中々に面白かったが、もう少し有意義な論題にするべきじゃないか?
急に現れた顧問はしばらく傾聴してから、そう切り出した。
ただ即興劇には慣れていませんので、2択の価値論題でお願いしますね
いきなり笑顔でまくし立てられ、STYは反射的に応じ……止まった。
先生が論題を考えている間、わたしたちは後輩に指導をしておきますから。
お時間はお気になさらず
終始笑顔で弾んだ声なのが、よりいっそう恐ろしかった。
難しいわよ。
そもそも、価値観なんて人それぞれで論理的に説明できるものじゃないもの
だからこそ、論題を選ぶほうも同じくらい難しいんだけど
そゆこと。推定論題とか政策問題を出されたら面倒くさいし。
それにディベート甲子園じゃ、2択の価値論題はないからパクることもできない
つまり、公式のフォーマットは使えず、神香原ルールで行えるってわけね。
ほんと、こういう時ココは役立つわ
政策論題を許したら死刑制度、外国人労働者の受け入れ、LGBT問題とか出されかねないし。推定論題だと、知識量がものを言うから
小学生からの英語教育に効果はあるか否か、宇宙人は存在するか否か、男性の草食化は少子化と関係あるか否か。
どっちも論題を出しやすいのよ。
1つの問題を提示するだけだから。それも世論で揉めているやつをね
ジャッジは中立っていうけど、実際は違うの。
あれは圧倒的上位よ。
一生懸命やっている人たちを、上から目線で評価できるんだもん
本来のディベートであれば、学生が先生や教授に勝つ可能性もある。
でも、それだと沽券に関るでしょ?
だから、先生や教授はディベートに参加しないで指導側に回るの
それで大人でも解決できない論題を子供たちに提示して、上から目線で解説するってわけ
たまにいるでしょ?
頼んでもいないのに、統括や纏め役をやる人
そういう能力があれば別にいんだけど、たいてい自分は他の人とは違うって悦に入っている勘違い野郎なのよ。
ただ、同じ立場で争う能力がないくせして
先輩はそれが腹立たしくて、神香原ルールを作ったのよ
先輩がSTYを顧問に選んだ理由は沢山掛け持ちしていて、扱いやすいだったからね
とりあえず、2択の価値論題となれば選ぶのも大変なの。
しかも、STYは有意義なテーマを選ばざるを得ないし
身近なとこだと進学か就職、どちらがいいかとかあるけど。
STYからしたら、それは釣り合ったテーマじゃないんでしょ
なるほど。それを選ぶと、中立に徹することができないと
そう。
一応、フォローしておくとSTYは真面目で堅物だから。
熱血教師に憧れているのか、ちょっと生徒との距離感が危ないだけ
真剣に悩んでいる様子を見ると、生徒によってはいい先生なのかもしれない。
ゆえに扱いやすい。
STYの出す論題はたぶん、学生時代に大事なのは勉強か運動ってとこよ
無難ね。けど、STYならそれしかないか。
いわゆる、究極の2択なんて出してきたら笑うわ
決まったのか、STYはテーマを発表する。
まさしく、恋々子が推測した通りであった。
勉強派に永久莉と国光、運動派に恋々子と秋人。
見事に3年生が分かれたのは偶然ではなく、恋々子のイカサマだった。
とりあえず、いつも私がやってる感じで制限をかけて。
その後は無難でいいから、ある程度会話のラリーを続けてちょうだい。
フォローするから
……とにかく、ココ先輩の頭を回転させればいんですね?
正解。
ココの場合、情報を与えれば与えてやるほど派手にぶっ飛ぶから
わたしね。瞬発力なら、ここの誰にも負けない自信があるの
また愉快なこと言ってんなと思いつつも、秋人は集中する。
まず、範囲を狭めましょうか。
スポーツ選手や学者など、そういった例外は説得力に欠けますので
構いませんよ。
それでも、わたしたちは運動を支持します。
単純な話、それがもっとも自信に繋がる行為だからです
勉強で成功体験を得るのは非常に難しい。
でも、運動だと容易なんです。
たった1回の活躍。それだけでも、人は大事にすることができる
言われた通り国光は先んでたものの、波のような言葉に呑み込まれる。
一方、勉強はどうでしょう?
満点を取ったり、1位にならないと他者からはなかなか認めて貰えません
たった1回のファインプレー、たった1度の勝利。
それで得られる拍手、優越感、自信
また、チームプレイでしたら一体感と諸々を分かち合う喜び。
それらを勉強で手に入れようと思ったら、人並み以上の努力と才能が必要になると思いませんか?
