疲弊している後輩たちをしり目に、恋々子は絶好調だった。
(……なんか、友達が姉なんてウザいだけって言っていた気持ちがわかるわ)
(……2年生の部員がいない理由がなんとなくわかったかも)
(藍生先輩っていう変人の所為だって聞いてたけど……この人たちも充分酷い)
私だって女のコなんだから、好き勝手に喋るのは好きなの
(……トワ先輩って笑えばめちゃくちゃ可愛いんだよな)
ていうか、あんたらも楽しんでるから続けてるんでしょ?
正直、止めようと思ったら、いつでも止められるわけだし
永久莉の指摘は正解である。
ぶっちゃけ、恋々子は場の雰囲気が盛り上がればなんだっていい性格。
なのでキレたふりでもして、低レベルな口喧嘩に移行したところで、なんら問題はない。
1回くらい、正面からぶちのめしてやりたいといいますか
たとえふりだとしても、キレたりしたらココ先輩って煽るじゃないですか?
何日も何日も下手したら一生……
後輩たちが軽口をたたき合う様子を見て、恋々子は喜ぶ。
そういう元気なとこは、ウチの弟にも見習った貰いたいなぁ
(……いや、弟からすれば付き合ってらんないだろ。部活動中だけでもこんなに面倒なのに)
言葉を呑み込んだ後輩とは裏腹に、同級生の永久莉は笑顔で言い放った。
あー、でもお姉ちゃんは欲しいな。
あと妹も。
そうしたら、もっとオシャレとか楽しめただろうし
永久莉はそう否定している最中に突然、あくどい笑みを浮かべた。
そうして、恋々子の胸元を見つめ――ちょんっ、と指でつつきやがった。
さすがに今のは流せなかったのか、恋々子が苛立った声をあげる。
(……今のはトワ先輩が悪い。けど、本当にないんだなココ先輩って)
ふたりの先輩はしょうもない小競り合いをしていた。
仕返しに、永久莉の胸を鷲掴みにしようとしたのだろう。
恋々子は手を掴まれ、捻られていた。
はー?
トワが先にやったんじゃない。
なんでわたしだけ悪者扱いなの?
ある意味、姉と妹っぽいが見ていて色気も可憐さもなかった。
永久莉の悪ふざけには半分そういう気遣いもあったのだが、余計なお節介だったようだ。
恋々子の手を離してから永久莉は両手をパチンと叩き、
(……長いことココ先輩と同じ部活やってるだけあるな)
即決即断が好まれるのは、第三者の視点に立っている時だと思います
すなわち、観察者の視点。
その場合、遅い展開や進まない話に苛立つのは当然のことでしょう
しかしながら、当事者となると話は別です。
人というものは存外、停滞を望みます
(優柔不断という言葉自体がネガティブな印象を与えるから、か)
テーマでありながらも一向にその言葉を使わないことから国光は察し、
そうでしょうか?
当事者の立場からしても、進まない展開は苛立ちませんか?
永久莉の言い分はただの武装理論と判断。
わかりやすい、反論を試みる。
何も決まらない議論は、ただ無為な時間を費やした印象しか残らないかと。
そして、優柔不断な人間が厭われるのはまさにその点だと思われます
実際、優柔不断な人もその点――決められないことを欠点だと自覚しています
決められず自分の時間、または他人の時間を無駄にする。
更には終わった後もそのことを悔い、心身ともに疲弊してしまう
自分たちにとって都合の良い展開に後輩ふたりは裏を疑いながらも、
そして、そういった姿は周囲から攻撃の的にされやすくもあります
始まる前はあれだけ喚いていたものの、ディベートに個人の感情は持ち込み厳禁。
その為、恋々子はルールに則ったストレス解消を実践する。
迷うということは、決断を遅らせるということ。
それは曖昧な状況のまま、懐にしまって置ける能力を意味します
すなわち、相手を言い負かす快感でもって悪感情を塗り潰す。
一方、即断即決の人たちは基本的に曖昧な状態を許せません。
白黒をはっきりさせずにはいられず、忍耐力に欠ける
いや、それは迷う時間があればいいでしょうが、そうでない場合はマイナスにしかなり得ないのでは?
それに迷う時間を無駄と考えたからこそ、大企業などでは様々なことがマニュアル化されています
もっとも、煽るだけの言い分には慣れていたので後輩たちは冷静に反撃。
時間がないと、焦って決めてしまうのが小物なんです。
あとマニュアル社会も、褒められたモノではないと思いますが?
そもそも、即決即断の人は心に余裕がないからか、他者にも同じことを求めます
強力なリーダーシップ。
世間でいうところのワンマン。
また歴史上にでてくる独裁者
永久莉は徐々に嫌なイメージの単語を出しておきながら、
彼らは皆、即決即断の傾向が強かったと云われています。
その所為か、他者に自分と同じレベルを求めました。
たとえそれが無茶で理不尽であろうとも、力と権力でもって強い――
最後を沈黙でもって締めた。
その為、彼女の言わんとすることを誰もが理解する。
……わかりました。仰る通りかもしれません。
ですがそれは大きな組織の場合であって、一般生活においては話が変わると思います
そりゃ政治とか会社とか、大事においては優柔不断――迷える力も必要でしょう
ですが、食事のメニューや服選び。
そういった小さなことまで優柔不断を発揮されたら、たまったものじゃありません
そもそも、日本人には優柔不断の方が多いと云われています
挑発に効果が感じられず、恋々子は冷静に言葉を操る。
一方、欧米人は逆で即決即断の方が多い。
つまり、結局はないものねだりなんですよ
子供の単純さと大人の老骨さ。
更には女のズルさを兼ね備え、恥も外聞もなく発揮できる。
日本人は欧米の自由さに憧れ、欧米人は日本の奥ゆかしさに心惹かれる
昨今では優柔不断=悪いイメージですが、そんなことはありません
ただそれらを上手く使い分けるのではなく、気分によって行き当たりばったりで試すので思考も言葉も足りないこともしばしば。
つまり、懐深く様々なことを受け入れられる=器が大きい、と染谷さんは言いたいんだと思います
一方、迷わない人は明確などちらかを求める。
黒か白か、勝ちか負けか。
その為、大損しやすい。
もちろん、大儲けする場合もありますけどね
途端、そのくらいわたしもわかってます、と言わんばかりに恋々子が割り込む。
……つまり、リスク管理の面でいえば優柔不断のほうが優れていると
国光は相手の言い分を受け入れている隙に、次の一手を考える。
(わかりやすいデメリットはいくら指摘しても無駄だな)
かくいう国光は優柔不断なので、ここで迷える力があった。
(たぶん想定されてる。トワ先輩のように論題を拡大解釈するか、ココ先輩のように独自の切り口じゃないと……)
そちらの言い分はわからなくはないですが、こと恋愛に関していえば優柔不断のほうが選り好みが酷くないですか?
攻められっぱなしは性に合わず、どうしても言い返さずにはいられない。
(風俗嬢に優柔不断が多いってんなら、器が大きいってのも認めなくはないけどな)
とはいえ、まだまだ言葉を選ぶ余裕はある。
さすがにド直球の下ネタを投じるほど、理性を失ってはいなかった。
ご指摘の通り、優柔不断同士だと恋愛に発展しにくいとはいわれていますね
でも、優柔不断の女性は隙があると見られるのか、モテる傾向にあります。
男性はどうだか知りませんけどー
(ふたりが低レベルな言い合いをしている隙に考えよう)
果たして足並みは揃わないまま、ディベートは続くのだった。