本日の論題:eスポーツ

文字数 4,962文字

 ディベート部に限らないが、備品らしい備品のない部室には鍵が設けられていない。

 その為、校舎を自由に歩き回れる人であれば出入りでき――

 ディベート部のシステムを知っている人間の悪戯、及び論題の提案は珍しいことではなかった。
 

 また、稀にだが生徒会を始めとした正式な依頼もある。

 今回がまさにそう。

 

 依頼主はSTY。

 1週間ほど前から、カレンダーに名前付きで論題を書き残していた。

当校でも、eスポーツ部を創りたいという要望があった。

だが、教員の間では否定的でな

 既に片手で足りないほど兼任しているにもかかわらず、顧問を頼まれたようだ。

ゲーム部があるのにですか? 

テレビだけでも、結構な数が置いてあった気がしますけど?

あぁ。だが、レトロゲームだ。

おまえたちは知らないだろうが、以前はアナログテレビといってな――

 それが地デジに代わることにより、不要となったテレビが寄付されたとのこと。
それだけじゃなくて、ゲームの本体やソフトもそうだ
つまり、お金はかかっていないと
あぁ。しかし、eスポーツとなると購入せざるを得ない
ネット環境も欲しいですしね

知っての通りウチは私立だ。

それに一芸入試枠を儲けているから新しいことはもちろん、海外の流行や文化にも寛容ではある。

それでも、な

 皮肉にも、既にゲーム部があるからこそ否定的な意見が多いらしい。
興味がない人間からすれば、同じゲームですね

そこでだ、今日はeスポーツについてディベート。

というより、導入すべきか否かをディスカッションして貰いたい

別に構いませんけど。

こういうのって、創部を考えている人たちが頑張るべきじゃないです?

ディベート部も公式の実績がないだろう?
だって、出禁ですもん
(え? 出禁だったの?)
(あえて、じゃなかったのか)

藍生(あいおい)が卒業したから、もう大丈夫だとは思うが。

参加する気はあるか?

後輩たちが強く望むのなら考えなくもないですが、今のところはありません。

参加を許されたとしても、公平な目で見て貰える保証はないですから

だったら、こういうところで頑張るんだな
 恋々子の発言を咎めずに、STYは冗談ぽく口にした。

あと、創部を考えている生徒たちも頑張っているさ。

ただ、どうしても気持ちや知識に偏り(バイアス)が強くてな。

あれでは言い包めることはできても、説得は無理だろう

……まぁ、そうでしょうね

(おれですら、そういう傾向あるし)

それにディベート部が動けば、マスメディア部も動く。

そして、多くの生徒たちが興味を持ってくれれば、生徒会も動かせる

 事前説明が終わり、STYがコイントスをする。
……まぁ、いいか

 賛成派に秋人と国光。反対派に恋々子と永久莉。

 見事に先輩と後輩に分かれてしまった。

(まぁいいかって、賛成意見は既に充分あるからか?)
(確かに先輩たちには劣りますけど……)
わーい、久しぶりトワとだ
(うわ……かなり面倒になりそう)
 そうして、ディベートいう名の意見交換が始まる。

言葉としてはたいぶ認知されてきたと思いますが、意味としてはまだまだといえるでしょう。

現にeスポーツのeが何を意味するのか、私は知りませんでした

電子を意味する、エレクトロニック。

すなわち、コンピュータゲームですね

同様に、スポーツという言葉の意味も理解されているとは言えません。

現にチェスや将棋。また、ディベートもスポーツと呼ばれます

 得意分野かつ、STYの所為で端から秋人は絶好調の様子。

なのに、eスポーツだけ槍玉にあげるのはどうかと思われます

それは否定しない理由には成り得ますが、肯定する理由にはなりません。

言うなればウチは駄目で、どうして他所はいいのかという弁論ですからね

(調子に乗らせたままだと、やらかしそうだし。ちょっと、強めに鼻っ柱を折っておこ)

