本日の論題:気分屋teachings of 永久莉

文字数 5,666文字

それじゃっ、次は――
 相も変わらず、絶好調の恋々子。
――気分屋
 その威勢を挫くように、永久莉が提案した。
別に、私が決めてもいいでしょ?
それはそだけどさー
あんたたちもそれでいい?
別に構いせんよ
論題に関してはどちらでも

じゃ、コイントスするねー

ちょい、待ち
1回くらい、選ばせてやってもいいんじゃない?
えー、それだとディベートにならなくない?
今更、公式ルールに拘る必要もないでしょ
そういう甘い考えから、規律や社会は乱れていくんだよ?
(いや、ココ先輩に言われたくはない)
(好んで秩序を乱す人が何をほざいてるんだ?)
おまえが言うな
 後輩たちの表情から察したのか、永久莉は吐き捨てた。
それで、どっちがいい?
 そうして優しく水を向けてやるも、
えーと……
(今度は何を企んでいるんだ??)
そうですね……
(優しさ……なわけないよな、この人の場合)
 後輩たちは明らかに裏を疑っていた。
(こいつら、気づいていないな?)
 日頃の自分の行いを棚に上げて、永久莉は苛立つ。
ココ、ちょっとジュース買って来て

はぁ? 

なんでわたしが

奢ってあげるから

よしきたっ! 

秋人と国光は何がいい?

 永久莉が渋ると思って、恋々子は口にした。

……まぁ、いいでしょう。

ふたりも好きなの頼みなさい

 しかし、恋々子の案に相違して永久莉は許諾した。

え? 

あ、ありがとうございます

いいんですか? 

なら――

(むむ? トワが先輩をやっている?)

もうっ、しょうがないなぁ~

買ってきてあげますよ

 そう言って、恋々子は駆け出していった。
あんたたち、なんで私が論題を出したか気付いてないでしょ?
いや、その……はい
何かあるとは思ってましたが……
単純なことよ
どう考えても、ココは気分屋でしょ?
 悪戯っぽく言われて、ふたりは気づく。
(ありがたいけど……性格悪いな、この人)
(感謝すべきなのか? そんな性悪な真似を勧められて……) 
否定派に回って、正論でぶん殴ってやりなさい
まっ、正面からあのコを褒め称えたいのならそれでもいいけど
それだけは御免です
絶対に嫌です
トワ先輩、ついでにアドバイス貰っていいですか?
 正論でぶん殴るにしても、装備が足りないと秋人は自覚していた。
なに?
短時間での情報収集なんですけど、どうしてます?
僕たちはどうも効率が悪いといいますか……
 真っ当な質問だったので、国光も続く。

なるほどね。

そりゃ『気分屋 長所 短所』で検索したら、似たような内容しかでてこないでしょう

 後輩たちのやり方を聴くなり、永久莉は納得した。
私だったら『好き』『嫌い』で調べる
好き嫌いですか?

そう。

そうすると気分屋のここが好きとか、ここが嫌いって生の声がでてくるじゃない?

えぇ、論理的でない感想が沢山でてきますね
試したのか、国光が指摘する。
その発想がもう駄目ね
藍生先輩なら堅物って吐き捨てるでしょう

うっ……

借りものの言葉で武装した理論ほど、つまらないモノはないってね
いや、でも公式的にはそっちのが正しくないですか?

そりゃ引用元がはっきりしているほうが説得力はあるでしょうよ。

他にも、わかりやすいデータを出すとか

でも、それらは相手を言い包める為の手段でしかないでしょ?
それはまぁ……そうですね
更に言えば説明の放棄
乱暴な言い方をすると、専門家やデータが言っているんだから信じなさいってね
それは論理的な方法なのかもしれないけど、決して論理的な説明ではない
なんか、難しいですね

簡単よ。

引用やデータは論理的に説明された『モノ』でしょ?

あぁ、なる

だからといって、それを提示することが論理的な説明になるわけではない……

ってことですね

そゆこと。

それがまかり通るんなら、説明会なんて代物はとっくに無くなってるっての

資料やパンフレットを配布して、おしまいってね
つまり……トワ先輩のやり方はその逆
感情的な意見を、自分の言葉で論理的にしていくってことですか
いわゆる、言語化ってやつ
感覚や経験的に、わかった気になってることって多いから

そいや、国光も言ってたな。

僕は人見知りだから、調べなくてもわかるって

ほっとけ
ちなみに、参考にはならないだろうけど
ココは類語辞典で調べて、そこから妄想していくそうよ
……は?

ようは連想ゲームね。

それであんだけ喋れるのは素直に凄いと思うけど

どおりで滅茶苦茶なわけですね
使える単語を点のように揃えて、喋りながら線にしていくって言ってたかな
で、巧く繋がった時が最高に快感なんだって
最初から、線に繋げてきてくれませんかね?
とにかく、対象を絞るとこから始めなさい

今回のテーマなら学校や会社、友達や恋人。

また、大人や子供。

果ては、動物ならどうなのか

(……動物? そんなとこまで想定されてたら、そりゃ敵うはずがない)

そして、対象によって評価が変わるのだとしたら、何故なのか。

どういった要因が大きく働いているのか

あー頭が……頭が……
悪いのか?

