本日の論題:先輩後輩=上下関係

文字数 3,297文字

 ディベート部の部室は密室にできない反面、出入りは自由。

 特に部員であれば心理的抵抗もなく――

 部活動がない時でさえ、わが物顔で訪れることは多かった。

~♪
……
♪~
……

 そして、ごくまれに全員が揃う日もあった。

 4人はそれぞれ、好き勝手に自分のしたいことをするも、沈黙はそう続かない。

ねぇ、せっかくだしディベートしない?

 何故なら、恋々子の集中力が乏しいからだ。

 加え、人数が増えれば増えるほどテンションがあがり、黙っていられない性分となればお察しである。

なんか、喋りたい気分なの
なんかって、また適当ね

 永久莉はそう言いつつも、まんざらでもない様子。

 基本的に傍観主義者であるものの、彼女もまた質の悪い性格の持ち主。言うなれば、安全圏から火に油を注ぐ行為を好む傾向があった。

ねぇ、なんかネタない?
 もちろん、とばっちりを受けるのは後輩たちである。
いや、そんないきなり面白い話して、みたいな感じで振られても困ります
 反射的に秋人が口を開くと、

はぁ、これだから文科系は。

体育会系だったら、ふたつ返事で応えるよ?

 恋々子が煽ってきた。
実際、文科系ですし
 イラつきながらも、秋人とて異性の先輩相手に怒鳴り散らす真似はしない。
で、そっちでだんまり決め込んでる国光は?
 余計な一言を添えて、永久莉はもうひとりに水を向ける。
宿題をさせてください
 国光が正直に答えると、

え、やだ。

嫌なことを思い出させた罰として、絶対にやらせてあげない

 恋々子が身勝手な台詞を吐いた。
……理不尽だ
そこは同意
おれもです
 他のふたりが追随すると、

よしっ! 

なら、テーマは学校内における先輩後輩の在り方――上下関係で決定

 仲間外れにされた恋々子がさらりとテーマを決めてしまった。
まっ、いいでしょう
えぇ、悪くはないです
だから、宿題を……

もうっ! ここは部室で部員が揃っているんだよ? 

それなのに、ひとりで宿題に向き合おうなんて言語道断!

言語道断は僕の台詞です
国光、集団では空気を読まないと孤立しちゃうよ?

だったら、なんでココ先輩は黙っていなかったんですか?

どう考えても黙って、それぞれが好きに過ごす空気だったでしょう

 正論で反論しながらも、国光は律儀に宿題を鞄にしまっていた。

そうして、突発的なディベートが始まる。
 コイントス、スマホや部室にある資料で情報収集を終え――
上下関係は正直、いらないと思います
 国光が口火を切る。
特に年齢が上というだけで、他に誇れるモノがない相手に敬意を払えなんてナンセンスです
 奇しくも現在の気持ちと一致していた所為か、らしくもない言い草である。
もちろん、会社などの組織では必要だと思います
 もっとも、彼がその台詞をぶつけたい相手は味方にいた。

指揮系統の混乱や伝達の不備。

それらを避けるには、確固たる上下関係がなければなりません

いわゆる、枝葉型の情報体型ですね
 組み合わせが組み合わせだったので、永久莉は相手のフォローもしておく。

そうそう。

対してカタツムリ型では、伝言ゲームのように滅茶苦茶になっちゃうの

でも学校内での先輩後輩だと、そもそも大した連絡事項がないから――

それなのに、厳しい上下関係を強いるなんて愚かです。

むしろ、イジメやパワハラといったモノを助長させる原因になりかねないかと

人は立場や役職によって、その性質を変えます

心理学でも有名な実験がありまして……


(あれっ? なんだっけ?)

 鬱陶しいアイコンタクトを受け、

(はぁ……)


生徒を看守と囚人に分けた監獄実験、ですか?

 永久莉は助け舟を出す。

そうそう! 

