本日の論題:ランキング(統計学)part.1on1
文字数 3,353文字
国光が部室に入ろうとすると、恋々子と秋人の大声が聞こえてきた。
ただ、それ自体はよくあること。
特進クラスや中高一貫組より、1時間分授業が少ないふたりはしょっちゅう、こうしてじゃれ合っていた。
秋人が陰気過ぎるからそう見えるだけじゃない?
ごめんね、わたしが眩しくて
そうですね!
ヒマワリと子供用プールがお似合いなくらい、ココ先輩は眩しいですね
カサブランカとプライベートビーチの間違いじゃない?
国光は振り返るも、扉は既に締まっていた。
そして、全員の携帯から着信音。
気を遣われなくなったと言えばそれまでだが、腑に落ちない。
まだ何も発していないのに、今日の部活動も国光の役割も決まってしまった。
上等!
お姉さんがいつも手加減していたってことを思い知りなさい!
手加減してアレだったんなら、今日は何処まで飛んでいくんですか?
このふたりと同じ位置に立たなくて済むなら、越したことはなかった。
聞くまでもなく、どっちがどっちなのかはわかっていた。
常日頃から、秋人はランキングに対して否定的――文句を口にしていたからだ。
ココ先輩が重視する派で、秋人がしない派でいいんですよね?
そう、秋人の馬鹿がっ!
今度の日曜日に楽しみにしていた映画にケチをつけたの!
今話題で1位のやつ!
親切に教えてあげただけです!
期待して観ると、がっかりしますよって!
(これは……間違っても論理的なディベートにはならないな)
話題になったモノ!
ランキング上位のモノはなんであれ素晴らしいの!
そもそも、みんなが評価したモノを信じて何が悪いって言うのよ?
それは思考の停止です。
物事の本質、価値を自分で考えていない――暗愚そのもの、と言わざるを得ません
特に、ブームの上澄みだけを楽しむ『にわか』なんて最悪です
それはもちろん、先駆者たちですよ。
その作品、業界を支えてきた有志――
これをジャッジするのか、と国光は頭を抱えながら見守る。
ランキングなんて、ただの多数決です。
そして、馬鹿――ではなく、浅はかな人ほど目に見える数字に拘ります
きっと、自らその素晴らしさを語る言葉を持たないからでしょう
みんなと秋人だったら、わたしは迷いなくみんなの言葉に耳を傾けますね
ただ、秋人は病気――じゃなかった。
違うみたいだから、違和感があるのかもしれません
揃って、ノーガードの殴り合い。
おそらく、ジャッジの存在など既に眼中にないのだろう。
ディベートの本質は第三者へ向けた説得だというのに、微塵も配慮が見受けられなかった。
ランキングなどの数字には、落とし穴が沢山あります。
現に平均値なんて、例外が数人いれば破綻しますよ
少しは冷静なのか、秋人は喧嘩を買わずに仕切り直す。
特に昨今ではSNSなどで目立つ為だけに、ひとりが数十人、数百人ぶんの働きをすることもあります
つまり、ランキングはみんなの意見ではなくなってきているのです
確かにそういった面もあるでしょうが、だからといってランキング――統計学を軽視するのはどうかと思います
……正当ではない評価を、有難がるほうがどうかと思いますが?
(ココ先輩、ちゃっかり論題を拡大してきたけど……)
ランキングをしれっと統計学と言い換えるなんて、相変わらずやり方が狡い。
実際、統計学を似非科学と切って捨てる学者も多いと聞きます
秋人は最初こそ詰まったが、途中からは意気揚々と答えた。
しかし、それを見て国光は思う。
永久莉と恋々子はよく、否定しやすい言葉をあえて投げかける.。
おそらく、今回もその類――罠であろう。
なるほど、わかりました。
秋人は真剣に向き合って、耳を傾けているんだ
わたし――ううん、わたしたちにとって、ランキングはもっとポップなものなの
いわゆる、話のネタ。
その場が盛り上がれば、それでいいの
暗に、何をムキになってるの? と余裕を見せられ、秋人の額に青筋が浮かぶ。
正しい答えなんていらない。
ただ、雰囲気で語り合う為の道具であり、コミュニケーションツール
まぁ、特定の仲間内としか会話をしない人にはわからないかな?
(あまり煽らないでください、ココ先輩。それは僕にも効くんで……)
でも、現実は違います。
ランキングを大義名分として、マウントを取る人間がとても多い
それに色々なランキングがありますけど、おれはまだ意見を求められたことがありません!
だよねぇ!
女子高校生に聞きましたって奴とか、わたし1回も答えたことないよ!
恋々子は乗っかった。
優しさか、それとも単に飽きたか天然かは不明だが――
どうにか、収まるところに収まりそうだと国光は胸を撫でおろす。
――はぁ?
せっかく人が歩み寄ったってのに、何よその言い草は!
……と思いきや、またしても舌戦の火蓋が切って落とされた。
もういいっ!
こうなったら、ぐうの音も出ないほど論破してやる!
そもそも、感性なんて人それぞれで優劣をつけられるモノじゃないの。
それでも『商品』となれば、なんであれ優劣をつけないといけません
何故なら、選択肢が多すぎると人は選べなくなるからです。
実際、商品をバランスよく買わせるなら10個未満が限界。
心理学的には、20を超えた時点で選ぶのが嫌になるんだってさ
つまり、ランキングは陳列なの。
それも消費者参加型の――だからこそ、誰もが加わりたくなる
そして、ランキングに乗れば自分の意見、感性が認められたかのように思える。
それは参加しなくても、ランキングを理解することでもそう――
(……早い早い早過ぎる。なのに最初よりぜんぜんまともだし、本当でたらめだよなこの人)
もはや、秋人は勝利のみに拘っていた。
結果、始まったチキンレース。
恋々子が自爆するか、疲れ果てるか、それともそのまま、放課後が終わるまで喋り続けるのか。
ランキング、統計学を否定する人は拗ねているだけだと思います。
その中――みんなに自分が含まれていないと。
自分が蔑ろにされていると、疎外感を覚えているんじゃないんですか?
どちらにせよ、ディベート部の活動はまだまだ続きそうであった。
感情的な言い合いはディベートではない。
第三者への説得を忘れた時点で、それは口喧嘩に成り下がってしまう。
ただ、それも悪くはない。
時には意図的に誰かを傷つけ、傷つけられることも大事である。
そして何より――
それが許される仲間がいることが一番の幸せなのかもしれない。
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