本日の論題:コーヒーか紅茶

文字数 3,588文字

えいっ! やぁっ! やったなぁ~
……
うわぁ! お願いカーくん! アイスストーム!
(ぷよぷよか?)
 秋人が部室を覗いてみると、恋々子がひとりで騒いでいた。
って、秋人。いつからいたの?

 気付いて、恋々子はイヤホンを外す。

 恥ずかしがる気配は微塵もなく、平然と後輩に声をかけた。

(相変わらず、愉快な人だ)
 自分だったら悶絶ものだと、秋人は小さく頭をさげる。
いや、ついさっきです。なんかすいません。覗いたみたいで
まぁ、趣味は人それぞれだしー
(……ほんと、息を吐くように他人を馬鹿にするよな)

そんな趣味はないです。

というか、ココ先輩っていつもいますよね。友達いないんですか?

 苛立ちから、秋人はついつい攻撃的な物言いになってしまう。
いるよー。いるんだけど、放課後までは付き合いきれないってみんな構ってくれないの
(賢明なお友達だ)
なんか、学校にいる間だけで充分みたい
一芸入試組の中でも、ココ先輩は凄いんですね

わたしはそうは思わないんだけどね。

藍生(あいおい)先輩に比べたら、ぜんぜんだし~

あぁ、例の……

 とある事件がニュースになるどころか、その顛末がネットにあがったことで大きな話題となった人。

 その映像は秋人も観ており、藍生先輩なる人物のヤバさは知っていた。

そう言えば、ココ先輩ってどうやって入学したんですか?
わたし? そりゃもちろん
 ふふふ、と勿体ぶってから恋々子は言い放つ。
この人間性――キャラクターよ!
(うわぁ……)
って、冗談なんだからツッコんでよね!

え? あっ、冗談ですか。あはは

(冗談に聞こえませんでした)

ちなみに、これ先輩の持ちネタなんだ
(もう1年早かったら、これがマシに思える人もいたのか……)
 心の中で戦慄しながら、秋人は胸を撫でおろす。
賑やかね
 永久莉がやって来て挨拶する。

トワ先輩は知ってます? 

ココ先輩がどうやって一芸入試を突破したか?

ちんちくりんな見た目?
ひっどーい!
どうせ先輩の持ちネタ使ったんでしょ?

 見事な洞察力だった。

 永久莉は質問の意図を見抜き、恋々子の悪ふざけを嗜める。

別にいーじゃん

 科によって授業時間も違うので、基本的にこの順番は変わらなかった。

 一芸入試組の恋々子とA(進学)コースの秋人が最初。

お待たせしました

 そして、中高一貫付属組の永久莉とSA(特進)コースの国光が続く。

 

 1年生の間だと学科の違いを気にする節があるものの――

国光、聞いてくれよ――
 ――年齢や性別の違いを上回るほどではないので、秋人と国光の仲は悪くなかった。
……ココ先輩、それ冗談になってないです
えー、そう?
 言いつつも、恋々子は嬉しそうだった。
ココ先輩って、その藍生先輩のこと好きだったんですか?
 日頃の恨みと言わんばかりに、秋人はからかう口ぶり。
憧れてはいたけど、あの人を好きにはなれないって。それに彼女を筆頭に、沢山の女のコをはべらしてたもん

人聞きの悪いこと言わない。

それじゃ、先輩が女たらしみたいじゃない

でも、人たらしじゃない?
本人は人でなしを自称してたけどね
 後輩には付いていけない話になり、秋人は迂闊な発言を後悔する。
呼称を統一するのも、その先輩が?

うん、そう。フランス人の先輩もいたから、愛称で呼び合おうってなったみたい。

おかげで、トワは男子の名前を呼ぶ時に照れまくりでさ。

お腹抱えて笑っちゃうくらい面白かったんだよ

 一方で国光は話題に入っていた。
(国光の奴、着々と人見知りと口下手を改善してやがるな)
うるさいなぁ。あんたの馬鹿笑いは今も忘れてないからね
きゃー、怖い
(しかし、この先輩は……ほんと先輩に見えないな)

 実際、秋人は勘違いをしていた。

 恋々子を同学年と信じて――些か不純な動機で入部した次第である。


 そういった理由。また、学科の違いから国光に敵対心を抱きがちだった。

 ちなみに恋々子に対しては色々とあり過ぎて、もはや意味がわからなくなっている。

もうっ! いい。さっさと始めましょう

 そう言って、永久莉がコイントスをする。


 本日の論題はコーヒーか紅茶。

 

 実に平和なお題目なのは、永久莉が気を利かせたからだろう。

よーしっ! やるよ、秋人
……はぁ。お願いします
 紅茶派が恋々子と秋人。
国光ってコーヒー飲むの?
……あまり
 コーヒー派が永久莉と国光。
 そうして、ディベートと言う名の部活動が始まる。

日本は緑茶文化を持っていながら、紅茶よりもコーヒーに馴染んでますね。

その原因の1つに、渋味があげられます

正確に言いますと渋味は味覚ではなく痛覚ですが、日本人はこの渋味への耐性が低いそうです。

同様の理由から、赤ワインも受け付けない人が多いと言われています

緑茶にも渋味はあると思いますけど?

