってバカって、ありえないだろ!」
「先輩?おれより、長く生きてるだけだろ?勝手におれの先輩になるな!あんたみたいな人間、おれの先輩ではない!」

 中学生に面と向かって否定され、早くも挫けそうなお父さん。
今にも泣きそうになっていた。




 お父さんも、以前のおじいちゃんの様にボコボコにされるに違いない・・・




 康夫さんがお父さんを助けるべく、声をかけた。
「まぁまぁ、優の意見も聞いてみようや。何で、お前がバカなのか?とかさ・・・」

 康夫さんの言葉を遮り、椎名に向かってお父さんは言った。
「言うな!聞かなくてもわかってる。・・・おれはバカだ。そんな事わかってるし、・・・おやじが笑えるわけ無いのだって、わかってる・・・。でも、笑っててほしかったんだ。大変だからこそ笑って乗り越えようとか、そういう事を言ってほしかったの、おれは」
「あんたが言えばよかっただけだろ?」
「なんでだよ!『大変だからこそ笑って乗り越えよう』なんて子供が言うか?普通、親が言うことだろ」
「じゃあ、親になったあんたは、同じような境遇になったらそう言えるのか?」
「・・・え、・・・それは・・」
「親とか子供とか関係ない。あんたは、言えない人間なんだよ。自分のことをバカだとわかってるって言ってたけど、あんたが思っている以上にあんたはバカだ。なんでも人のせいにして、被害者ぶって、自分では何もしない。大人になったって、あんたは何しない。そんな奴は、大バカのまま死んでいくだけだ」



 やっぱりボコボコにされた・・・

 子供が思う『理想の親』
 実際に親になって、『理想の親』が出来るとは限らない




 打ちのめされたお父さんから、うっすら変な音が聞こえた。

 ゼイゼイ・・・、チガ・チガ・・・、ハァハァ・・・

「おい!お前大丈夫か?変な落としてんぞ」と康夫さんも心配している。

「おれから?・・・・変な音が?」と、ボコボコにされて、もう何もわからなくなっているお父さん。

 でも、変な音はお父さんではなかった。

「違うんだ。・・・これが、、、バカなのは、ハァハァ・・・おれのせい、、、なんだ」
 階段を上がってきたおじいちゃんが、廊下で倒れそうになりながら、声を発していたのだ。



 エレベーターで上がってくればいいのに!



 急ぎ、おじいちゃんをお泊り部屋に入れ、飲み物を飲まして休ませた。

 現在、夜九時近く・・・
 
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