ちっげーよ! 

おまえ、ほんと堅物だな

いや、今のは冗談のつもりだったんだが……

あとはそうね。

弁論の際、相手が言いそうな言葉を先に出しておくのも効果的よ

 永久莉は律儀に笑って見せてから、指導を続ける。
浅い説明で終わらせて、相手に深く語らせない
 言われたから反論するといった『盾』ではなく、先んじて出すことによって『牽制』する。
それは嫌な搦め手ですね
でも、使いどころを間違えると藪蛇だぞ
まぁ、ふたりともだいぶ成長はしているから

そろそろ、自分が納得できる言葉を探すんじゃなくて――

誰かを説得する言葉を組み立てていくといいかな

はい、頑張ってみます
色々とありがとうございます
 後輩たちは珍しく、素直な感謝と尊敬の念を込めて頭を下げた。
おっまたー

 そのタイミングで帰って来た恋々子。

 ポケットに入れたジュースを配っていく。

はい、買ってきてあげたよ
 まるで感謝しろと言わんばかりだが、お金を払ったのは永久莉のはず。
ありがとうございます
 それでも使い走りをしてくれたのは間違いないので、国光はお礼を述べた。
  一方、秋人は……
ココ先輩、一応聞いておきますけど
この炭酸、振ってないですよね?
 下らない悪戯を疑っていた。
まっさかぁ~

じゃぁ、交換しません? 

ちょっと、気分が変わったんで

えっ! 

いや、わたしこれ飲みたいし……

絶対、振ってますね
ったく、人の金だからってしょうもない悪戯すんなっての
ココ先輩、普通に軽蔑します

ちょっと、待って! 

聞いて! わたしの話

 全員に責められてなお、恋々子は反省よりも言い訳を優先させる。

息抜き!

ちょっとしたお茶目で、場を和ませようと思っただけなの

あー、すいません。

情報収集に忙しいんで、ちょっと黙ってて貰えますか?

だからぁっ、違くて……

そうっ! 落としちゃったの

わたし、手が小さいから

制服のポケットに入れてませんでした?

あーん、もうっ! 

せっかく買ってきてやったのにぃ……

はいはい。

そのことに関しては素直にありがとう

 永久莉はそう切り捨てて、
ココも早く準備しなさい
 忠告する。
今回のふたりは手強いかもよ?

はいはい、わかりました。

っていうか、結局どっちがどっちなの?

 そうして、お互いに情報を集め終え――
 先輩に対して感謝と軽蔑――愛憎入り混じったディベートが始まる。 
気分屋の人はノリが良いの
 自業自得ではあるものの、ストレスをためていた恋々子が口火を切る。
また、元気で明るくて気さくな性格をしている為、誰が相手であろうとも話題に困ることはありません

 わかりやすいアピール。

 自画自賛によって、機嫌を取り戻そうとしていた。

(……ほんと、この気分屋は)
つまり、ムードメーカーなの
(覚悟はしてたけど、ウザいな)
その結果、羨望と嫉妬の対象にはなりやすいかもしれませんね
(つまり、否定派の意見は嫉妬と言いたいんだな、この人は……)
良くも悪くもマイペース
ただ、我を通せる気の強さを持っているのは確かでしょう
だからこそ、精神的に不安定でありながらもストレスを溜め込むことは少ないの
その影響をダイレクトに受けやすい反面、すぐに発散できるってわけ
 現状がまさにそうだと気付いてかいないでか、恋々子は言い切った。
仰る通り、気分屋の方はムードメーカーになりやすいでしょう

喜怒哀楽が激しく、表現方法もオーバー。

加え、マイペースゆえに意図せず大多数の人間とは違った言動を取りがち

(むむ? なんか、引っかかるなー)
――総じて、人目を引きやすい
ゆえに今の時代――現代社会においては、些か生きづらい性格傾向ともいえます
周囲の空気を読むことができず、自らの気分――ストレスによって、その振る舞いを変える

もちろん、本人に悪気はないでしょう。

裏表があまりなく、素直で正直なのもまた気分屋の特徴ですから

しかし、その傾向は無自覚なハラスメントに繋がりやすい

同年代が相手であれば、問題にはなりにくいでしょう。

ですが、後輩や先輩を相手にする場合、気分屋の方は非常に危ういかと

 秋人と国光は見事なコンビネーションを発揮する。
それは人気者の宿命ですね
 が、どうやら恋々子の中で何かが繋がってしまったようだった。
……は?
集団、ひいては組織を引っ張っていく存在だからこそ、危惧される問題じゃないかな?
実際、気分屋の方は困難に直面した際でも、周囲の人間を引っ張っていける力があります
 恋々子の言い分はあからさまに言葉不足だったので、永久莉はフォローに入る。

良くも悪くも、周囲を巻き込まずにはいられませんから。

その結果、そちらが仰るような危険性もあるでしょう

しかし、それでも――気分屋の方は許される場合が多い
そちらが仰った通り、悪意がありませんから
もちろん、悪気がなければ何をしてもいいわけではありません
けど、悪意があったかどうかはあらゆる面において、とても大事な争点になるよね?