加え、そこには実績という大きな違いがあります。

似たような判例をあげるのは効果的ですが、説得とは程遠い行為かと

 子供の言い分、言い包めるだけの弁論と指摘され、秋人は深いダメージを受ける。

 が、永久莉の表情から真意を察し、どうにか踏みとどまった。

(いけね、ソシャゲの時と同じ失敗するとこだった。トワ先輩ありがとうございます……けど、泣きたいくらい痛いです)

仰るとおり、eスポーツにはまだ信頼に値する実績がありません。

ですが、可能性及び関心の度合いは充分あると思います

 秋人が復活するまでの間、国光は無難な話題で時間を稼ぐ。

実際、大手企業も先駆者になろうと参入を始めました。

また、企業による発足支援プログラムもあり、これからも増えていくことが予測できます

つまり、現段階であればeスポーツ部の発足は、学校の宣伝に繋がるのではないでしょうか?

それは否定しませんが、一過性で終わる危険も大きいと予測されます。

現状、支援プログラムは年数が定められています。

また、競技の質からして費用がかさんでくることは避けられません

費用に関しましては、それこそ実績次第で他の部活動と同じじゃないでしょうか? 

それに極端な例ですが、フィギュアスケート辺りと比べたら充分に安いかと

極端な例過ぎます。

それにそういうのは先に実績がある。もしくは、充分に見込めるからではないでしょうか?

加え、実績がないからか現在eスポーツの売り文句となっているのは賞金。

学校の宣伝としてはどうかと思われます

 最初の内は恋々子に喋らせまいと永久莉は頑張っていたが、ここで隙ができてしまった。
結局、eスポーツには刹那の魅力がないんですよ
 恋々子は開口一番、どや顔で全員の頭に?マークを与える。

……はぃ?

……写真、のことですね
 僅かな間を開けて、永久莉が翻訳する。

そう! 動画が簡単に撮れる時代になってなお、写真の力は強いの! 

それはきっと、写真でしか見ることができない、最高の輝きを収めているからじゃないかな

……リアルタイムや動画では捉えることができない刹那の映像。

一連の流れにあっては見逃しがちな瞬間

そうそう!

(やっぱトワと一緒だと楽しいな~)

そこを切り取った写真は多くの人を一目で魅了します。

歴史の違いもあるでしょうが、有名な写真に比べると動画はあまり知られておりません

たとえば、将棋盤の前で熟考している姿。

ルールを知らない人でも、その画像に惹かれることはあります

でも、eスポーツにはそれがありません。

悲しいけど、eスポーツの魅力を伝えられる1枚って今のところ存在しないの

(ちょっとは配慮しろっての、このちんちくりんが)


……写真。

静止画が好まれるのは、見るべき場面が指定されているからです

動画やリアルタイムだと、素人は何処を見ればいいのか……。

いわゆる、見どころがわかりませんからね。

つまり、写真はその競技の魅力を収めた窓口と言えるでしょう

(なに、この切り口? ぜんぜん予想してなかったんですけど……)
(言われてみれば、ゲームをプレイしている姿は微妙かも)

マイナー競技がメジャーになる為には素晴らしきプレイヤー――スターの存在が欠かせません。

なのに、eスポーツで見せられるのは基本的にゲーム画面です

プレイヤーに焦点が当たるのは始まる前と終わった後。

スポーツでありながらも、プレイ中の選手が見られないのはとっても残念じゃない? 

少なくとも、動画を観た人が生で観たいと思えるような仕上がりじゃないよね

スポーツは競技を見る人と選手を見る人に二分化されます。

現に競技ではなく、選手にファンがつくことも多々あります

そのきっかけとなるのは、プレイ中か勝利映像のどちらか。

もっとも、その競技を示すコスチュームかガジェットは必要不可欠でしょうが

容姿だけなら、アイドルのほうが圧倒的に上だもん。

それでも選手を好きになるのは、ならではの付加価値があるからってこと

 恋々子は言い切った感丸出しだった。 

 ひたすらフォローに追われた永久莉は疲れた表情で、発言を譲る。

仰ることはわかりますが、eスポーツにもならではの映像美や動きはあります。

想像もできないような動きや操作。戦略に出会った時には感動さえ覚えます

それは知らない人からすれば、アニメを観るような光景になりませんか? 

また、AIでいくらでも再現できますよね?

