本日の論題:親ガチャ

文字数 5,138文字

んー、やっぱ難しかった?
えぇ、とても。

ココ先輩とペアだったからとか関係なく面倒でした

ほんっと秋人って一言多いよね
いや、ココ先輩にだけは言われたくありません
あははー、そりゃそうだ
そういうココだって、いつもよりキレが悪かったじゃない
それはエレナがいるからよ
えー、ココちゃんって人の目を気にするタイプじゃなくない?
隙あれば揚げ足を取るだけでなく、晒し者にしてやろうって害悪は例外!
わー、酷い。

そんなに酷いこと言うと、桜ちゃんを呼んじゃうよ?

それは止めてください。

正直、僕はあの人が本気で苦手なんです

桜ちゃんが得意な人はそうはいないけど、そこまで毛嫌いする人も珍しいかも
そうですか? 

アレは苦手な人が多いでしょう

でも、見ていて面白いじゃん
そりゃ見ている分には愉快だけど
こっちに絡んで来なければね
……

(この人たち、ほんと性格悪いな)

で、この後はどうするんですか? 

また、厄介な論題を消化していきます?

そうだね。

桜ちゃんを混ぜると破綻しそうな論題はやってもいいかも

その基準で決めるの止めません?
じゃぁ、今の流れでできるやつにしようか。

秋人くん、何かあったっけ?

親ガチャかこどおじ問題ですかね
なら前者だね。

後者は一般的な高校生には無縁だと思うし

いやいやいや、そんなことないですって。親戚にいたりとか? 

ありえるじゃないですか

いたとしても、一般的な高校生は軽蔑するだけで興味は持たないって
少なくとも、理解は示さないよね
 というわけで再びコイントスが行われ、それぞれの立場に分かれる。
肯定派が秋人くんと国光くん、否定派がココちゃんとトワちゃんだね
肯定派なだけまだマシか
いや、僕は立場もペアも最悪だよ
げっ、ココとか
やーん、トワとだー
 そうして、各々が情報収集と打ち合わせを始める。
 ――肯定派。
この論題で肯定派なら、おれはいくらでも話せるぞ
そうか、とりあえず自爆だけはやめてくれ
なんだ、おまえ否定派なのか?
心情的には。

僕自身、あまり良い家庭環境だったわけじゃないし

 ――否定派。
今回のわたしは最強だから頼っていいよ
てか、あんた否定派だったの?
もち! 

だって兄ちゃんと比べたら、わたしも弟も優れてるし!

1人だけ中学受験を失敗したのによく言う。

親のほうはあんただけハズレだって思ってんじゃない?

それじゃぁそろそろ始めたいんだけど……ココちゃんとトワちゃんいい?
きぃー!
 吠えている恋々子を見ながら、エレナは確認する。
問題ない。

ココ、行けるね?

いーだっ!

苦戦してても絶対に助けてやんないかんね

とりあえず、ココ先輩はやらかしそうだな
おまえもやらかしそうで怖いよ
そうして、波乱の予感がするディベートが始まる。
親ガチャとは、遺伝と環境がすべてだと示す言葉ですね
 
 
 我先に喋ろうとしていた恋々子と秋人の出鼻をくじくように、永久莉が口火を切った。


そして、子供はそれらを選べない。

つまり、運次第という状況をソーシャルゲームで行われているガチャ? に例えたものらしいですが……

(だとしたら言葉が不適切な気がするけど、インターネット発のスラングだから言及するだけ無駄よね)
とりあえず、この場においては遺伝と環境がすべてで本人の努力は無意味に等しい――という意味でよろしいでしょうか?
些か過剰ではありますが、それで構いません
 肯定派にとってはなんの問題もなかったので秋人は応じる。
とはいえ、極度の貧困や虐待のケースは除外したほうがいいでしょう。

そういった機能不全家庭の場合、親ガチャという言葉すら発せられないはずですから

(意外と冷静だな)
 やらかすに違いないと決めつけていた国光は内心で感心する。
(なんか、言わされた感があるな)
 しかし、当の秋人は違和感を覚えていた。
(無意味に等しいって言葉の所為か? あれが無駄だったら、普通に受け入れられた気がする)
そうですね。

