本日の論題:流行り《ブーム》

文字数 5,075文字

 私立神香原高校の文化部において、認められる活動実績は様々である。

 たとえばパソコン部であれば、他の部活動のHP作成。

 ゲーム部であれば、地域の子供たちやご年配方を招いたゲーム大会やレクリエーション。

 マスメディア部は学校や生徒たちに関わる広報などなど。
 

 そして、ディベート部の場合は生徒からの要望に応じたディベート。

流行り《ブーム》に乗るべきか否か……

 もっとも、匿名はその限りではない。

 実績として認められるのは、あくまで名前と所属を明らかにして顧問に要請――決まった手順を踏んだ場合である。

はぁ……めんどくさ

 誰もいない部室で永久莉はぼやく。

 匿名、もしくは部員の要望であれば無視してもいいしサボることもできるが、顧問の認可付きとあればそうもいかなかった。

でも、ココたちに任せるわけにはいかないし

 基本的にディベートの内容は録音することになっている。そして、そのデータをパソコン部に渡すまでがディベート部の役割。

 その後、パソコン部が書き起こしてHPに掲載。それをマスメディア部が転載しやがるので、最終的には多くの生徒の目に触れてしまうのだった。

無駄に敵を作るのもねぇ……

 結果、誤解されることもしばしば。

 ディベートには個人の主義・主張は関係ないといくら注記しても、通じない相手はいるものだ。

 もっとも、それは人目を引く為に煽るような文言にするマスメディア部の責任でもあった。

これだから一芸入試組は

 かつての先輩たちを筆頭にして、恋々子、マスメディア部の部長とロクな人間がいなかった。

 傍から見るぶんには愉快だろうが、関わるとなると心底しんどい。

あ、トワ先輩。早いですね
おっす、国光
 水曜日に限り、全学科5時間目で終わるので、このふたりが早くなるケースもあった。
今日は持ち込み論題ですね

そう。

準備は大丈夫?

まぁ……

でも、僕がいくら気を付けてもココ先輩は止められませんし……

 前回の部活動が尾を引いているのか、国光は不安そうに漏らす。
ココは悪い面で藍生(あいおい)先輩の影響を受けてるから
その藍生先輩がいた時って、やっぱディベート部の風当たり強かったですか?

そりゃね。

しかも、悪ノリしてか変な論題の持ち込みも多かった

例えば?
下ネタ系
……先生の許可下りたんですか?

藍生先輩、口は達者だから。

海外に比べて性教育が遅れている点。また、その必要性を歌うように訴えてね

あぁ、なるほど

他にも厚生労働省が実施しているアンケートとか、警察庁が出した国内における性犯罪のデータを駆使して丸めこんでたよ

 ――と、廊下を駆け走る音が響いて来た。
この音、ココね
わかるんですか?
足音の間隔が短いから
(脚が短いからか?)
 国光が失礼なことを考えていると、

やったったっと、わたしの勝ちー♪

いや、誰も競争なんてしてませんからっ!
  恋々子と秋人がやって来た。
その割には頑張ってたじゃん

ココ先輩が大声で煽るからです。

廊下で遅いだの、のろまだの。

名指しで言われたら、恥ずかしくてそりゃ走りたくなりますよ

それじゃ、始めましょうか
えっ? ちょっと休ませてよぉ~
悪いけど、私この後の予定が詰まってるから
トワの鬼ー、けちんぼー
(なんてね。ただ、あんたが疲れている内に始めたいだけよ)
それにSTYもまだ来てないじゃんかぁ?
いてもいなくても一緒

 そう言って、永久莉はコイントスをする。

 実際、持ち込み論題は優劣をはっきりさせないので第三者を必要としていなかった。

流行りに乗るべき派が私と国光……ね
うわぁ、見事に逆って感じ?
うっさい
 自覚はあったが、恋々子に言われると腹が立って仕方がなかった。
わかっていると思うけど、今日は持ち込み論題だから
この時期にこの内容って1年生かな?
たぶんね
 プライバシーを考慮して、企画者の名前を知っているのは顧問だけだった。
 そうして顧問不在のまま、ディベート部の正式な活動が始まる。

ブームに乗る必要はありません。

どうせ、一過性で終わるのがほとんどですし。昨今においてはただの宣伝、売る為のマーケティングに過ぎないんだもん

 疲れているくせして、恋々子はいきなり捲し立てた。
行列さえ、お金を使って作れるんだよ?

