本日の論題:メリークリスマス

文字数 3,222文字

 ディベート部では随時テーマを募集しているものの、その提供はさほど多くない。

 特に正規の手順――名前と所属を明らかにして顧問に提出――を踏んだケースに関しては、月に1度あるかないかだった。


 だというのに今月はやたらと数が多くて、連日ディベートをする羽目になっていた。

えーと……

今日はクリスマスを祝うべきかどうか、ね

 疲れているからか、永久莉のテンションは低い。
というか、4回ほどクリスマス関連が続くわ

ある意味、楽でいいけど。

注意しないとネタ切れになるから、気を付けてね

 それでも、先輩らしい姿勢で喚起をする。
わかりました。脱線しないよう気を付けます
調子に乗らないよう、気を付けます
 国光と秋人は素直に受け取り、小さな先輩を見やる。

ちょっと何よ? 

わたし、先輩ですけど?

 忠告されるまでもなくわかっていると、恋々子は小さな胸を張る。
(だって、一番心配ですもん)
(巻き込み事故はごめんです)

 後輩たちは口にださず、心に留めるだけにしておいた。

 彼らもまた、連日の部活動で疲れていたからだ。
 

 ディベートはただ喋るだけではない。

 常に頭を働かせ、思考の瞬発力と柔軟さを求められる。
  また、感情的にイラッとくる時もあり――それを留めるのに多大な理性、精神力を必要とした。

(ほんと、ここ数日ココ先輩のせいで最悪だった)
(この人と毎日接している同級生って、ほんと凄いな)
じゃぁ、始めましょうか

 後輩たちの疲弊と気持ちを汲み取って、永久莉がコイントスをする。

 祝う派に永久莉と国光。

 反対派に恋々子と秋人。

そうして、クリスマス・ディベートが始まる。

クリスマスを祝う必要はありません。

我々は日本人ですし、多くは無宗教ですから

 恋々子が口火を切る。
それに今となっては、クリスマスの意味合いは大きく変わっています
クリスマス商戦という言葉があるように、もはや商売の1つに過ぎないでしょう
 恋々子が暴走しないよう、秋人も口を挟む。

独りきりのクリスマス。

ぼっちで過ごすのは惨めみたいな感覚も、消費者を煽るだけの台詞ですよ

 と思いきや、どうやら感情と一致して口が滑った模様。

そりゃ、本気で祝うのならいいですよ? 

教会に行ってお布施するなり、チキンではなく七面鳥を食べたり……

 ぼそぼそと、秋人は陰気な口調で言い連ねる。

家族で過ごすのであれば構いません。

けど、恋人と祝うのはどうかと。

しかも、それこそが正しいクリスマスの祝い方って感じを出されると、正直腹が立ちますね

(感情、こもり過ぎでしょ)
(こいつ、大丈夫か?)
実際、商戦主義に関しましてはローマ教皇も苦言を呈しています

 しかし、恋々子も先輩。

 後輩の暴走をフォローする力はあった。

もっとも大事な精神、内面からの喜びが外部からの刺激――誘惑と欲望に汚されていると

その一例として、愚者の贈り物があげられます。

貰ったクリスマスプレゼントを換金するほうが悪くて汚いのに、あげるほうのセンスの無さをあげつらい馬鹿に――

――なんすかっそれ! 

超酷いじゃないですかぁっ!

 知らなかったのか、食いつき気味に秋人が喚く。
……仰ることはわかりますが、もはやクリスマスは日本に根付いた行事です
 気圧されながらも、永久莉は反論に入る。

江戸幕府の禁教令以前。

また隠れキリシタンや長崎出島を除くと、日本で最初に受け入れられたのは1900年

つまり、既に100年以上の歴史があるということです
たった100年、とも言えるんじゃない?

