本日の論題:ランキング(統計学)part.1on1

文字数 3,353文字

ココ先輩は本当に愉快な頭してますね
秋人こそ、やっぱりお薬が必要なんじゃない?
……
 国光が部室に入ろうとすると、恋々子と秋人の大声が聞こえてきた。
(また、か)

 ただ、それ自体はよくあること。

 特進クラスや中高一貫組より、1時間分授業が少ないふたりはしょっちゅう、こうしてじゃれ合っていた。

ナチュラルハイのココ先輩に言われたくはないです

秋人が陰気過ぎるからそう見えるだけじゃない? 

ごめんね、わたしが眩しくて

(けど、いつもより頭が悪そうだ)
 今入ると面倒だな、と国光は二の足を踏む。

どしたー?

なに、してんの?

 すると、永久莉がやって来た。
えーと――

そうですね! 

ヒマワリと子供用プールがお似合いなくらい、ココ先輩は眩しいですね

カサブランカとプライベートビーチの間違いじゃない?
なる
 説明されるまでもなく永久莉は状況を理解して、
――ていっ
 扉を開け放つと同時に、国光を押し込んだ。
ちょっと聞いてよ、国光ー
国光! ちょっと聞いてくれ
 瞬間、ふたりは揃って求める。
と、トワ先輩?

 国光は振り返るも、扉は既に締まっていた。

 そして、全員の携帯から着信音。

『ごめん。急用ができちゃったから、今日はパスで』
 届いたメッセージを見て、国光は項垂れる。
(最近、勝手すぎないか? あの人……)
 気を遣われなくなったと言えばそれまでだが、腑に落ちない。
じゃぁ、今日は国光がジャッジして!

いいんですか? 

後輩に負けると恥ずかしいですよ?

(……というか、みんな僕に対して酷くない?)
 まだ何も発していないのに、今日の部活動も国光の役割も決まってしまった。

上等! 

お姉さんがいつも手加減していたってことを思い知りなさい!

手加減してアレだったんなら、今日は何処まで飛んでいくんですか?
(まぁ、ジャッジならいいか)
 このふたりと同じ位置に立たなくて済むなら、越したことはなかった。
それで、本日の論題は?
ランキングの是非!
重視するか否か!
 恋々子と秋人は阿吽の呼吸で答える。

はい、わかりました。

それでは、始めましょうか

 聞くまでもなく、どっちがどっちなのかはわかっていた。

 常日頃から、秋人はランキングに対して否定的――文句を口にしていたからだ。

ココ先輩が重視する派で、秋人がしない派でいいんですよね?

そう、秋人の馬鹿がっ!

今度の日曜日に楽しみにしていた映画にケチをつけたの!

今話題で1位のやつ!

親切に教えてあげただけです! 

期待して観ると、がっかりしますよって!

(これは……間違っても論理的なディベートにはならないな)
 そうして、ディベートという名の口喧嘩が始まる。

話題になったモノ! 

ランキング上位のモノはなんであれ素晴らしいの!

 恋々子はいきなり、喚き散らかす。
そもそも、みんなが評価したモノを信じて何が悪いって言うのよ?

それは思考の停止です。

物事の本質、価値を自分で考えていない――暗愚そのもの、と言わざるを得ません

 秋人も初っ端から喧嘩腰。
特に、ブームの上澄みだけを楽しむ『にわか』なんて最悪です
あのー、『にわか』って誰目線なんですか?

それはもちろん、先駆者たちですよ。

その作品、業界を支えてきた有志――

(うん、意味がわからん)
 これをジャッジするのか、と国光は頭を抱えながら見守る。

ランキングなんて、ただの多数決です。

そして、馬鹿――ではなく、浅はかな人ほど目に見える数字に拘ります

きっと、自らその素晴らしさを語る言葉を持たないからでしょう
みんなと秋人だったら、わたしは迷いなくみんなの言葉に耳を傾けますね
 バッサリと、恋々子は切り捨てる。
だって、わたしは常識人ですから
(何をほざいているんだろ、この人は?)