(……しくった。脳に酸素が足りてないのか、喋り方からして駄目だ)

それに今の時代は情報過多です。

しかも、ネット上においては個人で容易く発信できるからか、その内容はまさに玉石混合

 同じく疲れているからか、勢いだけで秋人も続く。

そして、人は目に見えるモノに騙されやすい。

それも自らアクセス――見つけた情報だと、無条件で信じてしまう傾向が強いんです

結果、ブームでないものでもそのように感じちゃうの。

昔でいう雑誌に載っているから、テレビでやっていたから凄い! ってやつをネットで感じちゃうの

でも、それらとネットは一緒にできません。

単純にかかっているお金と労力、動かしている人間の数が違いますので

ネットに疎い人には難しく感じるかもしれないけど、HPを作ったり流行っているように見せかけるのは非常に簡単なんだよね

実際、ネット上では賑わっていたのに店舗に行くと廃れていた。

というか、潰れてたってケースもけっこうあるし

匿名だから『正直』、しがらみがないから『本当』という考えは時代遅れと言わざるを得ません

もちろん、中には本物もあるでしょう。

ですが、責任を持たない人間――果たすべきリーダーのいない集団は、非常に厄介で面倒……

それを集団浅慮――グループシンクと言います

 秋人の言葉を最後まで聞かず、恋々子はねじ込んだ。
他にも綱引き理論、社会的手抜きなど似たような現象は世界中で見られます。

自分が集団のひとりであると思った時点で、身体能力はおろか認知能力まで衰えちゃうの

これの怖いところは、本人が全力を出していると勘違いしてるとこね

ココ先輩なんかは、ひとりでも勘違いしますけどね
そうそう――ってどういう意味よ!
(……ふたりともハイになってるな)

 国光はついつい気圧されてしまう。

 普通、疲れているなら黙って休むだろうに、二人はひたすら喋り続けるどころか、無駄な言い争いまで挟んでいた。

それにネットは広いようで狭い。

たいていの人は決まったサイトにしかアクセスしませんし、自分が好む情報にしか目を向けません

つまり、無意識の内に偏向(バイアス)がかかった状態で判断していることになります

たとえば若者たち。

それに自分は世間から蔑ろにされている、と感じちゃってる人たち。

彼らはその世間が厭うモノを、無意識に好む傾向があるよね

たぶんだけど、それは反抗心からくるもので――正しいモノとして、押し付けられるすべてを嫌ってるからだと思う

そうして、自分で決めたことに拘っちゃうの。

いわゆる、自意識の目覚めって奴

(ココの奴、いつにも増して取っ散らかっているじゃない)

自分を認めない人たちが否定するモノを好むのは、それがてっとり早いからかな?

だから、そういうのが公に取り上げられると打って変わって攻撃的になっちゃうわけ。

――ざまぁ、ってね

少数派として追いやられた人間でさえ、場所が変われば多数派に回ろうとします。

身をもって、数の暴力を知っているからでしょう


その所為か、ブームの立役者になろうとする人間は現実、ネットを問わず実に多い。

しかも、彼らは巧妙にあたかも流行っているかのように情報を扱います

(秋人まで完全に釣られちゃって……もうっ!)

で、最初に戻るけど――本当の意味でのブームなんてほとんどないの!

だから、そんなのにわざわざ乗る必要なんてありません

特に、置いていかれることに不安を感じて乗るのは最悪です。

将来、詐欺などに騙される確率も高くなりますから

それを予防する意味でも、一過性のブームに乗らない強さを身に付けることをお勧めします
はぁはぁ……やんっ
ぜぇぜぇ……うぅっ
 息も耐え耐えになりながら、ふたりは言い切った。
仰ることはわかりますが、私はブームに乗るべきだと思います
 しばらく反論はないだろうと、永久莉はマイペースに話を進める。

思うのですが。

最近の傾向として、どうも騙されることを病的に毛嫌いしている人が多い気がしてなりません

……騙されるのは、嫌に、決まってるじゃん
(まだ、喋るか……)

ですが、些か度が過ぎている節が感じられます。

ほんの僅かでも損をしたくない、ほんの僅かでも得をしたい

数字(すうじ)の世界においてはそれでもいいでしょうが、気持ちの問題となるとあまり健康的じゃありません。

現にそちらが危惧した、偽りのブームに振り回される方々がそうじゃないでしょうか?