そもそも、人生を運に例える言葉は以前からありました。それなのに親ガチャという言葉が流行ったのは、今の若者にとってそれが身近であったから――

もしくは親の所為――つまり、自分は悪くないという言葉に共感を覚えたからか
前者はともかく後者は違います。

親ガチャはそういった自己責任論を否定する言葉です

しかし、そうやって自分は悪くない。

すべてを親や環境の所為にするのはどうでしょう

現実に経済格差と学歴格差はイコールします

他にもスポーツや芸術もそう。

今の時代、幼少期の教育にかけられるお金の力は絶大です

たとえそうだとしても、そんなの関係ないと頑張る人とそうでない人。

他者から見て、どちらが魅力的に映るかという話です

ぐっ……
親ガチャと呼ばれる状況が存在するのは認めます
しかし、その言葉を肯定することはできません。

それは被害者意識を植え付け、個人の可能性を閉ざす行為になり得るからです

 永久莉はそこまで言い切ってから、国光に目配せした。
(あとはよろしく)
(あぁ、なるほど。秋人とココ先輩の言い合いを避けたかったのか。となると、秋人の奴はまんまと釣られたわけだがココ先輩は……)
(ふんっだ。トワなんて言い負かされちゃえばいいんだ)
 恋々子が沈黙を貫いているのに不安を覚えながらも、国光は弁論を始める。
仰ることは理解できます。

しかし、親ガチャという言葉を発する人たちの根底にあるのは嫉妬です

そして、嫉妬というものは恨みや怒りと違って晴らすことが難しい。また、妬んでいる自分を認識するのも嫌だったりします
親ガチャという言葉はそういった感情を紛らわせる手段に過ぎないのだと僕は思います。

つまり、単語から連想されるイメージほど酷い言い草ではないのです


確かに、ネットと現実では反応に温度差があるよね
(なんかずっと黙ってるとイライラしてきちゃった)
たぶん現実だと外聞があるからかな? 

誰かに嫉妬していますなんて、恥ずかしくて言えないもんね

 恋々子は同意から始めながらも、すぐさまいつもの煽り文句。
だからこそ、親ガチャというポップな言葉が好まれたのでしょう
 秋人はまたしても釣られてしまい、安い挑発に乗ってしまう。
下を見たらキリがないのはわかっています。そりゃ生きているだけ、SNSを楽しめる環境があるだけ幸せでしょうよ。

それでも、身近にもっと優れた環境を与えられている人が存在する

それだけでもう駄目なんです。

自分の努力や力を信じたくても、対等でない相手にどう戦えって言うんですか

もちろん、それができる人がいるのも知っています。

でも、そういう人たちは優れているんです。凡人に同じことを求められても困ります

(……うん、本物だこの人)
(……ガチ過ぎて引くわー)
(……いくらなんでも捻くれ過ぎだろ)
そういうのを身の丈を知らないって言うんだけどね。

まぁ、身の丈って相応の努力をしないとわからないものだから仕方ないか

 周囲がドン引きする中、恋々子は更なる煽り。
さっき根底にあるのは嫉妬だって国光は言ってたけど、それに加えて相手を軽んじる気持ちもあるよね
はぁ? 何処がですか
というか、知らないからこそかな?
秋人が認める優れた存在は親ガチャが当たりの人にはいないのかな?

なんか聞いてると、環境に恵まれた人の努力や頑張りを一切認めてない気がするんだよね

それって、相手を軽んじてないとできなくない?
……
……親ガチャという言葉が流行ったのはSNSの普及が原因とも言われています
 国光は分が悪いと知りながらも口を挟む。
それにより、同年代の生活格差が浮き彫りとなったからです。

何気ない食事や娯楽、ファッションや美容にかける費用など……

有名人でもない普通の人が、自分よりも高水準の生活を送っている。

それも苦労することなく、当たり前のように与えられている。

そんな風に思ってしまうのは、確かに相手を知らないからなのかもしれません

しかし自分は苦労しているのに、頑張っているのに劣っている。

それを何気ない生活の写真――目に見える形で突きつけられるのは辛いことだと思われます……

 また迷子になっているのか、国光は視線で永久莉に助けを求める。
親が子に与える影響は大きく、これを無視することは至難です。

統計学的にも機能不全家族の連鎖は認められていますし、そういう意味では親ガチャは存在すると言えるでしょう

しかし言葉こそ新しいものの、その考えは前時代的と言わざるを得ません。いわゆる、世襲制や身分制度を迎合するわけですから
(そんなつもりはないんだけど……言われてみるとそうか)
(少なくとも、それらを否定しないってことだもんな)
本来であれば、その手の古い考えは若者の価値観。

