本日の論題:貧乳か巨乳for恋々子

文字数 2,912文字

 今日を示すカレンダーにテーマは書きこまれていなかった。

 正確には、斜線で雑に消されていた。

 なので、本日は部活動に参加しなくても怒られはしない。

(……雨、やまないな)
(しかし、酷い雨だな……)
 ただ、雨が激しかったので秋人と国光は部室で時間を潰していた。

ねぇ、わたしがジャッジするからさぁ。

ふたりでディベートしない?

 同じく、時間を潰していた恋々子が無茶ぶりをする。
今から、ですか?
ココ先輩がジャッジするんですか?
そうっ! 面白そうじゃない?
(面白いのはあなただけです)
(そりゃ、あなたの頭の中はいつも愉快でしょうよ)

 後輩たちは黙り込む。

 

 本日、永久莉はお休み。

 というか、最初からそのつもりでカレンダーに斜線を引いたのだろう。

 

 書かれていたテーマは猫か犬。

 字体と内容からして、恋々子が書いたに違いない。

(確か、友達とやってろと消してたな)

でも、下調べも予習もしていませんし

(妹たちと散々揉めて、嫌な記憶しかないって言い訳してたっけ)

客観的データ無しでやるのは、ちょっと……

大丈夫。下調べの時間はあげるから。

それに興味のあるテーマなら、データなんてなくてもいけるんじゃない?

まぁ、それなら構わないですけど……
テーマはココ先輩が決めるんですか?

もちろん! 

ふたりが興味をもって、トワがいると絶対にできないようなスペシャルなテーマを提示してあげる

……ちなみに、なんですか?

ずばり、乳比べ! 

貧乳派と巨乳派に分かれてのディベートよ!

(……したり顔で何を言っているんだろうか、この先輩は)
(……ほんと、愉快な頭してんなこの先輩は)

どう? 

ふたりとも大好きなテーマでしょ?

はぁ

(これで悪意がないんだもんなぁ……)

まぁ

(ほんと、ナチュラルに他人を馬鹿にするよな)

じゃぁ、コイントスするね。

――よしっ、秋人は貧乳派、国光は巨乳派に決定

 恋々子は勝手に決めて、盛り上がっていた。

 永久莉がいないからか、いつも以上に自由気ままである。

(おそらく、貧乳であろう先輩の前で巨乳の擁護……罰ゲームかな?)
(どう見ても貧乳に違いない先輩の前で貧乳の擁護……なにその羞恥プレイ?)

さぁ、席について準備して。

わたしは中立なジャッジですから、気にしないで討論してね♪

 満面の笑顔と余計な気遣いが、男子たちの怒りを買う。
(でも、遠回しにココ先輩の悪口を言っていいのか)
(ココ先輩みたいにすれば、悪口も許されるな)

 国光と秋人は通じ合い、覚悟を決めた。

 揃って、スマホで情報を集め武装完了。

 そうして、ディベートと言う名の自爆芸が始まる。

明確にサイズを決めることは難しいので、曖昧なまま進めていきたいと思いますがよろしいですか?
異論ありません

貼るね~予防線

(このちんちくりんが……)

ココ先輩、ジャッジなんですから余計な茶々を入れないでください

わかりました。お口チャーック!

(さっさと、わたしを褒めなさい)

胸のサイズは遺伝の影響が大きいと言われています。

その他には環境要因――思春期における生活習慣と栄養バランス

(……僕はいったい、、何を言っているのだろうか?)

特に睡眠不足、過度なダイエット、ストレスがあると、乳房が充分に成長しないことがわかっております

 我に返ったら負けと思いながら、国光は淡々と語る。

つまり、ふくよかな胸は健康だった証になると言えるでしょう。

そして、生物学的にオスは健康なメスを求めるものです

 恋々子の悪口を言う為に乗ったものの、自分のほうがダメージを受けることに気づいて国光は後悔する。
(むきぃ~! なによ、わたしが不健康だとでも言いたいの!)
 効果はあったようだが、割に合うとは思えなかった。
(……帰りたい)
(ココ先輩のようにするには……)
 素直に褒めればいいだけの国光と違って、秋人には巧妙さが求められる。

健康的と仰いますが、死亡率でみれば巨乳の女性のほうが高い結果がでております。

中でも、初期段階の乳がんの発見率には大きな違いがあり……

(駄目だ、ぜんぜん貶せてない。ココ先輩……実はすごかったんですね)
また、バストサイズが大きい女性の不貞行為は統計的に多いです

 肯定派の発言をしながら自分を攻撃するのは、意外にも難しかった。

 秋人の頭の中はこんがらがり、上手く言葉が乗らない。

健康面に関しては、長期的に見た問題点に過ぎません。

生物学的に見れば、出産時の健康状態が大事かと

 国光は生物学的――オスに逃げていた。

 潔く、社会的人間――男性としての立場を放棄する。

不貞行為についても、それは魅力的な女性の証です。

それに円満な結婚生活を築けていれば、回避できる問題でしょう

(ムカムカ~! なによ、わたしは魅力的じゃないって言いたいわけ?)
(……この人、中立的な立場でジャッジする気ないな)
(秋人、しっかり援護なさい!)
(うわぁ……なんか睨んでる。けど、肩こりとか頭痛とか洋服とか下着のデザインとか性的視線を感じないとか……男には理解できないメリットしか見当たらなかったんだよなぁ)
 時間がなかったとはいえ、明らかに貧乳を擁護するデータは不足していた。いうまでもなく、歪曲的に貶めることを目的に探していたからだろう。

……スポーツ選手や学者の方には貧乳が多いそうです。

おそらく、思春期の頃から運動や勉学に励んでいた証拠でしょう

(違うんだよなぁ、そういうのが欲しいんじゃないのに……もぉっ!)