正直、気分屋の方には何を言っても無駄。

そういう人だと、諦められている場合も多い

(それ、わかります)
(あー、そうですね)

つまり、気分屋は得なんです。

最初から最後まで自己完結。

それでいて、他者を巻き込んで影響を与える

そうなると当然、迷惑をする人、損を押し付けられる人がでてきますけど――
 私情というか私怨の籠った永久莉の説明に対し、
――まっ、気分屋(わたし)の知ったこっちゃないし?
 恋々子は更なる私情――唯我独尊でもって、締めくくった。
(うわぁ……この人、最悪だ)
(でも、そうなるとほんと得だな気分屋って……)

それでも、気分屋は敵を作りやすい。

急な裏切りや約束の反故は、どの国においても恨みを買いやすいと云われていますので

グローバル社会。

諸外国の方々と接する機会が増えてきた今、その振る舞いは非常に危険かと

その言い分は一理ありますが、日本人よりも海外の方々が気を付けるべき事柄では?
世界を引き合いに出した場合、日本人の該当者は比較的少ないですね

しかし、友人関係においても――

急に機嫌が悪くなったり、予定を変えたりと言動に一貫性がない人は嫌われやすい傾向にあります

一貫性って小物の防衛意識なんだよね。

相手を理解、コントロールしたいっていう自惚れが根底にあるっていうか?

……仕事でもプライベートでも、円滑な関係を続けていく為には一貫性。

また、それに伴う誠意や誠実さは大事だと思われますが?

目に見える成果や魅力を出せない人ほど、声高に訴える点を考慮するとねー

そういうのって、きまって何かやらかしたり成し遂げられなかった時に指摘されません?

つまり、明確な結果を出せるとしたら一貫性や誠意なんてモノは重要視する必要ないんですよ

……傍から見て、不安定かつ荒唐無稽な存在は信頼に値しません
傍から見て理解できないからこそ、魅力的でその先を見てみたいと思う心理が働くんですよ?

また、面白そうって思われるから手を貸してくれる人がいる。

そうして、実績を作っていけば信頼というモノは勝手についてきます

 明らかに口喧嘩の風体になってきたので、
動物ですと、猫は気分屋です
 永久莉は口を挟む。

そして、猫好きな人はアーティストを始めとした個人で活躍される方が多い。

一方、犬好きは軍隊や会社といった組織で成功しやすいと言われています

(やっぱ、そう来たか)
(気分屋っていえば猫は外せないな)
もっとも、そういった組織においても気分屋は必要不可欠な存在ですけどね
ある程度のストレス、危険があるほうが健康的で長生きできるのと似た理屈でしょう
周囲の人間は振り回されることによって、本来よりも上の実力を発揮できる
ただ、基本的に周囲の人間――それも大多数の理解と許容があってこそ
つまり、少数派で特別扱いされて見えるから、大多数の凡人から妬まれ迫害されるってわけ
 永久莉の指導を受けていなければ、秋人と国光はここいらで諦めていたかもしれない。

なるほど。

確かに仰ることはわかります

 だが、前もって動物にまで拡大できると知らされていた為、冷静に対応できた。

ですが、何度も言うように時代は変わってきています。

事実、SNSを筆頭に著名人が大多数の一般人に蹴落とされる事例も多くなってきました

今まで許されていただけという現実を少しは顧みないと、気分屋の方は痛い目を遭うと思います
どうしたって、敵が多いですので
時代が変わったにもかかわらず、やっていることが出る杭を打ったり、少数派を迫害するというのは些か情けないですけどね
まるで前時代の振る舞いです
(――は?)
 ただの煽りかと思いきや、

そもそも、そちらが危惧していることは気分屋云々――好感度の問題が大きいんじゃないですか?

 鋭い指摘。

 相変わらず、恋々子のやり口は汚かった。

 相手を苛立たせて、感情的にさせた瞬間の足元をすくう。

テレビネットを問わず、人気の方には気分屋で他者を振り回すタイプが多いように見受けられます
 更には、隙あらば自分を絶賛することに抜かりない。
結局、人気者の宿命ってやつですかね?
(こ、こいつは……)
(うわぁ……)
(この人はほんと、もう……)
 そんな風に全員をドン引きさせながらも、気分屋の恋々子はご満悦の様子であった。
(やーん、たっのし~い♪)
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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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