本日の論題:ユーチューバー

文字数 3,958文字

 私立神香原(かみかはら)高校ディベート部は、意見の対立を争う競技ディベートを主な活動としている。

 

 とはいえ、部員数はたったの4人。

 なので常に2対2の構図かつ、ジャッジをする人もいなかった。

 

 もっとも、主催されている大会には参加する気がないので問題ない。

 

 その為、発言回数や時間などの制限もなく――ゆる~い議論かつ言葉の応酬を楽しむことに重きを置いていた。

 

 

よろしくね、国光(くにみつ)
……えぇ、本当によろしくお願いしますよココ先輩

 どちらの立場で発言するかは、当日にコイントスで決まる。

 ペアも同様で、その時になるまでわからなかった。

 

 ――ディベートとは、個人の主義や主張を持ち込まない論理的な討論である。


 実際、公式ルールでは論題すら開始直前に提示されるスタイルが多い。

 ただ、そのような即興劇をやるにはかなりの実力が必要となるので、ここでは事前に決めた論題で言い争う。

 

国光的にはどうせ否定派だろうけど、手を抜いちゃダメだかんね

(ココ先輩と一緒だと、手を抜く暇なんてないですから)

……えぇ、わかっています

 今回、肯定派に回ったのは3年生の染谷恋々子(そめやこここ)と1年生の加賀国光。

 恋々子はやる気満々に敵陣営へと目をやるも、国光は不安げな瞳で隣に座る先輩を見ていた。

わかっているね? 秋人(あきひと)
もちろんです。トワ先輩
 否定派は3年生の鷹司永久莉(たかつかさとわり)と1年生の林原秋人。
自爆するのを待てばいいんですよね?

正解。

ココは心から賛成派だろうから、調子に乗って口を滑らすわよ

 永久莉は口の端を釣り上げる。

 唇が薄いからか酷薄な印象を与え、秋人はぞくぞくしながらも対面に座った相手を見る。

 

 が、視線は交わらない。

(どうしたら、ココ先輩を黙らせることができるだろうか?)

 国光にとって、最も厄介な敵は味方にいたからだ。

 そうして、ディベートという名の詭弁の応酬が始まる。
将来、子供のなりたい職業にユーチューバーがあがったことは大勢の人が知っているかと思います
それにより、その存在を知らなかった親や祖父母の世代にも認知されることになりましたね
……えっ?

つまり、彼らにとっては未知の職業なのですよ。

そんなモノに子供がなりたいと言えば、素直に賛成できないのは当然のことでしょう。

それは自分たちの人生経験が役に立たず、助言もできないことに繋がるのですから

そうです!

否定派の人たちはそもそも理解をしていないのです!

 早くも、恋々子は乗せられていた。

 台詞を奪われ勢いを無くしたところに、揚げ足を取りやすい発言。

 罠とも気づかず、意気揚々と攻める。

実を言うと、僕も理解していません。

どうして、誰からも評価されていない素人の芸、と言えばいいのでしょうか? 

それを求める人が大勢いるのか

(たぶん、この中で一番詳しいのはおれだろうけど)

 国光が手を打つ前に畳み込む。

 本心とは違うぶん、秋人は冷静に言葉を操ることができる。また、恋々子を調子に乗らせるだけなので実に容易かった。

……

(おまえが選んだ論題のくせして、いけしゃぁしゃぁと言いやがって)

 一方、国光はそうはいかない。

 恋々子は何を言い出すかわからないので、どうしても後手を踏んでしまう。

まず、テレビではできないことをやっているからです

若者のテレビ離れは進んでいます。

ですが、幼い頃に観ていた媒体だけあって、誰もがその力を知っています。

つまり、テレビで許されない行いをすることは「力に逆らっている」と解釈できるでしょう

 恋々子は言葉足らずなところが多いので、味方になるとそのフォローに追われてしまう。

それに加え、子供には大人や社会が厭うモノや行為を好む時期があります。

そして、一世を風靡(ふうび)するブームに否定はつきもの。

それにより、ファン層にまで見返してやりたいという心理が働いて爆発的に流行るそうです

事実、サブカル発祥の媒体は(おおやけ)に認められたがります。

他にも、目に見える数字や反応を好む傾向が強いそうです

 しかも、そのフォローに対しても言葉を足してくるので、国光に思考する余裕はなかった。

反社会的行為ということですか?

それは違います。

確かに、そういった面もあるかもしれませんが、学生運動や暴走族といった既存の反社会行動と同列には語れません

 返しやすい質問は、時に相手を疲弊させる。

 国光も反射的に答えてしまい、失敗を自覚していた。

 次を考えれば考えるほど、口が動く。

どちらかと言えば、若者間における流行やブームといった位置づけです。

いわゆる、自分たちだけに通じる世界。

大人からの解放を疑似的に体験できる……

 とにかく、時間を稼ごうとして無駄口が過ぎ……疲れる。

また自分からアクセスすることで、見せられているのではなく、観ているのだと心理が働き――

なるほど。若者特有のブームですか。

だとすれば、否定派の意見もわかりますよね? 

