本日の論題:勉強か運動in即興劇

文字数 4,445文字

中々に面白かったが、もう少し有意義な論題にするべきじゃないか?
 急に現れた顧問はしばらく傾聴してから、そう切り出した。
じゃぁ、先生が論題を出してください
 瞬間、恋々子が噛みつく。
ただ即興劇には慣れていませんので、2択の価値論題でお願いしますね
……あ、あぁ
 いきなり笑顔でまくし立てられ、STYは反射的に応じ……止まった。

先生が論題を考えている間、わたしたちは後輩に指導をしておきますから。

お時間はお気になさらず

(ココ先輩……こえー)
 終始笑顔で弾んだ声なのが、よりいっそう恐ろしかった。
……価値論題って難しいんじゃないんですか?

難しいわよ。

そもそも、価値観なんて人それぞれで論理的に説明できるものじゃないもの

だからこそ、論題を選ぶほうも同じくらい難しいんだけど

そゆこと。推定論題とか政策問題を出されたら面倒くさいし。

それにディベート甲子園じゃ、2択の価値論題はないからパクることもできない

つまり、公式のフォーマットは使えず、神香原ルールで行えるってわけね。

ほんと、こういう時ココは役立つわ

えっへん
(ほんと紙一重だな、ココ先輩は)
政策論題を許したら死刑制度、外国人労働者の受け入れ、LGBT問題とか出されかねないし。推定論題だと、知識量がものを言うから
 小学生からの英語教育に効果はあるか否か、宇宙人は存在するか否か、男性の草食化は少子化と関係あるか否か。

どっちも論題を出しやすいのよ。

1つの問題を提示するだけだから。それも世論で揉めているやつをね

ジャッジは中立っていうけど、実際は違うの。

あれは圧倒的上位よ。

一生懸命やっている人たちを、上から目線で評価できるんだもん

(あぁ、ココ先輩がやってたやつですね)
(あなたもやっていましたね)

本来のディベートであれば、学生が先生や教授に勝つ可能性もある。

でも、それだと沽券に関るでしょ? 


だから、先生や教授はディベートに参加しないで指導側に回るの

それで大人でも解決できない論題を子供たちに提示して、上から目線で解説するってわけ

たまにいるでしょ? 

頼んでもいないのに、統括や纏め役をやる人


そういう能力があれば別にいんだけど、たいてい自分は他の人とは違うって悦に入っている勘違い野郎なのよ。

ただ、同じ立場で争う能力がないくせして

先輩はそれが腹立たしくて、神香原ルールを作ったのよ
よく了承されましたね
先輩がSTYを顧問に選んだ理由は沢山掛け持ちしていて、扱いやすいだったからね
(うわぁ、やな生徒だ)
STYって名付けられた原因も先輩らしいから
(とんでもない人だな)

とりあえず、2択の価値論題となれば選ぶのも大変なの。

しかも、STYは有意義なテーマを選ばざるを得ないし

身近なとこだと進学か就職、どちらがいいかとかあるけど。

STYからしたら、それは釣り合ったテーマじゃないんでしょ

なるほど。それを選ぶと、中立に徹することができないと

そう。

一応、フォローしておくとSTYは真面目で堅物だから。

熱血教師に憧れているのか、ちょっと生徒との距離感が危ないだけ

うーん、いや……

 真剣に悩んでいる様子を見ると、生徒によってはいい先生なのかもしれない。

ゆえに扱いやすい。

STYの出す論題はたぶん、学生時代に大事なのは勉強か運動ってとこよ

無難ね。けど、STYならそれしかないか。

いわゆる、究極の2択なんて出してきたら笑うわ

 先輩ふたりの話を聞きながら、後輩たちは思う。
(……おれたちって、優しくされてたんだなぁ)
(……やっぱ女子って怖い)
よしっ――

 決まったのか、STYはテーマを発表する。

 

 まさしく、恋々子が推測した通りであった。

それじゃ、コイントスしまーす

 勉強派に永久莉と国光、運動派に恋々子と秋人。

 見事に3年生が分かれたのは偶然ではなく、恋々子のイカサマだった。

(いつもはやってないからね)

とりあえず、いつも私がやってる感じで制限をかけて。

その後は無難でいいから、ある程度会話のラリーを続けてちょうだい。

フォローするから

言っとくけど、即興劇になるとココは手強いわよ

……とにかく、ココ先輩の頭を回転させればいんですね?

正解。

ココの場合、情報を与えれば与えてやるほど派手にぶっ飛ぶから

 永久莉の真剣な態度に国光は気を引き締める。
(……この人も大概、負けず嫌いだよな)
秋人、頑張って付いてきてね
はい?
わたしね。瞬発力なら、ここの誰にも負けない自信があるの
……はぁ
 また愉快なこと言ってんなと思いつつも、秋人は集中する。
 そうして、ディベートと言う名の即興劇が始まる。

まず、範囲を狭めましょうか。

スポーツ選手や学者など、そういった例外は説得力に欠けますので

構いませんよ。

それでも、わたしたちは運動を支持します。

単純な話、それがもっとも自信に繋がる行為だからです

(……)

勉強で成功体験を得るのは非常に難しい。

でも、運動だと容易なんです。

たった1回の活躍。それだけでも、人は大事にすることができる

 言われた通り国光は先んでたものの、波のような言葉に呑み込まれる。

一方、勉強はどうでしょう? 

満点を取ったり、1位にならないと他者からはなかなか認めて貰えません

たった1回のファインプレー、たった1度の勝利。

それで得られる拍手、優越感、自信

(さて……)

また、チームプレイでしたら一体感と諸々を分かち合う喜び。

それらを勉強で手に入れようと思ったら、人並み以上の努力と才能が必要になると思いませんか?