制服効果とも言われて、人は外見や肩書きによって振る舞いを変えちゃうの

一種の刷り込みともいえますね。

たとえば相手が犯罪者というだけで執拗に攻撃する人が、まさにそうでしょう

思考停止。

ある一点のみで相手を判断して、マウントを取る

 今日の国光は中々に辛辣であった。
(おー! 今日の国光は頼もしいな)
 が、隣に座る恋々子には微塵も届いていない。
システムを無条件に受け入れることが悪である、と有名な哲学者の言葉にありますが、まさにその通りだと思います
いわゆる悪の陳腐さ、凡庸さですね

 秋人が口を挟むも、それは恋々子の引用元を知っているアピールだった。

(ただ、言ってみたかっただけ?)
(??? 言ってみたかっただけ?)
(秋人、おまえその台詞を言いたかっただけだろ)
(……あれ? なんだこの空気?)

でも、それは仕方のないことです。

それが悪いと言われても、人は簡単には変われません

 沈黙に耐え切れず、秋人は言葉を継ぎ足す。

それが常識、社会となるとなおさらです。

なのに机上の空論をさも正しいことのように訴えるのは、些か情けないと思います

さじ加減が難しい問題ではありますが、ある程度の理不尽は必要でしょう
 秋人の弱音を嗅ぎ取って、永久莉はフォローに入る。

人の根底。

また社会の仕組みに根付いた問題である以上、早期解決は図れません

ですので、そういった人物には必ず出くわすと思って、耐性なり対処法を身に着けるほうが得策でしょう
つまりその練習場として、学校での上下関係も必要だということですね!
確かにニュースを観る限り、大人になっても解決できていない問題なのは存じております
でもだからこそ、若い我々――学生は改善に努めるべきではないでしょうか?

一理あるけど、それも難しいかな。

上下関係を嫌う中には、単純に自分が主役になれないことを僻んでいる人がいるもん

自分が下の時は文句を吐き捨て、上になると掌を返す。

そういったタイプって結構いるから

それに現代だと、意味もなく伝統や古いモノを否定するのが流行っているところもあるし
それもまたシステムを無条件に受け入れる――悪に他ならないかと!
(なんかイラッとするな)
(今回は間違ってないけど、イラつく)
(うわぁ、ぷっぷくぷー)
(ふっ、決まった!)

まぁ、上下関係のメリットもわからなくはないよ? 

でも、それを徹底して強制するのはダメだと思う

 やさぐれた口調で恋々子が反撃。

何事にも例外はあるの。

でも、その例外を認められないのが日本の悪習と言ってもいい

出る杭を打つ、ということわざもありますしね

上下関係はその筆頭よ。

そもそも、そんなモノよりもまず対等な人間関係を学ばせるべきじゃない?

なんか、学校で教えるのって上下関係と友達関係ばかりじゃん

言われてみると、そうですね。

クラス一丸で、仲間と言った具合にちょっと重たい感じがします

そうそう、もっとドライで対等な関係っていうのかな? 

いわゆる大人が使う同僚やビジネスライクって感じの接し方こそ、教えるべきだとわたしは思うの

そこは同意。

純粋な友人関係を子供に求めるのは、大人のエゴであり投影よね?

そうそう。

自分たちが手に入れられないから、子供たちに求めるって感じがして嫌

でも、もっと幼い子供の世界にも上下関係はあるじゃないですか?

つまり弱肉強食――本能なんですよ

他者の上に立つ。

他者より優れているっていうのが一番てっとり早く、承認欲求を満たせるかんね

言われてみれば、子供って競争が好きですよね
最近はそういうのを禁じる教育もあるけど、あれって逆効果じゃない?

そうなの!

正規の場で競争させて貰えないから、隠れてやっちゃうの。

しかも、禁止されている行為だからより楽しく感じちゃうっていうね

あー、ソシャゲにハマる要因ってそういうのもあるんですかね?

ランキングってのは目に見えますしね。

馬鹿ほど、そういったわかりやすい数字に拘ると言いますか

おまえ……。

宿題の邪魔されたくらいで、そこまで刺々しくならんでも

別に。

それは関係ないし

 もともと暇つぶしで始めたからか、話はどんどんズレていくし、それを修正する者もいなかった。


 すなわち、お気に召すままに――

じゃぁ、続けようか?

えーと、もっとわたしを敬うべき? って話だったけ?

一見は百聞に如かず。

上下関係というシステムには、こういう致命的な欠陥があると僕は思います

違いない。

上がまともで尊敬に値する人だったら、なんの問題もないわけだし

でも、そうじゃないから問題だらけなわけでして
 ――4人はディベートを楽しむのであった。
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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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