そういう甘い考えから、規律や社会は乱れていくんだよ?
後輩たちの表情から察したのか、永久莉は吐き捨てた。
そうですね……
(優しさ……なわけないよな、この人の場合)
……まぁ、いいでしょう。
ふたりも好きなの頼みなさい
あんたたち、なんで私が論題を出したか気付いてないでしょ?
(感謝すべきなのか? そんな性悪な真似を勧められて……)
まっ、正面からあのコを褒め称えたいのならそれでもいいけど
正論でぶん殴るにしても、装備が足りないと秋人は自覚していた。
なるほどね。
そりゃ『気分屋 長所 短所』で検索したら、似たような内容しかでてこないでしょう
そう。
そうすると気分屋のここが好きとか、ここが嫌いって生の声がでてくるじゃない?
借りものの言葉で武装した理論ほど、つまらないモノはないってね
そりゃ引用元がはっきりしているほうが説得力はあるでしょうよ。
他にも、わかりやすいデータを出すとか
でも、それらは相手を言い包める為の手段でしかないでしょ?
乱暴な言い方をすると、専門家やデータが言っているんだから信じなさいってね
それは論理的な方法なのかもしれないけど、決して論理的な説明ではない
簡単よ。
引用やデータは論理的に説明された『モノ』でしょ?
だからといって、それを提示することが論理的な説明になるわけではない……
ってことですね
そゆこと。
それがまかり通るんなら、説明会なんて代物はとっくに無くなってるっての
感情的な意見を、自分の言葉で論理的にしていくってことですか
感覚や経験的に、わかった気になってることって多いから
そいや、国光も言ってたな。
僕は人見知りだから、調べなくてもわかるって
ココは類語辞典で調べて、そこから妄想していくそうよ
ようは連想ゲームね。
それであんだけ喋れるのは素直に凄いと思うけど
使える単語を点のように揃えて、喋りながら線にしていくって言ってたかな
今回のテーマなら学校や会社、友達や恋人。
また、大人や子供。
果ては、動物ならどうなのか
(……動物? そんなとこまで想定されてたら、そりゃ敵うはずがない)
そして、対象によって評価が変わるのだとしたら、何故なのか。
どういった要因が大きく働いているのか
あとはそうね。
弁論の際、相手が言いそうな言葉を先に出しておくのも効果的よ
言われたから反論するといった『盾』ではなく、先んじて出すことによって『牽制』する。
そろそろ、自分が納得できる言葉を探すんじゃなくて――
誰かを説得する言葉を組み立てていくといいかな
後輩たちは珍しく、素直な感謝と尊敬の念を込めて頭を下げた。
そのタイミングで帰って来た恋々子。
ポケットに入れたジュースを配っていく。
まるで感謝しろと言わんばかりだが、お金を払ったのは永久莉のはず。
それでも使い走りをしてくれたのは間違いないので、国光はお礼を述べた。
一方、秋人は……
じゃぁ、交換しません?
ちょっと、気分が変わったんで
ったく、人の金だからってしょうもない悪戯すんなっての
全員に責められてなお、恋々子は反省よりも言い訳を優先させる。
息抜き!
ちょっとしたお茶目で、場を和ませようと思っただけなの
あー、すいません。
情報収集に忙しいんで、ちょっと黙ってて貰えますか?
だからぁっ、違くて……
そうっ! 落としちゃったの
わたし、手が小さいから
あーん、もうっ!
せっかく買ってきてやったのにぃ……
はいはい、わかりました。
っていうか、結局どっちがどっちなの?
先輩に対して感謝と軽蔑――愛憎入り混じったディベートが始まる。
自業自得ではあるものの、ストレスをためていた恋々子が口火を切る。
また、元気で明るくて気さくな性格をしている為、誰が相手であろうとも話題に困ることはありません
わかりやすいアピール。
自画自賛によって、機嫌を取り戻そうとしていた。
その結果、羨望と嫉妬の対象にはなりやすいかもしれませんね
(つまり、否定派の意見は嫉妬と言いたいんだな、この人は……)
ただ、我を通せる気の強さを持っているのは確かでしょう
だからこそ、精神的に不安定でありながらもストレスを溜め込むことは少ないの
その影響をダイレクトに受けやすい反面、すぐに発散できるってわけ
現状がまさにそうだと気付いてかいないでか、恋々子は言い切った。
仰る通り、気分屋の方はムードメーカーになりやすいでしょう
喜怒哀楽が激しく、表現方法もオーバー。
加え、マイペースゆえに意図せず大多数の人間とは違った言動を取りがち
ゆえに今の時代――現代社会においては、些か生きづらい性格傾向ともいえます
周囲の空気を読むことができず、自らの気分――ストレスによって、その振る舞いを変える
もちろん、本人に悪気はないでしょう。
裏表があまりなく、素直で正直なのもまた気分屋の特徴ですから
しかし、その傾向は無自覚なハラスメントに繋がりやすい
同年代が相手であれば、問題にはなりにくいでしょう。
ですが、後輩や先輩を相手にする場合、気分屋の方は非常に危ういかと
が、どうやら恋々子の中で何かが繋がってしまったようだった。
集団、ひいては組織を引っ張っていく存在だからこそ、危惧される問題じゃないかな?