伝統や旧いモノを大切にするのが、さも素晴らしいように言われますが……。

それに拘るあまり、新しいモノを否定することがあってはならないと思います

個人的な意見で恐縮ですが……。

クリスマス否定派の方々が、日本古来の行事を大切にしているとは思えません

 ここで国光も参戦する。

むしろ、根付いている――歴史があるからこそ、否定している節が感じられます。

すなわち、現代の流行りともいえる既存の在り方の否定ですね

おれたちだって祝うな、とは言いません。

ただ、祝うならちゃんとしろと言いたいんです

(……いや、あんたは絶対に祝うなって思ってんでしょ)
(少なくとも、おまえは違うだろ)
(やーん、なんか秋人と同じ立場にいたくない)
友人や恋人と過ごさないだけで、灰色のクリスマス扱いなんて言語道断ですよ!
その結果、クリスマスを祝わないだけで異端扱いされることもあります

(秋人を黙らせる意味でも、ちょっとぶち込んじゃおうっと)

中には宗教上の理由から、祝えない人がいるにもかかわらず――
――日本人は宗教アレルギーとまでは言いませんが、懐疑的ですからね
(面倒くさくなるから、その問題は持ち出すな)
(えーん、トワのばかぁ)
 とはいえ、ぶち込んだ自覚はあったので恋々子はすぐさま話題を変える。

当然ですが商戦主義が進んだことにより、クリスマスを祝えなくなった人たちもいます。

単純に働く人が沢山必要なわけですからね

そして、そういった方々を可哀そう、負け組と揶揄する流れもあります
それはクリスマスを祝うのが当然で、幸せだという価値観の所為です
汝の隣人を愛せ、という言葉すら知らない奴らがクリスマスを祝うからですよ

 相変わらず、秋人はやさぐれていた。

 疲弊から、理性が弱まっているのかもしれない。

難しい問題ですが、少数派に合わせることが必ずしも正しいとは限りません

たとえば片親に配慮して父の日や母の日を無くすなど――


(あー、駄目だ。脱線してる)

物乞いに金銭を渡すに等しい行為――その場しのぎに過ぎないでしょう

 場を乱す行為があると、釣られる者が現れる。

 特に永久莉を場を支配しようとする気概が強いので、影響を受けやすかった。

慎ましく貧しい馬小屋の光景から何を学べるか、というローマ教皇のお言葉にあるようにそれはとても難しい問題です
 また、女系家族の永久莉は怒鳴り声や勢いに弱いこともあって後手を踏む。
(駄目だ、今日の私……)
クリスマスではありませんが、日本では楽しいイベントや行事に興じる行為を不謹慎と詰る流れがありました
 国光が助け舟を出すも、

(……ここから、なんて言えばいんだろう?)

 その船は早々に沈んでいた。

しかし、他者への配慮は自主的でなければ意味がありません。

いくら正しかろうとも、多数派を蔑ろにしてしまえば更に多くの不満分子が生まれます

 永久莉は反射的にフォローに回り――奇しくも、調子を取り戻す。

もはや、クリスマスは一大イベントです。

その流れに逆らうより、乗ってしまうほうが楽だと思います

加え、昨今につきましては独りでも楽しめる環境が充分に整っているかと
 国光もどうにか流れに乗っかり――

そりゃ顔が良い奴はな。

悪い奴はもう駄目だ

 またしても、秋人がぶち壊す。

あっ、やっぱり? 

お察しですわって空気をひしひしと感じるんだぞ!

(もう、こいつ黙らせようか?)
(もう、黙らせたほうがよくないか?)

可愛いコだってそうです。

――寂しいんでしょ? 

みたいな感じで阿呆な男どもが寄って来て大変なんだから!

 しかも、今回は恋々子も乗っかり――

はぁ? なんすか、それ? 

自慢すか? 

そんなのと一緒にしないでほしいですね!

それ、こっちの台詞だしっ! 

っていうか、今日の秋人ぜんぜんディベートできてないからっ!

 そのまま、仲間割れ。

 珍しく、恋々子が正論を説いている。

個人的な感情を持ち込むんなら、もっと巧く言いなさい!
いやいや、普段のココ先輩よかマシですって!
(やっぱ、疲れていると駄目ね)
(なんでこの二人は疲れているほうが喧しいのかな)

ほら、そういう具体性に欠けることをすぐ言う! 

決めつけ、浅はか、妄想に支配されていませんかぁ?

そういうココ先輩だって、抽象的で曖昧なことばっか言うじゃないですか! 

あと余計な一言が多い

はぁ……


(明日から、大丈夫かしら?)

はぁ……


(こういう時、顧問にいて欲しい)

 そうして、クリスマス・ディベートの1日目はぐだぐだに終わるのであった。
 
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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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