僕たちは高校生ですが、幼少期に流行った話題で盛り上がることは多々あります。

だとすれば、大人なら尚更じゃないでしょうか? 

事実、かつて少年少女だった大人を対象にした商品展開――いわゆる、ノスタルジック商法は年々増えていますし

つまり、将来の投資と考えてブームには乗るべきです。

他者と仲良くなる為の話題として、かつて流行ったモノは実に強力かと

結局、多くの職業においてコミュニケーションは必要不可欠となりますから

コミュニケーションに自信がない人こそ、ブームに乗ることをお勧めします。

ブームは同世代において共通の話題になりやすく、ある種の一体感を生み出してくれるので

言いたいことはわかるけど、それって危なくない? 

――っと

コミュニケーションのたいはんをブームという強力な武器に依存しちゃうと、もしそれを失った際、とってもマズいことになると思うんだけど?

 STYがやって来るも、恋々子は止まらなかった。
最悪、ブームに乗らないと不安になったり、その弱みを衝かれて詐欺にあったりさぁ

依存までいけばそうでしょう。

でも、似たような危険性はそちらにもあります

 続けるようジェスチャーをいただいたので、永久莉も反撃に移る。

病的にブームを嫌うと、必然的に多数派を敵に回します。

巧く立ち回る能力がなければ周囲から孤立するだけでなく、そのまま社会に馴染むこともできなくなると思いますが?

実際、幼少期のブームに取り残されると友達を作るのが難しくなります。

それは初めて味わう疎外感の記憶として定着し、思春期だけでなく大人になるまで引きずることもあるとか

また少数派の人間はよく言えば結束が強く、悪く言えばコミュニティへの依存度が高い

結果、いつまでも脱することができず。

その場に不釣り合いな年齢になっても居座り、ますます社会から孤立していく

でも、それは個人の問題で済みます。

一方、ブームに乗った人々はどうでしょう? 社会や世間に多大なる迷惑をかけていませんか?

 永久莉と恋々子は熱くなっているのか、互いに余計な一言が多かった。

 

わかりやすい例をあげますと、アライグマなどの外来生物。

他にも不法投棄など、ブームが残していった傷跡は多岐に渡ります

若者間でいえば、ブームに乗る為に援助交際や万引きなどの犯罪に手を染めたケースもニュースになりましたね

……いわゆる、女子供を狙った凶悪事件の犯人は社会的に孤立した人間が多いそうですよ

 釣られるように後輩たちまで論争に参加したのを見て、
ちょっと待て
 顧問が制止をかける。

盛り上がっているところなんだが、どちらがより悪い、という弁論は控えて欲しい。

論題の企画者が知りたいことは、そういうのではないと思う

 そして、教育者らしい台詞を口にした。

……そう、ですね。

すいません、つい熱くなってしまいました

 自覚のあった永久莉は素直に謝罪する。

夢中になるのは構わない。

極論であろうとも、多種多様な意見がでるのもな

……
 一方、恋々子は沈黙。自分の発言を思い返そうとしていた。
不安を煽る発言に説得力があるのもわかるが、ほどほどにしないとディベートではなく口喧嘩に聞こえてしまうぞ
(あー、確かに。つか、顧問らしいとこ初めて見た)
(……自分の価値観と一致しないと、そういう傾向になりがちかも。うまく擁護できないからか、つい向こうを落としてしまう)
 ふたりも内心で反省を示す。
思ったんですけど、これは論題が不適切です
 そんな中、恋々子は自分たちを棚上げして論題の所為にする。
どういう意味だ、染谷?
たぶんですけど、企画者が知りたいことってこっちじゃないですか?
 そう言って、恋々子は新たな論題を提示した。
ずばり、友達を作るべきか否かです
(もうっ! また、面倒で敵を作りやすい論題じゃない)
(ココ先輩、それは失礼過ぎますよ)
(それは余計なお世話かと……)

 部員たちが内心で恋々子をなじる中、

なるほど。

一理あるな

 STYは彼女の誘導に乗ったのだった。
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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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