実際、気分屋の方は困難に直面した際でも、周囲の人間を引っ張っていける力があります
恋々子の言い分はあからさまに言葉不足だったので、永久莉はフォローに入る。
良くも悪くも、周囲を巻き込まずにはいられませんから。
その結果、そちらが仰るような危険性もあるでしょう
しかし、それでも――気分屋の方は許される場合が多い
もちろん、悪気がなければ何をしてもいいわけではありません
けど、悪意があったかどうかはあらゆる面において、とても大事な争点になるよね?
正直、気分屋の方には何を言っても無駄。
そういう人だと、諦められている場合も多い
つまり、気分屋は得なんです。
最初から最後まで自己完結。
それでいて、他者を巻き込んで影響を与える
そうなると当然、迷惑をする人、損を押し付けられる人がでてきますけど――
――まっ、気分屋の知ったこっちゃないし?
恋々子は更なる私情――唯我独尊でもって、締めくくった。
それでも、気分屋は敵を作りやすい。
急な裏切りや約束の反故は、どの国においても恨みを買いやすいと云われていますので
グローバル社会。
諸外国の方々と接する機会が増えてきた今、その振る舞いは非常に危険かと
その言い分は一理ありますが、日本人よりも海外の方々が気を付けるべき事柄では?
世界を引き合いに出した場合、日本人の該当者は比較的少ないですね
しかし、友人関係においても――
急に機嫌が悪くなったり、予定を変えたりと言動に一貫性がない人は嫌われやすい傾向にあります
一貫性って小物の防衛意識なんだよね。
相手を理解、コントロールしたいっていう自惚れが根底にあるっていうか?
……仕事でもプライベートでも、円滑な関係を続けていく為には一貫性。
また、それに伴う誠意や誠実さは大事だと思われますが?
目に見える成果や魅力を出せない人ほど、声高に訴える点を考慮するとねー
そういうのって、きまって何かやらかしたり成し遂げられなかった時に指摘されません?
つまり、明確な結果を出せるとしたら一貫性や誠意なんてモノは重要視する必要ないんですよ
……傍から見て、不安定かつ荒唐無稽な存在は信頼に値しません
傍から見て理解できないからこそ、魅力的でその先を見てみたいと思う心理が働くんですよ?
また、面白そうって思われるから手を貸してくれる人がいる。
そうして、実績を作っていけば信頼というモノは勝手についてきます
そして、猫好きな人はアーティストを始めとした個人で活躍される方が多い。
一方、犬好きは軍隊や会社といった組織で成功しやすいと言われています
もっとも、そういった組織においても気分屋は必要不可欠な存在ですけどね
ある程度のストレス、危険があるほうが健康的で長生きできるのと似た理屈でしょう
周囲の人間は振り回されることによって、本来よりも上の実力を発揮できる
ただ、基本的に周囲の人間――それも大多数の理解と許容があってこそ
つまり、少数派で特別扱いされて見えるから、大多数の凡人から妬まれ迫害されるってわけ
永久莉の指導を受けていなければ、秋人と国光はここいらで諦めていたかもしれない。
だが、前もって動物にまで拡大できると知らされていた為、冷静に対応できた。
ですが、何度も言うように時代は変わってきています。
事実、SNSを筆頭に著名人が大多数の一般人に蹴落とされる事例も多くなってきました
今まで許されていただけという現実を少しは顧みないと、気分屋の方は痛い目を遭うと思います
時代が変わったにもかかわらず、やっていることが出る杭を打ったり、少数派を迫害するというのは些か情けないですけどね
そもそも、そちらが危惧していることは気分屋云々――好感度の問題が大きいんじゃないですか?
鋭い指摘。
相変わらず、恋々子のやり口は汚かった。
相手を苛立たせて、感情的にさせた瞬間の足元をすくう。
テレビネットを問わず、人気の方には気分屋で他者を振り回すタイプが多いように見受けられます
そんな風に全員をドン引きさせながらも、気分屋の恋々子はご満悦の様子であった。