かつてAIの誕生により、将棋やチェスのプロプレイヤーには存在価値がなくなると言われていました

しかし、結局は残っています。

AIのほうが優れていたとしても、観客が求めるのは人間同士の争いです

一見して、人間同士の争いだとわかりづらいのは大きな問題点ですね。

傍から見ると、不正かどうかもわかりにくいもん

(競技の話になると、ついていけないのよねぇ……)

正直、既存のスポーツよりも誤審は少ないと思います。

審査するのが人間じゃないですから

試合はそうでしょうが、テレビやネットに流す際の映像はいくらでも偽装できますよね? 

いわゆる、凄さを表すスーパープレイとか

(ゲームの話になると、ついていけないな……)
……やろうと思えば偽装が容易いのは、他の競技も同じでしょ?

凄さが伝わりにくい、という意味ではそうですね。

将棋やチェスなど、説明されたとしても理解しがたいですし

 秋人と恋々子の言い合いにならないよう、永久莉は割って入る。

eスポーツの良いところは公平性だと思います。

言葉は悪いですが、障碍者であっても健常者とフェアに戦えますし、性差を始めとしたハンデもありません

 これ幸いにと、流れをぶった切る形で国光がねじ込む。

また、プレイする環境を整えるのも比較的容易だと思われます

その為、幅広い層にアプローチすることができます。

多くの集客を望むのであれば、eスポーツのオリンピック参加もそう悪くないはずです

 得意分野だけあって、秋人もすかさず乗っかる。

実際、少子化は日本だけの問題ではありません。

既存のスポーツに頼っていては必ずどこかで破綻するでしょう

マーケティングで言うところの見込み客(リード)は確かに期待できますね。

ただ、問題はその育成。

ゲームのイメージが従来のままでは、とても獲得にはいたりません

事実、公平性を謳っている割にプロプレイヤーは男性に酷く偏っています

また、そのリードが多いからこそ利権も強くなるんじゃない……かな? 

競技で扱われるのは一企業の商品なわけ……ですし

 恋々子もこの流れに合わせる。

どうしたって独占は許されず、競争は必至……でしょうっ
……
(ひゃーん)

 何故なら、永久莉が男性陣に気づかれぬよう手綱を握っていたからだ。

 同性だからこそ、できる手段。机の下、スカート越しとはいえ太ももに手を置くなど男子には不可能であろう。

企業間の競争はなにも悪いことではないでしょう? 数多の競技でもあるのでは?

争う土台があれば、ね。

日本においてはまだ、協力しなければいけない段階だと思われます

 そうして再び、両者言い合い――
これくらいでいいだろう
 STYが終了を告げた。

あー、疲れた

(誰かさんの所為で)

賛成派だったら、もっと沢山喋れたのになー

ココ先輩は充分過ぎるほど、喋ってましたよ


えぇ。ココ先輩の切り口が特殊過ぎて、応急処置に追われました

いや、お互いに良かったぞ。

競技自体はいくら説明したって、どうせ理解して貰えないだろうからな。

こういった面からの意見は実に助かる

 STYはそう評して、部室から退出した。
どうなりますかね?

ゲーム部が名前変えるか、そこから派生する形になるんじゃない?

今回だって内容云々、生徒たちが強い意識を持って自主的に動いていますよってアピールが目的だろうし

STY、そういうの好きだもんね
頼りにはなるんでしょうが、そこに巻き込まれるのはしんどいです
でも、生徒の意見を第一に考えてくれてるわけだし
そうね。公式の大会に出ろとか、面倒言わないのは助かるわー
そう言えば、ふたりは出たい?
いえ。今のところは別に
(上辺だけでもいいから、適当な会話ができるようになるのが当初の目的だし)
あんま興味はないです
(公式の大会って絵的に微妙なんだよな。どいつもこいつも早口過ぎて)
なら、今まで通り適当でいいか
いえーい
 恋々子がハイタッチを求めてきたので、後輩たちは応じる。

 ディベートには多種多様のスタイルがある。

 同様に、競技(スポーツ)に準じる者たちにも――

 

 だからこそ、誰もが公に認められたいわけではなかった。

 

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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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