それに日本人は渋みを嗜んできた、という意見もあるようですが?

えぇ。ですが、緑茶は渋味――その原因物質である、タンニンを抑えるよう作られています。

番茶や玉露などの例外もありますが、抽出した場合は紅茶よりも少ないタンニン量になるそうです

つまり、紅茶や赤ワインは日本人が長年に渡って嗜んできた『渋味』の上限を超えているのです。

実際、似たようなことは甘味や塩味でもあります

 ここまで言えば意図は伝わるモノで、

海外の人からすれば和菓子は甘すぎて、漬物は塩味が強すぎる。

例をあげるまでもなく、彼らが甘いモノや塩辛いモノを嗜んできたのはご存知ですよね?

 国光は永久莉の説明を引き継いだ。

また、日本人にとって渋味の代表は渋柿と食べられないものです。

一方、苦みは魚の内臓や山菜など。

もしかすると、そういったイメージも関係あるのかもしれません

 コーヒー派は日本人に限定して、紅茶が駄目な理由を並べたてた。

世界的に見れば、紅茶のほうが飲まれています。

また、昨今の健康ブームの後押しもあり、各メーカーも紅茶に力を入れるようになってきました

また、スメルハラスメント。

コーヒーと比べて口臭を抑えられる点からしても、紅茶に流れは来ているかと

その割には、代名詞となるティースタンドが現れませんね。

行列ができるお店もあったようですが、それは限定的な店舗のようですし

それは時代の問題ですね。

エナジードリンクが流行るような忙しない現代で、紅茶を根付かせるのはとっても難しいの

だって、紅茶はティータイムだもん

一方、コーヒーはブレイクですね
(ココ先輩、頭の回転早いんだよな。早すぎてどっか飛んでったり、摩耗してぶっ壊れることが多いだけで……)
(トワ先輩、相変わらず巧いな。ココ先輩がまた愉快なこと言ったと思ったら、ティータイムってそういう意味だったのか)
 後輩ふたりが感心する中、先輩たちはそっと手を伸ばす。
 喋れということなのだろうが、異性に触れられるのに慣れていない男子には焦りしか生まれてこない。

……コーヒーはマシンを始め、カプセルなど年々進化した商品がでています。

一方、紅茶の淹れ方はほとんど変わっていません

……まさしく、アンティークですね。

茶道という文化を持つ日本であれば、それもまた魅力の1つになると思いますが

そうですね。

現に紅茶大国と云われていたイギリスは消費量首位から転落して、コーヒーに流れていっているようですし

ですが、世界人口のツートップである中国とインドは今も紅茶派です
(すぐに張り合うんだから)
(うずうず。……はっ! ダメダメ。今日は大人しくしないと)

……健康志向と仰りましたが、100g当たりのカフェイン量は紅茶のほうが多いです。

また、尿管結石の原因とされるシュウ酸も多く含まれています

 コーヒーをあまり飲まないからか、国光はあくまで紅茶が駄目な理由に拘る。

そのデータは同量の茶葉と豆を比較したものですね。

カップ1杯辺りのカフェイン量でしたら、コーヒーのほうが上です。

紅茶とコーヒーでは抽出するのに使う量が違いますので。

また、尿管結石の原因は水分不足と排尿を我慢すること。

そして、紅茶は水分であり利尿作用も強い。

シュウ酸の過剰摂取によって結石ができる危険性は否めませんが、問題になる前に排出されるかと思われます


 ゆえに、秋人のほうが上手であった。

 

つまり、その言い分は机上の空論と言えるでしょう

(ココの奴、もう我慢の限界?)
(ちゃんと反省してるからぁ。ね? もういいでしょ?)
 女性陣は視線だけで言葉を交わしてから、笑みを合わせた。
ひとり当たりの消費量は確かに紅茶のほうが上ですが、生産量となりますと圧倒的にコーヒーのほうが上です

紅茶はそれのみでは語れません。

実際、ブランド食器と紅茶には深い関係がありまして――

 ディベートは楽しい。
  それに限らず、自分たちだけでルールを決めて遊ぶのが子供は大好きだった。
楽しそうだな
 だからこそ第三者――それも大人が乱入してくると、非常に鬱陶しく思うのだった。
(なんで来るかなSTY)
(げげっ、STY)
(セクハラティーチャー……)
(……山本?)
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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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