本日の論題:人見知り

文字数 4,312文字

 神香原高校には4つのコースがある。

 J(中高一貫付属組)、SA(特別進学)、A(進学)。

 加え、Aコースに1クラス分だけ用意されている一芸入試組。
 

 その中でも、SAとAコースは推薦入試組を除くと、ほとんどが国公立――本命を落とした生徒で成り立っている。

 

 結果、入学当初は捻くれた生徒も多く、エスカレーター組のJコースや、まともに受験勉強をしていない一芸入試組を蔑視する傾向があった。


 だが、それも時間の経過――成長すると共に変わっていく。

 しかし、中には拗らせたまま引きずる者もいた。

……

(やっぱ一芸入試組にロクな奴いないわ)

……

(やっぱり、中高一貫組は駄目だ。幼稚で我儘すぎる)

 林原秋人はAコースの1年生、加賀国光はSAコースの1年生。

どしたー、ふたりとも? 

言葉が止まってるぞー

 黙り込んでいる後輩に向かって、Jコース3年の鷹司永久莉が茶化すように飛ばす。
もしかして、もうネタ切れなの?
 追い撃ちをかけるよう、Aコース一芸入試組の3年生染谷恋々子が言う。
……はい、すいません
……ちょっと、思いつかないです
 反抗心から何か言ってやろうかとも思ったが、揃って認める。
(その場しのぎの発言なんて藪蛇だしな)
(自分ですら即座に否定できる意見なんて言うだけ無駄だ)
 ことディベートにおいては、先輩たちに一日の長があった。
んー……成長したと思ったけど、テーマによっては全然ダメね
特に女のコの気持ちが全然わかってない

そりゃぁ、まぁ……


(思春期男子高校生がそんなのわかるか!)

いや、でも……はい、そうですね


(あなたたちが語る女のコは間違っても一般的じゃないと思う)

とにかく、経験あるのみね。

じゃぁ、次いってみよー

 後輩の不満には気づかず、恋々子は進める。
えー、まだやるんですか?
(いい加減にしろよな、このちんちくりんが)

うん! 

だって、なんちゃって100本ノックだもん

 あっけらからんと、恋々子は言い放つ。
 このノリ、いつまで続くんですか? トワ先輩
 恋々子に言っても無駄だと永久莉に訊くも、
そりゃ、私かココが飽きるまで?
 こちらも同じくらいに駄目だった。
もしくは、あんたたちのどっちかが泣くかキレるかしたらやめてあげる
 というわけで、無料配信されていたスポ根漫画にハマった恋々子の思いつき+永久莉の悪ノリによって、秋人と国光は試されていた。

別に、これくらいで泣いたりキレたりしませんよ。

なぁ、国光

 額に青筋を浮かべながら、秋人は強がる。

だな、秋人。

ただちょっと、水分補給していいですか? 

口が乾いてきたんで

 国光も机の下でこぶしを握り締めながら、同意を示す。

えー? 

わたしより全然喋ってないのにぃ?

いいわよ。

乾燥は大敵だし

 恋々子が上から目線で言うも、永久莉は許可する。

 スポ根漫画の真似事――それも横暴なコーチや先輩――を演じたい恋々子と違って、永久莉は便乗。

それに生きが良くないと面白くないし
 もっとも、後輩への意地悪を楽しんでる点からして、言い出しっぺの恋々子と同じくらいに悪かった。
 ――そして、休憩後。
次のテーマは人見知りね
 論題は恋々子が独断で決めているのだが、
(……よくぽんぽんと思いつくな)

 秋人は感心していた。

 意外にも、理不尽だったりふざけたテーマは未だでていない。

(もしかして、昨日の内から考えてきたのか?)

 国光は推測する。

 さも、今日突然思いついたような口ぶりであったが、もしかするとブラフだったのかもしれない。

(だとすると、はめられた……)
 どうせすぐにネタ切れするだろうと安請け合いしたことを、今更ながら後悔する。
じゃぁ、コイントスするよー
 チームは固定であるものの、どちらの立場で発言するかはいつも通りランダムであった。
えーと、わたしとトワが肯定派でふたりが否定派ね
あいよ
了解です

わかりました

 ――そうして、10分間の情報収集。

つか、ここで差がつけられるんだよ。

情報の探し方と役割分担。その2点において、負けている

さっきもそうだけどさ、俺たちって似たような情報しか集めてなかったじゃんか

それはそうだな。

けど、どうする? 

別に同じサイトを見ていたわけじゃないんだぞ

 一応、それくらいの確認はしていた。

 とはいえ、サイトの入り口やレイアウトが違っただけで、中身はほぼ同じという結果であった。

国光は本で探すとか?
少なくとも、人見知りに関する専門書は部室にないな

……

駄目だ、時間がない。とにかく探そう

……そうだな。

幸いにも、僕は人見知りだから悪い点はいくらでも思いつく
 

 ふたりは考えるも揃って思い浮かばず。

 結局は物量作戦。

 片っ端から情報に目を通し、使えるモノを取捨選択していく。

――はい、そこまで。

始めるよ

 そうして、些か不平等なディベートが始まる。

人見知りは早急に克服すべきです。

結局、初対面の相手と上手く話せないのは積もり積もった怠慢でしかありません

 覚えのある国光が先陣を切る。

嫌なことや苦手なことから逃げ続けてきた結果。

成功体験を獲得できなかったどころか、挑戦すらしなかった

(おぃおぃ、自虐的過ぎんぞ)
もちろん挑戦した結果、挫折したりトラウマになってしまったケースもあります
 あまりにネガティブな感情がこもり過ぎていたので、秋人は割って入る。

ただ年齢を重ねていくごとによって、プライドといいますか沽券を気にするようになりますので。

早い内に治したほうがいいのは確かでしょう

結局のところ、生きていく上でコミュニケーション能力は欠かせません。

それを不必要と言い張るには、よほどの才能と実力。

更には、それを許容してくれる環境と人材が必要となってきます

実際、特殊な技術職や芸術家が成功するにはマネージャーの存在が必須です
それは同感ですが、こちらの言い分かな?
 ここまで黙っていた恋々子が口火を切る。

え? 

