本日の論題:コーヒーか紅茶
文字数 3,588文字
秋人が部室を覗いてみると、恋々子がひとりで騒いでいた。
気付いて、恋々子はイヤホンを外す。
恥ずかしがる気配は微塵もなく、平然と後輩に声をかけた。
自分だったら悶絶ものだと、秋人は小さく頭をさげる。
いや、ついさっきです。なんかすいません。覗いたみたいで
(……ほんと、息を吐くように他人を馬鹿にするよな)
そんな趣味はないです。
というか、ココ先輩っていつもいますよね。友達いないんですか?
苛立ちから、秋人はついつい攻撃的な物言いになってしまう。
いるよー。いるんだけど、放課後までは付き合いきれないってみんな構ってくれないの
わたしはそうは思わないんだけどね。
藍生先輩に比べたら、ぜんぜんだし~
とある事件がニュースになるどころか、その顛末がネットにあがったことで大きな話題となった人。
その映像は秋人も観ており、藍生先輩なる人物のヤバさは知っていた。
そう言えば、ココ先輩ってどうやって入学したんですか?
え? あっ、冗談ですか。あはは
(冗談に聞こえませんでした)
(もう1年早かったら、これがマシに思える人もいたのか……)
トワ先輩は知ってます?
ココ先輩がどうやって一芸入試を突破したか?
見事な洞察力だった。
永久莉は質問の意図を見抜き、恋々子の悪ふざけを嗜める。
科によって授業時間も違うので、基本的にこの順番は変わらなかった。
一芸入試組の恋々子とA(進学)コースの秋人が最初。
そして、中高一貫付属組の永久莉とSA(特進)コースの国光が続く。
1年生の間だと学科の違いを気にする節があるものの――
――年齢や性別の違いを上回るほどではないので、秋人と国光の仲は悪くなかった。
ココ先輩って、その藍生先輩のこと好きだったんですか?
日頃の恨みと言わんばかりに、秋人はからかう口ぶり。
憧れてはいたけど、あの人を好きにはなれないって。それに彼女を筆頭に、沢山の女のコをはべらしてたもん
人聞きの悪いこと言わない。
それじゃ、先輩が女たらしみたいじゃない
後輩には付いていけない話になり、秋人は迂闊な発言を後悔する。
うん、そう。フランス人の先輩もいたから、愛称で呼び合おうってなったみたい。
おかげで、トワは男子の名前を呼ぶ時に照れまくりでさ。
お腹抱えて笑っちゃうくらい面白かったんだよ
(国光の奴、着々と人見知りと口下手を改善してやがるな)
うるさいなぁ。あんたの馬鹿笑いは今も忘れてないからね
実際、秋人は勘違いをしていた。
恋々子を同学年と信じて――些か不純な動機で入部した次第である。
そういった理由。また、学科の違いから国光に敵対心を抱きがちだった。
ちなみに恋々子に対しては色々とあり過ぎて、もはや意味がわからなくなっている。
そう言って、永久莉がコイントスをする。
本日の論題はコーヒーか紅茶。
実に平和なお題目なのは、永久莉が気を利かせたからだろう。
日本は緑茶文化を持っていながら、紅茶よりもコーヒーに馴染んでますね。
その原因の1つに、渋味があげられます
正確に言いますと渋味は味覚ではなく痛覚ですが、日本人はこの渋味への耐性が低いそうです。
同様の理由から、赤ワインも受け付けない人が多いと言われています
緑茶にも渋味はあると思いますけど?
それに日本人は渋みを嗜んできた、という意見もあるようですが?
えぇ。ですが、緑茶は渋味――その原因物質である、タンニンを抑えるよう作られています。
番茶や玉露などの例外もありますが、抽出した場合は紅茶よりも少ないタンニン量になるそうです
つまり、紅茶や赤ワインは日本人が長年に渡って嗜んできた『渋味』の上限を超えているのです。
実際、似たようなことは甘味や塩味でもあります
海外の人からすれば和菓子は甘すぎて、漬物は塩味が強すぎる。
例をあげるまでもなく、彼らが甘いモノや塩辛いモノを嗜んできたのはご存知ですよね?
また、日本人にとって渋味の代表は渋柿と食べられないものです。
一方、苦みは魚の内臓や山菜など。
もしかすると、そういったイメージも関係あるのかもしれません
コーヒー派は日本人に限定して、紅茶が駄目な理由を並べたてた。
世界的に見れば、紅茶のほうが飲まれています。
また、昨今の健康ブームの後押しもあり、各メーカーも紅茶に力を入れるようになってきました
また、スメルハラスメント。
コーヒーと比べて口臭を抑えられる点からしても、紅茶に流れは来ているかと
その割には、代名詞となるティースタンドが現れませんね。
行列ができるお店もあったようですが、それは限定的な店舗のようですし
それは時代の問題ですね。
エナジードリンクが流行るような忙しない現代で、紅茶を根付かせるのはとっても難しいの
(ココ先輩、頭の回転早いんだよな。早すぎてどっか飛んでったり、摩耗してぶっ壊れることが多いだけで……)
(トワ先輩、相変わらず巧いな。ココ先輩がまた愉快なこと言ったと思ったら、ティータイムってそういう意味だったのか)
後輩ふたりが感心する中、先輩たちはそっと手を伸ばす。
喋れということなのだろうが、異性に触れられるのに慣れていない男子には焦りしか生まれてこない。
……コーヒーはマシンを始め、カプセルなど年々進化した商品がでています。
一方、紅茶の淹れ方はほとんど変わっていません
……まさしく、アンティークですね。
茶道という文化を持つ日本であれば、それもまた魅力の1つになると思いますが
そうですね。
現に紅茶大国と云われていたイギリスは消費量首位から転落して、コーヒーに流れていっているようですし
ですが、世界人口のツートップである中国とインドは今も紅茶派です
(うずうず。……はっ! ダメダメ。今日は大人しくしないと)
……健康志向と仰りましたが、100g当たりのカフェイン量は紅茶のほうが多いです。
また、尿管結石の原因とされるシュウ酸も多く含まれています
コーヒーをあまり飲まないからか、国光はあくまで紅茶が駄目な理由に拘る。
そのデータは同量の茶葉と豆を比較したものですね。
カップ1杯辺りのカフェイン量でしたら、コーヒーのほうが上です。
紅茶とコーヒーでは抽出するのに使う量が違いますので。
また、尿管結石の原因は水分不足と排尿を我慢すること。
そして、紅茶は水分であり利尿作用も強い。
シュウ酸の過剰摂取によって結石ができる危険性は否めませんが、問題になる前に排出されるかと思われます
(ちゃんと反省してるからぁ。ね? もういいでしょ?)
女性陣は視線だけで言葉を交わしてから、笑みを合わせた。
ひとり当たりの消費量は確かに紅茶のほうが上ですが、生産量となりますと圧倒的にコーヒーのほうが上です
紅茶はそれのみでは語れません。
実際、ブランド食器と紅茶には深い関係がありまして――
ディベートは楽しい。
それに限らず、自分たちだけでルールを決めて遊ぶのが子供は大好きだった。
だからこそ第三者――それも大人が乱入してくると、非常に鬱陶しく思うのだった。
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