ひいては個人主義とは相いれないはずなのですが……

それが声高に叫ばれるのは、その自由が辛い人が多いからでしょう。

かつては家柄などで諦めていた恋や夢も、現代では自己責任とされます

正直な話、親ガチャの否定は残酷です。

しかし、残酷だからと言って止めるのはナンセンスと言えるでしょう

……社会的弱者に優しく、が現代のトレンドでもありますから。

そういう意味でも、親ガチャという言葉が肯定されているのかもしれません

仰る通り、なんであれ自己責任とされる世界は生きづらくあります。

苛められるほうも悪いなんて言葉がまさにそうでしょう

だからこそ、自分以外の誰かの所為にしたいのです
 感情ではなく、理論的に考えて秋人は言い切った。
 
 永久莉は褒めるように笑みを零すも、
その対象が親なのが駄目なんだよね。

親って他人とも言えないからさ

 恋々子は相変わらずだった。
親の所為にするのは、どこかに『親なら○○してくれるはず』『親なのに○○してくれない』って甘えた気持ちがあるからじゃないかな?
(こいつは……。ねぇ、もう終わりにしよう)
(わーお、トワちゃん怖~い。けど、言いたいことはわかるよ)
でも、それって甘えなんだよね。

そして、そんな甘えがあるからこそ親を見捨てられない

親をハズレだって言うんなら、真先にその親を切り捨てるべきなのにね
ココちゃん、それは一般的ではないかな?
確かに劣悪な家庭環境から抜け出した人の多くは親を見放してるけど、子供の内にそれができるのは秋人くんが言ったような優れた人だけだよ
まぁ、それはそうなんだけどね。

一応、一例として?

そんな特殊な例は駄目だよー
だってトワがなんか上手く纏めようとしてたから
ったく、そんな理由でかき回すなって
 先輩たちの様子から、とりあえず終わったと秋人と国光は溜息を合わせる。
ふぅ……なんかもう疲れた
同感。さすが面倒な論題だ
でも、一般生徒とやってたらもっと泥沼になってたと思うよ?
でしょうね。

スマホが与えられているだけ幸せだとか、マシだっていう主張が目に浮かびます

この手の論題ってお互いに想定しているケースが違うからね。

だから今回は機能不全家族を除外して貰ったわけだけど、それでもやっぱり齟齬はあったし

あぁ、やっぱあれって言わされてたんですね
なんだかんだ言いながらも、秋人って負けず嫌いの努力家だからね。

その努力を全否定する言葉はスルーできないかなって

別にそんなんじゃ……ないんすけどね
 永久莉の評価が気恥ずかしくて、秋人はつい否定してしまう。
ココ先輩が言ってた親を捨てるとか、完全に除外した機能不全家族のケースでしたね
えー? そうかな?
富裕層を羨む一般家庭じゃ、さすがにそこまではいかないかと
普通の人は自分が正しくありたい――というか、悪くないって思われたいからね。

だからこそ、どんなに嫌でも親を捨てられないってわけ

なんかブラック企業を辞められない人みたいですね
通じるとこはあるかもね。

自分が正しくありたい、正しいと思われたい人って不義理を働くことができないみたいだし

あぁ、だからこそ無断欠勤とかできないんすね。

自分が悪者になっちゃうから

そゆこと。

その中でも嘘――病気や親の不幸を理由に辞める人と、過労死するまで頑張る人がいたりするけど……

秋人は前者で国光は後者っぽいかも
それ悪口ですよね?
えー、どっちが?
どっちにしろ悪口です
 完全に雑談モードに入ったので、
今日はもうこれくらいにしとこうか
 永久莉は解散を提案した。
だね。

続きは桜ちゃんも呼んでやろっか

その場合、私も抜けていい?
えー、トワちゃんが抜けたらディベートですらなくなるよ?
今日のだってディベートとは言えないっしょ? 

それにハードルは下げておいたほうが一般生徒も気楽じゃない?

かといって、ココ先輩や桜先輩みたいなノリで来られたら困ります
そこ! 

わたしと桜を同列に扱わない!

いや、系統としては一緒ですって
見ている分には楽しいけど、一緒にいるのは面倒くさい
ほんとそれな
僕的には同じ空間にいるだけで面倒ですけどね
 全員に肯定され、
きぃぃぃぃぃぃー!
 恋々子は今日一番の奇声を発するのであった。
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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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