そういった一時のブームが辿った道を、幾度となく見て来たのですから

 そう言って、永久莉はかつてのブームを羅列し――

その中には終わったのではなく、別の媒体や形態へと成り代わったモノが多数存在しています

 SNS、ソーシャルゲーム、チェーン店、スマートフォン、web小説と恋々子は早口でまくしたて、永久莉の意見を否定する。
そして、ユーチューバーもそのひとつです

……仰る通り、若者にしか受けないかもしれません。

ですが、海外にも発信できるので、今までのブームとは同列に語れないかと。

それに似たような芸能分野と比べると、活動資金がかからないのも大きい。

なんであれ、夢を目指すのは大事なことです。

失敗することもまた、同じくらい大切です。

そして、ユーチューバーであれば心に傷を負うことはあっても、肉体的、財産的に破綻することは少ないので……

 国光は補足しつつ、わざわざ強く反対することではないと主張した。
しかし、現実に逮捕者が出ていますよね?

それは、あらゆる業界においても同じです。

また度の越した悪ふざけに関しましては、規制が入るように動いています

それだと、先ほどに主張した視聴者の心理を裏切ることに繋がるのでは?

……

(そんな人たちの心理なんてわかりません)

 恋々子に喋らせたら駄目だという一心で喋り続けた結果、国光は墓穴を掘る。

 討論における自己矛盾は致命的に痛かった。

先ほど、国光が主張したのはあくまで一例なのです
 後輩を助けなければ、と恋々子ははりきる。

ユーチューバーは主にひとりでの活動が多く、いわゆる今まで若者の間で流行った反社会的な活動とはまったく別モノ。

また、それこそがテレビでは得られない視聴者の獲得に繋がっているのです


なるほど。それはなんでしょうか?

(おれだったら、もっと巧く説明できるのにな~)

3人以上になると、喋れなくなる内気な層です。

そういった人たちは、2人以上の人間が楽しそうに喋っているだけで、劣等感を抱き孤独に苛まれるの


……

(ココ先輩。独特の切り口と視点は凄いんだけど、途中から手段と目的が入れ替わるんだよな)

でも、1対1だと自分だけに語りかけていると錯覚することができます

 隙あれば、恋々子は自分の知識を引け散らかす。それも心から楽しそうに――さながら、質の悪い辻斬りである。

そして、その手のタイプは年々増えてきています。

最近の若者はコミュニケーションを嫌っていると言いますが、そんなことはありません


会話の傍観者になるのが嫌なだけで、彼らは切実に対話を求めているのです。

ただ、現実だと自分優位のコミュニケーションが取れないから、大人しいだけなの

~♪

(チョロい)

 相変わらず、敵に回すと愉快で面白いと永久莉は小さく笑う。

 もっとも、味方になればこれほど恐ろしい相手はいないだろうが。

結果、心は飢餓状態。

だからこそ、相手にしてくれるなら誰でもいい。

そういう人たちにとって大事なのは、ちょっかいをかけやすくて、自分の起こしたアクションに反応を示すかどうか

(凄い弁舌だけど、まーた論点が取っ散らかってる)

つまりなんであれ、他者とのコミュニケーションを求めているから、SNSを始めとした匿名ネットで素性も性別もわからない相手に絡むのです

 恋々子は典型的な注意力散漫型だった。

 思いついたら止められず、ころころと転がっていく。

そちらが懸念した通り、規制によって減る視聴者はでてくるでしょう。

でも、確実に増えていく層もいます。

また、自らアクセスしないと目に入らないのでクレームにも繋がりにくい。

国光も言ったけど、ローリスクは大事なのですよ

 恋々子は自分にもわかっていると主張したいのか、いちいち国光の発言まで拾った。

仰る通り、リスク管理が大事な時代になりました。

それにネットリテラシーが度々、問題視されるような事件も増えてきていますので、教育の面から見れば素晴らしいのかもしれませんね

 永久莉は受け入れる姿勢を見せてから、本題に入る。
では、そろそろ職業としてどうか、について話し合いましょうか?
……えっ?
……はぁ

 既に燃え尽きていた恋々子は嘘? と首を傾げる。
 国光もしてやられたと、項垂れる。


 今まで、無駄な論争に付き合わされただけだった。

おふたりの弁説のおかげで、ユーチューバーについてはよくわかりました。

それを目指すこと自体を強く否定する必要はなく、教育として割り切ってしまえばとても素晴らしいものだと

ユーチューバーの収入は投稿した動画の再生数や、再生時間によって支払われるパターンが多いですね。その契約は個人か事務所に所属するかによって違うようですが……
 一方、永久莉と秋人はまだまだ余裕であった。
……あぅ

 ディベートは競技である。

 すなわち、相手をいかにして疲弊させるかが勝敗を分けるのだった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色