仰ることはわかります。
成功体験を獲得するのには、確かに運動のほうが優れている。
しかし、運動は個人を潰す危険性を孕んでいます
唯一、恋々子の瞬発力を知っていた永久莉は冷静に迎え撃つ。
勉強において恥をかかされる場面は精々、授業中に当てられる程度でしょう。
でも、運動は違います
個人競技でしたら大勢の目の前で失態を晒し、集団競技では仲間から責められる。
この手のストレスもまた、勉強では得難いマイナスでは?
そういった理由で勉強を支持するのは、逃げだと思います。
実際、言い訳として優秀ですし、勉強をしていて怒られることは稀ですよね?
だから、勉強をしていれば怒られない。
そういう理由で、頑張る人も多いのではないのでしょうか?
小生意気に鼻を鳴らして、恋々子は楽しそうに口を動かす。
現に、受験を失敗しただけで潰れる人がいると聞きます。
また、就職できず高学歴でドロップアウトする方も――
そういった方々は逃避から勉強を選択し、失敗を恐れ、成功体験を獲得することをしなかったからだとわたしは思います
それこそ、例外ですね。
いわゆる、非行に走る学生は運動経験者が多いそうですよ
例外という言葉を両方にかけて、永久莉は流れを一度、止める。
運動の場では、容易く才能やセンスという言葉が飛び交います。
けど、それは個人の否定に他なりません
ふたりの後輩に目をやるも、揃って喋りださないので永久莉は口火を切る。
しかも大人の手によって行われるのですから、生徒の年齢や成熟具合では、そのまま潰れる危険性もあります
幼い頃の身体能力は人間関係に直結しますので、その場での優劣はとても大きい。
たとえ大人に悪気がないとしても運動の場、衆人環視での否定は致命的だと私は思います
もちろん、それは勉強の場でも起こりえることでしょうが
永久莉は軽く自虐を交えることで、恋々子の思考を乱す。
(本当に自虐なんだけど、誘いと誤解してくれると嬉しいな)
(それでも運動よりはマシかな。って、あんたもなんか喋りなさい)
えーと、その……
自分から言い出した例外を持ち出して悪いのですが……
早生まれのスポーツ選手は非常に少ないそうです。
理由として、幼少期では1年未満でも肉体能力の差が顕著に表れ、その過程で成功体験を得られず、劣等感を抱くからと言われています
……つまり、運動では成功体験を得られる反面、可能性を潰される場合もあると
先ほどから、運動のデメリットばかり語っていますが、勉強のメリットは何かないんですか?
また、隠そうと思えば周囲に隠すこともできるので、コツコツ自分のペースで頑張ることができます
運動だとどうしても人の目に付きやすく、上手くいかない光景を馬鹿にされるきらいがありますからね
……それに受け皿が多くなります。
誰もが、早い内にやるべきことを見つけられるわけではありません
そしていざ見つかった時、勉強をしていれば望む道に進みやすいのではないでしょうか?
運動で進学できる人は極一部ですし
……一番の成功体験は、やはり異性に好かれることだと思います。
その場合、運動のほうが断然適している
まったくもって論理的ではないものの、説得力のある意見を捻り出した。
テストで満点を取っても女子にキャーキャー言われませんが、野球でホームラン、サッカーでゴールを決めれば沢山の女子たちが持てはやしてくれます
……いや、実に素晴らしかった。藍生がいなくなってどうなってるかと心配だったが、問題なくやっているようだな
STYは明らかに判定から逃げていた。
当然のように、価値論題は評価するほうも難しい。
っと、すまない。先生は他の部活の顧問もしているからそろそろ行かないと
だが、加賀と林原はまだまだだな。しっかりと先輩たちから学ぶように
自覚していることを言われると、少年たちは素直に聞き入れられなくなる。
(あぁ、これが始まる前に先輩たちが言っていた大人か)
あー、疲れた。
ってかココ、もしかしてSTYが逃げるとこまで読んでたの?
もち。STYに競り合った価値論題を判定できるわけないかんね
あぁ、なる。あの先生にどっちかを選べなんて、無理だもんね
そうそう。生徒たちが白熱している光景が好きだかんね。そういう時に優劣を決められないところは素直に可愛いと思うけど
ココ先輩って凄かったんですね
(つか、先輩たち怖すぎ)
恋々子は微塵も謙遜せず、堂々と後輩からの賛辞を受け取った。
ディベートは勉強でありスポーツである。
だからこそ、成功した時に得られるモノはとても多かった。