本日の論題:優柔不断

文字数 4,221文字

じゃぁ、次の論題は優柔不断ね
 疲弊している後輩たちをしり目に、恋々子は絶好調だった。
というわけで、コイントスしまーす
 悪ノリしてか、永久莉もご機嫌であった。
(……なんか、友達が姉なんてウザいだけって言っていた気持ちがわかるわ)
(……2年生の部員がいない理由がなんとなくわかったかも)
(藍生先輩っていう変人の所為だって聞いてたけど……この人たちも充分酷い)
はい、でましたー
さぁ、どっちだ?
……ほんと楽しそうですね
……今日は仲良しですね
 さすがにイラッとしたのか、秋人と国光は揶揄する。
うん、楽しいもん
だって、今日は空気読まなくていいわけだし
私だって女のコなんだから、好き勝手に喋るのは好きなの
……はぁ
……そう、ですか
 無邪気な笑みを向けられ、男ふたりは曖昧に濁す。
(……トワ先輩って笑えばめちゃくちゃ可愛いんだよな)
(……やっぱ年上の美人系っていいよな)

ていうか、あんたらも楽しんでるから続けてるんでしょ? 

正直、止めようと思ったら、いつでも止められるわけだし

 永久莉の指摘は正解である。
 ぶっちゃけ、恋々子は場の雰囲気が盛り上がればなんだっていい性格。
 なのでキレたふりでもして、低レベルな口喧嘩に移行したところで、なんら問題はない。
いや、まぁそれはそうなんですけど……
1回くらい、正面からぶちのめしてやりたいといいますか

たとえふりだとしても、キレたりしたらココ先輩って煽るじゃないですか? 

何日も何日も下手したら一生……

 ふたりは揃って酷い理由を述べた。

というわけで秋人。

止め時はおまえに任せた

なにが、というわけだ?

いや、おまえには前科あるし。

今更だろ?

おまえにキレてやろうか?
おー、まだまだ威勢がいいね
 後輩たちが軽口をたたき合う様子を見て、恋々子は喜ぶ。
そういう元気なとこは、ウチの弟にも見習った貰いたいなぁ
(……いや、弟からすれば付き合ってらんないだろ。部活動中だけでもこんなに面倒なのに)
(……たぶん、この人は姉としては最悪だな)
ココが私の妹だったら、たぶん毎日蹴り飛ばすよ

 言葉を呑み込んだ後輩とは裏腹に、同級生の永久莉は笑顔で言い放った。

ひっどーい!
 恋々子は当然のように喚き、

あー、でもお姉ちゃんは欲しいな。

あと妹も。

そうしたら、もっとオシャレとか楽しめただろうし

 勝手に妄想して機嫌を保つ。
いやいや、おさがりとか流用ばっかで……
 永久莉はそう否定している最中に突然、あくどい笑みを浮かべた。
小学生の頃の服でも、胸元ゆるゆるかな?
 そうして、恋々子の胸元を見つめ――ちょんっ、と指でつつきやがった。
……は?
 さすがに今のは流せなかったのか、恋々子が苛立った声をあげる。
(うわー、ぜんぜん百合っぽくない)
(……今のはトワ先輩が悪い。けど、本当にないんだなココ先輩って)
 秋人と国光がそんなことを思っている間も、
きー!
あんたの考えなんて丸わかりだっての

 ふたりの先輩はしょうもない小競り合いをしていた。
 仕返しに、永久莉の胸を鷲掴みにしようとしたのだろう。

 恋々子は手を掴まれ、捻られていた。

いーたーい。

はなしてよー

はい。

だったら、変なことしないでね?

はー? 

トワが先にやったんじゃない。

なんでわたしだけ悪者扱いなの?

 ある意味、姉と妹っぽいが見ていて色気も可憐さもなかった。

あのー。

で、結局どっちがどっちですか?

 なので、秋人は催促する。

あー……


(放置してれば終われただろうに……)

(もしかして、本当に楽しんでる? モノ好きな奴)
 永久莉の悪ふざけには半分そういう気遣いもあったのだが、余計なお節介だったようだ。
私とココが肯定派で、秋人と国光が否定派よ
 恋々子の手を離してから永久莉は両手をパチンと叩き、
――じゃ、各自準備を
 上手く場を纏めたように言い放つ。
(……長いことココ先輩と同じ部活やってるだけあるな)
(……面の厚さはココ先輩より酷いんじゃないか?)

いーだっ! 

今回は隣にも注意して喋ることね

(それはココ先輩と組む時のデフォルトだな)
(ココ先輩と組んだ時の平常運転ですね)
あーー、はいはい
 恋々子の忠告を、誰もが軽く受け流した。

 そうして、やっと情報収集に入り――

 ――足並みが不揃いのディベートが始まる。

即決即断が好まれるのは、第三者の視点に立っている時だと思います
 永久莉はいきなり変化球を放り、周囲の威勢を挫く。

すなわち、観察者の視点。

その場合、遅い展開や進まない話に苛立つのは当然のことでしょう

(あー、優柔不断の対義語が即決即断ってことか)

しかしながら、当事者となると話は別です。

人というものは存外、停滞を望みます

(優柔不断という言葉自体がネガティブな印象を与えるから、か)
 テーマでありながらも一向にその言葉を使わないことから国光は察し、

そうでしょうか? 

当事者の立場からしても、進まない展開は苛立ちませんか?

