本日の論題:匿名アンケートin学校

文字数 3,645文字

うーん……

……はぁ

 秋人と国光はそわそわしながら、予習をしていた。

 本日のテーマは生徒会からの依頼。

 また、会長が見学に来るので緊張しているようだった。

~♪
 一方、恋々子にとっては見知った同級生でしかないので平常運転。

ディベートと言いましても、私たちは主催されている競技に参加する気がありません。

ですので、公式のルールとはだいぶ異なっていることを了承ください

 そして、永久莉の案内を受けてふたりの会長が部室にやってきた。

ご覧の通り、部員も足りませんし
こんにちは。お邪魔させていただくよ
 眼鏡をかけた男子生徒が中高一貫Jコースの生徒会長。
よろしくお願いします

 そして、真面目そうな女子生徒が進学コース(SA、A、一芸入試組)の生徒会長。

 神香原高校はJコースのみ独立している為、生徒会も2つ存在した。

 普段は関わり合いにならないものの、全校行事に限って協力することになる。

 

 全員が挨拶する中、

それに時間制限や発言回数を定めてしまうと、効率よく相手を言い負かそうと不適切な言葉を選択しがちになります。

また、早口でまくし立てる口調になったり、わかりましたと相手の言い分を打ち切ったり……

 永久莉は淡々と説明を続ける。

同様の理由で勝敗も明確にはしておりません。

納得できるかどうかは本人が一番わかっていることですので、おふたりもこの場でのジャッジは控えてくれると助かります

 随分と堅い物言いに、後輩たちはひそひそ話を始める。
……トワ先輩、あのふたりのこと嫌いなんですか?

ううん、トワは男子が苦手なだけ

……そんな覚えないですけど?
それはふたりが男扱いされてないだけでーす
 イラッとしながらも、後輩たちは納得する。

現に男の先輩がいた頃なんか、借りて来た猫のようだったし。

トワってば、年下扱いされるとすぐに参っちゃうの。

それを男子は可愛いとか勘違いして馬鹿みたい

ちなみにココ先輩は?
わたしは誰が相手でも、猫なんて被んないもーん
(それでこの仕上がりなら、猫を被ってくれるほうがいいな)
部外者がいるからって、ふたりも猫被るような真似は止めなさいよ
(それだと、ココ先輩を敬うこともないんだけど……つか、とっくに殴ってるし)

肯定派・否定派はコイントスで決めます。

本来は全員でするのですが、今日は下級生だけにして貰います

先入観を持つなと言われましても、難しいでしょうし

旧知と初対面。先輩と後輩。

どうしても、色眼鏡で見てしまう。

どっちにつくかはランダムなんだ?
えぇ。でないと、自分にとって都合のいい意見ばかりを集めてしまいます
確証バイアスって奴だね
それで自分とは違う意見になっても、擁護しないと駄目なんだ?

論理的に説明するなら、自分と一致しないほうが楽ですよ。

噛み合ってしまうと、どうしても感情的になりますから

 コイントスの結果が出て、国光がらしくもないガッツポーズをしていた。
よしっ!
……はぁ
さぁ、やるぞ~
 恋々子に引きずられるように、秋人は反対派の席につく。
では始めたいと思いますので、こちらの椅子にどうぞ
 会長たちを座らせ、永久莉は国光の隣へ。
ぶっちゃけ、国光はどっち派?
……否定派です

なら、口を滑らせる問題はないか。

緊張するなとは言わないけど、せっかくの機会だし頑張って

……せっかくの機会って?
成長を示す時
 悪戯っぽく言われ、国光は入部当初の自分を思い出す。
身内以外の前で喋れるようになったかどうか、お手並み拝見ね
……はい

 身内、と言われて国光は恥ずかしく感じる。

 でも、確かな嬉しさもあった。

今日のトワは隙だらけよ。いつもの切れ味はないはずだから
(……そのぶん、冷たさが増しているような)
 緊張しているからか、秋人の口は堅くなっていた。
もっとも、それは秋人も同じみたいね
……その、はい。すいません
秋人にとっては生徒会長だもんね
というか、見られている状況が苦手なんです
それは意識の問題よ。見せてやっている、と思えばいいの