ただ、秋人は病気――じゃなかった。

違うみたいだから、違和感があるのかもしれません

 揃って、ノーガードの殴り合い。

 おそらく、ジャッジの存在など既に眼中にないのだろう。


 ディベートの本質は第三者へ向けた説得だというのに、微塵も配慮が見受けられなかった。

ランキングなどの数字には、落とし穴が沢山あります。

現に平均値なんて、例外が数人いれば破綻しますよ

 少しは冷静なのか、秋人は喧嘩を買わずに仕切り直す。
特に昨今ではSNSなどで目立つ為だけに、ひとりが数十人、数百人ぶんの働きをすることもあります
つまり、ランキングはみんなの意見ではなくなってきているのです

それはジャンルによるのでは? 

確かにそういった面もあるでしょうが、だからといってランキング――統計学を軽視するのはどうかと思います

……正当ではない評価を、有難がるほうがどうかと思いますが?
(ココ先輩、ちゃっかり論題を拡大してきたけど……)
 ランキングをしれっと統計学と言い換えるなんて、相変わらずやり方が狡い。
実際、統計学を似非科学と切って捨てる学者も多いと聞きます

 秋人は最初こそ詰まったが、途中からは意気揚々と答えた。


 しかし、それを見て国光は思う。

(……秋人の奴、釣られたな)

 永久莉と恋々子はよく、否定しやすい言葉をあえて投げかける.。

 おそらく、今回もその類――罠であろう。

なるほど、わかりました。

秋人は真剣に向き合って、耳を傾けているんだ

……はい?
わたし――ううん、わたしたちにとって、ランキングはもっとポップなものなの

いわゆる、話のネタ。

その場が盛り上がれば、それでいいの

 暗に、何をムキになってるの? と余裕を見せられ、秋人の額に青筋が浮かぶ。
(本当、狡いよな。ココ先輩もトワ先輩も……)

正しい答えなんていらない。

ただ、雰囲気で語り合う為の道具であり、コミュニケーションツール

まぁ、特定の仲間内としか会話をしない人にはわからないかな?
(あまり煽らないでください、ココ先輩。それは僕にも効くんで……)
……それを全員が理解していればいいんですけどね

でも、現実は違います。

ランキングを大義名分として、マウントを取る人間がとても多い

(まだ、やるのか?)
それに色々なランキングがありますけど、おれはまだ意見を求められたことがありません!
(……しかも、そんな低レベルの弁論で?)
 これではいい餌食になると思いきや、

だよねぇ! 

女子高校生に聞きましたって奴とか、わたし1回も答えたことないよ!

 恋々子は乗っかった。

 優しさか、それとも単に飽きたか天然かは不明だが――

 どうにか、収まるところに収まりそうだと国光は胸を撫でおろす。

あぁ、それはココ先輩が女子高生に見えないだけかと

――はぁ? 

せっかく人が歩み寄ったってのに、何よその言い草は!

 ……と思いきや、またしても舌戦の火蓋が切って落とされた。

もういいっ! 

こうなったら、ぐうの音も出ないほど論破してやる!

望むところです!

そもそも、感性なんて人それぞれで優劣をつけられるモノじゃないの。

それでも『商品』となれば、なんであれ優劣をつけないといけません

何故なら、選択肢が多すぎると人は選べなくなるからです。

実際、商品をバランスよく買わせるなら10個未満が限界。

心理学的には、20を超えた時点で選ぶのが嫌になるんだってさ

つまり、ランキングは陳列なの。

それも消費者参加型の――だからこそ、誰もが加わりたくなる

そして、ランキングに乗れば自分の意見、感性が認められたかのように思える。

それは参加しなくても、ランキングを理解することでもそう――

(……早い早い早過ぎる。なのに最初よりぜんぜんまともだし、本当でたらめだよなこの人)
(いいぞ、いいぞ。そのまま喋りまくって自爆しろ)

 もはや、秋人は勝利のみに拘っていた。

 結果、始まったチキンレース。

 恋々子が自爆するか、疲れ果てるか、それともそのまま、放課後が終わるまで喋り続けるのか。

ランキング、統計学を否定する人は拗ねているだけだと思います。

その中――みんなに自分が含まれていないと。

自分が蔑ろにされていると、疎外感を覚えているんじゃないんですか?

 どちらにせよ、ディベート部の活動はまだまだ続きそうであった。

 感情的な言い合いはディベートではない。

 第三者への説得を忘れた時点で、それは口喧嘩に成り下がってしまう。


 ただ、それも悪くはない。

 時には意図的に誰かを傷つけ、傷つけられることも大事である。

 

 そして何より――

 それが許される仲間がいることが一番の幸せなのかもしれない。

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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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