……どっちが、ですか?

秋人さんの言い分が誤りです
 にっこりと笑ってから、永久莉は指摘を始める。
特殊な技術職や芸術家に優秀なマネージャーがつくのは、彼らが人見知りだからです
え?

人見知りは1つの能力です。

目覚めるのはだいたい2歳ごろの幼少期

 わかっていないようなので、永久莉は補足指導をする。

それにより、親の愛情を独り占めするといわれています。

つまり――

早い話が、この人は自分がいないと駄目なんだって思わせるわけ
 黙っていられなかったのか、恋々子がかっさらう。
……

更に言えば、人見知りは警戒心の強さでもあるから騙されにくくなる。

わかるかな? 

この2点があるからこそ、人見知りかつ能力のある人の周囲には優秀なマネージャーが集まるの

……優秀な人材であればそうかもしれませんが、そうでない人間は違います
 沈黙は肯定を意味するので、秋人はとにかく言葉を絞り出す。

学校ならまだしも、仕事になるとそう何度も会う機会はありません。

そして、その1回で上手くいく人とそうでない人の差はとてつもなく大きいと思います

また学生時代において、人見知りは虐めの対象にもなりやすい。

子供からすれば、それは付け入る隙にしか見えないからです

 国光もとにかく喋って、劣勢を覆そうと試みる。
どうしたって第一印象は悪いですし、それを引きずり――総じて、出遅れてしまう
確かに、人見知りや内気な性質を評価できる人は少ないかもしれません
ですが、それを克服したところで必ずしも成功するわけではありません
それは、そうでしょうが……
(何を言っているんだ?)
 そんなのは当たり前すぎて、ディベートにならない弁論である。
結局は生存戦略なんです
はぃ?

多様性を求めた結果と言いましょうか。

つまり――

素直に競争しても勝てない性質の人が、自分の遺伝子を残す為の手段ってわけ
(……こいつまたしても)

早い話が、押して駄目なら引いてみろってやつ。

全員が陽キャでオラオラ系だと当然、その中で強い人が勝っちゃう。

でも、それじゃつまんないし多様性に欠けるでしょ?

人見知りが治らないのは、それによる恩恵を何処かで獲得しているからです。

自覚がなくとも――

あ、それ知ってる。

毎日のように授業中に吐いちゃうコの話でしょ?

……

(あんたは辻斬りか?)

その度に、他の生徒や先生たちが片付けたり保健室に連れて行ってたんだけど、それがそのコにとって快楽っていうかプラスになっちゃってたの

もちろん、本人にその自覚はありません。

ただ、誰もその子を手伝わず、自分で処理させて保健室に行かせるようにしたら、治ったという話です

ちなみに、その子は人見知りで内気な子でした。

だからこそ、皆に注目されて優しくされる状況がプラスに働いたというわけ

ちょっと待ってください。

人見知りであれば注目されたいとは思わないのでは?

そう? 

人見知りって家族や親しい人の前では饒舌というか、平気だって言わないかな?

いや、それはまぁ……
それって、自分優位のコミュニケーションなら取れるってことだよね?
(馬鹿ココ。なに悪く言ってんのよ)
 今度は恋々子が自分の立場を忘れていた。

違います。

人見知りには完璧主義者が多くて、家族や親しい人の前で話せるのは既に自分の悪い点を知られているからであって――

 しかし、国光が感情的になったおかげで足元をすくわれることはなかった。

つまり、格好つけですね。

人見知りにとって大事なのは、その場の空気ではなく自分の評価や感情

 秋人もまた、国光のフォローに走っていて気づいていない様子。
(セーフ)
(……いや、そうかもしれんがその弁論は腹立つぞ。ココ先輩が移ったか?)
(……いや、なに睨んでんだよ。国光の奴、状況わかってんのか?)

でもだからこそ、周囲に気配りができます。

そもそも、他者に向かって格好つける行為は悪いことではないと思いますが?

なんかありのままの自分がさも素晴らしいかのように言われているけど、素直と我儘はちょっと違うよね
 視線で仲間割れをしている間に状況は最悪。
……おぃ、ここからどうすんだよ?
……なんか争点が動き回っていて、どう切り返せばいいのかわかんない
 ふたりは小声で罵り合う。

……おまえの所為だぞ、秋人。

格好つけとか余計なこと言うから

……もとはと言えば、おまえが感情的になるからじゃないか
(まだまだね)
(楽しいなぁ♪ さぁて、次はなんのテーマで行こうかな?)
 ディベートはチームプレイである。
それはそうかもしれないけど、付け入る隙を与えたのはおまえのフォローだろ?

はぁ?

だったら、冷静に言葉を操れっての

 だがしかし、やみくもにお互いをフォローすればいいものではない。

 そう思った瞬間、思考は乱れ言葉も乱れてしまう。
 そうして、反射的に口走った言葉は時に厄介な代物になるのであった。

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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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