 その完成形が恋々子だと思うと、実践したいとは思えない。

 それでも、見せている、くらいなら自分でもできそうだと、秋人は気持ちを切り替える。

……わかりました。頑張りましょう、ココ先輩

 まず、今回は目的がはっきりしていることを永久莉が説明する。

 ずばり、文化祭についてのアンケートを匿名にするか否かを生徒会が迷っていると。

テーマは匿名アンケートですが、あくまで学校内におけるモノと制限をかけさせていただきます
わかりました
 そうして、ディベートという名の意見交換が始まる。

匿名だと、正直な意見を聞けると思われている方が多いかもしれません。

しかし、それは違います。

昨今において、匿名は隠れ蓑以外のなにものでもありません

 本当に永久莉は鈍っているのか、秋人が先陣を切った。

匿名で集められる意見は、面白半分の好き勝手なモノばかりです。

また匿名で物申した人たちは、たとえ望んだ結果を得られたとしても、積極的に協力してくれないでしょう

基本的に、匿名を好む層は被害妄想と自己顕示欲が強いのです。

その所為か、匿名なのだから誰にも配慮しなくていい、と考えがちになります

(フォローのつもりなんだろうけど、ナチュラルに他人を馬鹿にするのは止めて欲しい……)

そして前者が強ければ秋人が言ったように協力が得られず、後者が強いと些か度の過ぎた意見が集まるだけ

仰る通りかもしれません。

ですが、私はその責任の軽さから匿名を支持します

 率先して、国光が口火を切った。

私たち学生の本分は学業です。

生徒会の方たちにおいても、それは変わりません。

様々な面で、記名式だと手間がかかります。また、充分な票数が集まらない可能性も高い

 あえて否定派の意見を否定せず、自分の意見に利用する。

そもそも、アンケートを取るのは教師や生徒たちを説得する為です。

生徒会で決めました、だけでは足りない説得力を補う手段。

つまり、大事なのは目に見える数字以外ありません

最終的に決めるのは生徒会を始めとした、率先して協力してくれる生徒たちです。

ただ、それでは納得しない人も出てくる。

その意見を封殺する為にも、アンケートに求められるのは質よりも数だと思われます

 今回、永久莉はフォローに徹する気でいた。
それってズルをする、ってこと?

そうは言っていません。

たとえ多数決で優位を得ようとも、無理なモノは無理でしょう?

集団を纏めるのに必要なのはリーダーです。

匿名性では、そのリーダーが出て来る可能性が低い。

一方、記名式であればリーダーと成り得る人物をある程度、予測することができます

 感情的になった恋々子をフォローするよう、秋人が焦点を逸らす。
それに関しては生徒会を始め、実行委員会などで事足りるのでは?

そうかもしれません。

ですが、生徒全体から活気や主体性が感じられなければ、文化祭の必要性を教師や保護者の方々に疑われることになるかと

廃止まではいかなくとも、縮小は充分にあるかも。

特に、一部の生徒だけで盛り上がれば不満を覚える者も多いし。

保護者を通じてのクレームに繋がる恐れも、現代では起こりえるんじゃない?

その時は受け入れればいいのでは?

それに投票しただけで、リーダーに期待するのは飛躍しています。

もし、そういった事実なり傾向を掴まれてしまえば、今後は面倒を避ける生徒が増えるのではないでしょうか?

 相手が持ち出した翌年以降の問題を利用し、国光は返す。


 しばらく、互いに意見を交わしあい――

結局、生徒会の方々がどうしたいかですね

 ここらで潮時だと、永久莉は纏める。

 聴衆がいる以上、いつものようにぐだぐだとは続けられなかった。

そうだね。双方ともにメリットとデメリットを充分に披露してくれたわけだし
ちなみに、今回のもHPに書き起こしたりします?
いいえ。私たちはともかく、後輩に責任を押し付けるわけにはいきませんので
 これで生徒会が意見を決めた、と思われたら迷惑しか起こらない。
 こちらはコインで肯定派と否定派に分かれただけなのに、うだうだと言われるのは可哀そうである。
それは生徒会としても助かります
 そうお礼を述べて、生徒会の面々は去っていった。
……どうなるんですか?
どうせ、無難な手に出るわよ
無難って……どっちですか?

決まってんじゃない。

HP上には載せないけど、私たちは知っているんだから

――折衷案。

両方、やるに決まってんじゃないの!


 後日、その推測が正しかったと証明される。

 

 記名式で文化祭のテーマを求め、その中から選ばれた幾つかを匿名式の多数決にかける。


 まさしく、無難の手段が取られたのだった。
 

――集団で嫌うな、でしょうか?
1対1だと、弱い者に勝ち目はないかと
矛盾しているようですが、それこそ集団の道徳心に期待できるのでは?
窮鼠猫を噛むっていうけど、ネズミって病気持ち多いから猫ちゃん死んじゃうよね

 ディベートとはお遊びである。

 過程が楽しければそれでよく、立場も結果も関係ない。


 だから、私立神香原高校ではルールも勝敗も曖昧で適当なもので充分だった。
 

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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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