 永久莉の言い分はただの武装理論と判断。

 わかりやすい、反論を試みる。

何も決まらない議論は、ただ無為な時間を費やした印象しか残らないかと。

そして、優柔不断な人間が厭われるのはまさにその点だと思われます

実際、優柔不断な人もその点――決められないことを欠点だと自覚しています

決められず自分の時間、または他人の時間を無駄にする。

更には終わった後もそのことを悔い、心身ともに疲弊してしまう

 自分たちにとって都合の良い展開に後輩ふたりは裏を疑いながらも、
すなわち、神経質で不安傾向が強い
そして、そういった姿は周囲から攻撃の的にされやすくもあります
 とりあえず、言い切った。
それらは器の小さい人たち――小物の言い分ですね
 瞬間、恋々子がいきなり喧嘩を売る。
――は?
 始まる前はあれだけ喚いていたものの、ディベートに個人の感情は持ち込み厳禁。
大物、そして器の大きい人は優柔不断なんです
 その為、恋々子はルールに則ったストレス解消を実践する。

迷うということは、決断を遅らせるということ。

それは曖昧な状況のまま、懐にしまって置ける能力を意味します

 すなわち、相手を言い負かす快感でもって悪感情を塗り潰す。

一方、即断即決の人たちは基本的に曖昧な状態を許せません。

白黒をはっきりさせずにはいられず、忍耐力に欠ける

いや、それは迷う時間があればいいでしょうが、そうでない場合はマイナスにしかなり得ないのでは?
それに迷う時間を無駄と考えたからこそ、大企業などでは様々なことがマニュアル化されています
 もっとも、煽るだけの言い分には慣れていたので後輩たちは冷静に反撃。

時間がないと、焦って決めてしまうのが小物なんです。

あとマニュアル社会も、褒められたモノではないと思いますが?

そもそも、即決即断の人は心に余裕がないからか、他者にも同じことを求めます
それって器が大きいとは言えませんよね?

強力なリーダーシップ。

世間でいうところのワンマン。

また歴史上にでてくる独裁者

 永久莉は徐々に嫌なイメージの単語を出しておきながら、

彼らは皆、即決即断の傾向が強かったと云われています。

その所為か、他者に自分と同じレベルを求めました。

たとえそれが無茶で理不尽であろうとも、力と権力でもって()い――

 最後を沈黙でもって締めた。
 その為、彼女の言わんとすることを誰もが理解する。

……わかりました。仰る通りかもしれません。

ですがそれは大きな組織の場合であって、一般生活においては話が変わると思います

 相手の言い分を認めながらも、秋人は言い返す。
そりゃ政治とか会社とか、大事においては優柔不断――迷える力も必要でしょう

ですが、食事のメニューや服選び。

そういった小さなことまで優柔不断を発揮されたら、たまったものじゃありません

そこで待てないところが小物、器が小さいんだよ~
 完全に煽る台詞。
(……こんのちんちくりんがぁ!)
 しかしだからこそ、秋人は耐えられた。
そもそも、日本人には優柔不断の方が多いと云われています
 挑発に効果が感じられず、恋々子は冷静に言葉を操る。
(ほんと、質が悪いわね)

一方、欧米人は逆で即決即断の方が多い。

つまり、結局はないものねだりなんですよ

 子供の単純さと大人の老骨さ。

 更には女のズルさを兼ね備え、恥も外聞もなく発揮できる。

日本人は欧米の自由さに憧れ、欧米人は日本の奥ゆかしさに心惹かれる
 それが染谷恋々子という人物であった。
昨今では優柔不断=悪いイメージですが、そんなことはありません
 ただそれらを上手く使い分けるのではなく、気分によって行き当たりばったりで試すので思考も言葉も足りないこともしばしば。
迷うということは、どっちでもいいということ
つまり、懐深く様々なことを受け入れられる=器が大きい、と染谷さんは言いたいんだと思います
 なので、永久莉は補うように口添えた。

一方、迷わない人は明確などちらかを求める。

黒か白か、勝ちか負けか。

その為、大損しやすい。

もちろん、大儲けする場合もありますけどね

 途端、そのくらいわたしもわかってます、と言わんばかりに恋々子が割り込む。
……つまり、リスク管理の面でいえば優柔不断のほうが優れていると
 国光は相手の言い分を受け入れている隙に、次の一手を考える。
(わかりやすいデメリットはいくら指摘しても無駄だな)
 かくいう国光は優柔不断なので、ここで迷える力があった。
(たぶん想定されてる。トワ先輩のように論題を拡大解釈するか、ココ先輩のように独自の切り口じゃないと……)
そちらの言い分はわからなくはないですが、こと恋愛に関していえば優柔不断のほうが選り好みが酷くないですか?
 一方、秋人は違った。
どっちでもいいというより、どうでもいいんじゃ?
 攻められっぱなしは性に合わず、どうしても言い返さずにはいられない。
(風俗嬢に優柔不断が多いってんなら、器が大きいってのも認めなくはないけどな)

 とはいえ、まだまだ言葉を選ぶ余裕はある。

 さすがにド直球の下ネタを投じるほど、理性を失ってはいなかった。

ご指摘の通り、優柔不断同士だと恋愛に発展しにくいとはいわれていますね
 永久莉は素直に認めるも、

でも、優柔不断の女性は隙があると見られるのか、モテる傾向にあります。

男性はどうだか知りませんけどー

 恋々子は子供じみた反論を試みた。
――はぁ?
ふっふ~ん
(ふたりが低レベルな言い合いをしている隙に考えよう)
(こんなんが楽しいなんてほんとドMね)
 果たして足並みは揃わないまま、ディベートは続くのだった。
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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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