(……なんて言い返したらいいんだろう?)
(……え? ココ先輩、マジ?)

仰ることはわかります。

成功体験を獲得するのには、確かに運動のほうが優れている。

しかし、運動は個人を潰す危険性を孕んでいます

 唯一、恋々子の瞬発力を知っていた永久莉は冷静に迎え撃つ。

勉強において恥をかかされる場面は精々、授業中に当てられる程度でしょう。

でも、運動は違います

個人競技でしたら大勢の目の前で失態を晒し、集団競技では仲間から責められる。

この手のストレスもまた、勉強では得難いマイナスでは?

そういった理由で勉強を支持するのは、逃げだと思います。

実際、言い訳として優秀ですし、勉強をしていて怒られることは稀ですよね? 

だから、勉強をしていれば怒られない。

そういう理由で、頑張る人も多いのではないのでしょうか?

 小生意気に鼻を鳴らして、恋々子は楽しそうに口を動かす。

現に、受験を失敗しただけで潰れる人がいると聞きます。

また、就職できず高学歴でドロップアウトする方も――

そういった方々は逃避から勉強を選択し、失敗を恐れ、成功体験を獲得することをしなかったからだとわたしは思います

それこそ、例外ですね。

いわゆる、非行に走る学生は運動経験者が多いそうですよ

 例外という言葉を両方にかけて、永久莉は流れを一度、止める。
(やべ……入る隙がないぞ)
(レスポンスが早すぎる……)

運動の場では、容易く才能やセンスという言葉が飛び交います。

けど、それは個人の否定に他なりません

 ふたりの後輩に目をやるも、揃って喋りださないので永久莉は口火を切る。

しかも大人の手によって行われるのですから、生徒の年齢や成熟具合では、そのまま潰れる危険性もあります

幼い頃の身体能力は人間関係に直結しますので、その場での優劣はとても大きい。

たとえ大人に悪気がないとしても運動の場、衆人環視での否定は致命的だと私は思います

もちろん、それは勉強の場でも起こりえることでしょうが

 永久莉は軽く自虐を交えることで、恋々子の思考を乱す。

(むむむ?)

(本当に自虐なんだけど、誘いと誤解してくれると嬉しいな)

 中学受験をした永久莉には覚えがあった。

(それでも運動よりはマシかな。って、あんたもなんか喋りなさい)
 永久莉は机の下で、傍観している国光の足を蹴る。

えーと、その……

自分から言い出した例外を持ち出して悪いのですが……

早生まれのスポーツ選手は非常に少ないそうです。

理由として、幼少期では1年未満でも肉体能力の差が顕著に表れ、その過程で成功体験を得られず、劣等感を抱くからと言われています

……つまり、運動では成功体験を得られる反面、可能性を潰される場合もあると
 秋人は何か喋らなければと口にだし、
(あーん、秋人のばかぁ)
(あっ! やべ……)
 意味もなく、敵に塩を送ってしまった。
先ほどから、運動のデメリットばかり語っていますが、勉強のメリットは何かないんですか?
 フォローしようと恋々子が切り出し、
運動よりも、努力の成果が得られやすいかと
 ラッキーと、永久莉が乗っかる。

また、隠そうと思えば周囲に隠すこともできるので、コツコツ自分のペースで頑張ることができます

運動だとどうしても人の目に付きやすく、上手くいかない光景を馬鹿にされるきらいがありますからね

……それに受け皿が多くなります。

誰もが、早い内にやるべきことを見つけられるわけではありません

そしていざ見つかった時、勉強をしていれば望む道に進みやすいのではないでしょうか? 

運動で進学できる人は極一部ですし

(やべー、完全におれの所為だ)
 秋人は墓穴を掘ったことを後悔し、

……一番の成功体験は、やはり異性に好かれることだと思います。

その場合、運動のほうが断然適している

 まったくもって論理的ではないものの、説得力のある意見を捻り出した。

テストで満点を取っても女子にキャーキャー言われませんが、野球でホームラン、サッカーでゴールを決めれば沢山の女子たちが持てはやしてくれます

 そうして再び、意見の応酬が繰り広げられ――
先生、判定をお願いします
 沈黙が訪れた段階で、永久莉が終了を求めた。
……いや、実に素晴らしかった。藍生がいなくなってどうなってるかと心配だったが、問題なくやっているようだな

 STYは明らかに判定から逃げていた。

 当然のように、価値論題は評価するほうも難しい。

っと、すまない。先生は他の部活の顧問もしているからそろそろ行かないと
(日和ったな)
(大勝利)
だが、加賀と林原はまだまだだな。しっかりと先輩たちから学ぶように
 自覚していることを言われると、少年たちは素直に聞き入れられなくなる。
(あぁ、これが始まる前に先輩たちが言っていた大人か)
(いやいやいや。あんたに言われたくねぇ)

あー、疲れた。

ってかココ、もしかしてSTYが逃げるとこまで読んでたの?

もち。STYに競り合った価値論題を判定できるわけないかんね
あぁ、なる。あの先生にどっちかを選べなんて、無理だもんね
そうそう。生徒たちが白熱している光景が好きだかんね。そういう時に優劣を決められないところは素直に可愛いと思うけど
ココ先輩って凄かったんですね
(つか、先輩たち怖すぎ)
えぇ、見直しました
(やっぱ、女子って怖いよな)
えへへっ
 恋々子は微塵も謙遜せず、堂々と後輩からの賛辞を受け取った。
まぁ、みんなお疲れさま
おつかれいっ!
おつかれさまです
お疲れ様でした

 ディベートは勉強でありスポーツである。

 だからこそ、成功した時に得られるモノはとても多かった。

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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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