昨今において、母親のIQが子供に直結することは明らかとなっており……

仰る通り、巨乳の女性は社会的に舐められる割合が高いと言わています。

どうしても男性から性的な視線を向けられ、同性の反感を買いやすいそうです

 不憫に思って、国光は水を向けた。

 また、私情丸出しの恋々子に付き合う必要もないだろう――と、秋人にアイコンタクトを送る。

つまり、社会的観点から見れば貧乳のほうが評価されやすく、自立した女性を目指しやすい

現代的視点からはそうでしょうね。

ですが、女性の全てが社会的自立を求めているわけではありません

(だからぁ! そういうのが聞きたいんじゃないんだってば!)

結婚して専業主婦になり、子供を産み育てる。

それを幸せと感じる女性も確かにいるはずです

仰る通りです。

女性に限らず、昨今では男性の在り方も変わってきております

ちょっと、ふたりともテーマからズレてない?
 我慢の限界が来たのか、ジャッジ恋々子が口を挟んだ。

しかし、どちらも既存の枠組みから脱することばかり語っており、これまでの価値観を否定することに重きを置いている節が見受けられます

 が、秋人は聞く耳を持たない。

生物学において、個体差は認められ重要視されています。

なのに、人間社会だと個体差は疎まれる傾向が強い

 国光も同様。

あーん!

だからそういうのじゃなくてぇ――

実際、洋服文化が根付くまで、巨乳は好まれなかったそうですしね

また、時代の影響も大きいそうです。

現にグラビア=巨乳というのはもはや古い考えだとか

 後輩たちは冷静に言葉を操る。


 ディベートは高度なコミュニケーションである。

 たとえ敵味方に分かれ、対立した意見を言い合うにしても――


 お互いを尊重しなければ、討論は続かないモノだった。

 

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登場人物紹介

染谷 恋々子《 そめや こここ》、愛称ココ

一芸入試組3年生だが、その年齢にあるまじき低身長でちんちくりん

ディベート部ではババ抜きにおけるババ扱い

つまり、引いた相手は嫌がる

味方にすると恐ろしいが、敵に回すと愉快なコ

頭の回転は早いものの、よくよく空回りして明後日の方向に飛んでいく

そういった性質に加え、ふらふらと揺れながら歩くことからコケコッコーの蔑称あり


鷹司 永久莉《たかつかさ とわり 》、愛称トワ

中高一貫付属組のJコース3年生で、ディベート部では最も頼りになる存在

ただ、恋々子のノリに付き合えるだけあって中々の性格をしている

4姉妹の長女で同性の扱いが得意な一方、男性はちょっぴり苦手

もっとも、後輩たちは男のカテゴリーに入っていないのかそんな様子は微塵も窺えない

姉妹揃って発育がいいいらしく、小学生の末妹ですら恋々子を上回っているとか

林原 秋人《 はやしばら あきひと》、A(進学)コース1年生

基本的に真面目で普通の性格

事実、そのスタンスで発言することが多い

ただ、時折り全方位に向けて敵意を向ける悪癖があり

特に恋愛や異性を含む論題になるとその傾向が強くなり、周囲をドン引きさせる

加賀 国光《 かがくにみつ》、SA(特進)コース1年生

入部当初は無口で口下手だったものの、最近は口が軽くなってきている

ただ、時折り迷子になるのか会話の着地点を見失う傾向が強い

本人は陰気でつまらない奴と思い込んでいるものの、女子に告白された経験あり

更にはそれを普通と思える感性な為、恋愛関係の論題になるとナチュラルに秋人を刺激する

ディベート部の顧問

通称、STY

S(セクハラ)T(ティーチャー)Y(山本)

かつては生意気な生徒だった為、破天荒な生徒に対しても寛容である

伊西(いにし)エレナ

一芸入試組3年生、元ディベート部

恋々子曰く、性格が悪いというか性悪

初期から何かと話題にあがるマスメディア部の部長だが、登場は#7より


腐頭 桜《ふとう さくら》

一芸入試組3年生、マスメディア部の副部長

エレナ曰く、恋々子よりも馬鹿で間抜けで煩くて人としてどうかと思う存在

一方、誰もが認める美人で背も高い

登場はエレナと同じく#7より

響《ひびき》先生、31歳独身

藍生先輩曰く、さぞかし簡単な人生を歩んで来られたお人

その評価を裏切らず、教師にあるまじき幼い言動が目立つ

登場は#7より(初出は別作品、結婚すべきかどうかをアラサー女教師が女子高生に相談する)

 

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